五話「研究結果」
お化け屋敷研究終了後、最後のモヤモヤを吹き飛ばすためにも全力で遊園地を楽しんだ。
いつしか日は落ちて夕方に差しかかろうとしていた。
最後はやっぱり観覧車でしょ、と由香梨の謎の考えより、俺達は観覧車に乗り込んだ。
「……ごめん。俺、迷惑かけてるよね」
「気にしてないから、とにかくお前は無茶するな」
「カズ君の言うとおりだよ」
俺、比奈、久志の三人で乗っている。久志はまだ回復しきってないため下で待たせる案も出たけど、最後だしということで俺達が引き取った。
他のゴンドラには若菜ちゃんと由香梨ペア、そして意外や意外、直弘と恵ちゃんペアである。恵ちゃん漫画好きだし、案外気が合うのかも。
「しかし驚いた。久志が怖いものに弱いとは」
「本怖に比べたらぬるいと思ってたけど、甘かった……!」
本怖できついって感じるなら、簡単にわかると思うんだが。
「ま、まあでもいつもと違う久保田君が見れたし、私は面白かったよ!」
そのフォローの仕方もどうなんだろう。
「俺にとっては醜態を晒しただけなんだけどね……」
はは、と久志は乾いた笑いをする。
「というか怖いもの苦手って自覚してるなら無理しなくてよかったのに。人数も半端だったし、入らないっていう選択肢もあったんじゃないか?」
「目的はお化け屋敷の研究だからね。お化け屋敷に入らなかったらただ遊園地に遊びに来ただけになっちゃうと思って」
「別にそれでもよかったんじゃ……」
比奈は隣で苦笑している。
「俺ってあんま自分から何かしていく人間じゃないしさ、こういう時ぐらい積極的にチャレンジしていきたいって思ったんだ。怖いのは苦手って分かってたけど、お化け屋敷自体は初めてだからもしかたらって思いも若干あったんだよね」
「いや、普通ないと思うぞ?」
怖いものは怖い。ただそれだけだ。
「まあ、久志の言う積極的なチャレンジはいいことだと思うけどさ」
「カズにそう言ってもらえると凄くありがたいよ」
久志に真っ向から言われる。軟球を投げたのに硬球用のバットで打ち返された気分だ。
「そういえばカズ君って何で資格たくさん持ってるの?」
比奈が流れを無視してそんな質問をしてくる。
「何で俺の資格の話に?」
「チャレンジって聞いたら、そういえばカズ君は色々なことにチャレンジしてたなあって思って」
なるほど。
「へえ、どんな資格を持ってるんだい?」
「えーっとだな……」
頭に色々浮かべて、この前比奈に話したように様々な資格を口頭に並べる。
「そんなに!? 凄いね……」
「どれも専門的といえど、基礎の基礎みたいなものばっかりだから取るだけなら簡単だぞ」
「所構わず取ってることが凄いんだけどね……」
比奈の言葉に久志が頷く。
「色々なことを毛嫌いせずにまずはやってみて、面白いものがあったら本格的にやってみようかなって考えてたんだけど……あんま熱中できるものがなかったっていうか。俺はやっぱり長続きするタイプじゃないって自覚できたな」
『そう?』
目の前二人は何故か首を傾げる。
「二人して何なんだ……。俺のことなんていいから観覧車楽しもうぜ。ほら、夕焼けがめっちゃ綺麗」
「話を誤魔化さな……わあ綺麗」
比奈も眼前に広がる夕焼けの美しさには瞬殺の模様。
「久志も見ろよ。滅多に見れるもんじゃ……久志?」
久志は何故かポカーンとしてる。お化け屋敷の影響がまだどっか残ってるのだろうか。
「……ああ、そういうことか。直弘の言ってた『異常』がようやくわかった気がするよ」
「何言ってるんだ、久志?」
「いや、何でもない。なあ、カズ」
「ん?」
「君は……自分自身の事が嫌いかい?」
「いや、別に……。それがどうかしたか?」
「……ごめん。戯言だ。忘れてくれ」
「何なんだ、一体……」
腑に落ちない会話だ。お化け屋敷といい、今の久志といい、よくモヤモヤする日だ。
夕焼けを眺めている比奈を横目に見ている久志が気になってしょうがなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
週が明けた。崎高祭開催一週間前になり、本格的に準備期間となる。
俺達六人はお化け屋敷研究に赴いた精鋭としてクラスの皆に期待の眼差しを向けられていた。
午前中で授業は終わり、午後は全て文化祭準備の時間だ。そこで研究の成果を発表する。
「先週末、お化け屋敷に入って導き出した成果を発表しよう」
壇上に堂々と直弘が立つ。決意表明する戦士みたいな威厳を感じる。
でも、遊園地に行ったはずの俺達もいまいち成果とやらを感じることは出来なかった。普通に怖かったし、あれを真似るのも一つの手だけど、学校では難しいと思うし……。
ここは我が軍師、直弘殿を頼るしかない。
「どちらか一方にしようと考えていたが――迷路&トラップの複合型にしたいと思う!」
わああああとクラスメイト達が歓声を上げる。このノリの良さ、流石だぜマイクラス!
「……いや待て待て。複合型にしたらめんどくさいのと、中途半端になるみたいなこと言ってなかったか?」
観衆の外から指摘する。そういえばそうだよなとクラスがざわざわし始める。適当だなお前ら。
「いい質問だ、和晃。めんどくさいのは目を瞑るとして、中途半端になる件については解決する手立てはある」
めんどくさいのは別にいいんだな。
「ある手立てって?」
「ある者を使えば何がどれぐらい怖いか、怖くないのかを知ることができる。怖さメーターとでも名づけようか。それを使えば本格的なお化け屋敷にすることだって可能だろう」
ある「者」? 変換ミスか?
「そのある者――いや、怖さメーターとはあいつのことだあああ!」
直弘は叫び、怖さメーターへと指の先を向ける。
「……へ? 何、俺?」
そこにはきょとんとするイケメンが一人。
「あそこにいる久志は怖いものが滅法苦手でな。あいつが悲鳴を上げたものはつまり、怖いということだ! 我々が怖いものを作成し、久志が反応を示す……そうすれば作業効率が増し、より怖いものを作れるはずだ」
「ちょっと待って! それ、俺が道具みたいになってるじゃないか!」
「ああ、そうだ」
直弘、お前は鬼畜か。鬼畜眼鏡なのか。
「えー、でも久保田君にそんなこと出来ないしー……」
「久保田君が悲鳴を上げてるところ見たくないよね」
「そこの女子諸君! よく考えてみろ! 怖いものを見て、ヘロヘロになった久志を自分の思うように介抱出来る……つまりあいつを好きに出来るんだぞ!」
「その話、乗ったわ!」
「やる気出てきた!」
「倒れた久保田君を膝に乗せて……えへへえへへ」
女子達の気合が尋常なく入る。何だろう、凄い羨ましい。
「女子はよくても俺たちにメリットはなくね?」
「男を怖がらせてもなー」
「そこの男子諸君! よく考えてみろ! イケメンに対する積年の嫉妬をここで晴らすチャンスだぞ! 滅茶苦茶怖い仕掛けを作って、久志に文字通り一泡吹かすだって出来るんだぞ!」
「よっしゃ、燃えてきた!」
「俺は久志を怖がらすぞ、直弘!」
「イケメンリア充め……ここで成敗してくれる!」
女子に続いて男子もやる気が沸騰する。直弘は人を操る天才かもしれない。
というか、男子も女子も久志に対する思いがガチすぎる。
「すまんな、久志。俺も心苦しいんだが、クラスメイトの暴走は止められそうにない」
「直弘が焚きつけたんだろう!?」
久志は助けを求めるように中間派――俺や比奈に目を向けてくる。
そんなあいつに俺が出来るアドバイスは一つだけだ。
「……逃げた方がいいぞ」
久志は目にも留まらぬ早さで教室を脱出する。
「逃がすな! 追え!」
『サー! イエッサー!』
直弘の号令でクラスメイトのほとんどが久志を追っていく。教室に残った人間は数える程しかいない。
「い、一体何が……?」
唯一の常識人である比奈は混乱している。
「直弘、これはどういうことなんだ?」
「見ての通りだ。怖いものには何でも反応すると香月から聞いたからな。利用出来るものは利用しようと思ったんだ」
「私のせい!? 久保田君ごめん!」
比奈の謝罪も逃亡中のあいつには届かない。
「遊園地から帰った後、中里と連絡を取って、話し合ったんだ。その末に俺達は和解し、久志を利用する形で決着したんだ」
もう一人の戦犯である若菜ちゃんを見る。
「……人は何かの犠牲をなしに何も得ることは出来ない。何かを得るためには同等の対価が必要」
「等価交換の法則じゃねーか!」
いや、間違ってはいないんだけど!
「一人のイケメンの犠牲で究極のお化け屋敷が出来るんだ。安いものだろう」
「そうよ、和晃。久志君は私達のために散っていくの。辛いけど我慢しないといけないのよ」
「……久保田君はいいやつだった」
「お前ら久志を何だと思ってるんだ!?」
久志の味方は……味方はいないのか? 比奈だけは俺と同じ思いのはずだ。
比奈を見る。彼女は一旦目を瞑り、次に輝くような笑顔を見せた。
「カズ君、人は誰しも役割があるんだよ。久保田君は生まれつきそういう役割だった――多分、そういうことなんだと思うよ」
ああ――比奈も諦めてる。
ようやく悟った。もうあいつに味方はいない。きっと全人類があいつの敵なんだ。
程なくしてクラスメイト達が捕らえた久志を持ち帰ってくる。俺はそんな彼に伝えねばならないことを伝える。
「大丈夫だ、久志。俺だけはお前のことを忘れないから……!」
「俺死ぬの!?」
こうして文化祭一週間前の準備期間は、久志にとって地獄の一週間と化したのであった。




