EX.1「両手に花(前編)」
番外編という名の三章後日談です。本編と違い、完全なラブコメですので肩の力を抜いてお楽しみください。
公開恋愛開始以後、周囲の視線を受けることは多くなった。それは分かり切っていたし、覚悟を決めてたから別にいい。
しかし今日の観衆の視線は今迄の比じゃない。人ごみの多いアウトレットモールにいるのも一つの原因だろうが、それ以上に……。
「お兄ちゃ〜ん」
「め、恵、そんなことしないの」
今の俺を挟み撃ちにしてる二人の少女が理由の大部分を占めるだろう。
「三人で遊べ……デート出来る絶好のチャンスだもん。楽しまないと」
言い換えるな。あと男一、女二のこの状況は果たしてデートと呼べるのだろうか。
右隣には比奈が少し間を空けて並んでいる。反対側には恵ちゃんがいるのだが、彼女は隣に並ぶというよりか密接してきているのだ。。しかも腕に抱きつく形で。彼女の胸は大してでかくない……というよりぺったんこに近いのだが、こう密着されるとその僅かな膨らみの柔らかさが伝わってくる。正直たまらん。
だが、こういった野外プレイは俺の性癖じゃない。どちらかというと羞恥心の方が勝っている。
「比奈はいいの? お兄ちゃんも喜んでくれるし、何より気持ちいいよ」
「わ、私はそんなことしないもん……!」
間に立つ俺の瀬が……。
……ああ、どうしてこうなった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「比奈とお兄ちゃんって恋人のフリしてるんだよね?」
きっかけはこの会話だった。
ラジオの収録を終えた後、相手を労い、それから一休みしている所で恵ちゃんが言ったのだ。
「そうだよ。それがどうかした?」
「フリって言ってもどこまで恋人らしいことしてるのかなあって思って」
「ああ、そういうことか。キスとかそれ以上のことはしないってことになってる」
「そうなんだ。デートとかは?」
恵ちゃんもどうしてこんなことに興味を持ったんだろうか。
「えっと……それはしてるよ」
比奈は恥ずかしそうに答える。恵ちゃんは比奈の態度をものともせず平然と追求する。
「何回ぐらい?」
「えーっと二回?」
「そう、二回だ」
一回目は盛大な失敗に終わり、二回目も別の目的があったけど。
「恵?」
見れば恵ちゃんはプルプル震えてる。小動物が怯えているようでちょっと可愛い。
「ぜんっぜん! 恋人らしくなーい!」
と思ったら彼女は感情を爆発させた。
「ラジオのやり取りでも思ったけど、全然恋人らしくない! ただでさえまだ知り合ってそんなに経ってないんだし、もっとイチャイチャしないと!」
「でもイチャイチャするといってもどうしたらいいか……」
「お兄ちゃん!」
「はい!」
突然の指名に軍の上官に返答するような感じになってしまった。
「お兄ちゃんは彼女がいたことは?」
「ないよ」
「……なら彼氏がいたことは?」
「あるわけないだろ!」
一部の人間には申し訳ないが、俺にそんな趣味はない。至ってノーマルだ。
「あるとしても様々なシチュエーションの妄想を即座に出来ることぐらいだ!」
「自慢っぽいけどそれ変態アピールだからね!?」
最近自分をいい意味でも悪い意味でも解放させていってる気がする。
「とにかく、二人とも恋人がいたことないんだから、少しでも埋め合わせるために頑張らないとだよ!」
「そう言う恵ちゃんには勿論恋人いたことあるんだよな?」
「……今は私のことは関係なし!」
「いやいやいや」
出来る人みたいな語りしてるのに、恵ちゃんも初心者じゃないか。
「今迄大丈夫だったし、そんなに気にしなくても大丈夫だよ」
流石の比奈も面倒になって来たのかそれとなく話題を終わらせようとしている。
「じゃあ聞くけど、私みたいに自分達から話した人以外で本当の関係がバレたことは当然ないよね?」
「あるわけ……」
反論しようとした所で一人の少女の顔が思い浮かぶ。
比奈のトラウマを想起させる人物。年下なのに思わず「さん」を付けてしまう人物。恋する乙女、梨花さんだ。
「ある……」
比奈のことを詳しく知ってたというのもあるが、それでも俺たちの関係は匂っていたらしい。
「だ、誰にバレたの!?」
比奈もオロオロしだす。
「ほらやっぱり」
恵ちゃんは腰に手を当て偉そうにふんぞり返る。
「め、恵、どうしたらいいかな?」
まんまと彼女の思惑に嵌り、彼女にすがりつく比奈である。比奈には怪しい物には絶対手を出すなと今度きつく言っておいた方がいいかもしれない。
「私は二人に助けられたから。それと私が個人的に協力したいっていうのもある。だから、二人の公開恋愛を私は全力でサポートする」
比奈が手を組んで、まるで教会の前で神に祈る子みたいになってる。危ない宗教を調べておいて、誘われても入らないようにと強く言っておこう。
「しかし、今の流れでサポートって何をするつもりだ」
嫌な予感しかしない。
「私がデートの何たるかを教えてあげましょう」
「その心は?」
「二人のデートに私もついていくね」
恵ちゃんは悪戯な笑みを浮かべる。ああ、本来の彼女は悪戯好きとか言ってたな……。
ここまで元気が戻ったことを素直に喜ぶべきなのだろうか。
この時点でわかることは波乱万丈なデートになるということだけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな経緯を経て今に至るわけだが。
「恵ちゃん、俺たちのサポートをしてくれるんだよな?」
「うん、そうだよ」
「今の恵ちゃんはむしろ誤解を招きかねないことをしているんだけど」
第三者から見て、隣に微妙な距離の彼女。その彼氏にベッタリな女の子。俺なら目と頭を疑う。
「お兄ちゃんにデレデレの妹って設定にしとけばバレないよ」
「いや、そういう問題じゃなくてだな」
「あれ、もしかしてお兄ちゃん」
恵ちゃんはニヤリと笑う。段々とこの悪戯する時の笑いが彼女らしいなと思うようになってきた。
「私なんかに抱きつかれてドキドキしてる?」
彼女自身、自らの容姿が普通より幼いことを理解し、落ち込むのではなくそれを最大限に利用している。そりゃまあ見た目は小学生……だと犯罪になりそうだからギリギリ中学生に上がりたての女の子にしよう。とりあえず、実年齢よりも幼く見えるけど……。
「そ、そりゃまあ恵ちゃんも女の子だからな。初心者の俺には刺激が強いよ」
彼女から目を逸らして言う。
チラッと見てみると恵ちゃんはポカンと呆けていた。だがすぐに笑顔になって、更に強く抱き締めてくる。
「お、おい!?」
「いやあ、中々そういった扱いを受けた事がなくてね。不覚だったけど嬉しかった。だから、ご褒美だよ」
顔をほんの少し上気させていることから、これは彼女の照れ隠し……ということだろうか。今はそういうことにしておこう。彼女の方も満更じゃないようだし、抱きつかれるにも納得できる理由があったほうがいい。
とまあ、恵ちゃんの行動を許容しはじめたのはいい。だが隣にいる比奈の視線が鋭くなってきてるような気がする。
「あの、比奈の様子がおかしくなってるのって気のせいか……?」
恵ちゃんにこっそり耳打ちする。
顔を二マーっと綻ばせて彼女は答える。
「比奈も素直じゃないんだから、ふふ。ちゃんと比奈のご機嫌を取るプランは用意してるからお兄ちゃんは心配しなくていいよ」
「無茶言うなって」
比奈の迫力はどんどん増していってる。どうしてそうなってるのかは見当も付かないが、彼女が不機嫌の限度を超したら宥められる気がしない。正座しながら顔をうなだれて説教を延々聞かされるのが想像出来るのがまた怖い。
「そんなことより、今は楽しもうよ。ほら、私のせいで……二人の元気を奪っちゃったからさ。今日は二人に笑顔になってほしい。だからネガティブなんかならないで」
恵ちゃんはあの太陽のような笑顔で言ってくる。
もしかしたらこのデートは彼女なりの罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。この前までの自分に責任を感じて、俺達に何かしたいと思った結果、この両手に花デートを思いついた。
もしそうだとしたら、と考えると無性に嬉しくなってきた。彼女のために頑張った甲斐があると思えた。俺達が見たかったのは、彼女の明るい笑顔だからだ。
この前の報酬としてこのデートがあるなら、嬉しいことこの上ない。嫌々だった面があったけど素直に楽しめる気がしてきた。いや、楽しもう。楽しむんだ。
この謎の理屈からきた腕の抱きつきだって、世間を誤魔化す方法は幾らでもある。下手に知人に会わない限り大丈夫だ。それにこのアウトレットモールは地元の隣町だから知人とエンカウントする確率も低い。
そう、だから目一杯楽しもう! この腕の柔らかい感触も存分に味あわせてもらおう!
「……和晃君に、比奈に……誰?」
欲望が表面化してきたところに聞き覚えのある声が耳に届いた。
表情を凍らせたまま、声のした方を向く。当たり前のように由香梨と若菜ちゃんがいた。
フラグを建てて即回収だなんて一級フラグ建築士を目指せるかもしれない。
「あ……」
直感的にこの状況が悪いものであると察した。
腕に抱きつく見た目中学生上がりたてのツインテール少女、隣には人気アイドルの女の子。それを呆然と見つめるナイスボディの持ち主と小さい頃からの幼馴染。人はこういうのを修羅場というのだろうか。
「和晃、これは一体……?」
しばしのこう着状態を破ったのは由香梨だった。
「デートだ」
場にピシリとヒビが入ったような音が聞こえた気がした。あ、これ、選択肢ミスった?
「……へえ、比奈もいるのに和晃君、違う女の子も連れて。……私、現実世界でハーレムを目指そうっていうのは頂けない」
特に若菜ちゃんの負のゲージがカンストを迎えようとしていた。
「ま、待て。話を聞いてくれ。これはその、俺が……擁護のために比奈も追加で、えーっと、俺達が望んだことじゃないんだ」
「でもこうやって抱きついたことには満更でもなかったよね、お兄ちゃん?」
「お願いだからややしこしくしないで!」
というか恵ちゃん、この場を楽しんでません?
「……お兄ちゃん? 和晃君の妹?」
「待ちなさい、若菜。和晃に妹なんていないわ。つまり、和晃はその子にお兄ちゃんって呼ばせて満足しようっていう変態だったってことよ……」
「……和晃君が……そんな……」
「お前ら妄想膨らませるの早いな!」
瞬時に妹いないけどシスコン属性有というステータスを持たされてしまった。
「ふ、二人とも待って。一応、カズ君の名誉のために言うけど、お兄ちゃんって呼んでるのは恵が勝手にしてるだけで……」
比奈が援護してくれる。女神かあなたは。
「ん? 恵?」
「そ、そうだ。この子は恵ちゃんだ。この前の件の中心人物の安岡恵ちゃんだ。彼女が三人で遊ぼうって言って、こうして三人でいるわけだ。今の俺の状況は恵ちゃんにからかわれてこうなっているだけで、俺の性癖は関与してないです」
よくよく考えればちゃんと説明しておけばいいことだった。若菜ちゃんや由香梨は「恵ちゃんは俺達に恩を持っている」と思ってるだろうし、その恩返しとしてこうしている……と解釈してくれればいいんだけど。
恵ちゃんにも「この二人は案を一緒に考えてくれた人達だからあまりからかわないで欲しい」と説明する。それを聞いて改心したのか、二人に謝った。
「とまあ、そういうわけです」
何とか誤解を解き、更に詳しく今の状況を説明した。それで二人もどうにか納得してくれた。
「いや、でもしかし、これが噂の恵ちゃんなのね……」
何やら由香梨が恵ちゃんに興味を示している。呼び方もいつの間にかちゃん付けになってるし。
「な、何かな……?」
今は腕の抱きつけも解除し、普通に立っている恵ちゃんが自分を見つめる由香梨にちょっとしたうろたえを見せる。
「可愛いー!」
怒涛の勢いで由香梨が恵ちゃんに抱きついた。
「恵ちゃんがこんなに小さい子だなんて思わなかったよ。まだ小学生なのに、限界を感じて挫折しかけるなんて、凄く大変だったね。そりゃあ比奈も和晃も酷く心配するし、親身にもなるわけだよ。辛かったね。大変だったね。よかったよかった。ツインテールもすっごく似合ってる。可愛いねえ可愛いねえ。また何か辛いことが起きたら、今度はお姉ちゃんも力になってあげるから! だからよーしよーし」
愛しのペットをめでるように、これでもかと恵ちゃんの頭をなでる由香梨。どうやら小学生と完全に勘違いしてるみたいだ。
恵ちゃんはされるがままだったが、彼女の後姿を眺めているとどす黒いオーラが放出されているような錯覚を覚えた。
「……ありがとね、由香梨お姉ちゃん。私みたいにロリロリしい容姿でもなければ、そこの若菜って子みたいに胸もでかくないし、比奈みたいにスタイルもよくない、中途半端で何の属性も持ってない、普通のお姉ちゃん」
「ぐふっ!?」
普通にお怒りの模様。由香梨のダメージはでかいらしく、口から変な声が洩れていた。
「よ、容赦ない小学生ね……」
「……由香梨、その恵って子、多分私達と年同じ。比奈と名前で呼び合ってるし、タメ口だし。小学生っていうのは流石に可哀相」
「若菜お姉ちゃん!」
由香梨の体から抜け出し、若菜ちゃんの手をガシっと握り、お姉ちゃん呼びになる。
「お姉ちゃんはあの何もないお姉ちゃんと違って、豊満な体だし、ちゃんとよく物事見てるし、そのクールな言い方も個性的でグッド! 好きな男もきっとメロメロだよ」
「……本当に?」
若菜ちゃんは言われて満更でもなさそうだ。
「本当に、本当! あんな魅力のない人とは段違いだよ」
調子のいいその言葉は語尾に音符マークでもつきそうだ。
「……くっ、美少女の皮を被ったツインテールめ……!」
なあ、それ悪口のつもりなのか?
「なあにが何の魅力も属性もない性悪女ですって! そんな一部の男にしか需要ない見た目でこの私を侮辱するかー!」
「あ、由香梨お姉ちゃん自分で性悪って言ったー」
「……由香梨。そんなことで怒るなんて、大人らしくない」
「あんたどっちの味方よ! どうせ若菜と違って子供みたいな体つきよ!」
あーだこーだと、周囲の目も気にせず、誹謗中傷し合う女性達。改めて女って怖いものだと思い知りながら、
「……なあ、比奈。先に飯でも食ってないか?」
「……うん。賛成」
場が収まるまで逃げることを選んだ俺と比奈だった。




