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一話「水面下の計画」

 ずれていた季節感もようやく戻り始め、涼しくなってきた今日この頃。日が落ちるのも二ヶ月前と比べると早くなり、時が進んだことを実感できる。

 だが、十月に突入した崎高生は熱気が跳ね上がる。高校の特大二大イベントの一つ、文化祭がやってくるからだ。

 崎高の文化祭――通称崎高祭という何の捻りもないそれは、クラスや部活、有志の集まりが屋台や出し物を出したり、文化部にとって一年の集大成を披露したりと、まあ別段他の学校と変わらない行事である。

 当然、自分が所属している演劇部だって発表があるし、クラスの出し物もある。部活の方は今のところ足を運んでないのでどうなってるかはわからない。梨花さんとの約束があるので嫌でも一回は顔出さないとなあ。

 放課後、そんなことをぼんやり考えながら、



「……迷路形式にした方が面白い」


「そんなの手間がかかるだけだ。一本道にしてトラップをふんだんに設置した方がスリルがある」


 

 トラップって……そんな忍者屋敷じゃないんだから。


 俺は直弘と若菜ちゃんの論争を見守っていた。

 うちのクラスの出し物はお化け屋敷だ。教室を使って展開するわけだが、中身をどういったものにするかとまた争い始めた。



「どちらも採用するっていう手はないのか?」



 折衷案を出してみる。片方に決め付ける必要はないと思うんだ。



『それはめんどくさい』



 お前ら……。呆れてものも言えなかった。



「それにだ。変に妥協するよりどちらか一方に全力を尽くした方が素晴らしいものができるってものだ」


「……全力で迷路を作れば教室から二度と出れないようにすることもできるはず」



 頼むから若菜ちゃんは全力を出さないでくれ。



「二人とも頑固だね」



 はは、と俺と同じように二人を眺めていた久志が困ったように笑う。



「頑固なのはいいんだけど、いい加減決めてくれない? お陰で作業が何も進まないんだけど」



 由香梨がため息をつきながら言う。



「でも多数決したら五分五分だったんだろ?」



 実はこの論争、今回が初ではない。

 お化け屋敷をしようというのは、早々に決まったのだが、内容に関しては様々な意見が出た。その中から徐々に徐々に絞り込んでいき、残ったのがこの二つといった感じだ。若菜ちゃんと直弘が争ってるのは彼らが二大派閥のトップに立っているからである。

 当初は俺や由香梨、久志も一方の派閥に所属していたのだが、主張の激しい二人を見ているうちにもうどっちでもいいや……と成り行きに任せる中間派となった。



「あ、でも待って。比奈にはまだ聞いてないよね?」

 


 そういや彼女は転校してきたばかりでこの手の話はまだしてなかった。他の女子グループと話していた彼女を呼ぶ。



「どうかした?」


「実は――」



 かくかくしかじかと今の状況と経緯を簡単に説明する。



「というわけで比奈はトラップ派、もしくは迷路派。どっちが面白いと思う?」


「うーん……どっちも甲乙つけがたいよね」



 最終選考に残った二つの案だ。どちらも面白そうであるからこうして対立し、決めあぐねている。



「私、あまりお化け屋敷とか行ったことないから、よくわからないところもちょっとあるんだよね」


「……比奈。よく考えて。ゴールを探す楽しさといつ何が来るのかわからない恐怖。その二つが重なった時、人は怖さと不安でもの凄いことになると思う」


「若菜、あんたが地味にサドなのはわかったからちょっと黙ってなさい」



 迷路派の魅力を押し出す若菜ちゃんを由香梨が止める。なんというか、人を怖がらせることに関して若菜ちゃんが輝いてる気がする。



「あ、そうだ。だったら週末、研究という名目で実際にお化け屋敷に行かないか?」


「だから和晃、時間がないって……」


「いやでも考えてみろよ。どちらにせよ道は作らないといけないだろ。なら道の壁になるダンボールだけ大量に確保しておいて、他の時間はまだ決め終わってない配役だったりスケジュールを組んだりするのはどうだ?」


「あ、私も閃いたよ。大筋の道だけ作っておけば、迷路なら後で細かい道を追加して、岩垣君の案ならその道をそのままでお化け屋敷を完成させていけばいいんじゃないかな」



 俺の意見に比奈も追撃する。中々いい案を出したと思う。どうせ本格的に作り始めるのは来週からだ。



「いいな、それ」

「二人の言った通りにしようぜ!」

「流石公開恋愛カップル。息ピッタリだね!」



 クラスメイトからお褒めの言葉を頂く。クラスで俺と比奈は完全に公認カップルである。



「とりあえず直弘と若菜ちゃんもひとまずこれでいいだろ?」



 同意を求める。二人とも文句なしに頷いた。



「今後の方針も固まったし、早速配役を決めていこうか」



 と久志が仕切りだしたところで、



『二年一組の高城和晃、香月比奈。二人は至急校長室に来てください』



 と放送で呼び出しをくらった。



「和晃、何かしでかしたかお前?」


「いいや、特に思い当たらないけど……」



 そっちはどうだ、と比奈に視線を向けるが彼女も俺と同じようで、首をかしげた。

 呼び出された理由はさっぱりわからないが呼ばれたのは確かなので、後のことは任せて二人で教室を出る。



「何なんだろうな」


「何だろうね」



 二人で首をかしげながら校長室を目指した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「あら、来たわね」



 校長室に入ると見知った声と顔が飛び込んできた。



「マネージャーさん?」



 何故かマネージャーさんがいた。

 校長先生とマネージャーさんに挨拶して事情を伺う。



「二人を呼んだのは他でもないわ。仕事の依頼よ」



 マネージャーさんがいることから薄々予想したことが的中した。でもこの時期にこの学校で仕事ってどういうことだ?



「高城君は後夜祭は知ってますよね」


「ええ、まあ」



 校長の問いかけに答える。



「後夜祭?」


「比奈は知らないよな。崎高祭が終わった後、ステージを使って崎高生が色々なパフォーマンスを行うんだ。軽音部が演奏したり、一番盛り上がった出し物をランキング形式で発表して表彰したりとか」


「その通りです。それで今年の後夜祭では香月君に盛り上げてもらいたい」



 校長が比奈のことをジッと見る。



「わ、私がですか?」


「そうです」


「盛り上げるって言っても何を……」


「ライブよ」



 マネージャーさんがメガネに光を反射させて言った。漫画ならキラーンといった擬音が入っただろう。



「ライ……ブ?」


「そう、ライブよ。今年は趣向を変えて、崎ヶ原高校の生徒達の力で香月比奈のライブを開催するといった内容にするらしいわ。そうですよね?」



 校長は自慢の髭をさすりながら頷く。



「でもいいんですか。その、本来なら他の生徒達がなんらかの発表や、崎高祭に関することをするところですよね。そこで私がライブだなんて……」


「心配は無用ですよ、香月君。文化祭中のステージ時間や内容を増やす等、きちんと対策は考えてあります。折角芸能人が来たことですし、うちの知名度アップのためにやっていただきたいと考えたんです」



 校長はニッコリと笑う。丁寧で優しいこの雰囲気が今の生徒に好かれている原因である。



「それで正式に仕事として扱わせてもらうことになったわけね。当然受けるわよね、比奈」


「はい。そういうことでしたら是非やらせてください」



 比奈はお辞儀して答える。これで話はまとまった。まとまったのはいいんだけど、



「あの、俺が呼ばれた理由って……」



 自分がここにいる意味がさっぱりわからない。これだけなら比奈だけ呼び出せばいいと思うんだが。



「高城君には香月君のサポート……もっというなら後夜祭の運営委員に入ってもらいたいんです」


「俺が運営委員に……ですか?」


「はい。高城君は香月君のいいパートナーだと聞きます。ライブ自体は香月君の独壇場になりますが、彼女のことを良く知る君に裏方をしていただければ捗るかなと思ったんです」



 校長先生の俺への評価は過剰な気がするが、言われて嬉しいのは確かだ。



「わかりました。運営委員、やってみます」


「ありがとう。それじゃあ、私達は少し大人の話し合いをしますから、高城君と香月君は運営委員に顔を出してみてください。話は通してあるので」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 校長に言われた教室の前に立つ。ここに運営委員の人が集まってるらしい。



「すいません、校長に言われてやってきましたー」



 中に入ると運営委員の人達に歓迎の挨拶をされる。それから後夜祭担当の所に案内される。



「最近よく会いますね、高城先輩に比奈さん」



 そこには見知った顔がいた。梨花さんだ。



「梨花さん、一年生なのに運営委員に入ってるのか」


「私だって入りたくて入ったわけじゃないです。今年の後夜祭のことを話されて、元アイドルの私なら盛り上がるライブの構成とか組み立てることができるんじゃないかと買われて、ここにいるんです」



 梨花さんはため息をつく。



「ちなみに梨花さんはどの程度構成考えてるんだ?」


「えっとですね、まず挨拶から始めて、次にセカンドシングルの――」



 あ、これ嫌々な感じを醸し出しつつ、実はやる気満々なパターンだ。



「と、とにかく、また少しの間よろしくお願いしますね」



 語りすぎてしまったことに気づいて梨花さんは顔を赤くしていた。俺と比奈は顔を合わせて苦笑して、



「こちらこそよろしく」


「私の方こそよろしくね」



 と言った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ライブの開催が決まった夜、比奈から着信があった。最初は彼女から電話が来ただけでテンションがもの凄いことになっていたが、今では当たり前のことになっていた。



『ライブを近々するって話は出てたけど、まさか崎高でやるとは思ってなかったよ』



 そういえば少し前にライブがどうたらこうたらと話してた記憶がある。俺が開催側に回るといったこともおぼろげながら覚えている。



「比奈にとって初のライブなんだよな。どんな心境だ?」


『楽しみ半分、不安と緊張が半分ってところかな』



 そんなとこだろうと思ってた。



『でも、嬉しいな。ライブ、一度やってみたかったから。色々あって中々出来なかったからね』



 アイドルになって初のライブ。アイドルといえばライブをするといったイメージが一般的だ。そう考えると今回のライブは、比奈にとってアイドルになれたと実感するものになるかもしれない。



『ああ、どうしよう。今から考えないと。開幕は皆元気ー?って挨拶して、あとこの時のポーズはえっと、えっと――』



 比奈は楽しげに少し先のライブのイメージを練る。聞いてて微笑ましかった。

 


「ライブ、絶対成功させような」


『うん!』



 俺達は互いにそのことを祈り、目標とする。

 頑張ろう。比奈の熱意を無駄にしないためにもきたるべき後夜祭に向けて全力を尽くすことを決意した。



 

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