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EX.六話「メイドな幼馴染み(前編)」

和晃と沙良が恋人関係になっているIFの物語

 三条沙良の朝は早い。

 といっても日本に帰る前――今は休止中の身だが世界的大企業H&Cの社長秘書を務めている頃は遅くとも明朝の五時には起きていないといけなかった事を考えると、六時なんて沙良にとっては早起きとは言えなかった。

 朝起きてまずすることは身支度と家の掃除だ。本当は朝食も作ってやりたかったところだが母が飯のことは任せなさいと胸を張っていうので任せている。

 それら全てをこなし、家を出るのは七時前になる。この時間から真っ直ぐ学校に向かう……ということはない。沙良にとってはある意味で本当の一日の始まりとなる場所へと赴く。その時間が沙良にとっての最上の瞬間でもあった。


 七時ジャストに目的地にたどり着くと社長から貰った合鍵を取り出す。家に住む本人に合鍵所持の許可は貰ってないけど既に諦めてるようだし、一応本来の家主から鍵を渡されているので問題はないはずだ。

 鍵を開けて玄関をくぐるとまずは荷物をリビングのソファに置いて彼専用の朝食の調理を開始。沙良が本気を出せば三つ星レストランのシェフも舌を巻くようなレベルのものも作れるが、彼女が目指すのはあくまで庶民的な料理。彼は豪勢な料理を望んでいないし、沙良自身も普通でいた。故あって一般的な家庭料理に留めている。

 ご飯は昨夜彼が炊いてくれていたので問題いなし。おかずは鮭の塩焼きに大根おろしと輪切りしたたくわんを数枚載せたもの。それからポン酢で浸した豆腐。最後に油揚げと大根の入った味噌汁を試食。問題ないことを確認し、よしと小さく頷く。

 鍋に蓋をかけて温まるのを待っている間に愛用の赤いエプロンを脱ぐ。次にワイシャツの第二ボタンを外す。これでは足りないかもと考えなおし、思い切って三つ目のボタンも外す。この状態で既にブラの上側が見えているので、前かがみになった場合も確実に胸チラが発生するはず。

 万一のことも考えて火とガスを止めてから二階を目指す。彼がいる部屋に控えめにノックして中に入る。すると彼の無防備な寝姿が目に飛び込んできた。

 いつまでも見ていたい衝動に駆られれるが、今日は残念ながら学校がある。心を引き裂かれる思いで彼を起こしにかかる。――男子高校生には嬉しいサービスがあるんで許してください、と微笑みながら。



「アキ君、アキ君。起きて下さい。朝ですよ」



 愛しの彼――高城和晃はゆっくりと瞼を開けていく。開けていく視界には前屈みになった沙良の胸チラが映っていることだろう。

 さり気な~く和晃がきちんと反応しているかどうか彼のある部分を見てほくそ笑む。ちなみに和晃が欲情を抑えきれず、いつ襲ってきてもいいように毎日勝負下着を着ているので問題はない。むしろウェルカム。そのために火とガスだって消したのだ。そういった事情なら学校に遅れる、あるいはサボるといったことも無問題! さあ、アキ君。意識だけでなくあなたの男も覚醒させて!



「おお、沙良か……。おはよう」

「おはようございます、アキ君」



 寝ぼけ眼をこする和晃を微笑みながら見守る。ただし心の中はスケベ親父並の邪な思いでまだかまだかと待ち構えている。



「ほら、急がないと遅刻ですよ。早く起きて下さい」



 わざとらしく身体を揺らし、彼と顔を近づける。



「オッケーオッケー。分かってるよ。起きるから少しどいてくれ」

「……あ、はい」



 嬉しがるどころか少々鬱陶しいといったような様子で和晃は沙良を押し返した。

 ……チッ、今日も失敗か。という感想を表に出さないように身体を引く。



「じゃあ、いつもどおり着替えたら下行くから」

「分かりました。朝餉の準備をして待っていますね」



 しかしここまではいつもと同じ流れだ。作戦が失敗した所で何ら支障はない。何故なら今日はこれに加え、強力なカードがあるのだから。

 言われた通り先に一階に降りて最近はもっぱら沙良の部屋となりつつある個室に向かう。そこでワイシャツを脱ぎ、スカートも脱ぎ、下着も脱ぐ。その上に先ほどの赤いエプロンを着込んだ一張羅となる。

 作戦B。名付けて裸エプロンで調理している女の子にメロメロ作戦。これで堕ちない男はいないはず。和晃にはおよそ見せられないような凶悪な笑みを浮かべた。

 二階から和晃が降りてくる気配があったので表情を整えなおし、ささっとキッチンに向かう。



「……お、今日は鮭の塩焼きか」

「はい。塩分が多いと思いましたので味噌汁の味付けは薄めにしてあります」



 和晃の方から肌色のお山が見えてかつ山頂が見えないぐらい角度で身体をくるっと反転させる。

 見ると和晃は沙良の姿を見て目を見開いている。心なしか顔を赤くしているようにも見える。勝った……!

 


「…………まだあったかいとはいえ、そんな格好してたら風邪引くぞ。ちゃんと服着ろよな」



 だが彼は一切の逡巡も見せずソッポを向いてしまった。その態度には一切の反論を受け付けないというオーラがあった。

 


「全く、男子憧れの裸エプロンを披露してるんですからもっと見てくれてもいいんですけど」



 と、明るくふざけているような口調で言う。ただそれは上辺のもので、内心は大きな落胆で支配されていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――ということが今日の朝あったんですが……」


『…………』

「す、凄い……!」



 昼休み。いつもの女子面子に朝の出来事を話し終える。内二名が絶句。一人は箸で掴んでいた里芋の煮っころがしを机に落とし、一人は呆然としていた。香月比奈だけが感心していた。



「ちょ、ちょっと待って。沙良、あんたいつもそんなことしてるの」

「当然じゃないですか」

「あんたの当然は普通の人にとっては当然じゃないからね!?」



 愛する人に奉仕したいと思うのは女としてもメイドとしても当然のことだ。由香梨だって色々言っているけど、もしアキ君と付き合ったなら手を尽くすだろうに。



「……結局、沙良が憂いていたのはどうして」



 最初はショックを受けていた若菜も今や平静を取り戻していた。制服の上からでも分かる胸の大きさを尻目に質問に答える。



「だって男子高校生にとっては憧れのシチュエーション満載なんですよ。通い妻ってだけで昇天ものですのに、それに起き胸チラ責め、裸エプロンチラ見せ! 理性が上手く働かない朝の寝こみを襲ったというのに、彼は狼になってくれないんですよ!? もしかしたら私に女の魅力がないんじゃないかって思うのが普通じゃないですか」

「……なるほど」

「いやいや、なるほどじゃないでしょ。あまりにも現実離れすぎて欲情云々より驚きと呆れが先に来るでしょこの場合」

「比奈、男を骨抜きにするにはどうすればいいでしょう! 観衆を魅了するアイドルのテクニックを伝授してください!」



 由香里が何か言ってたような気がするが華麗にスルー。

 本日の作戦B、裸エプロンメロメロ(以下略)を考案してくれた比奈にアドバイスを求める。



「個人を対象としてるならギャルゲーを参考にいくらでも思いつくんだけど、観衆の場合かあ……」

「比奈、あんたも段々岩垣君みたいになってきたわね」

「どんなことでもしますから。私に良い案を……!」

「と言われても、自然体でいるようにとしか心がけていないんだよね」

「なるほど。けれど私も自然体で接しているはずなんですが……」


『でしょうね』



 三人の声がハモる。何故だ。



「というか、それがいけないんじゃないの。沙良の場合。積極的なのは悪いことじゃないけど、あまりガッツきすぎても男は引くと思うわよ。そうね……比奈みたいにもう少しおしとやかさとかがあれば和晃も反応してくれるんじゃない?」



 何気ない幼なじみであり親友の言葉。

 それを聞いた瞬間、沙良に電撃が貫いたような衝撃が走った。




続きます。

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