三話「波乱万丈なとある一日 ―Wヒロイン編―」
コーヒーを飲みながらニュースを見る。今日は一日中晴れらしい。いい一日になりそうな予感がする。
優雅な朝を満喫していると玄関のチャイムが鳴る。
「おはよう、カズ君」
うん、今日は絶対にいい一日になる。比奈がお出迎えしてくれたのが何よりの証拠だ。
「おはよう、比奈。準備すぐに終わるだろうから、もう少しだけ待ってくれ」
「あまり急がなくても大丈夫だからね」
と言われても折角来てくれたんだし、待たせるわけにはいかない。
あらかた準備は終わっているので戸締りなどの家を留守にするための作業をし、家を出る。
「そういえば部活の方はどう?」
比奈がそんな質問をしてくる。
「昨日文化祭でやる劇の台本を貰ったんだ。しばらくはこの台本の読みあわせとかになるのかな? 何かしら役がある人は家とかで読み込む必要もあるみたいだ。特に主演かそれに近しいのは台詞も膨大にあるしな。俺もしばらくは家で台本を覚え込む作業をしないと」
それに台詞を覚える以外にもその時その時の動き、仕草、表情などをどうすればいいか、ということも念頭に入れておかねばならない。そのためにはまず物語を一通り読み、流れを掴んだら登場人物たちの感情を考察する。国語の長文問題をやっているようなもんだ。
「うわあ、大変だね」
「いつもならこんなめんどくさいことしないんだけど、今回は俺の将来がかかってるから生半可なことは出来ないんだ」
場合が場合なだけにふざけてる余裕はない。全力で取り組まないといけない。
「……あ、あれ若菜じゃない?」
比奈が道の先にいる女の子を指差す。離れていても分かる胸の大きさと身長のギャップ……まさしく若菜ちゃんだ。
「……おはよう、二人とも」
俺達も若菜ちゃんに挨拶をする。
「若菜も一緒に行こうよ」
「……いいの? 恋人同士、いちゃいちゃしながら登校してるみたいだけど」
「いちゃいちゃってそんなこと……カズ君もいいよね?」
「ああ、大歓迎だ」
「ほら、だから……ね?」
顔を見合わせた若菜ちゃんと比奈が頷きあう。
若菜ちゃんも合流し、三人で登校を再開する。
「……さっきまで二人仲良く登校してたみたいだけど……腕組んだりはしないの?」
歩き始めて早々に若菜ちゃんがそんなことを言ってくる。
「学校に向かう最中は流石にそんなことしないって」
「……でも二人は公開恋愛中なんだから、もっと周りに見せ付けないと」
「今更感があるんだが……」
「……皆が意識しない今だからこそ。油断してまた変な事件が起きる可能性も否めない」
「まあ、そうだけど……」
でも今は昔と違って本当に付き合ってるわけだし。
「……私が比奈なら、登校中でもこういうことする」
突然、腕にとても柔らかい感蝕がやってくる。隣にいる若菜ちゃんが腕に抱きついてきたのだ。
「わ、若菜ちゃん!?」
「……ほら、比奈も。恥ずかしがってちゃ駄目」
「う、うん」
俺の動揺を無視して話を進める二人である。
「え、えいっ」
そうしてもう片方の腕に比奈が抱きついてくる。いつかの三人デートの時みたいな状況だ。
「ちょ、ふ、二人とも!? は、はやく離れないと!」
「……何で?」
「逆にそれを聞くか!? ま、周りの目がすごい事になってるんだよ!」
ここは崎校の通学路だ。当然、俺達以外の生徒もいるわけで。ただでさえ注目を浴びていたというのに女の子二人に抱きつかれたらそりゃあ……。
「ひ、比奈も恥ずかしいだろ?」
「は、恥ずかしい……けど、ヒロイン力が上がるなら……!」
「ヒロイン力って何だ!?」
唯一の良心だと思った比奈が錯乱モードに。
「……大人しく両手に花を楽しむべき」
「私もそれがいいと思う……」
「よくなあい!」
こうして朝は周囲の視線を集めながらの登校となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――ということが朝からあったんだが、どう思う直弘」
「リア充爆発しろとしか俺には言えんが」
昼休み。朝起きた怪奇現象は一体何だったのか尋ねるために直弘のクラスにやってきていた。
「校門くぐるまでずっとその調子で常に視線を浴びていた。ありゃ嫉妬の視線だ。比奈や若菜ちゃんに問い詰めてもはぐらかされて結局腕組みされた理由は分からずじまい。訳がわからない」
「それを俺に報告するわけが一番分からない。お前、戸惑ってるとみせかけて俺に自慢してるんだろ?」
そんなことは決してない。若菜ちゃんの豊満な胸に比奈の平均的な綺麗なお胸の感蝕のどちらも素晴らしかったなんて思ったりしてない。ほんとに、全然。
折角直弘の教室に来たのだし、ここで昼食を取ろうと持ってきた弁当を広げようとする。その時丁度携帯にメールが届く。中を開けると……比奈からだった。
『たまには屋上で一緒にお昼しない?』
「時々意図の見えない挙動をしても比奈はいつでも大天使ってことだ。じゃあな、直弘」
「お前こそ頭どうかしたんじゃないか?」
最後に余計な一言をもらってしまったがまあいい。
こうして昼に誘われたりするのは普通に嬉しい。まあ、朝のこととかで少々疑惑もあるが……それ以上に昼食の誘いはでかい。余裕があったらまた聞けばいいしね。
ということで久しぶりの屋上へ。扉を開けると心地よい風が俺を出迎えてくれる。
「あ、カズ君、こっちこっち」
早速比奈を見つける。手招きしている彼女の隣には若菜ちゃんもいる。
「あれ、若菜ちゃんも? 朝といい、今日は二人でいること多いね」
「……私達、親友だから」
「う、うん、そうなんだよ!」
比奈が若菜ちゃんの親友発言に照れている。というかサラッと親友と言ってのける若菜ちゃんが凄いのか。
「でも女の子同士の食事に俺を呼ぶ必要なかっただろ。この場では邪魔者だろ、俺」
「……私も比奈も和晃君のことが好きなんだから、邪魔者のわけがない」
「……お、おう」
そのような言われ方をしたら言うものも言えなくなってしまう。
「……ともかく食べよう。時間がもったいない」
若菜ちゃんは自前の弁当箱を広げ始める。
比奈はというと、弁当ではなく購買で購入したであろうパンやおにぎりなどだ。
「比奈は購買で買うこと多いよな」
「私自身あまり料理できないし、お母さんも忙しいから弁当作る時間ないからね。お金には余裕があるしこれが楽なんだよね」
あはは、と比奈は笑う。
比奈が購買を利用するのは別段珍しいことじゃない。上記の理由で大体が購買や食堂、たまにコンビニで買ってきたものという感じだ。
だが、そんな比奈の耳を若菜ちゃんが引っ張る。
「……比奈、今日は頑張るって言ってなかった?」
「あ、や、その、チャレンジしてみたものの、盛大な失敗をしてしまって……」
……一体この二人は何の話をしてるんだろう? その内容はまるで今日のことは事前に話し合っていたような……勘違いか?
「……なら仕方ない。プランBに変更で」
「りょ、了解」
「そういうことは俺に聞こえないようにした方がいいんじゃ……」
多分勘違いじゃなさそう。でも彼女達は俺に隠す気なしで普通に喋っているという。
「……いいから和晃君は早く弁当を開ける」
どうしてか俺が怒られる。
渋々ながらも弁当箱を開ける。
「……流石和晃君。普通に美味しそう」
「なんなら少し食べるか?」
「……いいの?」
「少しぐらいならあまり変わらないしな。折角だし食べてみ」
「……なら私の弁当もあげる」
「わ、私もこの極上のメロンパンをあげるから……!」
比奈のメロンパンは袋に書かれた品名な。というか見返りを求めてるわけじゃないし普通に食べていいんだけどなあ。
箸を逆さに持って二人に簡単に取り分ける。
「……じゃあ次は私達。比奈、準備は?」
「お、オッケー」
比奈が神妙な顔で頷く。一体何が始まるんです?
若菜ちゃんは自分の弁当のおかずを。比奈は持っていたパンを一口サイズに千切り、それを持つ。
そして、次に彼女たちが起こした行動は。
『あ、あーん』
「…………」
二人がそれぞれの食料を箸(比奈は手)で掴んで、それを俺の口に近づける。
今、目の前で行われているものは古来から伝わる伝統『ARN』である。読みはそのままね。
漫画、小説、アニメでもラブコメものには欠かせない一大イベントの一つだ。それが今、目の前で! しかも女の子二人にされている!
突然の出来事に俺は驚きを隠せない。だが、頬を染めて待機する彼女達をそのままにしておくわけにもいかなくて。俺は本能で片方ずつそれらを口の中に迎え入れる。
『……ど、どう?』
「う、美味いよ」
正直味わってる暇なんてないんだけど。
「……ならよかった。喜んでくれたようだし、もう一回」
「わ、私も」
「お、おお……」
既に頭はパンクしており、自分はなすがままを受け入れたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんか先輩いつもより疲弊してません?」
「ん……そうか?」
放課後。台本の簡単な読み合わせ中に祥平がこっそりと話しかけてくる。
「大事な読み合わせ中なのに顔がだらっとしてますよ。体調崩したとか……?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
しかし疲れているのは本当だろう。
朝と昼にかけてよくわからない二人の女子の行動。今日は振り回されっぱなしだった。
で、放課後もこそこそと比奈と若菜ちゃんが話し合っているのを見てしまった。案の定比奈は暇だからといって部活を見学してるし。
いつもなら嬉しいけど、今日はなんか不安だ。
「じゃあ、読み合わせは大体これくらいにして一回だけ通してみよう!」
部長の合図で次なる作業に移る。
役作りとかを行わず、劇の流れを声に出して簡単に確認する作業だ。
割り振られた役を棒読みもそこそこにこなす。台本ガン見だし、演技する必要もないから当然だ。
「どうでしたか、先輩」
「ああ、物語の大まかな流れは掴めた」
一日の収穫としては上々だろう。
今日の部活はこれで終了だ。本格的に劇を形にしていくのはこれからだ。
残りはあの二人を気にかけるべきなのだけど……気が付いたら二人は消えている。
「和晃ー、彼女待たせてるんだから早く帰ってやれー」
「うっせ!」
部長の変な気遣いによって一番に更衣室を使わせてもらえることに。
文化部といっても、結構動いたりするから体育着やジャージでの活動がデフォだったりする。
男子更衣室と書かれた扉に手をかけ、あける。
――すると、飛び込んできたのは二人の女の子がまさに服を脱ごうとしている瞬間であった。
「…………へ?」
ポカンとする俺とその両者。
中にいたのはいつの間にか姿を消していた比奈と若菜ちゃん。
若菜ちゃんは上着を脱ぎその大きな二つの山を覆う黒い下着が丸見えで、脱ぎかけた下のジャージから下半身の下着の横部分が覗いている。
比奈はというとその逆で、下は脱いでいるためその淡いピンク色のパンツが丸見えで、上は脱ぎかけで半分ほどブラが見えている。
ふむ、これはつまり……ラッキースケベというやつでしょうか?
「す、すすすすすすいませんでしたあ!!」
全力で謝り扉を閉める。
嘘だろ見間違えたか!?と外のプレートを見直すが、そこには確かに男子更衣室と書かれている。
「こ、ここここは男子だぞ!?」
てんぱりすぎて言葉が支離滅裂だ。
「……あれ、ということは私達が間違えた?」
「………………そうみたい……だね」
あくまで冷静な若菜ちゃんに超小声な比奈である。
「……ごめん、和晃君。すぐに着替えて出るから少し待ってて」
「え、あ、ああ……」
この様子だと俺が誤って二人の着替え姿を見てしまったことについては怒ってない模様。た、助かった……。
しかし俺の心臓はバクバクと、早い鐘を鳴らしている。顔もほのかに熱くて思考が正常に回っているのか分からない。
扉の一枚先で二人が着替えていると考えたら――や、やばい! 何かわかんないけどやばいって!
「……比奈。よく羞恥に耐えた。これで私達の勝ちは貰った」
「……もう私、お嫁にいけない……」
混乱を極めていた俺は更衣室の中から聞こえてくる二人の会話も、お互いの手を叩きあったような音も俺には何なのか理解出来なかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「その……ほんと、すまん」
「……間違えたのは私達のせいだし、和晃君が謝る必要ない。私も比奈も怒ってないしね」
「……そ、そうだよ」
確かに怒ってはいないけど……比奈がさっきから簡単な受け答えしかしていない。
若菜ちゃんは「むしろラッキーだったと考えて割り切るべき」なんていうが、実際にこういったハプニングにあったらラッキーなんか思う余裕ない。全力で目を逸らすことしか出来ない。
「……まあ、今日はその、色々あった一日だけど、これからも私達をよろしく」
「よ、よろしく……」
「……? あ、ああ、こちらこそよろしく」
よくわからないが差し出された二人の手を握り返す。
波乱万丈なとある一日はこうして幕を閉じたのだった。
風邪引いた時(前半)とパシフィックリムを見た後(後半)に書くとこうなります。
全体的に雑で申し訳ありません。




