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二話「そうだ、海に行こう!」

 燦々と太陽が地面を照らす。足元の砂はジリジリと根を上げるような音を鳴らす。上空はどこまでも青空が広がっていて、雲ひとつ見えない。海独特の潮の匂いが鼻腔をくすぐり、俺達がいつもと違う地にいることをより実感できる。

 そう、俺達は――やってきたのだ。



『海だ――!!』



 俺達を歓迎するかのように、海が波立った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「シーズン時だってのにほんとにあまり人がいないな……」


「ふふふ、どうだい? 穴場とはいったもんだろう?」



 俺達がやってきた海水浴場はテレビで流れる海水浴場に比べたら雲泥の差の人並みだった。特に子供連れの親子や若い男女の団体よりもカップルできてる人がほとんどだ。



「別に海が汚いわけでもないし、そこそこ広いし、海の家もそれなりにあるのにね。普通に良スポットなのに人が来ないって凄いなあ」



 久志が感心したように呟く。



「まあ、ここが穴場なのには理由があるんだけどね」


「それは一体?」



 直弘が訊ねる。



「それはね……この海水浴場、更衣室がないんだ」



 慶さんがサラッと重大なネタ晴らし。

 慶さんを除いた男達は一斉に女性陣の方を向き、女性陣は俺達男子から距離を置く。博美さんと沙良が手を広げ、残りの四人を守るために前に出る。



「おい男子、一歩でもこっち来たら前の二人が容赦しないからね!」



 後ろで守られている由香梨が威勢よく言い放つ。それに応えるよう守衛を務める二人は、



「由香梨ちゃんの言うとおりよ。少しでも変な動きをしたら即処刑よ、いい!? 彼女達の……特に比奈のお色気シーンは守ってみせるわ! 比奈の裸を拝むのはこの私よ!」


「か弱い女性にセクハラは許しません。これ以上近づいたら命はないと思ってください。ただ、アキ君だけは欲望が抑えきれないようでしたら私の着替えシーンを見ていただいて構いません!」



「後ろの四人はこの二人に前衛を任せていいのか!?」



 正直男子よりも危険な存在な気がするぞこの二人。



「更衣室がないといっても、着替えに適した岩陰があるから大丈夫。天然の更衣室だね。ちゃんと監視員もいるからそこは安心してくれ。それでももし、彼らが覗きを働くようなら……僕が粛清しておくから」



 慶さんが俺達に睨みを利かせる。以前彼が演じていた復讐に駆られた男の殺気を放った目をしていた。



 ……結局、男子は慶さんの車の中で、女性陣は天然の更衣室で着替えることになった。



「河北さん、不純異性交遊が~とか言っておきながらどうして更衣室のないここを選んだんだ?」


「どうしよかと悩んだんだけど、ここ以外だと人に溢れかえっていてね。人が多すぎるのは僕自身あまり好きじゃないし、どうせなら空いてる方が楽しめるからね。それに更衣室という施設がないけど、それをカバーするためのセキュリティは厳重なんだ。だから大丈夫かなあって」


「それでも大きく出た感がありますけどね」



 はは、と久志が小さく笑う。


 慶さんや博美さんは俺と比奈以外は全員初対面だった。しかしその二人は職業柄なのか、すぐに溶け込み、既に普通の友達のような関係になっている。特に慶さんなんかは「あまり敬語は好きじゃないんだ。タメ口で構わないよ」と宣言した。

 皆、少し年上のお兄さんにタメ口は最初こそ慣れなかったが、この海に着く頃にはタメ口が定着したようだった。



「でも安易な覗きなんて本当にやらない方がいいよ。得るものより失うものの方が多いのは確かだから」


「なんか一度経験したような言い方だな……」


「まあ、一度だけね」



 え、と三人同時に慶さんを見る。ちょうど上半身裸で、引き締まった肉体に八つに割れた腹筋が目に入った。



「といっても、僕からじゃないよ。高校の修学旅行の時、友達が『こんなチャンス滅多にない! 玉砕覚悟でいこうぜ!』って無理矢理連れて行かれたんだ。結局友達は皆バレて、しばらく停学、そして女子の信用を完全に失い、高校時代彼女を得ることは出来なかった」


「……うわあ」



 創作のような話なのに、最後の処分が凄くリアルだ。



「あれ、でも今『友達は』って……」


「ああ、うん。僕はばれなかった。その頃から役者を目指しててね。ほら、舞台では後ろの観客にも聞こえるよう声を出さないといけないでしょ? だから必然的に肺活量とかも必要で、僕は周りよりもそれがあったんだ。岩陰に隠れて水の中に、大きく息を吸い、水の中にもぐり、息を止め、脅威が去るのを必死で待ってどうにか凌いだ」


「中々波乱万丈な人生を歩んでいるな」


「かーなり苦しかったけどね。ただ女の子の裸を初めて生で見れるっている報酬はゲットできた。友達からもお前は勇者だ、なんてね」



『おおおおおおお!』



 単純な尊敬の念がそこにはあった。



「……あれ、久志って俺や直弘に同調するキャラだったっけ?」


「ん? ああ、ほら河北さんって俺と結構キャラ被ってるから、少しでも差を出しておかないとって思って」



 ……お前も色々と苦労してるんだな。



 着替え終わると遊び道具やパラソルなどの一式の道具を持って砂浜に向かう。レジャーシートを引いて、パラソルを差し、その下でビーチボールや浮き輪の空気を入れる。

 


「お待たせー!」



 下準備をこなしていると水着姿の女性陣がゾロゾロと歩いてくる。

 周囲から見たらかなり注目を受けるような光景だった。目の前には五人の女性の水着姿……それもその誰もが美女ときたもんだから、ただでさえ人数が少ないビーチにおいて視線が集まるのは必然だった。中には彼女が目移りした彼氏をひっぱたく姿も見受けられた。



「ど、どうかな?」



 比奈は去年プールに行った時と同じような白い水着姿だった。清楚。清純。そんなイメージだ。スタイルは特別秀でてるわけではないが、バランスは一番良く、モデルのような体型だ。



「……あまりジロジロ見ない」



 若菜ちゃんはピンク色の水着姿だった。彼女を注目するにあたってはやはり、こぼれそうなほどでかい女性の特徴である二つのお山だろう。そちらばかりに目がいくが、彼女がこちらに向けるジト目も俺は評価したい。



「こら男子デレデレしない」



 腰に手を当て、呆れ顔をしているのは由香梨だ。明るい彼女によく似合う黄色の水着姿だ。彼女はとても一般的で、体つきも平均的だ。少しだけぽっちゃりしてるのが逆に女らしさを感じられる。



「アキ君、私の水着姿はどうですか?」



 顔を赤らめクネクネ腰を動かす沙良は黒の水着を着ていた。着やせするタイプなのだろう、思ってた以上に体が細い。胸も恵ちゃんほどじゃないにしろ、控えめな部類に入る。まあ、それ以上に注目すべきは誰よりも白く、すべすべしていそうな、ハリのある太ももだろう。



「女の子の水着姿を見て興奮しないこと!」



 男性陣に向かって言いつけたのは博美さんだ。紫色の水着を着た彼女は、比奈のそれぞれの要素をそのままパワーアップさせた、比奈の上位互換のようだった。



「どう? これ」



 その場で一回転し、水着姿を見せびらかすのは恵ちゃんだ。案の定、小学生に間違えられそうな身長に体つきといつもの彼女だったのだが、その水着はなんと……スクール水着であった。



「いい……と思うけど、どうしてスクール水着?」


「それはそのー……この前直弘君と話したら、小さい子はスクール水着が似合うって言ってたから着てみたって感じかなあ」



 彼女の証言によって一斉に直弘の元に批難の視線が集まる。



「直弘……流石にリアルでそれは……」


「ま、まあ、気持ちは分からないでもないけどね……」


「……変態」


「ち、違う! 誤解だ! 確かにそのようなことは言ったが、あくまで二次元の話で安岡に着てもらいたいとは一言も言ってない!」



 しかし満更でもなさそうな表情を浮かべている。



 直弘の評判が下がったりしたものの、以上で六人の美女が出揃った。

 久志と直弘の二人と目を交わし、頷きあう。三人でガシッと肩を組みあい、小さな円を作るとその中心に向かって叫ぶ。



『水着さいこ――!』



「河北君、あの子達は一体何をしてるの?」


「そんな不審な目で見ないでやってくれ。あれは男子の魂の叫びだから」



 慶さん、よくわかってるな。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 待機場所の確保など、大体の準備を終えると「海に行くわよー!」と由香梨が先導して大海原に駆けていった。彼女の後ろを、海を待ちきれない数人がついていく。俺は完全に出遅れた。パラソルによって出来る影の下で涼しみながら、あいつら元気だなと目で追う。



「あの、アキ君」



 後ろから控えめに俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、手に何かを抱えて少し恥ずかしそうにモジモジする沙良がいた。



「良かったら背中に日焼け止め塗ってくれませんか」


「だが断る」 



 間髪入れずに拒否った。



「……えっと、今アキ君何て言いました? 私の想像した答えと違ったのでもう一度聞きたいんですけど」


「悪いけど断らせてもらう。博美さんとかに頼んだ方がいいと思う」



 あえて突き放すように言う。



「な、何故ですか!? よくある海のイベントですよ!? 水着の紐を外した女の子の背中をじっくりと堪能できるんですよ!? アキ君の触り方次第では艶っぽい声が漏れるかもしれないですし、トップは見えないですが横から女の子のお胸を見ることだって出来ます。なのに何故断るんです!?」


「沙良がそういうこと考えてるだろうなってあらかじめ予想してたからだな」



 海に行くにあたり、沙良みたいな女の子は何をしてくるのか直弘や比奈に聞いて予習しておいた。で、想定どおりのシチュエーションを彼女は仕掛けてきたということだ。

 


「もしかして日焼け止めを塗って、興奮してしまったらとお考えですか? ご安心ください。私、天然の更衣室とはまた違った人気のない岩陰を探し、見つけたんです。ムラムラしてしまったら、二人でそこに行けばいいだけです!」


「何探してんだ!? というかそこで何をするつもりなんだ!?」


「何をするって……それを乙女の口から言わせるつもりなんですか? 全く、アキ君ったらそういった羞恥プレイがお好きなんですね」



 しかし彼女は顔を赤らめて恍惚の表情を浮かべる。ううむ、こんな風に解釈できるのもある種の才能なのかもしれない。



「まあ、妄想する分は止めないけど、やらないからな?」


「私だけじゃなくてアキ君も良い思いをするというのに……。じゃあ、私じゃなくて香月比奈が日焼け止めを塗ってと頼んで来たらどうですか? やっぱり大好きな彼女にだったら息を荒げてヌメヌメっと背中に手を這わせるんですか!?」


「変態チックに表現すんなよ!?」



 だが確かに比奈が対象だったら沙良の言うことも間違いじゃないと思う。それこそ彼女が見つけたという岩陰に行かねばならない事態が発生しそうだ。



「それともやはり、巨乳ですか!? 男性は胸がでかい方がいいと窺っています。だとしたら――若菜さんだったら喜んでやると言うんですか!?」


「落ち着け! 俺はそんなこと一言も言ってないから!」



 沙良の暴走は止まらない。日焼け止めを塗るのを断っただけでここまで思考を発展させられるのは純粋に凄い。



「私は胸はそんなにでかくないですけど……でしたらアキ君が成長させてくれればいいんです。そうすれば私だって若菜さんのように――」


「……呼んだ?」



 沙良が後ろで別の作業をしていた若菜ちゃんに振り向くと、名前を呼ばれた若菜ちゃんは沙良の目の前にいた。話の流れ的に沙良は若菜ちゃんの大きなお山に視線がいっている。それを見た沙良は、



「私だっていつか……いつか……。まだ諦めてないんですからね!」



 と負け惜しみの言葉を残して海に去っていった。



「……沙良、どうかしたの?」


「いや、あいつも段々小物化してるだけだから気にしなくていいよ」



 女の子も大変だな、と若菜ちゃんの胸をチラッと見ながら思った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 海でしばらく泳いでいると時間はあっという間に経ち、お昼の時間になった。一旦海から引き上げ、全員で海の家に行き、空いてる席に座る。

 じゃんけんで負けた三人が注文兼料理を運ぶことになり、俺と比奈と由香梨の三人がじゃんけんで負けた。



「あそこでパーさえ出してれば……」


「仕方ないって」



 比奈と由香梨は後ろで喋っている。俺はメニュー表を見ながら料理が出来上がるのを待っていたのだが、



「比奈ちゃんも由香梨ちゃんも水着姿可愛いな、和晃よ」



 店の人が急に話しかけてくる。そうですね、と同意の返事をしかけてすぐに「あれ、どうして名前知ってるんだ」と疑問が浮かび、店員の顔を見てみると、



「お、親父!?」


「ははは、息子よ、楽しそうだな」



 頭にタオルを巻いた屋台のおっちゃんスタイルでフライパンを操る親父が何故かいた。

 俺の驚きに反応したのか、後ろで喋っていた二人も「社長!?」「和晃のお父さん!?」と驚愕の声を上げる。



「そうそう、母さんもここに来ているぞ。さっき若い連中が母さんにナンパしててな。母さんは俺の嫁なんだぞって玉砕した彼らに内心勝ち誇ってやったぞ」


「それ息子の俺に伝える必要あったか!? というかもっと話すことあるだろ!?」


「それもそうだな。なあ、和晃よ。やはりアイドルをしているだけあって比奈ちゃんは眩しいぐらい美しいが、由香梨ちゃんは素朴な感じで、身近な美人って感じな良さがあると思わないか」


「激しく同意!」


「同意するな! 何サラッと私達の印象で息が合ってるのよ!? そうじゃなくて、どうして和晃のお父さんがここにいるのか聞きたいんでしょ!?」



 由香梨にきつく指摘される。ついつい親父のペースに呑まれてしまった。

 


「俺がここにいる理由か。そう大した理由でもないぞ。この近くで仕事があったんだが、予想以上に早く用事が済んでな。海が近くにあることだし立ち寄るか、といった感じで母さんとやってきたってことだ」


「それでどうして海の家で料理を作ってるんだよ」


「うむ。それはな……」



 親父が手招きする。仕方なく顔を近づけると小声で呟いた。



「この海の家、さっきまでお客が全然来なかったんだ。ここの主人はこの店を一人で切り盛りしてるらしい。俺は感銘を受けて手伝わせてくれと言ったんだ。ついでにこうすればお客も来るぞ、とアドバイスをしたら結構繁盛した」



 テーブルの方を見る。俺達が来た時よりも客は確かに増えている。

 親父が厨房にいる間、店の主人はオーダーと会計を終始取っていた。彼の後ろには足をブラブラさせ、地面に目を落としたつまらなそうにしている小さい女の子がいた。



「あの子は主人の娘だ。話によると、いつも客が来ないからこの時間は娘と遊んであげているらしい。だが、今日は見ての通り、忙しい。だからあの子はふてくされてるんだ」



 そんな切ないエピソードがあったなんて……。



「主人も構ってやりたいはずだ。けど金を稼げばそれ以上に娘に楽しい思いをしてやれる。その一心で見て見ぬふりをしている」



 親父が一通り事情を説明した所で後ろの女の子が泣き出した。さっきまで一心不乱にお客と向かい合っていた主人も娘の緊急事態に中断せざるをえなかった。



「ど、どうしたんだ、急に。静かにしてなきゃ駄目だろう」


「だって……お父さんが遊んでくれない……」


「パパもなあ、お前と遊んでやりたいんだよ。でも、今は仕事中なんだ」


「嫌だあ……お父さんと遊びたい……」


「気持ちは分かるよ。けど、分かってくれ。お金が入れば今度遊園地とかにも連れていってやれるから。な?」



 娘は主人の言葉に押し黙った。ただ遊園地という言葉に釣られて黙ったわけじゃなさそうだ。



「遊園地とか、行かなくていい。お父さんが傍にいて遊んでくれればそれでいい。お父さんがいるなら、お金なんていらないもん!」


「愛子……」



 主人がしゃがんで、ギュッと娘を抱きしめる。涙を流して何度も「すまない」と連呼する。

 そこに主人の肩に優しく手を乗せる男がいた。



「ご主人、世の中にはお金よりも大事なものはたくさんある。親子の絆もそのうちの一つだろう。年頃の娘を一人にしちゃ駄目だ。娘の気持ちをしっかりと受け止めるんだ。今日は、二人で遊ぶといい。この店はこの俺に任せてくれ」



 親父だった。

 主人は親父に何度も「ありがとう」と言い、親父も爽やかな笑顔で「いいってことよ。子供は親にとっての宝物だからな」と言う。



「いい……話だね」



 斜め後ろに涙ぐむ比奈がいた。テーブルに座るお客も涙もろい人は何人かハンカチで目元を拭いている。

 この場で冷めた気分の俺は異常なんだろうか。



「ねえ、和晃」


「何だ?」


「何これ」


「……俺と同じ気持ちのやつがいてくれて嬉しいよ」



 謎の感動ドラマに由香梨と二人で呆然としていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 楽しい時間はあっという間に過ぎる。時間は既に夕方。片付けや着替えを終えて、荷物を車に詰め込むと泊まる予定の旅館に車が動き出す。

 午後も海で泳いだり、砂浜で寝っころがったり、ビーチバレーをしたり、旗取り競争をしたり、充実した一日だった。

 旅館に着いた後は飯とその後のとあるイベント以外は就寝時間まで勉強だ。慶さんと博美さんにもあらかじめ説明してあり、彼らも協力してくれるというありがたいお言葉をもらった。


 部屋は男と女で分かれたニ部屋だ。勉強会は人数の多い分、部屋が広い女子部屋で行われる。机に参考書やノートを広げ、唸る人間が続出する。

 ただ大人二人が加わったことで余裕のある人間も生まれた。一対一で教えるので三人が暇になる。俺や比奈なんかはやることがなく、助けになるよう雑務をこなそうとしたのだが、



「和晃だってやることはあるでしょ」



 と比奈と共に男子部屋に置かれた。



「やることって……」



 一足早く引かれた布団をチラリと見る。

 夜。恋人同士の二人。二人きり。旅館。宿泊。布団。やること。これらが表すことって……。

 比奈はここに来てからずっと無言だった。しかし頬はほんのり蒸気してるように見える。風呂から上がった名残だと信じたいけど、もし違ったのなら……。



「なあ、比奈、これって……」



 声をかけると比奈がビクッと小さく跳ねる。緊張……してるのだろうか。



「ど、どういうことなんだろうね、これ」



 困ったように彼女は笑う。浴衣姿の彼女の右肩がはだけて白い肌が露になっていた。思わず生唾を飲む。



「キス以上は禁止なんだけどな……」



 俺も困ったように発言する。あいつらも分かってるはずなのにこの状況をセッティングした。博美さんという比奈の姉がいるにも関わらず。それは、つまり。


 比奈と目が合う。その視線はどうしてか熱っぽい。心臓がバクバクする。体温が熱い。

 俺達は互いに近づこうとして――



「よし、じゃあ劇の練習を始めようか」



 慶さんの声でわれに返り、チーターもビックリな速さで距離を置く。



「あらら……僕、来ない方がよかった?」


『いえ、来てくれてありがとうございます!』



 博美さんがいる時点でまずそんなことないだろうと分かっていたのに。雰囲気に飲まれそうになってた。



「ま、今回は不純異性交遊を厳しく取り締まるつもりだしね。本当はすぐに僕も来るはずだったんだけど、数学を教えるのはやっぱり時間がかかるね。というわけだからまあ、和晃君のやることっていうのは文化祭の劇の練習ってわけなんだけど、大丈夫?」



 一息に慶さんが説明してくれる。これでもかというぐらい俺達は首を縦に振る。



「邪な気持ちをなくすためにもすぐに始めようか。比奈ちゃんはヒロイン役、やってくれる?」


「は、はい」



 三人で役割を分担して劇をこなしていく。

 こうして夜は更けていった。




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