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EX.二話「答えはまだ見つからない」

直弘と恵の本編後日談です。

【side Naohiro】



 大学に入学してから一年と半年が過ぎた。高校と違って自分で時間割を作成したり、無駄に長い長期休みなど、これまでの学校とはかけ離れたシステムに戸惑ったりしたが今ではすっかり慣れた。

 入学後に出来た知り合いの中には既に授業をいくつか落とし、早くも留年の危機に陥ったりしてる人もいるが、比較的自分は順風満帆だ。

 アクティブな大学生活を送っているわけでもなく、かといって寂しい学生生活というわけでもない。どこにでもいる一般的な大学生として日々を過ごしていた。

 ただ、高校時代の友人は特殊な事情を持っている者が多く、そのせいで色々と負い目を感じているのも確かだが……。



「おーい、直弘くーん」



 声がしたので振り向くと、小さな女の子が長い房を振り回しながらかけて来る。高校時代からの友人である安岡恵だ。



「走って来る必要はなかったんじゃないか?」


「まあね。でも、直弘くんのところに早く行きたくて」



 笑顔で言われ、ドキッとする。二次元では幼い見た目の女の子に「幼女キタコレ」や「ロリコン最高!」なんて言えるが、現実だとそうはいくまい。

 それに、安岡にはただの女友達以上の想いを持っているのだから……。



 こうしてたびたび安岡と帰りを共にするようになったのは高校を卒業して数ヶ月ほど経った頃のことだ。

 慣れない大学生活に順応してきたある帰り道に偶然安岡と遭遇したのだ。彼女の通う専門学校が同じ方面にあるのは知っていたが、いざばったり顔を合わせると驚くものである。

 それからというもの、毎日ではないが帰る時間帯が被る時はこうして一緒に帰ることがある。幸か不幸か、大学の友人の中には同じ方面に帰る人はいなかったというのもある。



 いつもはのんびり歩きながら他愛もない話で盛り上がる。しかし今日の安岡はどこか歯切れが悪かった。



「どうかしたか、安岡。なんだかいつもと様子が違うが……」


「う……バレた? すぐ見破られちゃうぐらい演技力には乏しいなあ、私」



 苦笑いを浮かべているが、それも無理しているように見える。どうやって声をかけたらいいのか迷っていると、困った顔をした安岡が口を開いた。



「そんな顔しないでよ、直弘君。いつか話そうとは思ってたんだけど、昨日の今日じゃ言葉もまとまらないから、隠そうとしたんだけどやっぱ無理だよね」



 それからまた乾いた笑いを浮かべると、道の先にあるファミレスを指さした。



「時間空いてるなら、あそこで少し休もうよ」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その日の夜。



「どうだ最近の様子は?」


『もの凄くアバウトな質問だね……。内容はわかんないけど、多分調子いいよ』


「つまり中里と上手くいってるのか」


『まあ、昔よりは……って何を言わせるのさ!』



 とか言いつつ、久志の声は弾んでいた。

 

 久志と中里の関係については高校の頃から気にしていたが、最近は特に気にかかる。というのも今年の春にちょっとした事件が起きて、アドバイザーとして少しだけ関わらせてもらったからだ。……まあ、俺なんかの助言が役に立ったかどうかはわからんがな。



『そういう直弘の方こそどうなんだ? まだ安岡さんと付き合ってないの?』


「まあ……な」


『いつまで友達以上恋人未満のつもりなんだい? 誰がどう見たって安岡さんは直弘に気があると感じてるよ。直弘だって満更じゃないんだろう? いい加減、付き合ってもいいと思うよ。俺と若菜さんと違って障害はないんだから』


「め、面目ない」



 お叱りを受ける。

 久志と連絡を取るといつもこうだ。

 最近は久志だけじゃなく、俺達を知ってる高校時代の女友達からも催促されている。

 香月に至っては「恵と恋仲になったらすぐに連絡してね! お赤飯持って飛んでいくから」などというメールをもらった。香月は今、俺なんかと比にならないぐらい忙しいはずなのに……。この文面が実行されるのはいつになることやら。

 

 俺だってこの関係をだらだらと続けるつもりではない。でも、いざ関係を進めようとすると怖気づいて逃げ腰になり、今の安定した関係で落ち着こうとしている。このままでは駄目だと分かっているんだがな……。



「それより、今日は少し相談があるんだ」


『あ、やっぱり? 今日の直弘、どこか声が暗かったしね。大方安岡さんに関する内容でしょ?』



 初めっから見透かされているみたいだ。



「分かってるなら話は早い。実は今日、安岡と少し話をしたんだが――」



 ファミレスに入ってから飛び出したのは安岡のこの一言だった。



「実は今、将来のことに悩んでいるんだよね」



 元気が取り柄の安岡らしくない調子だった。かといって落ち込んでいたりするわけでもなく、苦悩している様子だった。



「将来?」


「ほら、専門学校って二年で終わりでしょ? もうすぐ卒業なんだよね。卒業した後、どうしようかなあって考えてるんだけど」


「……まさかだけど、親に夢を諦めろなんて言われたのか?」



 安岡はアイドルの卵だ。彼女は普通の大学に行くより、芸能界に繋がりのある専門学校に行くことを選んだ。そうまでして彼女は自分の夢――人気アイドルになる夢を追っている。



「あ、ううん。むしろ親からは若いんだし、ギリギリまでやりたいようにやっていいよって言われてる。親の気持ちは嬉しいし、ありがたいんだけど、私は流石に限界かもしれないなって思って」


「でもやりたい気持ちはあるんだろう? 以前も和晃や香月にその点を指摘されたんじゃなかったか?」


「そうなんだけどね。でも、あれは衝動的なもので、こっちは色々考えた上でのことなんだ。現に今だって悩んでるわけだし……。公開恋愛ラジオっていう大きなチャンスがあったのに、不振で終わっちゃったからね。一部の人はまだ応援してくれてるけど、多くの人は公開恋愛の終了とともに離れていっちゃったし。あの後も必死に頑張ったけど、実はならなかった。今までのことに後悔はないよ。でも、いつまでも叶うかも分からない夢に縋って親に全て負担させるのはどうかなって思って。今の学費だって親が払ってくれてるわけだし」



 親の方から見れば、愛する娘のためだからお金のことは気にしてないだろう。余計な心配はさせずに幸せな人生を歩んでほしいと思ってるはずだ。

 しかしこのぐらいの年になると子供は親の純粋な思いを受け入れづらくなる。

 俺も学費は当然親に負担してもらっている。それどころか奨学金を借りて大学に通ってる身だ。普段は何も意識していないが、時たま授業をサボってしまった時にこのことを考えるととたんに申し訳なくなる。そうして、今のままでいいんだろうか、惰性的に過ごしてしまっていいのだろうか、と気負いしてしまう。

 しかもそう感じさせる一因はこの少女にもあるのだ……。



「それで、事務所も辞めて普通の職に就こうかなって考えてるんだ。ここ最近、芸能関係に携われる仕事に就職するのもありかなって思うんだ」


「安岡はそれで満足するのか?」


「うーん……完全にはしないと思う。けど、ある程度はできるし、時間の経過によって過去のことも受け入れられるようになると思う。頑なに進むだけじゃなくて、時には妥協するのも人生だと思うから」


「随分悟った言い方をするんだな」


「まあ、養成所時代から現実を見せつけられてきたしね。前回は独りよがりだったから、今回は誰かにちゃんと話そうと思ったんだよ」



 前回とは俺達が安岡と関わるようになったきっかけの事件のことだ。その時と今までの経験上、俺よりも香月に話したほうがいい気がする。そのことを口にすると、



「比奈にも、それと和晃お兄ちゃんにもいずれ話すつもり。まずは直弘君に話そうと思ったんだ」



 と言ってくれた。

 その気持ち自体は非常に嬉しい。しかし、この件に関しては安岡に助言を送ることは出来ないのだ。



「……すまん。俺はお前らと違って夢なんて立派なものは持ってない。だから、軽々しくこうしたらいい、なんて言うことは出来ない」



 と言うと、安岡は、



「大丈夫、私はアドバイスを期待したんじゃくて、直弘君だから真っ先に話したんだよ」



 と優しげな微笑を見せた。

 見た目はどう見ても小学生高学年くらいなのに、時たま見せる色っぽい笑みは母性を感じさせる。そして俺は、その笑顔を見る度に胸を高鳴らせるのだ。



「――とまあ、こんなことがあったわけだ」



 安岡とのやり取りを話し終えると、久志はなるほど、としんみりと呟いた。



『直弘が落ち込んでいるのは、何も言えない自分が恥ずかしいとか情けないとか感じているからだね?』


「ああ、その通りだ」



 随分前から俺は安岡に負い目を感じている。安岡は夢に向かってひたむきに進み続ける力がある。対して俺は夢や目標などなく、ただ流されるままに生きている。

 友人である和晃も同じようなことを言っていたが、あいつと違って俺は夢を探す努力すらしていない。

 もちろん、自分の興味ある分野に手を出してみようと思ったことぐらいはある。あるだけで、結局何もせずに終わるのが関の山だった。

 さらに性質が悪いことに心の奥底ではそれでもいいと考えている自分がいる。無理して夢を見つける必要も、努力をする必然性もいらない。普通の日々を過ごせればそれでいいと思う本心が見えない所に存在しているのだ。

 

 このような価値観や考え方の違いが俺の中に存在している。もっとも、俺が勝手に思ってるだけで安岡は悪くない。

 言い訳をするなら、今の関係をさらにもう一歩踏み出せないのはこれらが一つの原因となっている。



「以前、和晃が安岡のことを太陽みたいだとか言ってたが、今ではよく分かる。安岡は俺から見たら眩しすぎる存在だ」


『安岡さんに憧れる気持ちは良く分かるよ。自分の目指したい道に向かって邁進する姿は誰だって尊敬する。俺だってその一人だ。でも、あの二人はその問題を解決して今は一緒に道を歩んでいるだよ』 



 あの二人とは明言されなくても分かる。俺達の通ってた高校で一番有名なカップルだ。



『俺達はあの二人を一番近いところで見てたんだ。どうしたらいいのかは直弘も既に知ってるはずじゃない?』



 電話越しで久志が優しく笑った光景が浮かんだ。それほどまでに彼の声音には温かみがあった。


 あの二人は何度も問題にぶつかって、互いも衝突しあっていた。それでも最後は一緒になって立ちはだかる障害を乗り越えていった。そしてその度に互いを理解し、想いを深め合っていった。

 どうしたらいいのか既に知っている、か。

 安岡の抱える問題を解消する手段を俺は持ち得ていない。俺自身の問題を解決する手段だって今はない。でもそれらを和らげる方法ならすぐに思い浮かぶ。


 簡単な話だ。自分の考えを相手に伝え、想いを共感して、一緒に答えを探っていく。

 ただそれだけでいいのだ。

 その答えに思い至ると、安岡に会って話したいという衝動が湧き上がる。


 時計を見る。今は夜の八時を少し過ぎたところ。まだ間に合うかもしれない。

 久志に礼を言って電話を切る。続いてある人物に電話をかける。



「あ、安岡か。今大丈夫か?」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「どうしたの、こんな遅くに」



 急いで集合場所に向かったはずなのに安岡のほうが早く来ていた。昂ぶる気持ちを抑えきれず、馬鹿みたいに走ってきたのが駄目だったんだろう。次はちゃんとチャリで来よう。あと、体力も鍛えよう。

 設置された外灯だけが俺達二人を照らす。灯りは心もとなくて、安岡の顔ははっきりと見えない。それでも俺は安岡と向かい合う。



「どうしても安岡に伝えたいことがあってきたんだ」


「ど、どうしても私に……?」



 彼女は明らかに狼狽する。気のせいか、頬がほんのりと朱に染まっているように見える。



「ああ。さっきのファミレスの件に関することなんだが」


「あ、そっちか。なんだ~、ビックリしたよ」



 もーおどかさないで、なんて笑って照れをごまかそうとしている。



「この際だからはっきり言うが、俺は安岡を羨ましいと思ってる」



 他の話をするのがもどかしかった。話の流れを無視して本題を切り込む。



「羨ましい?」


「憧れを抱いていると言い換えてもいい。それらの感情が逆さまになって妬ましいと思う自分もいる。俺は安岡に比べたらちっぽけでどうしようもない人間だって落ち込む時もある」


「私は直宏君にそんなこと……」


「でも、だから俺はお前と一緒にいたいんだ!」



 安岡が驚いて目を見開いている。



「安岡が色々悩んでいるように俺も色んなことを考えているんだ。俺は安岡においそれと助けの手を差し伸べることも出来ないし、自分の勝手な考えを消すことだって出来ない。だからせめて俺の本心を安岡に伝えておきたい。俺一人じゃなくて、安岡もいれば答えが見えてくるかもしれない。それに――」



 たまに言葉は感情を飛び越えてでてくることがある。ありえないと思っていたはずなのに、今の俺はまさにそんなハイな状態だった。



「俺はそんな風にこれから先も安岡と……恵と一緒に歩んでいきたいんだ!」



 その瞬間、雲に隠れていた月が姿を表し、一人の少女を映し出す。

 目尻に涙を溜めながら笑顔を咲かせる少女は、太陽のように輝いていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「今日は友達の家に泊まるから帰り遅くなる。……ん? ああ、高校の頃の友達の家だ」



 今日は帰らない意を告げると電話を切って携帯をしまう。

 するとお腹がぐ~と鳴った。考え事をしていたために食欲が出ず、晩御飯を食べていなかったのだ。

 久しぶりに体を動かしたのも伴って、もの凄くお腹が空いている。

 友人宅に行けばお腹も満たされるだろう。

 さあ、今日の晩御飯は赤飯だ。




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