三話「受験。準備。卒業。そして」
協力者は一通り揃い、企画書なるものも作成してマネージャーさんに提出した。
その後、正式に学校にオファーを申請した。卒業式の後に行われる三年生を送る会が終了後ならば可能という許可を貰って無事開催にありつけることになった。
……なったのだけど。
「お前は俺が教師初めて以来の問題児だ」
ある日の放課後。何故か越塚先生に呼び出された。
「勉強はそれなりに出来ますし、大学もそんなに悪くない所なんですが……」
「だからこそ余計に問題児なんだ。ある程度の学力や常識を持ってるのに、誰もやったことがない……いや、やることを想像すらしないものをやろうとしてるんだからな」
「発想力豊かってことでここは一つ」
ゴマを擦る様な口調で取り逃げを計らう。
「出来るかアホ。企画書の内容、端から端までキッチリ読んだぞ。ご丁寧に問題事になりそうな結末まで記載されてて、俺は気が狂いそうになったんだからな」
「す、すいません」
一応学校の敷地内でやるイベントだから、本当に良いのかななんて申し訳ない気持ちもなくはなかったので、こんなことをします!と一から十まで書きました。そしたらオッケー貰えたし、間違ってなかったと思い込んでたけどやっぱ駄目だろうか。
「……ま、でもここまで一つの物事に真剣に取り組むやつも中々見ない。お前のことを揶揄するなら……そうだな奇想天外馬鹿とでもいおうか」
「先生、俺を罵倒するために呼んだんですか……?」
確かにこれまでに散々なことを言われ続けたが、良識のある大人に真面目な口調で言われるのが一番グサッとくる。
「それも少しはある。けれど、俺の大事な生徒な一人だ。どんなにふざけたことでも一生懸命やっているなら俺は応援するしかない。……もうここまで来たら思い切りやれ。少しぐらいの無茶なら俺が校長に話を通してやる。自分達で何とかしないで大人も頼れよ。お前はまだ子供なんだから」
先生は言いたいことを言い切ると「ほら出てけ」と職員室からの退出を促してくる。分かりました、ありがとうございますと言葉だけでは伝わらない感謝の気持ちを込めて、それでも口にした。
職員室を出て、ドアを閉める。上部に書かれた職員室を書かれたプレートを見上げ、ドアに向かって頭を下げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
細かい作業は裏で進めつつ、表では受験が迫った友人達のエールに全力を注いでいた。
「明日は若菜ちゃんか。……全力出し切って来いよ」
「……ありがとう。和晃君のお陰で元気出てきた」
三年生は受験のためほぼ休校状態。そのため試験を前日に控えた友人達の家に出向き、合格祈願のお守りを手渡ししている。今日は若菜ちゃん。昨日は直弘に渡した。
ちなみに推薦組は卒業式の準備だったり細々とした作業のために学校に行く人は行ってるが。俺も演劇部で絶賛練習中だし。
「……こうして見るとあっという間だった」
「その通りだな。ついちょっと前まで受験だ、勉強しなきゃとか言ってたのに。気がつけば騒ぐ余裕もなく受験シーズン到来。やっぱり時間の流れが早くなってる気がするよ」
勉強嫌だしたくないと泣き言を叫んでいたのも数ヶ月前。けれど今はここまで来たらやるしかない。受験を控えた人達はそのような心境に陥っているのだろう。
でも俺は皆が努力する姿をこの目で見てきた。何だかんだ言いつつきちんとテキストを開き、暇があったら単語帳を眺めていた様子を幾度も見た。
努力とは決して生半可な気持ちで継続できるものではない。頑張ることへの困難と苦労は特に理解しているつもりだ。それを乗り越え、彼らはここまでやってきた。
だから願う。報われろ――。ただ、それだけを。
「……受験が終わったら、私たちも合流するから」
「ああ、待ってる。折角のイベントなんだし楽しくやりたい。だから、良い報告待ってる」
「……任せて」
拳を突き出し、彼女も小さな握りこぶしを作ってぶつけ合う。
ここから先はもう何も出来ない。彼らの努力を、そして運命を信じるだけだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
親友達の受験が終わって早一週間。それぞれ試験本番で実力を発揮できた者もいれば、苦い顔で帰って来た者もいる。まだ結果は出ていないから分からないけど、一年近い戦いを乗り越えた彼らは今度は俺と比奈の戦いに手を貸そうとしてくれている。本当に感謝するしかない。
今日は慶さんも時間が取れ、他の主要メンバーも空いているということで一同を俺の家に呼び作戦会議を決行する。こうして全員が一同に集まるというのは実は初めてだと思う。
初対面の人はそれぞれ挨拶をして(祥平は慶さんに会えたことに感激していた)、会話を交わしてそれなりのコミュニケーションを取ったところで本題に入る。
「協力を要請したけど、皆に何をしてもらいたいかここで発表する。前も言ったけどイベントの内容はライブ・公開録音・演劇だ。順番も今言った通りにやる。まずはライブだな。時間にして一時間程度。この短い時間かつあまり派手じゃないセットで盛り上がるためにはどんな選曲とパフォーマンスをするか。これについては直弘と梨花さんにやってもらいたい」
「お、俺がライブのセットを決めるのか……?」
「どうして私達を選んだんですか?」
梨花さんの疑問に答える。
内容はそれほど複雑じゃない。比奈のことを良く知っていて、梨花さんに至っては元アイドルということで盛り上がるためどうしたらいいかというノウハウを持っているからだ。ライブの構成と比奈の詳細を熟知している二人なら一時間のライブを数時間に及ぶクオリティに持っていけると判断した。
「次に公開録音。これは基本的に俺と比奈の二人だけど、ありがたいことに慶さんも出演してくれるとのことだ。これに加えて準レギュラーの恵ちゃんも入れて、四人でいつも通り進行する」
「ふっふーん、任せてよ」
「一回だけゲストで呼ばれたけど中々楽しかったからね」
芸能人二人は得意気な顔を披露する。
「ラジオの終盤、二人に退出してもらった後、今までのことをざっと振り返るような旨を言って、しんみりとした雰囲気を作った後に公開恋愛の真実を暴露する。演劇のことも考えてある程度俺や比奈の事情も公開。多分だけど、観客達はざわめくと思うんだ。これを逆手にとって劇を開始する。祥平、ここからは頼めるか」
祥平は首を縦に振ると手に台本を持って立ち上がる。
その台本は今回の劇の台本そのものである。大まかなあらすじは考えていたけれど、話を細かく設計してくれたのは何を隠そう、祥平である。受験シーズンで出来ることの少なかった時期は俺、比奈、祥平に梨花さんの四人で話し合いながら物語を練り、台本に落とし込んでいった。
「和晃先輩から何をするか皆さん聞いていると思いますが、確認のためにもう一度。今回やる劇の内容は『高城和晃と香月比奈が和解を果たせなかった場合の未来』です。簡単に言えばIFものですね」
比奈は俺のために引退表明を行った。見切り発車をした彼女はそのまま俺を説得。彼女の強い想いに惹かれ、あの時は手を取った。が、もしあの時手を取らずに俺と比奈が決別した場合、一体どうなっていたか。それを想像し、最後の「大仕掛け」に持ってけるよう話を組んだ寸法である。
「それに際し、登場人物は現実の人間となっています。基本的には役=現実の人物……つまり劇の主役である高城和晃役を務めるのは役者の高城和晃である、といった感じです。台詞や劇中の行動については和晃先輩と香月先輩が細心の注意を払っていたので、無理に演じなくとも自然に動けるよう工夫されています」
俺達が大人になった後を想定して作った物語だが、根底は変わっていないことを前提にこの人物なら必ずこうする、こんな台詞を吐くだろうと考え作成した。だから役者は素のままで演じられるはずだ。それが臨場感にそのまま繋がると思うし。
といっても劇だからこんなことしない、という行動もいくらかはあるし、役=現実の人物でないものもいるけど。
「ここにいるメンバーで出演するのは和晃先輩、香月先輩、若菜先輩に俺、それから河北さんに安岡さん。あとは菊池先輩。これで全部ですね。では今から台本を配るので――」
「ちょ、ちょっと待ったー!」
一人の女生徒……由香梨が手を上げて祥平の言葉を遮る。
「今、菊池先輩って言った!? 私!? 何で!? 間違いじゃないの!?」
「間違いじゃないですよ。それに結構重要な役どころです」
「演劇部でも、芸能人でもない私が!?」
由香梨は目を丸くして困惑する。
「いやさ、本人に出演してもらいたいけど、諸事情で叶わないからあいつのことをよく知ってる由香梨が適任かと考えたんだよ」
「私、何の役なの?」
「三条沙良役」
「沙良役……? わ、私が……?」
由香梨は口をあけて唖然とする。
「幼馴染であり、親友であり、友達想いの由香梨なら沙良の行動や台詞もスラスラ出てくるはずだ。これ以上の人材はいないぞ」
反応のない彼女に笑顔でサムズアップ。沙良のことを知る人物達は「その通りだ」と神妙に頷いている。
「い、いやいや、私にあの子の役が務まるはずが……」
「実は私、直接本人に聞いてきたんだよ。そしたら沙良も『だったら由香梨ですね』って笑顔で言ってたよ」
逃げられないように比奈が追い打ち。とんでもないことを笑顔で言い切る彼女は善意の行動からやってるつもりなのだろう。天然とは末恐ろしや。
「ああ、もう、分かったわよ……やればいいんでしょ、やれば」
やけくそ気味に納得し、由香梨はううーと顔を机に埋めた。どうどう、と若菜ちゃんが背中をさする。
「……ちなみに俺だけ一度も名前挙がってないんだけど」
別の案件で今度は久志が手を挙げる。
「ちょうど言おうと思ってた所だ。久志は多分、一番重要な役どころだぞ」
「その言い方、プレッシャーを感じるね……」
「去年の文化祭で俺が比奈を迎えに行ってる間、久志はイベントのために奔走してくれたんだろ? そのことから全体的な進行管理……所謂監督的なことをしてほしいんだ。……頼めるか?」
「俺にその大役を果たせるかどうかは分かんないけど、お願いされたなら出来る所までやってみるよ」
久志は柔和に微笑んだ。
「おお、この懐の良さ……流石イケメン」
「イケメンは関係ないと思うけど」
「私の心の狭さがよーく分かるわね」
机に伏せていた由香梨が恨めしげに顔を上げる。
そんなやり取りをしてる間に祥平が全員に台本を配り終える。
「うし、とりあえずこれからやるべきことは皆把握したな? 改めて……俺達の大勝負のために力を貸してほしい。よろしく頼む」
『おお!』
役割分担も終え、気持ちを一つにする。もうこの時点で俺と比奈だけのものじゃない。皆のものだ。絶対に成功させてやろう!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おーい、手伝いに来たぞー」
「おお、サンキュー」
元・演劇部部長が手にスーパーの袋を持って作業中の俺らの元にやってくる。
彼以外にも手伝ってくれる人は多数いる。去年の崎高祭ライブで手伝ってくれたボランティアスタッフなども参加してくれている。
作業内容としては劇のセット作りが演劇の練習で中々手が回らないため、主にそちらをやってもらっている。
この作業は卒業式、そしてその後に行われる三年生を送る会のメインイベントの準備の邪魔にならないよう、陰で行われている。関わってくる人間は二つのイベントより少ないが、規模はその二つよりも大きい。そのため作業スケジュールなんかは非常に詰め詰めだ。けれど、文句一つ言わずに作業に取り組み、進捗は順調だった。
たくさんの人達の手によって少しずつ形になっていく。
彼らに感謝しながら、期待に応えるために俺達も全力で取り組む。
時間はあっという間に過ぎていく。
受験が終わり、卒業式の練習が始まり、三月に突入し、そして――運命の日がやってくる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――高城和晃!」
「はい!」
名前を呼ばれるとスッと立ち上がる。キビキビとした足取りで壇上に上がる。卒業証書を手に持った校長と向かい合い、一礼する。左手を出して証書の端を掴み、次に右手で掴む。完全に受け取ると一歩下がってまた一礼。壇上を降りていく。所定の椅子に腰を下ろすと左隣の生徒の名が呼び上げられ、俺と同じように壇上に上がっていく。
これを全クラス、三年生の生徒の数だけ繰り返す。
三年生に証書を渡し終えた後は校長先生やPTA会長の辞与や祝辞、卒業生と在校生による送辞と答辞が行われ、最後に合唱をする。
卒業という一大イベントだが式は淡々と進行し、あっけなく終わりを迎えた。
式の後は同じく体育館で在校生による三年生を送る会が催される。準備までの間、卒業生達はお昼休みも兼ねた休憩に入る。
「さまになってたぞ」
「大きくなったわね」
と、親父と母さんが普通の親として式を見に来ており、簡単な写真撮影などをする。家族写真だけではなくて友達も写りこんだ写真も撮る。ちなみにこの時点で沙良は涙腺が緩んでいて(この事は皆意外だったそうだ)、常にハンカチを手に持っている状態だった。
第一次写真撮影タイムと昼の食事を終えると良い感じに休憩時間も終わりになり、再び体育館へ。
在校生達の作成した華やかなアーチをくぐり卒業生が入場。その後、在校生達の考案した卒業生を楽しませる催しを披露。演奏からよくわからんコントまで幅広く行われた。反対に三年生から在校生に向けて同じようなことも行った。
厳粛な空気だった卒業式と違って楽しく賑やかなイベントで、誰もが笑う。特に盛り上がったのが三年間のアルバムで、様々な行事のイベントや日常風景の写真をスライドショー形式で上映したものだ。あ、まだ若い!だとか、かっこいいや可愛い、恥ずかしいー、なんて声も所々から挙がる。
で、体育祭や文化祭のイベントが中心になるのだが、比奈の転校が一大イベントとして盛り込まれており、二年の初めの部分で「香月比奈、現る」なんて謳い文句付きで彼女の全身画像がモニターを支配した。おお、と男子から感嘆の息が漏れ、次に「この馬鹿が連れてきた」の文字が躍り出ると俺の全身画像が出現。四方八方から敵意のこもった視線が注がれた。理不尽とはきっとこういうこと。
入学から卒業までの軌跡を写真で振り返り、テンションが最高潮になったところで在校生からの言葉。式に比べ幾分柔らかい送辞だったが、逆にそれが三年生達の心を刺激する。さっきまでと打って変わってしんみりとした空気になる。堪えきれない人はこの時点で涙が溢れていた。
卒業生からの言葉にもなると、大方の人間は涙を流していた。在校生の席からも泣き声が聞こえてくる。その状態でもう一度校歌の合唱が行われ、まともに歌える人間はほとんどいなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、三年生を送る会もいよいよ終了する。
「これにて三年生を送る会は終了です。最後に卒業生の久保田久志君から連絡があります」
名前を呼ばれると久志が立ち上がり、壇上に立つ。マイクを構え、少し恥ずかしげにしながらも口を開く。
「今日は私達卒業生のために素敵な催しを開いてくれてありがとうございました。在校生並びに、先生方や保護者の方にも感謝申し上げます。さて、いつもなら毎年この時点で本日の日程は全て終了になりますが、今年は違います。先程のアルバムでも注目を浴びました香月比奈さんと高城和晃君。この二人による卒業記念及び香月比奈の引退を兼ねたイベントが十六時より校庭で行われます。二人の思い出の地であるこの学校でどうしてもやりたい、ということでこの日、この場所で行われる運びになりました。三年生の中でも特に話題になった二人の最後の饗宴です。崎ヶ原高校の関係者なら無料で参加できますので、よろしかったら立ち寄ってみてください。ただし一般の方も来るので、迷惑な行為は慎んでいただくようお願いします。告知のためにわざわざ時間を割いていただきありがとうございました」
久志は一礼すると壇上から降りた。
このイベントは録音による最後のラジオで告知していたのと、随分前から学校内ではチラシを公布していたので周知されている。
「お前、行く?」とか「一緒に行こう」とか、「めんどいからいいや」だとか「興味ない」といった様々な野次が飛び交う。
もれなく退場となり、在校生は片付け、三年生は第二次撮影タイムへと突入する。イベントまで二時間近くあるのでまだ余裕は残っている。俺達も一時間前まではお世話になった友人達と数え切れないぐらい写真を撮りまくった。
十五時になると俺も含めた関係者は校舎を抜け出し、外に設置されたライブ会場を見上げる。既に人は集まり始めていて、校庭の半分ぐらいは人の頭で埋め尽くされている。
「これに加え、崎ヶ原高校の生徒も大勢来るのよね。となると熱気だけでいえば今まで一番最高のものになりそうね」
会場の裏側に設置されたスタッフルームでマネージャーさんが言う。
「もう後には引けませんね」
比奈と顔を見合わせる。
卒業式や三年生を送る会は、悪いとは思うけど俺達にとっては前座でしかない。今日の本番はこれからだ。
そうしてる間にも、時間は経過していく。
開始時刻はどんどん近づいていき、そして――最後の一大イベントが幕を開ける。
最終章突入記念に第二回人気キャラ投票を行います。
完結後のおまけ話に関する質問もございます。
今回もよろしければご協力お願いいたします。
http://enq-maker.com/ZWTKhP




