四話「答えを求めて」
ここ最近、色々な事を考える。ライブ前でナーバスになっているのもあるし、ただの通過点で済まないようなイベントが多々発生しているからだ。
ただ、悩み、考えるだけで答えはまだ出ていないのが現状。これを求めてる、こういうことを言いたい、けれど表現する言葉が見つからない……そんな靄がかった状態が渦巻いている。
お陰で今日の授業はあまり集中出来なかった。このままだとまずいなあ。
私一人じゃどうにもならないのかもしれない。誰かに協力を求めた方が……。
「あれ、香月さんも今帰り?」
うーん、と唸りながら校門を出ようとしたところで引き止められる。久保田君だった。
「あ、うん。久保田君も?」
「そうだよ。カズは一緒じゃないの?」
「今日は用事があるって。久保田君こそ、若菜と一緒じゃないの?」
「俺、そこまで若菜さんと一緒にいるつもりはないんだけどな……。教室で友達と一緒に勉強してるみたいだよ」
身体を並べて雑談に花を咲かせる。話題はやはり大学関連のことが多い。だってもう大学受験まで半年を切っている。私達だけじゃなく、三年生のほとんどがこの話題で持ちきり状態だ。
「久保田君は推薦取れたんだよね?」
「何とかね。今は一般組の邪魔にならないように、かつ出来るところで手助けしてるって感じかな」
「若菜はどんな感じ?」
「うん……まあ……」
久保田君は苦笑して言葉を濁す。
「苦労……してるかな。時間はまだあるからどうにでもなるだろうけど」
「そ、そうなんだ」
少し気まずい空気が流れる。うう、そんなつもりで言ったわけじゃないのに。
「……そうだね。未来の話もいいけど、他の話もしよう。香月さんは最近カズとどうなんだい?」
「え、ええ? どうって言われても、特に何も無いのが現状なんだよね」
とりあえず表面上はだけど。
「やっぱり二人は安定してるね。折角のいい機会だし、交際してる先輩として一つ聞かせて欲しいんだけど、香月さんは付き合うってどういうことだと思う?」
「中々難しい質問するね……」
それに先輩って言われても大したことしてないし。
ただ久保田君は真剣な面持ちで、回答拒否するわけにもいかないから首を傾げて思案する。
「普通に考えれば好き合ってる同士の男女がくっつくっていうか、仲良くするっていうか……こうしてみるとどういうものか良くわかんないね」
「その通りだ。けど俺はこう考えてるんだ。付き合うっていうのはお互い近しい存在になるための形だって。その時、ただ仲良く愛し合うだけじゃなくて、一緒に壁を乗り越えてお互いの良い所を伸ばしていく……少なくとも学生の交際はそういうものだと思うんだ」
大人になったら意味合いは変わってくると思うんだけどね、と久保田君は続ける。
「一緒に壁を乗り越えてお互いのいい所を伸ばす……」
「そうそう。若菜さんの気が変わって付き合えるようになったらそりゃ凄く嬉しいさ。けど、一緒にいる時間が増えるだけなら俺は付き合いたいとは思わない。俺は若菜さんを支えて、願わくば若菜さんは俺のことを支えてくれて。そうして二人で前を向いて歩いていく。そんな関係になれたらとても嬉しいんだけどね」
久保田君は照れを隠すように苦笑い。
「久保田君の考え方、凄く素敵だと思う」
「ありがたい言葉だよ。といってもこれは香月さんとカズの関係を見て思いついたことなんだけどさ」
「私とカズ君の関係? 私達、そんな大層なことはしてないけど」
「本人達から見ればね。でも外側から見た二人の関係はそんな素晴らしいものなんだよ」
そうなのかな? 全く自覚が無い。
「そういうところ、俺は尊敬してるよ。これからも俺の目標になるようなイチャイチャぶりを見せてほしいな」
「ええー……」
彼の楽しげで、けれど優しい笑みが私の瞳に強く刻み込まれた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この前久保田君と一緒に帰った時、ついでにということで現在抱えている悩みを聞いてもらった。久保田君は真剣に考えてくれたけど、良い案は思いつかなかったようで……仕方ないんだけどね。代わりに分かりやすくリストアップするのと、他の人にも聞いてみた方がいいとの提案を貰った。やっぱりこの問題は一人じゃ解決できないものね。
まずは簡単に現在の問題をリストアップしてみた。以下がそれだ。
・カズ君の現状(といっても私が勝手に思い悩んでるだけだけど)。
・ライブのマイクパフォーマンス(特にアンコールが発生した場合)。
→ここでカズ君に向けてメッセージ?(伝えたいことをそれとなく)
→もしくはこれまでの軌跡を言葉に変える(熱入りすぎちゃいそう)。
・私は私。意地を貫く(リーダーのお言葉。頑張ろう!)
・カップルとはお互い助け合う存在(関係ないかもしれないけど、一応)。
――と、白紙のルーズリーフに刻まれた。
こうしてまとめてみるとバラバラのようだけど、上手いことすれば一つにまとめられそうだ。
とにかくこれらの答えを出すために情報収集を開始する。最初のお相手は……若菜だ。
「……比奈のやりたいことやれば万事解決」
ズバリと。あまりにもシンプルな回答が返ってきたのだった。
「えっと、その、ありがたいんだけど、出来れば具体的な案があるかどうかを……」
「……番組のスタッフも思いつかないようなこと、一般人の私が思いつくわけが無い」
若菜の言葉に容赦はない。しかも反論の余地が見当たらない正論というのがまた凄い。
「……そもそも、比奈はどうして悩んでるの? そうやってうじうじと中途半端に悩むこと自体おかしいと思う」
次から次へと言葉の矢が飛んでくる。しかもどれもが心の中心を貫いていく。
「……私なら、考えてる暇があるなら実行する。そっちの方が楽だし、変に考えるよりも衝動的な方が私のしたい事が出来ると思うから。比奈の場合、何を悩んでるかじゃなくて、何故悩んでるかの方が重要だと思う」
「何じゃなくて何故……何故?」
混乱、さらに増量。
「……比奈はどうして和晃君のことを思い悩んでいるの? 比奈はどうしてマイクパフォーマンスの内容をこの二つのどちらかで悩んでいるの? 私が思うに、このどちらも比奈の想いが関わっていると思うんだけど」
「……あ」
そうだ。確かにそうだ。
カズ君の件は、弱っている彼を見てしまったから元気付けたいというのが発端だった。けれど、弱っている彼は立ち直った。それでも助けなきゃ、と思うのは私がそこに何かしら思うことがあったからだ。
そうして後者の件は、観客の皆さんか、それともカズ君宛てかどうかはまだはっきりしないが、何かしら伝えたいことがあるのに、思いつかないということからきている。
どちらも「何かしら」という空白部分があって、ここをちゃんとした言葉で表現すると私の探している「答え」になるんじゃないか。
今まで目の前のことに囚われすぎていて、こんな簡単なことにも気づけなかった。着目すべき所は現状ではないんだ。
「……それともう一つ。誰かさんがカップルは互いに支えあう存在って言ったらしいけど、それだけじゃないと思う。相手を助けようと思いやりすぎても失敗することはある。本当に支えたいなら、時には対立することも必要。要は喧嘩。相手に気を遣いすぎて、自分自身を貫けない人間が人を救えるはずが無い。自分が正しいと思ったことをした方が良い結果に結びつくときもある」
「……その通り、だね」
言われて見れば、崎高祭の後の私は彼に対する見方が変わっていた。
一言で言えば――同情。カズ君に同情し、どうにかできないかと考えていた。
カズ君が救われることだけを考え、自分はそのための方法を模索していた。そこに自分の意志があったとしても、私はそれを見ようともせずに解決策だけを見出そうとした。
私は彼に同情した。
同情し、それを悪いことと分かった上で行動をしようとした。
この行動するための動機が私の意志、私のやりたいこと。
そして最後の二つを結びつける鍵が私自身にあるのだと思う。
じゃあどうすればいい。私が私となった理由を知るには――その時、稲妻の如く脳裏に二人の人物が浮かび上がった。
「ありがとう、若菜。答え……きっともうすぐ見つけられる」
「……そう。なら良かった。……頑張って、比奈」
「若菜も勉強頑張ってね!」
「……嫌味?」
そういうつもりじゃなかったんだけど。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
若菜と別れた後、私は二人の人物に連絡して近くの喫茶店に呼び出した。幸いにも、どちらも予定は空いてるらしく来て貰える運びになった。
呼んだ人物は岩垣君と恵の二人だった。私のアイドルとしての初期を知っている二人から聞き出したいことがある。
集合場所に二人がやってくると私は真っ先に口を開いた。
「私がアイドルになり始めた頃、どう感じた!?」
『…………はい?』
二人は揃ってとんちんかんな顔を見せる。少々喰い気味過ぎたかもしれない。
「すまん、よくわからん。まずは落ち着いて状況を話して欲しい」
「直弘君に同意」
恵は勢いよく手を挙げ、反動で長いツインテールが揺れた。
「答えが……答えが欲しいの。そのために私のルーツを知ってる人に話を聞きたくて!」
『……はあ』
今度も二人揃って間抜けな顔を見せる。
「ルーツってつまり……?」
「岩垣君はずっと前から私のこと応援してくれてるって言ってくれたよね。岩垣君が私を応援し始めてくれた時の私の様子というか……理由があるなら知りたいんだ」
「か、可愛かったから……とかじゃ駄目なのか?」
「私以上に可愛い芸能人はいっぱいいるよ! それでも私を応援してくれたのに何か理由とかないかな?」
「謙遜もそこまで行くといっそ清々しいね……」
恵が失笑するが、無視する。
「理由……理由か。言われてみると考えてしまうな。香月が台頭する前は多人数のアイドルグループが目立っただろう。彼女達も一人一人何かしら目標があったと思うんだが、俺はどうしても寄せ集めのようにしか思えなかった。アイドルグループを抜け出してソロ活動を始めると人気が落ちるってこと良くあっただろ? ファン達は個人を応援してるようでグループ全体を応援してるからそのような事態になる。そこで現れたのが香月だ。たった一人でカメラの前に立って、笑顔で歌う。スキルの優劣はともかく、懸命だなって感じたんだ。堂々と――なんていうか、観客に何かを与えようとしている。そんな風に見えたんだ」
「あ、それ分かるかも。比奈は覚えてる? ソロで活動し始めた頃、田舎の小さな公園で数人を相手にPR活動した時のこと。私はそれ聞いて、辛いけど仕方ないよねって言ったらさ、『でも見てくれた人は笑楽しんでくれたから、笑顔を見れたから充分だよ』なんて言い返されて。アイドルになりたいって考える人のほとんどは有名になりたいって考えるのが普通でしょ? けど比奈は違った。だから比奈は人気出たんだろうなって時々思うの」
「ふむ、こうして改めて考えると香月比奈というアイドルがいかに素晴らしいかわかるな」
「そうだね。他の人を笑顔にすることが自分のためだなんていうアイドル滅多にいないもんね」
「……それだ!」
『……え?』
二人は素っ頓狂な声を上げる。
しかし二人の様子に構わずまくし立てる。
「それだよ、恵! ようやく、ようやく喉に引っかかった魚の骨が取れた気分。色々なことがあって視野が狭くなってたのかな。大事なことを忘れてたよ」
思い返せばヒントはいたるところにあった。
一番大きいのは河北さんの言葉だ。夢の内側と外側。いつしか私はその内側を紛失しかけていた。
もう一つはカズ君と付き合う直前、公開恋愛を止めようと諦めた時だ。あの時、私が彼に感じた想い。それこそがまさに失くしかけてた内側であって、私の捜し求めていた「答え」だ。
至極簡単な話だ。
私には「夢」があった。
私がカズ君をいつまでも気にかけていた理由。
それは全てこの「夢」が起因となっている。
つまり私は気づいていなかっただけで、彼のためにではなく、自分のために彼を救おうとしていた。
それは果たして悪いことか。
彼からしてみればたまったもんじゃないかもしれない。関わってほしくないとさえ思ってると思う。
けれど私は納得がいかないから。このまま終わらせたくなんかないから。自分の意地を貫き通したいから。
唯我独尊。傍若無人。うん、大歓迎だ。私は私のやりたいままに。私の「夢」を叶えよう。
「――二人とも、ありがとう。ようやく答えが見つかったよ」
「そうなのか?」
「私たちの台詞のどこに答えの要素があったんだろ……?」
二人は気づいてないかもしれないけど、功績は非常に大きい。彼らだけじゃない。今まで私にアドバイスをしてくれた皆、関わった皆、応援してくれたファン達、それから――カズ君。あなたも勿論。
答えは見つけた。後は「答え」を示す場――ライブ当日を待つのみ。
その時、見せよう。私を。香月比奈を。そして、もう一度「夢」を叶えるんだ。




