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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
12章 高城和晃編
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三話「無数の選択肢」

 棚に並ぶ商品を見て次に教室の内部を思い浮かべる。この商品を飾るとしたらここ……。うーん、微妙かな?

 駄目と判断したら隣の商品棚に目を移す。もう一度教室を頭に思い描いて、先程まで眺めていた商品も組み合わせて内装を考えてみる。

 納得がいかなかったら次の棚へ。

 これを何度も繰り返して、喫茶店に変化するうちの教室に化粧を施さないといけない。



「和晃じゃないか」



 後ろから声をかけられる。直弘だった。



「お前も内装用の小物を買いに来たってところか?」



 どうやら直弘も俺と同じ理由で店に来ている模様。



「ああ、そうだよ。基本的なことは大体終わってて、内装用の小物やら食材やらを購入して後は飾り付けるだけって感じ」


「うちのクラスと大体同じだな。違いを上げるとしたらそれぞれ雰囲気に合った小物を買わないといけないところか」



 直弘は由香梨と同じクラスなので和を連想させる飾り付けにしないといけない。メイド喫茶風と和風、どっちの方が難しいんだろう。

 とりあえずお互いどうすればそれっぽさが出るか意見を交換してみる。争っているのは由香梨と沙良の二人だけなので部外者である俺達は平和なものだ。



「難しいよなあ。小物って言っても色々種類もあるし、同じ品物でも色や模様が違ったり、あと他の品物と組み合わせて味が出たり、逆に単体でも映えるものが複数になると微妙になったり……」


「確かに選択肢が多すぎるな。しかもこういうのは男子よりも女子の方が得意だと思うのだけどな」



 どちらのクラスも主役は女の子達だ。俺達男子は裏方支援。よってこういった雑務をこなす。

 といっても実際の飾りつけは当然女子も手伝ってくれる。

 うちのクラスは決められた予算内で自分がいいと思ったのを適当に買ってそれを適切に組み上げるという話だけど……大雑把すぎやしませんかね。


 しかし直弘の言うように選択肢は無限大だ。広大な砂漠で落し物を探している気分だ。

 道が多すぎるのは困る。ただでさえ目的地が決まっていないのに、複雑な道で迷子のようなものなんだから。

 全く別のことだけど、似たような経験をしたからよく分かる。しかもそれを最初に俺に指摘したのはすぐ隣でどうしようかと頭を捻っている直弘だ。あの時は確か……高校に入って三ヵ月程経った頃だった。



 * * * * *



『それで高校生活の方はどうですか?』



 沙良は今まで話していたことを打ち切って俺自身の話題に転換してくる。

 彼女が慣れない環境で戸惑い、疲弊している様子は容易に想像できた。彼女はそれを押し隠しているようだが、日本にいた時と違って声に覇気が感じられない。

 だからといって下手な励ましは出来なかった。彼女はきっと頑張っている。激励は今の彼女にとっては追い詰めるだけの強迫になってしまう。

 なので俺は彼女なりの精一杯の元気を受け入れる。そして、間接的にこっちも頑張っている、楽しくやっていることを伝え、彼女を少しでも前向きにさせてやろうと思った。



「やっぱり中学の時と違って自由になった。行動範囲が広がったっていうのかな? とにかく、大人になった気分だった」



 最初に感じたことは「高校生」という響きがとても大人に感じられたこと。小学生が中学生って大人だなと感じる気持ちと全く同じだ。

 中学生までの地元だけの狭いコミュニケーションから一気に広い交友関係になったこと(私立中学ならまた話は違っただろうけど)、教科書の内容が大幅に難易度が上がったこと、中学に比べて施設やイベントが充実していること、お金を持ち込めるというのも感動ものだった。

 とにかく新鮮だった。中学から高校に上がるだけでこんなにも世界は広くなるのかと驚いたものだった。

 ただ、沙良はこれ以上に、というか本当の意味で世界の広さを感じているんだな、と考えてううむと唸ったりしたこともあった。



「日本を発つ前に、見立ては立ててあるって言っただろ? それも宣言どおり進んでるよ。まずは崎高の部活動を全部体験してみたんだ。高校は中学よりもたくさんの部活があった。施設が充実してるのと、敷地があるから運動部も一つ一つが活き活きと活動してるし、文化部は何だこれっていうマイナーなものまである。そのどれも楽しかった」


『でも部活には所属してないんですよね?』


「まあな。どれも楽しかったけど、頭一つ飛び出てるものはなかったかなあ。高校で出来ることで『これだ!』っていうのは見当たらなかったなあ」


『なら今はどうしてるんですか?』


「もっと範囲を広くしようと考えてる。高校の中にないのなら、外で探すしかない。それでも高校生だからまだ範囲は限られるけど、やれることはやろうと考えてる。何がどう役に立つか分からないから、とにかく今は資格を稼ぐつもりだ。難しいのじゃなくて、その分野で一番簡単なものをね。既に幾つか取った。明日も学校が終わったら本屋で参考書を買おうと思ってるんだ」



 俺は嬉々として語る。それは無理に作った思いなんかじゃなくて、心に抱いている純粋な気持ちだ。

 経験したことのない新しいものを学んでチャレンジしていくのは新鮮で楽しい。俺に巻きついているのは鎖なんかじゃなくて、心を虜にするおもちゃなんじゃないかと思い始めていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌日。

 放課後になると、沙良に言ったように本屋に向かった。

 駅前に出来た大きな本屋で、ここに来れば欲しい書物は大体見つかる。そこの専門書コーナーを眺めながら次は何をしてみようか考え、鼻歌混じりに本を漁る。



「和晃じゃないか」



 後ろから声をかけられる。直弘だった。



「お、直弘か。こんなところで会うなんて珍しいな」


「というより、こんな場所に高校生男子がいることがおかしいと思うんだがな」



 確かに制服を着た男子学生が専門書の並ぶ本棚の前に立つ姿は中々見かけない。これが学習参考書コーナーだったら違和感はないんだけどね。



「それだとここにいるお前もおかしいってことになるが?」


「なに、俺がここにいる理由は単純だ。この前読んだラノベが結構専門的なものを題材にしていてな。で、少し興味が湧いたから覗いてみようと思ったわけだ。そしたらお前がいたわけだが、お前はそういうわけじゃないだろう?」


「まあな」



 別に俺はラノベを読まないわけじゃない。でも薦められたら、一巻だけ借りて読んで、面白かったら自分で書店で購入したりもしてる。

 情報源の多くが中学以来の付き合いの友人である彼、直弘からのものだ。中学の時、二年、三年と同じクラスでとあるきっかけで話すようになり、志望校が同じことが判明した後はもっと仲良くなり、今では昔からの腐れ縁のような関係になっている。

 ちなみに今は別のクラスだ。



「じゃあ和晃は純粋に興味があるのか」



 直弘は俺が手に持つコンピュータ系の専門書に目を落としながら言った。



「コンピューターに興味があるなら、わざわざ専門書なんて買う必要はないぞ。パソコン部に入るといい。あそこならその本に載ってるぐらいの知識を先輩達が持っているし、そこには載っていないCG技術とかプログラミングなんかも教えてくれるはずだぞ」


「情報提供、サンキューな。でもそこまでする気はないんだ。とりあえず障り程度の知識……というより資格が欲しいんだ」


「障り程度の資格が欲しい、か」



 訝しげな目を向けられる。

 事情を話したら納得してくれるとは思うが、「約束」のことを話すとなるとどうしても詳細に話さないといけなくなるし、うちのことも話さないといけなくなる。どん親父がH&C社の会長であることを知られると後々面倒なことが起こりうるので、どんなに仲が親しくてもよっぽどのことがない限りは隠しているつもりだった。

 俺は理由をでっち上げて乗り切ろうとする。



「部活はどれも出てみたけど、どれもしっくりこなかったんだ。で、他のものにも手を広げて自分にしっくりくるものを極めたいと思って色々な資格を取ろうとしているんだ」



 これなら別におかしなことはないだろう。



「殊勝なことで」



 狙い通り、彼はそれ以上追及してこなかった。


 その後、他にもいくつかの参考書を眺め、何冊か選別する。最近の直弘のお奨めも聞き、ラノベや漫画も何冊か購入した。

 本屋を出て途中まで直弘と帰る。



「お前、さっき色々なことに手を出したいと言ってたが」



 直弘が先ほどのことを蒸し返してくる。



「お前の言うしっくりくることは見つかりそうか?」


「今のところはまだ。まあ、まだそこまでしたわけじゃないからな。時間はあるしゆっくりやるよ」



 ヘラヘラ笑いながら言う。が、直弘は難しい顔をして黙り込んだ。



「和晃の声や態度を見る限り、楽しそうであるからいいんだが……いや、なんでもない」



 彼は途中で言葉を切り上げた。俺は無理矢理その先を促して喋らせる。



「俺の思い上がりかもしれんから、あまり真に受けるなよ? 確かに自分に合っていることを探すには何事も挑戦してみるしかないと思う。だけどゼロからのスタートと考えると、お前の行く道は膨大すぎる気がするんだ。お前の置かれてる状況は、画面に無数の選択肢が浮かんだ状況そのものだ。EDを迎えるにはその中からたった一つの正しい選択をしなければならない。それはとても困難なことではないか?」


「難しいだろうなあ。だからって選択画面で立ち止まるわけにはいかないし。一つずつ選択肢を選んで、消去法で答えを探すしかないさ」



 直弘は真剣に考えているようだが俺はあくまで軽く答える。

 


「……そうか。お前の事情に文句つけたいわけじゃないから、否定はしない。だが」



 彼は真剣な目で俺を見る。



「答えを探す過程で、最初の選択肢を忘れるなよ」



 * * * * *



「見つからん……」



 直弘と雑談しながら店の中を歩き回っていたが二人とも中々買う物を決められていなかった。

 こういう時、決断の早い人が羨まれる。何度も商品を手にし、ウロウロする姿は優柔不断そのものだ。俺も直弘も情けないものだ。



「もう一度最初から見てみよう」



 直弘と遭遇した地点まで戻り、もう一度商品のチェックをする。

 一度見た物ばかりだが、中には「こんなのあったっけ?」と見落としていたものもあった。

 くまなく見たつもりだったのに、そんなことはなかった。いや、単に存在がおぼろげで忘れてしまっただけなのかもしれない。



 * * * * *



 バイクで山道を駆けていた。免許を取ってから数日間は一日中乗り回して、感覚を完全に掴んだ。

 それからまた少し空いて、たまにはツーリングするかと思い立った。夏の暑さが嫌で、涼しい風を浴びるためにバイクを求めたのかもしれない。

 八月といっても休みは学生のみだからか、ピークの時間でも一般道は空いていた。お陰で思っていたよりも早く目的地に着くことが出来そうだった。

 

 山頂に着くとバイクを停めてヘルメットを取る。ここから山に囲まれた町の全貌が見える。その景観に思わず感嘆の息を吐く。

 自然って凄い。言葉では言い表せないような感動がある。だけど、自分の力でここまで来たんだという感動も同時にあった。

 休憩所に設置されていたベンチに座り、この後のことを考えた。

 今日一日のことを計画するつもりがいつしか今後のこともモヤモヤと浮かんできた。

 

 夏休みに突入してから、今まで以上のペースで資格を取得していた。

 また近々、試験を受けにいくつもりだ。

 今度はどんなことを学ぼうか。バイクが予想以上に楽しかったから、バイクに関連したことも悪くない。

 資格云々ではないけど、バイクに関係のある仕事なら……出前を運ぶとか? 教習所の先生っていうのもあるし、バイクのカスタマイズをサポートする店に就業なんかもいいかもしれない。

 こうして何か一つから関連付けて色々な想像が膨らんでいく。

 そうだ、今夢中になっているもの以外にも過去にやったことも組み合わせれば未来の可能性は更に広がるんじゃないか?

 もしそうなら、なんだかワクワクする。未開の地に踏み込む冒険家の気分だ。

 まず最初に取った資格はえーっと……確かあれか。あれはバイクと関連付けるのは無理がある。

 なら次に取ったのは……あれ、何だったっけか。

 バッグからカード入れを取り出す。ここに今まで取得した資格の証を入れている。

 捲ってすぐに最初の疑問は解決した。しかし、すぐに次の疑問が発生する。いくらか見ているとそういえばこんなもの取ったな、というものが多くあった。多くの資格を取ろうと無作為に奮闘し、あまり印象に残らなかったということだろう。

 また、自分ではもっともっと収められているはずだった証は数えてみると案外それほどの数でなかった。一般的に見たら取りすぎと言われるレベルだとしても、ありとあらゆることに手を伸ばしたい俺にとっては少なすぎる。

 嘘……だろ。頭をガツンと殴られたようだった。

 幾つもの選択肢の先を俺は見てきた。しかし、どこに行こうと帰ってくるのは膨大な選択肢が存在する場面。しかも「初めから」という選択肢はない。

 眩暈がした。広大な砂漠に足を踏み入れただけ……と思い込んでいたのに、それは間違いで砂漠の中心で迷子になっていた。前を見ても後ろを見ても明確な道はどこにもない。


 ――答えを探す過程で、最初の選択肢を忘れるなよ。


 友人の言葉を思い出した。

 別に忘れたわけじゃない。忘れたわけでは……ない。

 だから、まだ大丈夫。大丈夫なはずだ。大丈夫、大丈夫。


 ついさっきまで感動を与えてくれた景観達は、今は俺のことを嘲笑っているように見えた。



 * * * * *



「これだ!」



 最初にその声を上げたのは俺の方だった。

 諦めずに店を二週し、ようやく自分のイメージと合致するものを見つけた。



「ははは、やったぜ、直弘。ミッションコンプリートだ!」


「くっ……さっきまでのテンションが嘘のような喜び方だな」



 当然だ。店員さんに何も買わずにずっとウロウロしてるやつだなって感じの不審な目を浴びていたんだ。それから解放される喜びはでかい。



「というわけで、じゃあな直弘。俺は一足先に学校に戻ってる」



 手を振りながら笑顔で直弘と別れる。彼はぐぬぬと悔しそうな顔を浮かべていた。

 唯一の答えを見つけた嬉しさを感じながらレジへと直行するのだった。

 

 


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