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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
12章 高城和晃編
142/183

二話「親父」

「崎ヶ原高校の文化祭はいつ行われるんだ?」


「あ?」



 口をモグモグさせながら親父が尋ねてくる。



「急に何だよ。というか汚いから飲み込んでから話せ」


「愛する息子の飯を味わいたい気持ちが分からないのかお前は!」


「あんたの子供が息子じゃなくて娘だったらギリギリ察せたかもしれないな。俺は男だから分からん!」


「お前が性転換を望むなら……金なら出す」


「望まねえよ! というか顔ひきつらせるな! マジじゃねえか!?」


「……食事の時くらい静かに出来ないのかしら」



 親父の隣で母さんがはあとため息をついた。

 その言葉には俺も対象として含まれているんだろうか。巻き添えを食らったとかそんなレベルじゃねーぞ。


 今日は仕事が早く終わったという理由で両親がうちにやってきていた。

 まあそれは構わない。元々この家は家族で暮らしていた家で、親が長い間海外に行くという理由で譲ってくれたようなものだから。

 ……高校生が一軒家を独り占めなんて贅沢にもほどがあるんだけどさ。

 二人が家を訪れたのは急な出来事で、また俺が夕食を作っている時間帯だったので俺の作った夕飯を二人は食べている。母さんも親父も喜んでくれているみたいではあるが、なんだか恥ずかしい。


 親父は今度こそ口の中の物を飲み込み、改めて質問した。



「で、いつやるんだ?」


「……今週の金曜から日曜までの三日間だ」


「演劇部の上演はそのうちのいつだ?」


「土曜は午前と午後に一回ずつ、日曜は午後に一回だけど」


「ふむ、分かった」



 答えると親父は妙に満足そうな笑顔を浮かべた。



「なんでこんなこと聞いてきたんだ?」


「そりゃあ決まってるだろ。お前の晴れ舞台を観にいくためだ」


「…………へ?」



 いや、だって親父、俺が主演をしない限り見る気はないって言ってなかったか?



「何を驚いているんだお前は。H&C社のトップとして見にいかないと言っただけで、高城和晃の父親として見に行かないとは言ってないはずだ」



 なるほど。それなら納得――



「するわけないだろ! 屁理屈もいいとこだ!」


「うるさいなあ。細かいことをごちゃごちゃ言う男は嫌われるぞ」


「親父が何も言わなければいつも通りの自分でいられたから!」



 ただ家族がいるだけなのに普段一人でいるより体力の消耗が早いのはどうしてだろう。



「というか、仕事の方はいいのかよ?」


「切り詰めれば日曜の午後ぐらいなら時間は取れる。……ああ、そうだ安心しろ息子よ。母さんと一緒に行くから」



 最後の一言は別に言う必要はなかった。親父のことだから、母さんも付いてくるのは言わなくても分かってたことだから。



「息子に伝えねばならないことは以上だ。それより和晃、飯を食べ終えたら一緒にゲームでもしないか?」



 親父はゲームソフトのパッケージを見せてくる。言わずと知れた人気キャラ達が車に乗ってレースするゲームだった。直弘情報によると今度新作が出るそうな。



「そのゲームを起動できるゲーム機は持ってないぞ?」


「ふふふ、父親を舐めるなよ、和晃。そんなことだろうと思ってゲーム機も買ってきておいた」



 偉そうな口ぶりでドヤ顔を披露する父である。



「なあ、母さん。無駄遣いだと思うんだけど、いいの?」


「最初は何言ってるの、と思ったけどやってみたら案外面白いものだったわよ」



 母さんは既に親父によって開発されている模様。



「たまの一家団欒なんだし、別にいいんじゃない? ご飯作ってくれたお礼ってわけでもないけど、後片付けは私がしておくから、和晃はお父さんと一緒にプレイしてあげなさいよ」



 そのように言われたら断れるものも断れない。

 結局、食べ終えたら親父と対戦することになった。


 どうやら親父はこの展開を読んでいたらしく、いつの間にかリビングのテレビにあらかじめセッティングしていたみたいだった。

 ゲームディスクを据え置きゲーム機を読み込ませる。画面にゲームのタイトルが表示される。



「ははは、いくぞー!」



 この人、俺なんかよりもよっぽど子供なんじゃなかろうか……?

 働いている時の厳粛な態度を見ていなかったら本気でそう思っていた。

 賑やかに騒ぐ親父の隣でコントローラーを握り締めながら、俺はもう一つ考え事をしていた。

 最初は多分、俺が対戦に勝つだろう。どちらかというと親父はゲームに疎い中年だ。

 こういったものは、若者である俺の方が扱いに慣れていて、また得意だから。

 けれど最後のほうになると必ず親父がレースに勝つ。

 親父は最初は駄目でも飲み込みは早い。それはゲームに限ったことではなく、何に対してもそうだ。

 俺にはそれがよくわかる。何せ、小さい頃から高城誠司には何一つ勝てていないのだから。

 

 親父と違って俺は有能ではない。俺はあんたとは違うんだ。


 

「わはは、勝ったぞー!」



 案の定、最初はリードしていたがしばらくやると親父には勝てなくなったのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 小さい頃、由香梨と沙良の二人を家に連れて遊んだことがあった。今では珍しいあやとりをしたり、折り紙を折ったり。

 あやとりで女の子二人にいい所を見せようと幼いプライドが俺を突き動かし、本で見たことのあった難しい技をやろうとしたのだが、やればやるほどこんがらがって、情けない一面を見せただけだった。

 期待してた二人は当然不服の表情を浮かべる。

 そこに親父が偶然表れた。

 


「ほう、あやとりか。懐かしいな。何をしようとしたんだ?」


「……東京タワー」


「なるほど。少し貸してみなさい」



 親父は紐を手で操り、俺の出来なかったことを一瞬でやってのけた。



「ほら、これが東京タワーだ」


『すっごーい』


「ふふふ、これだけじゃないぞ?」



 幼女に羨望の眼差しで見られたのがやる気を刺激したのか、親父はさらに自在に紐を操る。



「さあ、行くぞ。最難関の技、エベレストだ!」



 沙良と由香梨に見せびらかすと二人は目を輝かせた。

 俺は俺で違った感心をしていたと思う。この頃の俺は父があやとりになんか興味を示さないと思ってた。だけど、実際はどうだ。俺なんかよりも巧みに指を動かし、小さい子にも出来ない器用な技をやってのけた。

 親父って何でも出来るんだ、凄い……なんて思い始めたのはこれがきっかけだったのかもしれない。



 それ以降も親父って凄いなと思う場面は多々あった。

 二人で見てたテレビ番組で、出演者が答えられなかった問題を親父は答えて見せた。

 スポーツ番組でやっていた九つに仕切った板を、ボールを投げて倒すというのも、親父はパーフェクトを獲った。

 二人でテニスやかけっこをした時も、最後には親父に負けていた。……今思うと最初に俺が勝てたのは親父の子供に対する気遣いだったんだと思う。


 そういった他人と比べて「凄い」と思うのではなく、人として「凄い」と思ったこともある。

 小学生の頃、友達と喧嘩して、相手を傷つけたことを親父に滅法怒られた。俺はこれでもかというくらい泣いた。そうして人を安易に叩くのはいけないと強く頭に刻んだ。

 だが問題はそれだけで終わらなかった。俺はその子に対して、そして親に対しても小学生としては充分すぎるくらいの謝罪を見せた。その子も俺を許してくれた。けど、その子の親は許さなかった。

 親が怒るのは当然で、親父も最初は頭を下げるばかりだったのだけど、いつしか相手の言い分は子供の些細な喧嘩レベルを超えるものになっていった。俗に言うモンスターペアレントというやつだった。

 流石の親父もこれには痺れを切らして相手の親に文句を言いに言った。相手はこちらが先に手を出したことをとにかく主張した。こう言っていればこちらに勝ちはないと分かっていたからだろう。

 けど親父は勝った。状況的には不利だったはずなのに、圧倒的勝利をもぎ取った。当時の俺は親父が相手を諭した言葉の内容は理解出来なかったけど、勝てたことがそもそも凄いのだ。

 これに限らず、たとえ他人様の子でも悪いことをしたら怒り、良い事をしたら褒めた。

 当たり前のことなんだろうけど、実際にやるとしたらとても難しい。それを軽々と実践できた親父は凄いということになるのだろう。


 とにかく俺はそんな偉大な親父の背中を見て育った。

 人間的にも出来た父。

 俺が彼に憧れるのも仕方がないことだったんだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ああ……一気に文化祭が憂鬱になった……」


「一体どうしたんですか。昨日までのやる気に満ちていたあの顔はどこ行ったんです」



 休憩中、祥平が俺の顔を見ながら言った。



「いやさ、三日目の最後の公演に親父が見に来るって言い出して。それが原因だ」


「……そんなことでですか?」



 そんなこと、で済まされるような問題じゃないんだ、残念ながら。



「先輩って父親のこと嫌いなんですか?」


「ああ、嫌いだね。お調子者で、ゲームに勝ったくらいで何度も何度も誇らしげな顔してきやがって……子供かあいつは!」


「一緒にゲームするって仲の良い親子じゃないですか」


「仲良いのと、嫌いなのはまた別の話だ」



 それに過剰なスキンシップを図ってくるのはあちらの方だ。俺は嫌々で仕方なく付き合ってるだけだ。



「つまり先輩の一方的な考えってわけですね。先輩がもし本当に父親のことを嫌ってるのであれば憂鬱になるのも分かりますが……。先輩の親父さんはきっと先輩の舞台を楽しみにしてますよ。その気持ちを無視するのは親父さんが可哀想だと思うんですけど」


「……お前、やっぱりお節介だな」



 きっと祥平ならその鈍感も相まってラブコメの主人公になれると思う。



「もし祥平の父親が何にでも万能で人間的にも出来すぎた人間だったらどう思う?」


「尊敬するんじゃないですか。親としても、人間としても」


「出来すぎて何一つ親に勝てないとしてもか?」


「目標は超えるためにあるものです」


「なるほど。ま、そう考えるよな。今語った人物像がまさに俺の父親そのものなんだよ」


「……凄い父親ですね。まずます嫌いになる理由が分かりません。むしろ誇るべきだと思うんですけど」


「昔は――純粋に憧れてた頃は誇ってたさ。けど、段々と壁が高すぎることに気づいて、俺は登るのを諦めて上を見上げるだけになったんだ」



 言いながら、意味もなく上を見上げる。



「それだけじゃない。親父は、父親としても理想の父親だったと思う。仕事が滅茶苦茶忙しいくせに、今回みたいに俺が活躍するイベントには無理してでも顔を出そうとする。中学の三者面談とかも毎回は無理でも半分ぐらいは親父が来てくれたりした。よく理想の父親ってなんだって言うけど、聞かれたら俺は自分の父親を理想の父親って答えるよ」



 憧れていた。誇っていた。高城誠司は俺の中で指針になりうる人物だった。

 なのに彼を嫌いになったのは――それは嫌いではなくて苦手になったというべきなのかもしれない――ある意味必然だったのかもしれない。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「頑張れー! 抜かせー和晃ー!」



 小学校の運動会。親父の声はよく通る。走ってる最中でも彼の声援は耳にはっきりと届いた。

 親父は一大企業の社長だというのに、運動会や合唱祭などのイベントにはほぼ確実に観に来てくれていた。

 多分、周りの友達の親よりもよっぽど出席率は高い。


 前述の理由とそれこそ創作物に出てくる父より父親らしい親父。

 恥ずかしいからあまり語りはしなかったけど、敬意と羨望を抱き、また大好きだった。

 同時に俺はいつかそんな親父を越えてやりたいと当分の目標になった。


 彼への高すぎる評価は今になっても変わらない。むしろ上がるばかりだ。

 ただ眺めるだけならそれは称賛すべきことだ。しかし、最高評価の彼を抜かすことを考える人から見れば、どう見えるか。

 例えるなら天才と凡人だ。身長二メートルのバスケ選手とそれより三十センチも低いバスケ選手はどちらが有利か。大した勉強もしてないのに百点を取る人間と、その人より何十倍の時間、勉強しても百点にはほど遠い人間。もっと端的に言うなら、イケメンに生まれた人間とそうでない人間。

 つまりいくら努力しても超えることの出来ない圧倒的な差をつけられているわけだ。


 俺がそれを実感したのは中学生の頃。

 親父に憧れていた俺は、彼の仕事に興味を持ち、受け継げるなら会社を受け継ぎたいとさえ思っていた。

 親父が珍しく忘れ物をしたので会社に届けに行ったことがあった。会社には先に連絡してあって、特別に働いている所を見せてくれることになった。俺はおおいに喜んだ。

 そして、見た。高城誠司の働く姿を。彼のいつもと違う姿を。俺は痺れた。こんな人間がこうも身近にいるもんなんだと体が震えた。

 けれど、俺はいつしか凄すぎる彼をただの父親として見れなくなった。遠くに感じるようになった。近づこうとすると彼は上を見上げねば全体が見えない程に大きい壁となって阻んできた。

 その壁はあまりにも大きくて、乗り越えようとする気力すら奪っていった。

 だから俺は諦めた。あの偉大な父親を超えることは無理だ。あの人は――凄すぎる。

 

 諦観は歪んだ嫌悪感へと変化していった。歴然の差を見せ付けられたというのに、軽い気持ちでこちらの心に踏み込んでくるあいつ。煩わしいとすら感じるようになった。

 それは親父だけじゃなくて、親父の働くH&C社にも及んでいった。俺があの会社を好き好まないのはそれが理由だ。


 正直なことを言うと、最初に「約束の鎖」を付けられたことはむしろ嬉しいことだった。

 上手くいけば正当な方法であいつの会社を継ぐことを拒否できる。俺は俺の、あいつが関わってこない人生を歩めると。

 しかし、心にはまだ高城誠司に勝ちたいという気持ちが残っていたんだと思う。

 真正面からあいつに勝つことは出来ない。けれど、何かを極めればその一つだけでもあいつを超えることが出来るんじゃないか。

 そんな思いがあったから、俺は自分の好きなこと、やりがいのあること、自分に合っているものを探して、極めて、親父を見返してやろうと考えていた。


 結果――失敗することになる。俺は突き詰めすぎた。夢を見すぎて、自分自身すら失ってしまった。

 その詳細はあまり思い出したくないことだから、今は割愛するが、とにかく最悪の結末を生んでしまったといえる。


 一人の偉大な人物に憧れすぎた故に生み出されたのが今の俺、高城和晃という醜い生き物だ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「たとえ高すぎる壁であっても関係ありません。先輩はこうして頑張っているじゃないですか。先輩の大好きなその人も、先輩の頑張りを知っているはずです。だったら見せてやろうじゃないですか。努力の結晶をその人に。それでその人が想像する以上の演技をやってみせて、感心させてやりましょう」



 祥平は俺の顔を見てはっきりとそう言った。決意が、やる気の炎が瞳に灯っている。



「お前……」


「俺も頑張ります。ここまできたのも先輩を見てきたからだって気持ちで、俺もその人に迫真の演技を見せ付けます」



 どうしてお前はそう、ポジティブに捉えることが出来るんだ。

 俺はもう最初はなっから諦めてたのにお前ってやつはほんと単純で馬鹿な熱血野郎だ。



「お前さ、多分入る部活間違えたぞ。祥平にはどちらかというとスポコンが似合ってる」


「スポーツものじゃなくても燃えるものは燃えますよ」



 そうかもしれないな、と思った。



「やってやりましょう、先輩。そのためにも練習あるのみです」


「だな。いっちょやってやるか」



 親父が俺の演技を見てどう思うかは分からない。でもやってみる価値はある。

 俺の初めての本気をあの人に――父さんに見せてやるんだ。




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