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EX.4「岩垣直弘(後編)」

【side Naohiro】


「うわ! 一杯漫画あんな」



 高城を部屋に案内すると、そんなリアクションをされた。



「お前も変なやつだな。そんなに俺のことを馬鹿にしたいか? あれ読みたいだなんて」


「別に馬鹿にしたつもりはないけど」



 言い訳する高城にこの前の漫画を渡す。



「お前は断片的に聞いてるだけで、どんなものか知らないんだろう。見てみろ。どうせ、お前も俺を軽蔑するだろうから」



 好きにしてくれ、と思った。もうなんといってくれてもいい。まだ正面から引いてくれた方がやりやすい。



「やっぱこれだ!」



 が、高城は予想外の反応を見せる。



「……は?」


「いや、まさかとは思ったけど、これだよこれ! 由香梨が夜テレビ付けたら偶然やってたアニメって。あいつが意外と面白いって言ってたからどんなもんかと思って探してたんだ」



 ……探してたってこれをか?



「読んでいいんだよな?」


「あ、ああ……」



 勢いに圧倒されて承諾してしまう。あれ、こんなはずじゃなかったんだが。

 しばらくすると読み終わったらしく、本を閉じる。



「表紙とは裏腹に結構しっかりした作品じゃん」


「そうだろ!?」



 つい嬉しくなって詰め寄ってしまう。が、すぐ冷静になる。



「す、すまない……」


「いやまあ気持ちはわかるよ。普通に面白かったし」



 変に気を遣わせてしまったかもしれない。でも面白かったの部分は本心のように聞こえた。



「他に何かお薦めとかあったりする?」



 高城は本棚を指差して言った。


 そこからは普通に友人を部屋に上げた感じになった。漫画を読んで、アニメになった作品を見て。高城は意外と物事をはっきり言うやつらしく、面白いものには面白いと、つまらないと感じたら自分には合わないだの。俺は高城の好みを分析して紹介する作品を選び、あいつが疑問に感じたところだったり、知ってたらもっと面白くなる知識だったりの補足をしていた。

 気がつけば外は夜になんていて、いつの間にか高城に心を許している自分がいた。



「これ、借りてっていいか? 是非読ませてやりたいやつがいるんだ」



 帰る間際、高城は最初に読んだ漫画を手に持ち聞いてきた。きっと彼の幼馴染に読ませるつもりだろう。



「汚したりしないのなら別にいいぞ」


「人の物を雑に扱うような教育は受けてねえよ。まったく素直じゃないな、岩垣は」



 最初は嫌味しか感じていなかったが、少し話をしてみると高城は見てて気持ちいい笑い方をするやつということに気づいた。



「借りた漫画は学校で返すよ。だから、直弘。ちゃんと学校に来いよ」



 その言葉の本意は学校に来ない限り本は返さないという脅しだった。意味を悟った俺は「ああ、わかったよ」と短く返した。

 あと和晃が俺の名前を始めて下の名前で呼んだのはこの時だった。



 その日の翌日から再び学校に通い始めた。何だかんだでサボった日数はそんな多くなかったので病気が長続きしたという理由で納得してもらえた。

 とにかく高城から漫画を返してもらうまではクラスメイトのいじりに耐えないといけない。正直、憂鬱だったのを覚えている。

 クラスに生徒がどんどん集まり始め、高城も登校してきた。



「おーっす。いい天気だな今日は」



 なんだかこの日の高城はいつもよりテンションが高いような気がした。



「そうそう、面白い漫画見つけてさ。つい学校持ってきちまった」



 ほら、とバッグからそれを取り出す。高城の台詞を聞いてから予測できたものの、貸したばかりのあの漫画だ。

 あいつ分かってるんだろうな。俺がああなった原因はクラスメイトに「あんな本」を読んでるのがバレたのが原因だ。

 高城はそんなに馬鹿なやつじゃない。テストでもそこそこの順位らしいし、昨日の会話から推測するに頭も回る。ということは、何か考えでもあるのだろうか。



「それってロリコンが読んでたやつじゃねーか。和晃もそういうのが好きなのか?」



 そいつの言葉にはからかい半分、侮蔑半分で構成されていた。

 高城は怒るわけでも、否定するわけでもなく、ただそいつに本を押し付けて、



「お前これ読んだことないだろ? いいから変な偏見持たずに読んでみろよ。きっとロリコンだのどーだの言えなくなるぞ」



 そいつは渋々読み始めた。だが読み進めていくうちにページを捲るスピードが早くなる。



「……面白いな、これ」



 本をパタンと閉じて感心するように呟いた。



「え? お前マジで言ってんの?」


「いやほんとだって。読んでみろよ」



 また別のやつが漫画を受け取り、読み始める。



「続きはないのかこれ」


「ある。けど俺が持ってるのは一冊だけだ。続きは直弘が持ってるんじゃないか?」



 高城は俺に顔を向けてくる。昨日持って行かれた本は一冊だけだった。一巻だけでいいのかと思ったが、まさかこういう意図があったとは。

 


「えー……でもロリコンだしな。それにお前、直弘って……」



 そいつは露骨に嫌そうな顔をする。



「昨日、先生に頼まれて直弘の家行って、色々話したんだ。別にこいつロリコンとかそんなんじゃねーぞ。何を勘違いしてるのか知らんが、直弘はただ漫画とかアニメが好きなだけだよ」


「でも気持ちわりーじゃん?」


「何が気持ち悪いんだ?」



 高城は真面目にそう言っていた。



「好きなものを好きって言ってるだけじゃないか。それはいいことじゃないのか? 変に自分を抑えるよりはよっぽどましだろ」


「でもよ……」


「お前だってその本面白いって言ってたじゃないか。知らないものを理解しないで勝手に偏見持ちやがって。お前、直弘の何を知ってるんだよ。俺がいえた口じゃないかもしれないけど、お前なんかよりはずっと直弘のことを知ってると思うぞ。お前らが勝手に言ってるだけじゃないか。どうしてもロリコンって呼びたいなら、もっと直弘のことを理解しろ。話して、自分のイメージを追い出して、自分から知ろうとしろ。人間なんて自分から知ろうとしない限り何も知ることは出来ないんだから。あいつに何か言いたいなら、そっからにしとけ」



 高城の言葉に誰も反論できなかった。妙な説得力があいつの言葉には含まれていた。



「まあ、なんだ。お説教みたいになっちゃったのは悪い。けど俺の中ではもう直弘は友達だ。友達を馬鹿にするのは許さないぞ。お前だって友達が傷つけられたら怒るだろ? それと同じだ」



 その瞬間、俺と和晃は友達になった。

 


「……悪かった、岩垣。からかって」



 高城に怒られて反省したのだろう。素直に謝ってきた。



「だから、その……あれの続き読ませてくれないか?」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――とまあそんなことがあってな。俺を馬鹿にしてたそいつが今や幼女もの好きになってロリコン道をまっしぐらに進んでいる」


『オチのせいでいい話が台無しなんだけど』



 しかしこれを語らないわけにはいかない。



『とにかく、カズとはそれをきっかけに仲良くなったってことだな』


「ああ。普通に話すようになって、気が付いたらあいつとよくいる菊池とも絡むようになった。高校が一緒なのは三人とも学力が同じぐらいだったからだ」



 俺達三人で同じ学校行こうぜ!といった友情物語はない。



『成る程。でも二人の馴れ初めは結構劇的だね』


「劇的とは言ってもあのことは俺達の中じゃ普通の思い出になってるし、そうでもないんだよな」



 とは言ってもいざ語ってみると小説にできそうなエピソードだと思う。



『中学の頃からカズは変わってないね』



 はは、と笑う声がした。ブレない人間性に安心してるようだ。



「いや、そうでもないぞ。俺の目が正しければだけど……中学の終わりにかけてから雰囲気が変わって、それからしばらくして香月と出会ってからまた変わった気がする。……いや、変わろうとしているのかもしれないな」


『言ってる意味がよくわからないんだけど……。変わろうとしてるって?』


「それがどういうことかはいまいち分からん」


『うーん、難しいね』



 久志の言うとおりだ。

 それに俺は和晃の良い所は知っているつもりでも悪いところはあまり知らない。プライベートに関する事だって実は一部しか知らない。別にそれでも構わないんだろうが、あいつにはまだ別の顔が……秘密みたいのがあるような気がしてならない。



『推測も何も出来てないの?』



 直弘の問いかけで意識を元の軌道上に戻す。



「ううむ……そうだな……少し前までのあいつは自分から逃げていたような気がする。けど、今はちょっとずつ『何か』に立ち向かおうとしているというか」


『わかるような、わからないような』


「俺もそんな感じだし気に病む必要はない。とにかく一年前のあいつはどこか『異常』だった。けれどその異常は、香月によって正常になりつつある。もしくは、正常になろうとしているんじゃないかと思うんだ」



 和晃は安岡恵の件で自身の「異常」の一端に触れた。問題を起こした彼女の影に隠れて気付けなかったはずだが、確かにそれと向き合った――と思う。



『よくわからないけど、カズにも色々あるってことかな』


「今はそういうことでいいと思うぞ。ただ、もしその色々で和晃が苦労するなら、力を貸してやりたいと感じている」


『ただの思い出って言ってるけど、カズにやっぱ恩を感じてるんだね』



 そうかもしれない。でも、その恩を抜きにしても俺は友達としてあいつを助けたいと思う。

 人のためにああして悩み、苦悩出来る人間など早々いない。アイドルに啖呵をきれたのもあいつだからだろう。

 そういう人間が苦しんでる時に手を差し伸ばしたいと思うのは「異常」だろうか。



『ま、そういうことはその時が来たら考えようよ。今は高校生らしく楽しもう。二年生はイベント盛り沢山だしね』


「そういやもうすぐ文化祭か」



 準備で忙しくなる自分達の姿が目に浮かんだ。


 とにかく目先のことを考えよう。これからどうなるかは『その時』がきたらわかることだ。

 今は文化祭を盛り上げるために、最高の思い出を作るために努力しよう。小さな日々の積み重なりがこれから起きる「その時」を打破する力になれるようにもな。




これにて三章番外編は終了。次回より四章開始です。

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