七話「説教彼氏」
「お疲れ様ー」
「おう、お疲れ」
ラジオの収録を終え、控え室で飲み物の乾杯をしあう。仕事を終えた後はこの一杯(麦茶)が美味い!
……俺、成人したらビール毎日飲みそうだ。
今日のラジオでは比奈がずっとハイテンションだった。おかげで収録前も最中も彼女に振り回されっぱなしだった。
とりあえず仕事もひと段落ついた。先ほど聞きそびれたことを聞くチャンスだ。
「なあ、比奈。さっきのことでまだ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「……とりあえず内容を聞かせて」
「比奈のプライベート事情は理解した。だけど、それが皆と距離を置く理由にはならないと思うんだ。そこら辺の理由を聞きたいなあって」
「さっきは色々あってその辺のことうやむやになっちゃったしね。うん、話すよ。あまり気分のいい話じゃないけどね……」
収録前と違って彼女は普通に振る舞えていた。
「小さい頃からアイドルを目指してた話はしたよね?」
「うん、聞いた」
公開恋愛宣言をしたきっかけとなった話だからな。忘れるはずがない。
「アイドルを目指したのはいいんだけど……養成所が忙しくてクラスの子と遊んだり出来なくて。ただでさえ養成所の中は子供でもどこかギスギスした所があってね。そのせいで私は同じ年の子……ううん、年上でも年下でも、とにかく誰にでも警戒して、どこか壁を作るようになった。その二つのせいで友達という友達はほとんど出来なかったんだ」
……なるほど。芸能界は人間関係が大変というが、そこに入るまでも大変なのか。表面上は仲が良くてもライバルなのは変わりがない。相手を出し抜かないといけない世界。そんなのギスギスして当然だ。
そんな世界に小さい頃から揉まれたせいで素直に誰かと接することが難しくなった。
きっとこういうことなのだろう。
今にして思えば俺と初めて会った時もどこか距離を置かれてたように感じる。
「高校に上がる頃、丁度結成したグループが解散した影響もあって、このままじゃ駄目と思ったんだけど……私が前通ってた学校覚えてる?」
「地元でも屈指のお嬢様学校だよな」
「うん。でもどんなにお嬢様学校と言われてようと中は普通の女子校でね。女同士もあってか人間関係に関しては凄く大変なの。ただでさえ同年代の子と触れ合うのは苦手なのに、そんなとこに来たら……どうなるかわかるよね? その上入学した時ぐらいから忙しくなり始めて、学校行く日も少なくなってたから……。いじめられることはなかったけど、距離を置かれるようになっちゃってさ」
ああ、そうか。崎高に来たがってた理由はきっとこれだ。少なくとも前の高校にいるよりも楽しくなる。言葉通りだ。
「そんなこともあったし、私が勇気を振り絞っても憧れとか羨望を向けられるだけで対等な関係にはならなかった。だから諦めちゃったんだ。対等になれないなら、私から距離を置こうって。疑う、疑われるよりはそうした方が楽だから」
彼女が誰にでも壁を作ってる理由はそういうことだった。
話を聞いた今なら納得できる。憧れのアイドルになる代償として彼女は普通の人のように誰かと仲良くする機会すら失ってしまったのだ。
「……あれ、でも何で俺には普通に接しれるんだ?」
俺もその対象に入るはずなんだけど。
「カズ君とも最初は距離を置こうとしたんだけど、場合が場合だったし……。それに、私の素顔を見ても芸能人の香月比奈って気づかなかった。カズ君はアイドルとかそんなの関係なしであの時助けてくれた。そう考えたらカズ君は信頼してもいいんじゃないかなって思って」
そうだったのか。彼女の正体に気づかなかったことがむしろこうをなしたらしい。
「心を許せる友達は本当に少ないから。その友達と普通に遊べるってとっても嬉しいんだ」
さっきまでの彼女のハイテンションはそういうことだった。大げさに見えるけど、彼女は本当に嬉しかったのだ。
勢いで取り付けた約束だったが、これは軽い気持ちで無下にしてはいけないな。
「決めた。今度遊ぶ時、俺がめいいっぱい楽しませてやる」
「あはは、うん。楽しみにしてる」
彼女はきっと心の底から笑ってくれたと思う。
「覚悟してろよ」
彼女を失望させない為にも頑張ろうと思った。同時にあることも決意する。
俺ともまともにコミュニケーションを取れるんだ。だから、彼女が自ら歩めば、他の皆ともちゃんと仲良くなれると。
そのために俺が出来ることは、皆の彼女に対しての意識を変えること。彼女が歩みやすくなるように、皆を彼女に近づけることだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――というわけで、俺の話を聞けい!」
『まてまてまて!』
帰りのホームルーム。伝えたいことがあるので教壇に立った。なのに何故止める!
「何がどういうわけなんだ? わけがわからないよ」
久志がクラスメイトの思ったことを代弁してくれる。周りもうんうんと久志に同調している。
「俺が前に出てきたってことは比奈関連に決まってるだろ!」
「決まってるんだ……」
由香梨からつっこまれたが気にしない。
「正直、クラスの皆にこういうことを聞くのは憚れるけど、皆は比奈のことをどう捉えてる?」
「どうって……」
クラスメートは一斉に隣の人と顔を見合わせ始める。
「香月比奈ファン代表として直弘、聞かせてほしい」
「……う、うむ」
彼もまだ状況を把握しきれていない様子だった。だからといって容赦はしない。
「香月さんは可愛いと思うぞ」
「ああ。比奈はめちゃくちゃ可愛い。ちょっとしたことで顔を赤らめて恥ずかしがったり、本人も気付いてないだろう自然の仕草で魅了してくるのがたまらない」
「なあ、ただのろけるために教壇に立ったのか?」
「――はっ!?」
直弘にまんまと嵌められた。
「とりあえず比奈が天使級に可愛いとしてもだ! 今それは関係ない!」
「今のあんたの発言を香月さんに聞かせてやりたいわね」
ええい、さっきから由香梨はうるさいな!
ちなみに比奈は仕事のため今日は欠席している。
「ふざけてるように見えるけど、少し真面目な話なんだ。質問をちょこっと変えるぞ。直弘、改めて聞くが、比奈をクラスメイトとしてではなく、アイドルとして接していないか?」
「う、そ、それは……」
「別に責めてるわけじゃない。正直に言ってほしい」
この質問は直弘のような本当のファンには厳しかったかもしれない。しかし彼女に対する意識を変えるために避けて通ることは出来ない。
「……アイドル、としてだな。今でも同じクラスにいるのが信じられなくてな」
何人かのクラスメートが直弘の言葉に頷いてる。やっぱり、そうか……。
「このクラスだけじゃなくて、学校の大半が崎高の一女生徒ではなく、アイドルとして彼女と接してる。由香梨も若菜ちゃんに対してはあーんなに馴れ馴れしかったのに、比奈にはさん付けだし」
「……確かに。それは少し気になってた」
若菜ちゃんが目を細めてジト目で由香梨を見た。
「いやー、頭の中では分かってるつもりなんだけどね。やっぱ国民的アイドル相手だとどうしても意識しちゃうんだよね」
由香梨は罰が悪そうな顔をする。
「こういう言い方もどうかと思うけど、俺たちは比奈に対してどこか壁を作ってるんだ」
けどそうなってしまうのも仕方ない。実際俺も今の皆の立場ならアイドルとして見てしまっているだろうから。ただでさえ初めて会った時からしばらくは有名人として接していたわけだし。
「……けれど、壁を作ってるのは比奈もなんだ。芸能界の人間関係やらなんやらが原因でそう簡単に人を信じられないようになったらしい。比奈とここにいる皆。互いが互いに壁を作りあっているんだ」
結果、今のような偽りの関係を築き上げてしまっている。
「だから、少しでも彼女に対する意識を変えてほしい。ほんとに少しずつでいいから、比奈を崎高生として扱ってほしい」
俺の言いたいことはそれだった。きっと俺が言わなくても皆が分かっていたことだと思う。野暮なことをしたのかもしれない。それでもこうしてはっきりと口にすることで背中を押して上げることが出来ればいいんだけど。
「でも、カズ。皆が皆お前のようにはいかないんだよ。頭では分かっててもさ」
「ああ、その辺は理解してるつもりだ。だから、今度盛大な歓迎会を開こうと思うんだ」
「歓迎会?」
「ああ」
俺の家でやるようなちっぽけな歓迎会じゃなくて、クラスの皆で催す盛大な歓迎会。
「普段が駄目なら特別な場所を設けるしかない。テンションさえ上げれば勢いで何とかなる。比奈がビビるぐらいにテンション上げてこう。そうすりゃ、適当に誤魔化せるさ。そんなにテンションあげられない? だったら最悪アルコールを入れてでも――」
「教師の前でアルコールとか言うな馬鹿」
演説を聴いてた先生が頭をはたいてくる。
「まあこの馬鹿の冗談は置いといてだ。俺から見てもお前らと香月が互いにぎこちないのは確かだ。そう考えるとこの馬鹿の言うことは中々正しい」
「先生自分の生徒をそんなに馬鹿馬鹿言わないで下さいよ」
割と傷つきます。定期試験でもそれなりの結果は残してるのに……。
「ま、まあ俺が言いたいのはとにかくそういうことだ。どうだ、今週末に歓迎会をやらないか?」
「……俺はファンであるが故、やってはいけないことをした。乗るぞ、和晃! 俺たちの意地を見せてやる!」
「お、おお」
直弘のやる気が想像以上でつい情けない声を出してしまう。
「よーし、今回は私も駄目駄目だったしね。喜んで協力するよ」
由香梨も立ち上がる。
「……歓迎会をやるとして。場所とかはどうするの?」
「その辺は俺や久志が何とかしよう」
「俺のことをナチュラルに巻き込んだね。ま、いいけど」
とんとん拍子に決まってく。いいねいいね。
「じゃあ細かい所は皆に任せる。どうせならサプライズパーティにしたいし、比奈は俺が連れてくる」
「連れてこられるの?」
「今週末比奈と二人で遊びに行くから、その流れで連れてくるさ」
「なるほどね」
由香梨は納得する。だが、
『お前は楽しくデートかよ!』
クラスメイト達の叫び声(主に男子の)が上がる。
「これも彼氏の特権だ。悔しかったらお前らも比奈と仲良くなれ。宣言した通り略奪愛上等だ」
「だから教師の前で不健全なこと言うな」
先生に再びはたかれる。
だが、俺の煽りで男子生徒は盛り上がっていた。咆哮したり比奈たんは俺がもらうだったり和晃を倒せだったり、色々な言葉が飛び交っている。若干不穏な気がしなくもないが、この際許そう。
そして女子はそんな男子達に引きつつも楽しみだねーと実に和気藹々としていた。
どちらかというと俺も女子側に混じりたい。いやでも若菜ちゃんにジト目で見られるのも捨てがたいな……。
……いやいや、今はそうじゃなくて。
「とにかくだ。やるからには全力でやるぞお前ら!」
『うおおおおおー!!』
こうして、一人のクラスメイトと親しくなるために俺たちのクラスは一つになった。
隣のクラスに「うるさい!」怒られたのはまた別のお話である。




