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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
13章 香月比奈編
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三話「答えを探して」

 ライブを目前に控えているけど、他の仕事だってきちんとある。公開恋愛以後、出演が増えたバラエティー番組の収録を終えて控え室に戻る。いつもならこの後、仲の良い出演者さん達と打ち上げに行ったりするんだけど、今日はやめておいた。

 彩さんが来るまでカバンから紙を取り出す。セカンドライブのたセットリストというものだ。これを見て大まかな流れを確認し、少しでもライブに備える。

 曲に関してはほぼ問題ない。何度も何度も練習して無意識に歌詞を口にすることが出来るようになったから。

 問題は曲と曲の間、所謂マイクパフォーマンスの部分。これはある程度台詞を考えていても、その場の雰囲気で変わることも多々あるから中々難しい。

 前回はなかったアンコール時のマイクパフォーマンス。ここ、どうしようかなあ……。


 頭を悩ましていると控え室のドアがノックされた。立ち上がって近づき、ドアを開ける。



「やあ、比奈ちゃん。今大丈夫かい?」


「あ、はい。どうぞ中に入ってください」


 

 ドアをノックした人物は河北さんだった。今日はドラマの番宣で同じ番組に出ていた。

 


「突然押し寄せてごめんね。今の時期、凄く忙しいはずだし」


「いえいえそんな……。悩んでただけなんで。それよりも――」



 と、少し先程の仕事について話し合う。それから河北さんの近況も。河北さんはここ最近、ますます勢いを増してきている。本業の舞台の仕事ももちろん、ドラマなんかにも引っ張りだこの状態。今度映画の主演も務めるかもしれないと風の噂で聞いたりもした。



「ま、僕のことはどうでもいいんだ。そんなことより比奈ちゃんのことだ。ライブもうすぐなんだよね? 調子はどうだい?」


「概ね良い感じです。ただ細かい所で不安が残るのも確かですね」


「さっき悩んでたって話したことだね」


「はい、そうです。あの、良ければ聞いてくれませんか?」


「専門が違うからアドバイスとか出来ないかもしれないけどいいのかい?」


「聞いてくれるだけでありがたいです」


「分かった。なら、聞かせてもらおうかな」



 私は河北さんに先程の課題を話す。



「マイクパフォーマンスかあ。……うん、お手上げだ。ごめん」


「いえいえ。話し訊いてくれただけでもありがたいです」


「この事に関してはやっぱりマネージャーさんとか、よくラジオに出演してる安岡さんとか……一番身近なら和晃君とかに尋ねてみた方がいいんじゃないかな?」


「本当は聞きたんですけど……」



 言葉に詰まる。本当はいの一番にカズ君に回答を貰いたかった。けれど、今の彼に尋ねることはなんだか憚られた。私の考えすぎなんだろうけど。



「まあ、そうだろうね。どんなに表面を取り繕っても、内面はまだ修復しきれてないだろうし。自分の大切なものが崩れ去ったなら誰でもそうなる」



 崎高祭の後、河北さんはカズ君からこれまでの経緯を打ち明けられたようなのだ。終始淡々と語り、最後に「こんな俺に今まで付き合ってくれてありがとうございました」と頭を下げたらしい。それ以来、河北さんは彼のことをずっと気にかけているように見える。



「僕も人のことは言えないけど、比奈ちゃんも引きずってるみたいだね。それもその行為が駄目だってことにもちゃんと気づいてる」


「……はい」



 申し訳なくなって、河北さんの顔をまともに見れなくなる。机に目線を落とす。



「気に病む必要はないよ。仕方ないさ。特に比奈ちゃんは僕以上に彼の傍で彼を見ていたんだから。……そうだ、和晃君は比奈ちゃんのライブを見に行くのかい?」


「友達と一緒に行くつもりって言ってました。それがどうかしましたか?」


「うん、ちょっと考えたんだけど」



 河北さん悪戯を思いついた少年のように微笑む。

 その時、再びドアがノックされた。河北さんは一度口を閉じて、微笑んだままドアを開けるよう促してくる。



「やあやあ、比奈ちゃん。……ってあれ、先客がいるのかい?」



 顔を覗かせてきたのは伊賀さんだった。彼はこの番組制作に携わってる一人だから、よくこうして控え室を訪れてくれる。

 伊賀さんを中に通す。河北さんと伊賀さんが労いの言葉を掛け合って笑いあう。こうしてみると、正確の穏やかさや口調が二人ともどことなく似てるなあ、なんて思う。



「さっきまで何の話をしてたんだい?」


「ええ、それなんですけど」



 私の代わりに河北さんが流れを説明する。



「――という話をしてたんです。それで続きだけど、僕はこう考えたんだ。観客の皆さんに向けて言ってるように見せかけて実は和晃君個人に対してメッセージを伝えるみたいな演説はどうかなって」


「えっと、そんなことしていいのかなって思うんですけど。第一、そんな難しいこと出来るかどうか……」


「内容はともかく、バレなければしていいんじゃないかな」



 戸惑う私を伊賀さんが背中を押す。



「僕も一度だけやれらたんだよ。休みを貰って彩さんのライブを観にいったんだ。彼女はマイクを持って『皆のこと、一人一人愛してます!』って叫んだんだ。その時、彼女は僕の席の方に指を指してた。周囲は歓声の嵐だったけど、僕はまさかそんなって逆に冷や冷やした気分になってたよ」


「彩さんって意外と大胆……!」


「お熱いねえ」



 河北さんは楽しげに笑みを浮かべ、当時を思い出したのか伊賀さんは苦笑していた。



「ま、そんなわけで上手いことやれば出来なくもないって感じだね」


「そうですね。ただでさえ和晃君と比奈ちゃんは公開恋愛なんてものをしてるんだから、ちょっとくらい不自然になっても許容されると思う」


「河北君の言うとおりだ。むしろ和晃君に愛を叫んだ方が公開恋愛的には良かったりして」


「それは面白いですね。是非見てみたい」


「む、むむむ無理ですって! 私にはレベル高すぎます!」



 確かに今まで色々やってきたけど! 群集の前で愛を高らかに叫ぶのは私にとって拷問に近いものがある。カズ君は昔、公開恋愛宣言で似たようなことをしてたけど、よく出来たなって尊敬する。それに、昔と違って今、二人の関係や感情(少なくとも私は)は本物なわけだし、よりハードルは上がっている。



「まあ、そこまでやれとは言わないけど。そういうことも出来るんじゃないかっていうのが僕の提案だ。どうかな?」


「悪くないですけど、何を言ったらいいか……」


「その中身を考えるのが比奈ちゃんの仕事だよ。変に意味深な内容を考えるより、自分が和晃君に向かって伝えたいことは何かって考えれば自ずと浮かぶんじゃないかな」



 私がカズ君に伝えたいこと。

 それはここ最近の悩みの一つだ。失敗を恐れず、とりあえず考えてみてはいるけど中々答えは浮かばない。私は彼に何を想って、何をしようとしているのか。その答えがきっと彼へのメッセージとなり得るはずだ。



「伊賀さんの案もいいけど、僕からも一つ。比奈ちゃんがステージの上に立つまでの心情、アイドルになれたことへの情緒。それらを軸にするのもありかもしれない。特に比奈ちゃんは今回のライブをとても感慨深く捉えてるんだよね? 意外とそういった気持ちが素晴らしい詩に変わったりするんだから」



 カズ君へのメッセージだけが全てじゃない。

 私がここまで来れたことに対する感情がリズムとなって会場を沸き立てる。そういうこともあるのかもしれない。



「ありがとうございます。少し光明が見えてきた気がします」



 二人に向かって頭を下げる。二人とも、微笑を浮かべて「いえいえ」とはもる。



「それにしても、二人は凄く似てますね。キャラ的にというか、雰囲気的にというか」


『それは言わない約束だ』



 また二人は言葉をはもらせたのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その日の帰り。

 私は伊賀さんと河北さんの提案に乗っかってみようと思った。けれど家じゃ集中できそうにないから適当なファミレスに入って熟考しようと考えたのだ。

 席に案内され、ドリンクバーを頼む。思案に入る前にとりあえずドリンクを取りに立ち上がる。



「あれ、比奈さん?」


「え、その声……」



 名前を呼ばれたので振り返ると視界に梨花の顔が飛び込んできた。



「梨花? どうしてここに?」


「同じ台詞をそっくりそのまま返します。あ、そっくりじゃないですね。梨花のところを比奈さんに変えてください」



 言わなくても別に分かるけど……。


 

 梨花から話を聞くと、家じゃ家族がうるさいからここで少し勉強でもしようと来てたらしい。彼女、とても成績が良いらしく、推薦でいい大学を狙うつもりらしい。



「比奈さんはライブについて考え事をって感じですか。流石ですね」



 素直に笑顔を向けられなかった。何しろ相手は一度同じグループで活動していた女の子。最高の賛辞であるはずだけど、昔を思い出すとあまりにも感慨深いものがあるから。


 気がつくと梨花と夢中で話をしていて、店員さんに頼んで同じ席にしてもらった。今度のライブのこととか、この前の崎高祭のことだとか、何気ない日常のこととか、勉強のこととかに話を咲かす。当初の目的はどこか行っちゃったけど……また後でしっかり考えよう。

 


「そうだ、聞いてくださいよ比奈さん。祥平君のことなんですけど――」



 梨花の言葉に熱が入った時だった。私たちの席を通過した複数人の女の子グループの一人が私達を見て立ち止まった。

 何事だ、と私も梨花もその人物を見る。耳にはピアスをつけて、髪も金髪に近い茶髪にしている。他にもアクセサリーなどの様々な装飾品で身体を彩っている。派手な外見と比べて顔は小柄で秀麗だ。

 そして私はその人物が何者か知っていた。見た目は大きく変わってしまったけれど、根本的な部分は変わらない。



「リー……ダー?」



 彼女は私と梨花が所属していたアイドルグループのリーダーだった。

 あちらも私達を見てひどく驚いている。



「あんた達……何でここに」


「行ってください」



 驚く私とリーダーの間に冷徹な言葉を放ったのは梨花だ。



「私たちに顔を向けないで下さい。すぐに行くつもりがないなら、私たちが店を出るんで」



 誰が見ても明らかなぐらい攻撃的な態度だった。

 けれど二人の因縁を考えれば当然の結果なのかもしれない。



「……そういうとこ、あんた変わらないね」



 リーダーは梨花に目を向けるとフッと笑う。それはただの笑みなのか、嘲笑なのか見分けがつかない。

 梨花は後者を取ったのだろう。あくまで冷静に、言葉を鋭く突き返す。



「リーダーのそういう態度も変わりませんね。見た目は大きく変わったようですが」


「梨花は見た目もそんなに変わってないわね。その様子だと、いまだに男の味は知らないようね」


「――! あんた――!」



 梨花が立ち上がり、手を振るおうとする。私はそれを必死に制する。



「梨花も落ち着いて! リーダーもやめてください。ここで争っても何の意味もないじゃないですか」


「比奈もその正義ぶったところは変わらないわね」



 リーダーは傲慢な態度を崩さない。あの時と同じだ。グループの崩壊の始まりの時と何も変わらない。



「今までもそうして過ごしてきたんですか? そうやって横柄に人を接して……」


「何あんた。私に説教でもしようって言うの? あんた達二人に見せた態度だけを見て偽善者ぶるつもり? 偉そうにしてるのはあんたじゃないの?」



 私は何も言い返さなかった。言い返せなかったのかもしれない。



「あー、最悪。興ざめよ興ざめ。私ら、ここ出るわ。これでいいんでしょう?」



 梨花がまた反応するが、またしても止める。

 他の女の子達を呼んでリーダーは私たちに背を向ける。このまま何もないまま、見送るのが一番だ。なのに私はその背に向けて言葉をぶつけていた。



「あの、最後に一つだけ聞かせてください」


「何よ」


「リーダーはあの時のこと後悔していませんか?」



 ピタリとリーダーの動きが止まる。振り返ることなく彼女は答える。



「してないわよ。あれが私の本心だもの。私は有名になりたいから養成所に入った。想像以上にきつかったからやめた。それだけよ」


「……そうですか」


「あんたは」



 これで終わりだと思った。しかしリーダーは続けた。



「あんたは自分の意志でここまで来たんでしょう? 道は違えど、アイドルになりたかったからなった。あの変な公開恋愛とかいうやつまでしてさ。私は私。あんたはあんた。そういうことじゃないの?」



 リーダーはこちらに首を向けた。横目で私を見ているようだ。



「今はどうでもいいけど、昔の私ならあんたにこう言ってたと思うよ。自分を忘れずにそのまま頑張れって。これがリーダーからの最後の言葉よ。……最後まで意地、貫いてみせなさいよ」



 それだけ言い残すとリーダーはつかつかと足を進め、そのまま店を出て行った。



「今、あの人比奈さんを……」



 後ろで聞いていた梨花は彼女の言葉に驚いているらしい。



「貫いて……みせるよ」



 私はリーダーの言葉を噛み締める。大事なプレゼントのように、何度も何度でも。



「貫いてみせるから」




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