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EX.2「両手に花(後編)」

「この後どうしようか」



 腹も膨れた上に由香梨を言い負かしたことも重なって、ご満悦な恵ちゃんが切り出した。

 由香梨VS恵ちゃん(若菜ちゃんという味方付き)の言い合いは見事恵ちゃんに軍が上がったらしい。由香梨は最後に「次に会った時は覚えてなさい!」と小物感を丸出しにして退散していったとのこと。

 それから俺達三人は適当な店に入って昼食を取り、再び外に出てブラブラしているところだ。

 


「二人で遊ぶ時はいつもどうしてたんだ?」


「前に少し言わなかったっけ? 服を見て回ったり、漫画喫茶で二人でのんびり漫画見たりとかかな」


「ああ、それ恵ちゃんのことだったんだ」



 特に目的も定まらず、どうするかという会話をしながら適当に足を進める。



「あれ。こんな所にアニメエト出来たんだ」



 恵ちゃんが店の前で立ち止まる。出来てからあまり経っていないようで小奇麗な店だった。

 


「そういや、お友達は漫画が好きだって言ってたな。つまり恵ちゃんって漫画好きってことか」



 アニメエトは色々な漫画や、ライトノベル、アニメのDVDやよく薄い本と称されるらしい同人誌というのが揃えられている店だ。違う店舗だけど何度か直弘に誘われて入ったことがある。



「中に入るか?」


「入りたいのは確かだけど、今日はお兄ちゃんもいるし遠慮しとくよ。三人でもっと楽しめる所に……って比奈?」


「……え? 何?」



 あからさまに肩を落としている子がいた。



「入りたかったのか?」


「べ、別にそんなことないよ」



 けれどチラチラと店を見る比奈である。比奈ってたまにめんどくさい時があるよな。



「……あ、そういえば集めてる漫画の最新刊が発売してたんだった。折角だし、やっぱり寄ってみないか?」


「うん、私もカズ君に賛成!」


「私はどっちでも構わないよ」



 意気揚々としている一人を横目で見ながら恵ちゃんも俺に合わせてくれる。



「そうときまれば、早速行こう! 先が気になってたファンタジー漫画の最新刊が出てるんだ!」



 子供のように目を輝かせる比奈。俺と恵ちゃんは目を合わせてお互い肩をすくめた。

 

 店内は思った以上に賑やかで熱気があった。もっとこじんまりしてるように見えたが、実際は品揃えが豊富で至る所にポップが貼ってあったり、小型テレビがアニメの映像を流していたりする。

 二人にお薦めの作品を紹介してもらいながら、店内を物色する。


「あ、あった」



 比奈がお目当ての物を見つけたようだ。



「あーこれね。最初しか読んだことないんだけど、そんなに面白かったんだ?」


「うん。話が進んでいくうちに世界がどんどん広がっていって。ワクワク感もあるし、主人公が熱くてかっこいいんだ。特に今仲間の重要な秘密がバレて、凄く気になる終わり方してたんだよね」



 とても熱い語りだった。その作品は何でも主人公が異世界にトリップし、そこで出会った仲間達と旅しながら、やがて世界を巻き込む戦いに身を投じていくことになるという、王道ファンタジーものらしい。ふむ、ちょっと興味あるな。



「そういやこの作品、アニメ化決まったってことであっちに作品のコーナーが作られてたぞ」


「ほんとに? 見逃してた。行こう」



 この比奈、強引である。引っ張られるようにしてついていく。

 そこには作品をプッシュする大きな文字や、アニメ化決定という文字だったり、漫画のワンシーンがポップにされて貼られていた。その中でも特に目立ったのがヒロインらしき人物の等身大ポップなのだが――。



「これは素晴らしい! まさか等身大の君に出会えるとは!」



 その前に立つ男が一人。手を大きく広げ、何もかも受け入れるような寛大な姿をした彼に、



「どうして行く先々に知り合いがいるんだ!」



 と理不尽なチョップをかましてやった。



「誰だ後ろから頭を叩くバカは!?」


「ポップの前で感動してる馬鹿こそ誰だよって言いたいわ!」



 男の正体は直弘だった。友人として何だか情けない。



「む? 和晃か。それに香月と……誰だ?」



 由香梨達と全く同じことを口に出して首を傾げる。

 さっきみたいな面倒事は勘弁なので、先に説明することにした。



「なるほど。和晃と香月と、その安岡って子の三人でデートしているわけか」


「まあ、そういうことだ」



 直弘はふむ、とメガネをあげて、



「リア充爆発しろ」



 人に満面の笑顔で爆発しろと言われた時、どういう反応をしたらいいか俺にはわからなかった。



「岩垣さんって漫画とか好きなんだ?」


「まあな。自分で言うのもなんだが俺は生粋のオタクだ」



 ほんと自分でいうのもなんだよな。



「色々な漫画を読んでいるが、この作品は近年じゃトップクラスの面白さだ。凄く捻った物語じゃないんだが、主人公に共感しやすく、王道的な面白さがある。最近は色々と偏った作品が多いからな。こういうシンプルなものが逆に映える」



 直弘が言うと、説得力が段違いだ。本格的に読みたくなってきた。後日買ってみよう。



「岩垣君はよくわかってる!」



 そして直弘に共感してしまったアイドルがここに一人。



「香月も……読むのか、これ」


「もう何度も読み返したよ! 特に王都を襲ったあの子を助けるために啖呵を切る所とかがかっこよくてもう……!」


「おお、わかってるじゃないか! あそこで仲間達が主人公を支援しているところもいいよな!」


「そうそう! 他にも他にも――」



 二人が楽しそうで何よりです。取り残された俺と恵ちゃんは、



「……恵ちゃん、漫画喫茶でも行ってあの作品でも読むか」


「結局行くことになるんだね、漫画喫茶」



 漫画を読むことに決めたのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「二人とも、どうだった?」


「いや中々に面白い。アニメも見てみる」


「私もお兄ちゃんと同意見!」



 あの後、三人で漫画喫茶に突撃し、例の作品を刊行されている巻まで読んでしまった。外に出ると辺りは暗くなりはじめていた。



「でも途中からデートっぽくなくなっちゃったね」


「う……ごめんね。私のせいで」


「比奈が謝ることはないよ。元々私が無茶言ったんだし。楽しかったのならそれでいいと思う」



 恵ちゃんが目配せしてくる。



「ああ、恵ちゃんの言うとおりだ。のんびり漫画を読んで、語らうのも一興じゃないか?」


「そう言ってくれると凄くありがたいね」



 今回はデートにこだわる必要はない。三人でこうして平和な時間が共有できたならそれだけで満足だ。冷や汗をかいたりもしたけど実際楽しかったし、漫画も面白かった。これ以上ないくらい休日を満喫できた。



「後は何も起きずにこうしてまったり帰れればそれでいい」


「あれ……比奈さんに高城先輩ですか?」



 まったり帰ることは出来なくなってしまった。今日の知り合いとのエンカウント率と、フラグの回収率どうなってんだ? 見えない存在が確率いじってるんじゃないかと本気で思えてきた。



「梨花……どうしてこんな所に?」



 梨花さんに対する比奈の態度は大分緩和されている。この前の件で梨花さんに助けてもらったことや、実のところ比奈にどんな印象を抱いているのかを簡潔に伝えてあるため、見方が大きく変わったそうなのだ。 



「そういう比奈さんこそ。高城先輩とデート……ってわけではなさそうですね」



 梨花さんは恵ちゃんを見つめながら言う。

 一応デートではあるんだけど。変な誤解をされる前にまた説明しなくちゃいけないのか……と思ったが。



「あれ、梨花?」


「え、恵先輩?」



 どうやら互いに顔見知りのようだ。



「元々は恵も同じ養成所にいたから、二人とも顔馴染みなんだよ」



 横から比奈の補足が入る。その間に二人は久しぶりにあった(むね)の会話をしている。



「なるほど、そういうことだったんですか。あれ、ということは危機に陥ってたアイドルの卵ってまさか……」


「うん、恵ちゃんのことだ」



 すいません、お騒がせしました、と恵ちゃんは頭を下げる。



「恵先輩だったのには少し驚きましたが、それで比奈さんもあんな態度を取ってたんですね」


「う、申し訳ないです……」



 比奈は前に梨花さんと会った時のことを詫びる。



「謝る必要はないですよ。でもようやくすっきりしました。それにこうして三人でいるってことは、恵先輩はまだ夢を追うってことですよね?」



 梨花さんの問いに恵ちゃんは、



「うん!」



 と清々しい笑顔で答えた。



「そうですか。……私はもう辞めた身ですので、偉いことは言えません。恵先輩のことも比奈さんのことも応援するだけです。ただ、比奈さん」


「ん、何?」


「比奈さんは私達のグループの皆のことをまだ引きずっているんですよね?」



 比奈はすぐに答えなかった。彼女の質問の意味をじっくり考え、自信を持ってその言葉を導き出す。



「――うん。私は皆の想いを受け継いでいく。それがどんなに苦しいことなのかはわかってる。けど私は皆と正面から向き合って、前に進んでいくよ」 


「……引きずるのは構わないけど、きちんと自分の道を進んでくださいって言おうとしたんですけど、その様子じゃ心配いらないですね。でしたら、私の無念を――お願いしますね」


「――任せて」



 改めて梨花さんの想いを比奈は受け取り、夢の延長線上へと進んでいく。



「偶然でしたけど、凄く有意義な会話が出来ました。あ、そうそう。二人は勿論、高城先輩も頑張ってくださいね」


「え、俺も? 何を頑張ればいいんだ?」



 突然話を振られてちょっと焦る。



「それはまあ、女性関係のこととか、あとこの前の約束とか」


「この前の約束……? お兄ちゃんってば梨花にも手をかけるなんて、悪い人だね」


「カズ君、幾らなんでも節操がないよ」



 ねえ、俺のポジションが勝手に変な方向に確立されているんだけどどういうことなの。



「あのな、そんな大層な約束じゃないぞ。そもそも梨花さんには黒瀬祥平っていう想い人が――」


「わー! わー!」



 梨花さんが顔を赤くして俺の口を閉ざそうとしてくる。ううむ、まさかとは思ったが本当に祥平が好きなのか……。



「梨花が可愛い……!」


「梨花も乙女になったねえ」


「先輩方!?」



 これ見よがしに梨花さんをからかいはじめる事務所の先輩二人。

 夢を叶えた者、夢を追う者、夢を諦めた者。夢といういくつもの道を別々に進んだ彼女達。様々な葛藤や複雑な想いがあるだろうが――それでも今こうして笑えている。それはとても素敵なことじゃないんだろうか。



「……比奈さん。あんまり調子に乗ると高城先輩との本当の関係ばらしますよ?」


「ごめんなさい! それだけはやめて!」



 ……素敵なことだといいな、うん。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「もし高城先輩が浮気したり、しそうだったら遠慮なく私に電話下さい。一緒に対処法を全力で考えますから」


「うん、その時はよろしくね」



 本人を目の前にそのような会話はしないで頂きたい。あと浮気性じゃないぞ俺は。一途だ一途。……多分。



「それじゃあ、お兄ちゃん、比奈。またねー」


「さよならです。比奈さんに高城先輩」



 別れ道で二人とさよならを言い合う。俺と比奈は安定の二人で途中まで帰宅だ。



「凄い賑やかな一日だったな」


「そうだね。行く先々で色々な人に会ってね」



 はは、と苦笑いする。いい意味でも悪い意味でも今日のことは忘れられそうにない。



「でもこうして三人でまた遊べてよかった」



 比奈も俺と同じ思いのようだ。

 ああ、と短く返して、沈み行く太陽とそれによって伸びる自身の影を見つめながら余韻に浸る。

 お互い無言になる。涼しい秋の風が心地よく、比奈もそれを感じ取っているかな、とほのぼのしていると、



「あ、あのか、かかかカズ君!」


「え? は、はい」



 突然大きな声で名前を呼ばれた。彼女の顔は夕日に照らされているのも合わせて真っ赤かだった。どうやら全然違うことを考えていたようだ。



「ど、どうした?」



 今の会話の流れで目の前の彼女が出来上がる理由がよくわからない。彼女は意を決したらしく、しゃべり始める。



「――を……してください」


「ご、ごめん。もう一度言って」



 しかしその声は酷く小さく殆ど聞き取れなかった。彼女との距離を近づけ耳を立てる。



「――う、腕を貸してくれない、ですか?」



 軽く涙目になって、さらに上目遣いで、とてつもなく恥ずかしいことを告白しているような感じだ。実際恥ずかしいのだろうが……。



「う、腕?」



 彼女は凄い勢いで頷く。



「か、貸すって……? よくわからないけど、痛いことじゃないなら腕の一本や二本いいけど」



 彼女の意図は掴めないままだがとりあえず腕を差し出してみる。



「お、お邪魔します」



 誰に何をお邪魔するんだ。

 彼女はそっと近づいてきて遠慮がちに差し出した腕に絡み付いてきた。



「……えっ!?」



 本日一番の驚きである。

 比奈が? どうして? 何で? 腕に抱きついてくるんだ? え、え?

 もの凄い混乱が発生しつつも、何とか説明を聞こうと真横にいる彼女を見る。彼女もまたまともに顔を見れないらしく、地面に視線を向けていた。



「あ、あの、これはね、えっと……め、恵がいけないんだから!」


「恵ちゃんが?」



 確かに恵ちゃんも同じように腕に抱きついてきてたけど、それが関係あるのか。



「恵がカズ君の腕にこうしてる時、凄く気持ちよさそうというか、心地よさそうというか、えーっとえーっと、とにかく、ちょっといいなとか思ったり思ってみなかったり……」


「そ、そうか……」



 わかったようなわからないような。



「それで、ど、どうだ。感想は……」



 何を聞いてるんだ俺は。アホか。



「うーん……思ったより硬いかな」



 そりゃ筋肉ありますしね。仕方ないです。わかってはいても少しショックだ。



「で、でも……暖かくて、その、何だかとても安心できるっていうか……」


「ま、マジか……」


「うん、マジだよ……」



 そんなやり取りをして、この姿勢のまま足を動かす。



「恵ちゃんが、恋人らしくないって言ってたけど」


「う、うん」


「今の俺達はきっと恋人らしいよな?」


「多分……」


「じゃ、じゃあ色々な人に見せびらかさないといけないな」


「そ、そうだね」


「だから……少しゆっくり歩こうか」


「うん……」



 夕日が俺達の影を重ねて映している。秋の涼しい風を二人で感じている。

 変わりゆく季節と共に俺達は進む。ほんの少し、速度を緩めながら。




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