EX.一話「最強VS無敵の対決」
お待たせしました。番外編1話目です。
本編12章の9話と10話である崎高祭三日目の裏側です。
<side Naohiro>
崎高祭最終日。今日は午前中でクラスの方も漫研の方も自分が担当する仕事は全て終えた。これで三年間の崎高祭の業務を終えたことになる。感慨深いような、そうでもないような……。きっと高校を卒業した後に今の気持ちを実感することが出来るようになるだろう。
さて、問題はこの後のことだ。本来なら和晃と合流し、暇してるいつものメンバーを拾って学校を回る予定だったのだが、演劇部のほうに問題が発生したため、和晃と香月の二人は問題の解決に尽力している最中だ。
要は急用が入ったため、キャンセルをくらったわけだ。
一大事のようだから文句や不満はまったく抱いてない。少し手持ち無沙汰になるだけからな。
その手持ち無沙汰をどうするかだ。他のメンバーに連絡するのも手だが、漫研の仲間たちと過ごす選択も悪くない。
「おーい、直弘くーん!」
顎に手を当てて唸っていると自分を呼ぶ甲高い声が聞こえた。
声の主は背が小さいせいか人ごみに紛れて見えない。ただ、壁になった人々の隙間から二本の長い房が縄跳びの縄のように跳ねてるのを見て誰だか特定する。
アイドルの卵。公開恋愛ラジオに出演してるお陰かロリ系アイドルとしてひそかに掲示板で人気のあるその本人……安岡恵だ。
彼女は元気一杯に飛び跳ねるようにして近づいてきた。
「いやー、ようやく見つかった! 知り合いが由香梨お姉ちゃんしかいないから困ってたの。由香梨お姉ちゃんは意地悪だからね」
「本人を前にして意地悪って言ってるあんたは性格悪い女よね」
続けて同じクラスの菊池由香梨もやってくる。安岡に向けられた顔には筋が浮かんでいる。
「菊池はこの時間、クラスで働いているんじゃなかったか?」
「そのはずだったんだけどね。客がまったく来なくて、一人二人いなくなったところで何も変わらないってことで早上がりさせてもらったのよ」
「あっちの方に客は全て集中してるからな」
あっちとは和晃が所属する教室のことだ。あちらには本物のアイドルである香月比奈がいるのに加え、カリスマメイドである三条沙良という人物がいる。
菊池はあちらに宣戦布告したようだが誰がどう見ても勝ち目のない戦いだ。布告した本人も諦めてここにいるのだから、もう結果は出たようなものだった。
「ま、そういうわけで直弘君を求めてやってきたこの子と行動してたわけ。漫研の方に行けばいるかなって思ってね」
「べ、べべ別に直弘君を求めてやって来たわけじゃないよ!? 本命はお兄ちゃんと比奈の演劇を見にきただけなんだから」
「クラスに来て開口一番で『直弘君いるー?』とかいいながら突撃してきたのはどこのどいつよ」
よく分からないけど、どうやら俺は安岡に懐かれているようだ。
春に安岡とデートの練習に付き合ってもらい、それ以来、前にも増して親密度が上がっているようだ。嬉しいには嬉しいのだが、いかんせん女の子と仲良くなる自分は想像した事がないからやはり照れくささが残る。
「騒がしいと思ったら皆ここにいたんですね」
菊池と安岡が再び言い合いを繰り広げはじめたのに呆れていると、丁寧な物腰の声音が届いた。
予想通り、正体は三条だった。
「げ、沙良じゃない」
「うわー、嫌なやつに会っちゃった……みたいな物言いですね。親友だと思ってたのに、それは私の一方的な勘違いだったんですね」
「あーもー、変な落ち込み方しない! この文化祭に至っては敵同士なんだから少しはそんな反応になるわよ。で、クラスの方はいいの?」
「朝から働きづめでしたからね。クラスメイトの皆さんが休んで欲しい、と言ってくださったので甘えることにしたんです。ふふ、本当にいい級友に恵まれました」
三条は中学を卒業後、大企業の社長の秘書を務めていた。お陰でまともな高校生活を送ったことがなかった。しかし春に日本に戻ってきて一年だけだけど高校生として過ごしている。
同じ歳かどうか疑うような経歴だ。
だが、特殊な経歴を持つ三条だからこそクラスメイトのささやかな優しさがとても嬉しいのだろう。
現に幸せそうに微笑んでいる。
「なんだかんだでほとんどいつものメンバーが揃ったな。この様子だと久志や中里も集まってくるんじゃないか?」
「その二人でしたらすぐ近くにおりましたよ」
ほら、と三条が指差した先に例の二人がいた。
恋人同士が対象の占いの館なる出し物の前でなにやらもめている。
「ほら、俺と若菜さんの今後をここで占ってもらおう。良い結果が出た暁には俺との交際を検討してみるのも一つの手だと思うよ?」
「……悪い結果が出たら検討する必要はないのね。……よし」
「なんでそんなに自信ありげなんだ!? やっぱ止めとこう! 一歩ずつ近づくのが大事だよね!」
揉めてるというか、久志が一方的に変な提案をして中里が適当にあしらっているだけだった。
「最近思うんだけど、久志お兄ちゃん人が変わった?」
「男として一皮剥けたってことですね」
「結果、迷走してるようだけどね」
……俺は応援してるぞ、久志。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
久志と中里とも合流して結局いつものメンバーで学校を回ることになった。
美味しそうな食べ物が売ってたら購入して食べ歩きながら次の教室に向かう。面白そうなアトラクションがあったら皆でチャレンジ。
そんな風に学内をひと通り巡った後は外に出た。
校庭にも文化祭の出し物はあるからだ。
多くがそれぞれの競技をテーマにした運動部の出し物で、野球部だったら九枚の板を決められた投球回数で打ちぬくストライクアウトという競技だったり、陸上部だったら五十メートルのタイム測定だったりとバリエーションに富んだ内容だ。
その中でも俺達が目につけたのがテニス部の出し物で、コートを丸々使用できることから三ゲームマッチの試合が実際に出来るというものだった。
参加に名乗りを上げたのは俺と久志、それから三条と菊池の四人。中里と安岡はコートの端から応援となった。
で、チーム分けを行った結果、俺と三条、久志と菊池というなかなか見ない組み合わせになった。
「直弘さん、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」
とはいっても、三条の足手まといにしかならなそうだが……。
「よーっし、行くわよ、久志君! あの二人を痛い目に遭わせてやるんだから!」
「お手柔らかにお願いするよ」
敵チームはかなりノリノリのようだ。特に菊池。
「直弘君、やっちゃってー!」
「……どっちも頑張れ」
応援席もそこそこの盛り上がりを見せているようだ。
テニス部の一人が審判についていよいよゲームが始まった。
四人とも最初は慣れないせいかグダグダな試合展開で、一点取ったらポイントを取り返してというのを繰り広げる。
「っと、あたった!」
ラケットを伸ばしたらまぐれ当たりして幸運な事に得点もゲット。外野では安岡が歓声を上げている。嬉しいけど、偶然の得点というのが少し恥ずかしい。
とにかく次にこちらが点を取ればワンゲームを獲得できる。
「ええい、取らせるかっ!」
菊池がボールを打ち返してくる。ぎこちなかったショットも今ではきちんと入るようになった。
「直弘さんが獲ったチャンス……無駄にはしません」
後ろからは頼もしい言葉が飛んでくる。パン、とラケットにボールが当たった音がして、相手側のコートにボールが落ちる。
しかしギリギリ久志が取れそうなコースだ。久志は慌てずにボールを処理しようとして――不意にボールがクイッと下に落ちた。
「え……?」
久志の体が固まる。それも仕方があるまい。三条とは味方であるはずの俺も呆然としてるのだから。
「三条、お前何をしたんだ?」
「私は特別なことはしていません。ただラケットにボールを当てただけです」
満開の笑顔で言ってのける。これでは今の事象への追求もできない。三条だから仕方ない。もうこの言葉だけで済ませられる気がした。
何はともあれ、これでワンゲーム目はこちらのものだ。
サーブ権が移って今度は相手のチームがサーブする側となる。
そこからまた一進一退の攻防となり、再びデュースになる。
ここに来てようやく気づいたのだが、このデュースは自然的なものではなくて意図的に起こされたもののようだ。
俺と敵チームは全力で行っているが、三条だけは得点の流れによって打ち方を変えているようだった。例えばこちらが負けていたら相手がギリギリ取れないだろうコースにボールを打ち、逆なら取りやすく打つといった風に。
つまりこのゲームは実質的に三条が支配していることになる。
恐らくこの事実にあちらも薄々感づいているようだ。
菊池は悔しげに顔を歪め、久志も笑いを零していない。
「直弘君に沙良お姉ちゃん、このままいっちゃえー!」
安岡に至っては完全にこちら側の味方である。犬猿の仲である菊池が敵っていうのも大きいのだろうけど。
「くっ……このままやられっぱなしなんて納得いかない!」
「でも、三条さんが相手じゃどうしようも……」
久志が弱音を見せた時だった。
「……沙良、岩垣君、ファイトー」
やる気のない応援。一応中立に立っている中里の声だ。彼女に他意はないだろう。この時たまたまこちら側にエールを送ってくれただけ。
だがそれが久志にとってはショックだったのだろう。好きな女の子に良いところの一つも見せられず、応援どころか視線すら向けてくれなくなる。
このままゲームが終われば中里の対象から外れてしまう――そんな恐怖が久志に生まれたのだ。
「それじゃあ、これで終わりですっ!」
三条はまたもや際どい場所にボールを飛ばす。が、菊池がどうにかして拾い上げ、こちらのコートに返ってくる。
それも三条が打った。今回もまたギリギリのライン。状況は先ほどと同じ。同じだからこそ、久志は取れない。
――そう思ったのだが、
「……このまま終われるかぁぁぁあああ!」
獣のような咆哮と共に久志がラケットを振るった。ラケットにボールが当たった音がしたから、打ち返すことに成功したんだと思う。しかし、そのボールは……全く見えなかった。
「でゅ、デュース!」
審判がそう言ってるのだから、久志が打ったボールが得点につながったのだろう。
後ろを振り返り、三条を見る。彼女も珍しく何が起きたかわかっていないようで戸惑いの表情を浮かべていた。
まさか……。
俺は信じられない思いで敵チームへ視線を向ける。
その間に菊池がサーブを放ち、後ろの三条が普通に打ち返した。それを久志が、
「どりゃああああああ!」
やかましい言葉とともにラケットをフルスイング。豪速球なって戻ってきたボールが頬のすぐ横を通り過ぎる。直後に一瞬の突風が襲ってきた。
やはりそうだ。今の久志はいつもの久志じゃない。
やつは時々、いつもの穏やかなイケメンとは違う野性的な人格に目覚めることがある。現在の彼こそそれだ。
その時の彼を俺達はこう言う。
「ワイルド久志……!」
「若菜さん、俺の活躍から目を離すなよ!」
ラケットを三条に突きつけ、キリッとした目つきでポーズを決めている。
多分、中里に目を向けられないという「恐怖」が彼を呼び起こすトリガーとなったのだ。
その後、勢いに押された俺達はあっという間に点を取られ、このセットは相手のものとなった。
「直弘さん、お願いがあるんですけど、久志さんの相手は私にやらせてもらえませんか?」
休憩中、三条がそんな提案をしてくる。今のところ対策を練らねばならないのはワイルド久志だ。いつもの彼と違って身体能力は桁違いに上がっている。正直俺の力量じゃ話にならない。だから彼女の言葉に反意せずに黙って頷いた。
休憩が終わり、最後のゲームへ。
サーブ権はこちらに戻り、三条がサーバーを務める。
「全力で行かせてもらいます」
その声と共に気持ち良い音がコートに響く。放たれたボールは何故か全く回転していない。だが、ネットを超えた辺りからボールがぶれ始める。
野球やサッカーでも無回転球は変則的な軌道を生むと聞いたことがある。テニスでも同じことがいえるのなら、あれは予測の付かない変化球ということだろうか。
想像通り、ボールはクイッと突然の変化をした。ボールを拾うのはワイルド久志であるが、いくら彼でも軌道の読めないボールは……。
「三条さん、あまり俺を舐めるなよ」
予想に反して久志は打ち返してきた。でも普通の返しだ。自分は取れそうにないので三条に任せる。
振り返ると三条は若干の驚きを表情に滲ませながらも構えに入ってる。これなら大丈夫そうだ。
――と、思った刹那、ボールは叩き落とされたかのようにグン、と下に落ちた。
あまりに急激な変化に三条の体は追いつかない。
「審判、コールを」
「え? あ、ああ……ラブフィフティーン」
壮絶な光景に誰もが放心していた。久志が促さなかったら時は動き出さなかっただろう。
「ど、ドンマイだ三条。今のはどうしようもない。次だ次」
三条はボールが落ちた一点を目を見開いたまま見つめている。さすがにショックを受けるか。
フォローを入れて鼓舞する。
やがて凍結していた三条は口元に笑みを浮かべる。
「なるほど。――ここまでやりがいのある相手は久しぶりです」
なんだか酷く不敵な台詞が聞こえた気が……。気のせいだと願いたい。
「では、気を取り直して再開しましょう」
三条がボールを持つ。後ろでボールを放った音が聞こえた。
今度はどんな変化球だろうか……。
味方ではあるが、目を凝らして見届けようとする。
……しかしそのボールが見えない。見失ったか、と思ったら何故かボールがバウンドする音がした。
「あれ?」
ボールはいつの間にか相手陣地に転がっている。周囲の人物も順々にそのことに気づいていく。
「審判さん、ボールが入ったのは見えましたよね?」
「え? あ、ああ……。でも、バウンドする直前まで全く見えなかったんだけど」
「でもきちんとサービスエリアに入ったのは確認されてるんですよね? でしたらこちらがポイントを獲得したはずです」
「そ、そうですね、そうですよね」
審判によってフィフティーンオールの宣言が成される。
けれど一同は未だに状況を把握できないでいた。
えっと、今のは状況から察するに、三条は消える魔球を放った……ということでいいんだろうか。
なんとなく三条の方に視線を向けると、三条はある一点を見ていた。彼女の視線を追うとそこには鋭い目つきをした久志がいた。
「流石だな、三条さん。けど俺も負けてられないんだ。こうなったら全力で行かせてもらうぜ」
「それも愛ゆえ、ですか。感嘆に値します。けど久々に骨のある御方と相まみえて、私も高揚しているんです。久志さんには悪いですが、こちらも全力で行かせてもらいます」
規格外の二人が視線を絡ませ、火花を散らしている。
……これ、俺と菊池が手を出せるような状況じゃなくなっているような……。
案の定、それからの対決は二人の手に委ねられた。完全に蚊帳の外になった俺と菊池はコートから出て安岡と中里と一緒に外野して外から見ることに。
そうして良かったと試合を見て何度も思った。二人はいつの間にか超能力ばりの技で相手をノックダウンさせ勝利を勝ち取る某プリンステニス漫画の如く、超常的な技を繰り広げて試合を展開していた。
初めのうちは非現実さに俺と菊池が「どういうことだ!?」といちいち叫んでいたが、何度も現実じみた光景を見せられ続けた結果、神経が麻痺したのか何も感じなくなった。
互いの実力は拮抗しており、一度デュースになった後も長いこと試合は続いた。
しかしそれも序盤だけであり、試合が長引けば長引くほど差が如実に現れ始めた。久志の息遣いが三条に比べると激しくなっている。一方、三条の方は多少の疲れが見えるもののまだ余裕が感じられる。
常に超人である三条と、無理やり限界を引き出したワイルド久志。このように考えればどちらが先に潰れるのか一目瞭然だったのだ……。
いつの間にかギャラリーも滅茶苦茶増えており、二人にかかる声援は最初の数倍になっている。
俺と安岡は三条を応援し、菊池は同じチームの久志に激を飛ばす。
「頑張りなさい、久志君! あともうひと踏ん張りよ!」
今の時点で久志が一ポイント多く取っている。つまり久志が次に得点を取れば、久志チームが勝つのだ。しかし、
「…………くそ、手強い相手だ」
体中に汗を流し、腕はガタガタと震えている。強がってはいるけど、久志の限界は近い。
対して三条は追い込まれいるのにもかかわらず、観客に愛嬌のある笑顔を振りまいている。
このままでは久志が負ける。
言わないだけでその事実は誰の目から見ても明らかだ。
敵チームではあるが、このままだと久志が可哀想だと思った。ここまで頑張ったのに中里に勝つ瞬間を見せられないなんて……。
ちなみに中里は未だに久志個人を応援していない。
中里の方に顔を向ける。一言でいい。頑張れ、の四文字だけで久志はきっと報われる。
「中里」
だから思わず中里に話しかけてしまった。
「中里が久志を煙たがる理由は良くわかる。一度フラレたのに、しつこいもんな、あいつ。それに中里絡んでるあいつは正直ウザったい。けど、どれもこれも中里に見て欲しくてやってると思うんだ。今のあいつが諦めないのも、中里に男を見せてやりたいからだ。一言でいい。あいつを……あの馬鹿男に発破をかけてやってほしい」
中里は意外そうな顔でこちらを見てきた。しかしすぐに鷹揚に微笑む。ああ、久志はこの笑顔にやられたんだな、と思った。
「……うん、わかってる」
ただ一言、そう言ってから、
「……久保田君、頑張れー」
うるさい観衆達の中ではすぐに掻き消えてしまうほどの小さな声。しかし彼女の音楽は確かに久志に届いた。
久志の目に闘魂の炎が宿る。だらしなくぶら下げていた腕にグッと力をこめる。
それに三条も反応した。
真剣な顔つきに変化し、久志の一挙一動を追う。余裕に溢れていた美しい顔に汗が一滴流れた。
「……どうやらここで点を取った者がこの試合の勝者になりそうですね。最後の勝負を始めましょう」
「ああ、かかってこい!」
口火が切られると、三条がボールを上げて綺麗にサーブを打つ。
ちらっと見えたボールは無回転、そしてすぐに視界から消え去る。消える魔球と不規則な変化を合わせた、見えない変化球ボール。……こんなの、プロでも無理だ。
誰もが絶望したが、しかし久志は奇跡的にそれを打ち返した。しかも際どい位置に返す高等テクを披露。
大技の後はすぐに体制を整えられないのか、三条は変な技も使えず、さらに久志にとってチャンスボールという球がやってくる。
片手で持っていたラケットを久志は両の手で握りしめていた。振りかぶり、手元にやってきたボールをフルパワーでぶっ飛ばす!
あまりの速さにボールに赤い色が灯る。それがなかったら、ボールを目で追うことは出来なかっただろう。
一瞬のうちにネットに差し掛かったボールは炎と煙を上げ、相手コートに入った瞬間空間から消え去った。
久志も消える魔球を打ったのか!
三条に明らかなしかめっ面を見せる。それでも諦めず、軌道上で構え続けた。
それから数秒が経過するが、ボールはまだ見えない。あの速度ならとっくにボールは転がっているはずだ。
おかしいことに気付き始めたのか、周囲もざわめき始める。三条も眉をしかめていた。
「ねえ、直弘君、まさかだけど、これ……」
「ああ……」
なんとなくだが、俺達はこの勝負の顛末がわかってしまった。
テニスコートを見ると、黒い炭みたいのが見える。
そう、久志の打ったボールは消えたんじゃない。燃え尽きて、灰となってしまったのだ。
……なんてことだ。久志の意地をかけた戦いがこんな結末で終わるなんて……。
しかしコートを見ると、超人たちは互いに手を握り合っている。
「ここまでとは思ってもいませんでした。次に戦うときはあなたと決着をつけられるのを楽しみにしています」
「こちらこそ。今のままじゃ三条さんには負けてしまいそうだけど」
二人はどうやらライバルとして認め合っているようだった。そしてどうしてか声を揃えて、
「まだまだだね」
「まだまだですね」
と言い合っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後の事を簡単に述べるとしよう。
久志が発動した燃える打球は火遊びしていると勘違いしたらしく教師が飛んできた。
事実を説明するも、
「テニスボールが消えるだの燃えるだの、絵空事を言い訳にするな!」
と叱られた。
本当のことなのに、相手のほうが至極正論を言っているとはこれ如何に、と思ったものだ。
危うくグループ全員が停学になりかけたが、三条が巧みな話術を使って回避に成功した。……どころか、「皆偉いなあ。文化祭にも全力で打ち込めるとは素晴らしいことこの上ない」とニコニコスマイルで言っていた。
先生の説得は別室で行っていたのだが、その間に一体何があったんだろう。細かいことは想像したくない。生活指導の先生、お気の毒に……。
その後、グループ毎に分かれて別々に散策することになった。
和晃達の演劇が始まるとそちらに移動して、見物したのだが……正直、圧倒された。舞台上に立つ友達は演劇の世界の一員となっていた。
学生の劇ということで軽い気持ちで見ていたのに、演劇ってこんなにも凄いものなのか。
劇が終わった後、和晃達を労おうと思っていたのだが、それをするのが躊躇われる何かが彼らにはあった。故に皆、敢えてそっとしておき、自分たちのやるべきことに務めた。
後夜祭に出るのも一つの手だったけど、安岡が帰ると聞いて途中まで一緒に帰ることにした。
ものすごい物を見て、ふたりとも興奮しているはずなのに感想を語り合ったりもせずに黙って歩き続けていた。
隣を歩いていた安岡の足が止まる。
「……安岡?」
「直弘君、私、決めたよ」
夕日をバックに、安岡は決然とした表情を浮かべていた。
「決めたって何を?」
「進学先。……芸能界にいける専門学校に行くよ」
「安岡は普通の大学に行くんじゃなかったっか?」
四年制大学に通いつつ養成所で己を磨く、と以前の安岡は言っていた。
「そのつもりだったけど、今日のお兄ちゃんと比奈を見て気が変わった。中途半端な状態だったら夢を叶えられないって思ったんだ」
「待て。それは……」
否定のつなぎ言葉出て、しかし何を否定するつもりなのか自分でもわからなかった。
「短絡的な考えだって思う?」
「いや、そういうわけじゃなくて、なんというかだな……」
俺には安岡にどうこう言う資格はない。目の前の女の子や香月のように目標というのがない。一応、探しているフリはしているのだが、本当に目標を持っている子に意見するのはただの愚か者だ。
「何となく、岩垣君が言いたいことは分かるよ」
安岡は照れたように笑う。
言葉が出ないのがこんなにもどかしいと思いもしなかった。
「……安岡は凄いな。目標に向かって一途だ」
「比奈には敵わないけどね」
「その点では香月は異常だと少し思う」
「直宏君、面白い表現をするね」
クスっと悪戯に微笑む。外見は小学生のようなのに、こういった悪魔めいた笑顔は妙に色っぽくてドキドキさせられてしまう。
「ば、馬鹿にしてるわけじゃないぞ。どちらかと言うと羨ましい意味で言ってる。香月や和晃、それから安岡もだ。お前らは今の地点じゃ満足せずにどんどん上に登ろうとしていってる。自分から変化しようとする人間って案外少ないと思うんだ。特に今の若者は」
よく日本人は無関心というが、それは面倒事を避けたい心が大部分を占めている。大きな夢を持たず、嫁さんをもらって安定した職につき、穏やかな老後を過ごす……そう考えるのが普通だ。
でもこの三人はそうじゃない。安定した未来じゃなくて、誰にも分からない未来を作ろうとしている。
そのエネルギッシュさが羨ましいと思う時がある。
「自分から変化しようとしてるかは分からないけど、直弘君も変わったと思うよ」
「え? 俺がか?」
「さっきのテニスの試合で若菜お姉ちゃんに話しかけてよね? 以前の直弘君なら、見守ってるだけだったと思うんだけど、どうかな?」
もしかしたら……そうなのかもしれない。でも、今の俺は中里に話しかけるのが普通になっていて、昔の自分がどうしていたかは想像がつかなかった。
「これも比奈か和晃お兄ちゃんの影響かな? もしかしたら私だったりして! そうだったら嬉しいなあ」
えへえ、と安岡はとにかく楽しげに動き回る。どうしてここまで上機嫌なんだろうか。でも、まあ、いいか。
気が付くと自分も微笑んでいた。
「ねえ、直弘君の目指している大学ってどの辺にあるんだっけ?」
「ん? ああ、えっと……」
大体の位置を話す。
「どこかで聞いたことあるなって思ったら、やっぱり直弘君だったかー。私が考えてる専門学校もその近くにあるんだよ」
「そうなのか。偶然だな」
狙ったのか、という疑問はおこがましい気がした。
かといって運命だな、と言うのは気恥ずかしかった。
「もし帰り道で会ったりしたらこうして一緒に帰ろうね」
「ああ、もちろんだ」
夕日の影に隠された道路は暗く、先は遠くまで見通すことはできない。
しかし、夕日は俺達の足元を明るく照らし続けてくれる。きっとこの先、道が途切れるまで、ずっと。
摩訶不思議、全編ギャグパートのつもりが直弘と恵のお話になってたでござる。
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