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二話「開戦のゴングが鳴る」

<side Hina>



 私の名前は香月比奈といいます。

 一応、アイドルなんてものをやっています。

 アイドルといっても学園のアイドルではなく、歌ったり踊ったり、芸能界で活躍する方です。職業はアイドルということです。アイドルなんです。

 大事なことなので二回言いました。


 普段、私は自分のことをここまで主張しません。しかし今は……今だけはこうして自分の存在を強く認識させないといけません。

 何故なら最近の学校での私はとある人物の影響ですっかり影が薄くなってるから……。



「私にお任せください」



 そのとある人物はニッコリ笑って作業を開始する。清廉された丁寧な動き。そのくせ軽やかで、ダンスを踊っているかのようで。それだけで他の生徒とは一味違うというのが分かる。

 クラスメイトは華麗な彼女の動きに目を奪われ、気がつくと、



「はい、これで終了です」



 今まで見たこと無いくらいピカピカの教室が出来上がっていた。



「うおお、すげえー!」

「俺の中の掃除の概念が覆ったぜ!」

「私達には出来ないことを平然とやっちゃうなんて……」

「そこにシビれる! あこがれるぅー!」



 その言葉、使う場面は本当にそこであってるのかな?

 ……と、今はそんなこと考えてる場合じゃない。



「いえいえ、この程度朝飯前ですよ。コツさえ覚えれば簡単に出来ちゃいます。よろしければ皆さんにご教授いたしますが?」



 彼女は箒を両手で持ちながら笑顔を人に振りまく。学校指定の制服を着ているはずなのに仕事服であるメイド服をまとっているような錯覚を覚える。

 

 掃除のコツを教わろうと大半の生徒が「是非!」と言いながら彼女の近くに集まっていく。たくさんの人に囲まれても、一つ一つ丁寧に教えているのがよくわかった。



 私の存在感が薄れている理由……それは現在クラスメイトに囲まれている少女、三条沙良さんが原因だった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「まあ、あいつは変に目立つからな。でも最初だけだし、比奈が疎まれるわけでもないんだからほっといても大丈夫だと思うぞ?」



 悩みをカズ君に打ち明けたらこんな回答が返ってきた。

 彼の言うとおり、別段私がそこまで気にする必要はないと思う。でもこの状態で日々を過ごすと私はどうしても不安になる。


 沙良さんの存在が主張されるのは何も掃除だけに限った話じゃない。むしろかなり細かい所まで発揮されている。

 例えば、体育の授業が終わった後。



「皆様、お疲れ様です。このドリンクには疲労回復の効果がございます。全員分ありますのでご安心ください」



 同じタイミングで授業を終えたはずなのに一足先に教室に戻って飲み物を用意している沙良さん。最初は皆面食らっていたけど、何回か経験するうちに日常化していき、体育の後は彼女のもてなしを楽しみにする人も出たくらい。


 例えば、昼休み時。



「たれを加えてもう少し煮込めばさらに美味しくなりますよ」

「緑のお野菜を入れるともっと見映えがよくなります。お奨めのレシピはですね――」



 クラスメイトが持ってきたお弁当に一言アドバイスをしている。

 そのアドバイスとやらはお金持ちじゃないと出来なかったり、かなり難しいもの……そういうのは一切無く、財布に優しく手軽に出来るものばかり。

 しかも相手が女子なら男子が喜ぶちょっとした工夫なんかも教えている。

 お陰で彼女が転校してきてからは手作り弁当を持つ人たちが増加した。他クラスからもやってくる始末である。


 他にも色々ある。

 教科ごとのノートの取り方とか、その人に似合ったファッションを一緒に考えてくれたりだとか、その人に合った仕事や役割を見抜いて教えてくれたりだとか、電化製品を買うときの交渉術だとか……様々なことに彼女は精通していた。

 心なしか学校に着くと昇降口や廊下が綺麗になっているんだけど、これも朝一に学校に来ている彼女のお陰なのではという噂が立っている。


 いつしか沙良さんの存在を知る者は、彼女に憧れと尊敬を抱くようになっていった。

 彼女がうちのクラスに所属してから数週間の間にだ。


 

 でもこれだけなら別によかった。

 元々私は何でもかんでも自分から前に立とうとする人間ではないし。私から見ても沙良さんに関しては凄い人と素直に思えるからだ。

 私が焦っているのは、たまたま耳に入れてしまった言葉にある。



「三条さんって高城君のことが好きらしいんだよね」

「でも、彼は比奈ちゃんと付き合ってるじゃない」

「そうなんだよね。けど三条さんも比奈に引けを取らないくらい可愛いでしょ? それでいて何でもこなせる完璧の女の子。……男としてはやっぱり家事とか出来る女の子の方がいいんじゃないかな?」

「高城君はそういう人間には見えないけどなあ」

「分かんないよー? 今は比奈ちゃん一筋でも、三条さんの魅力に気づいちゃったら彼女からは戻れないと私は思うんだけどなー」

「そんなもん?」

「そんなもんだと思うわよ。見た目以外のステータスだとヒロイン力に差がありすぎるもの」



 ある女の子二人の会話である。

 私は彼女達の会話に衝撃を受けた。


 ヒロイン力……ヒロイン力。

 私にはそれが足りてないという。沙良さんよりも劣っているという。

 カズ君にとってのメインヒロインは私だとして、沙良さんが彼の中で私のヒロイン力を上回ったら……。



 寝取られ成立。

 公開恋愛破綻だ。


 

 ……なんて、こと。沙良さんが転校してきたこと、彼女のスペックが予想より遥かに高かったこと。それらに驚いている暇なんてなかった。黙って指をくわえてる余裕なんてなかったんだ。



 ど、どうしよう!? どうすればヒロイン力ってあがるの!? りょ、料理とか? 手作りで弁当をカズ君のために作るとか!? わ、わりかしありかも……。でも沙良さんが本気を出して対抗してきたら私は絶対に勝てない……。



「どうしたんですか? そんなに慌てふためいて」



 わたわたしていると当人の沙良さんが話しかけてきた。



「え、えっと……何でもないよ?」


「そうですか? 私には『私には魅力が足りない、沙良さんに勝てない』と焦燥しているように見えたのですが?」



 ば、ばれてーら!



「分かりやすい方ですね。顔に出てますよ」



 このままだと彼女には何もかも筒抜けだ。



「私が急に台頭したのが原因みたいですね。でもしばらくは安心してもらって大丈夫だと思います。香月比奈がアキ君の心を占める割合はかなり大きいと思いますから。ですからしばらくの間は気にしなくて平気です」



 彼女はしばらくの部分を強調してくる。ドヤ顔に近い含み笑いが一層不安感を煽る。



「し、しばらくじゃないよ。ず、ずっと大丈夫なんだから!」



 だから私はつい対抗してしまった。



「あら、でかいことを言いますね。でも実際はどうですか? たった数週間で私は学校であなた以上の地位を獲得しました。あなたが全国的に有名なアイドルにも関わらずです。これがどういうことだかわかりますか?」


「な、何……?」


「例えば、人気投票というものを実地したとしましょう。きっと香月比奈は持ち前のアイドルとして、また一年近くそのポジションで学校に居座っていることから私に数倍の差をつけて一位をとるでしょう。私はきっとあなたに勝つことは出来ません。ですが……私はあなたの次の順位、二位を獲る自信があります。三割近い得票率を稼げるはずです」


「う、うん……?」



 あれ、私が人気投票に勝つ前提なんだ。意外……。



「安心してるようですが、よく考えてください。少ない出番で二位を獲る私と、最初から出続けてようやく一位のあなた……これでもし私の出番が多くなったらどうなると思いますか?」


「そ、それは……」



 ようやく彼女の言わんとしていることが理解できた。



「必然的に私があなたを出し抜くということです。私は今、意図的に自分をアピールしています。少しずつ少しずつ香月比奈を追い詰めているのです」



 ニヤリと彼女が笑う。



「分かりましたか? あなたはもう袋の中の鼠です。じわじわと嬲り殺して差し上げましょう」



 彼女の笑顔が怖い。笑っているだけなのに気圧されるなんて……。

 私の膝がその場で崩れ落ちる。



「これがヒロイン力の差ですよ。……せいぜい足掻いてみてください」



 彼女は含み笑いを残して背を向ける。

 私はどんなに努力しても沙良さんに対抗できる気がしなくて……消沈するしかなかった。私は跪き頭を垂れる。



「……そんなところで落ち込んでいる暇なんかあるの?」



 絶望に取り付かれた私に誰かが声をかける。視線だけ前を向けると若菜が立っていた。



「だって……無理……だもの。私じゃどう足掻いても彼女には勝てない……」


「……だからって何もしないで呑み込まれるのを待つの?」



 彼女の言うとおりだ。でも、私は一体何をすればいいかがわからない。



「……正直、沙良があそこまで強敵だとは思ってなかった。あれには一人じゃ勝てない」


 

 若菜もカズ君に好意を持っている。つまり、彼女にとっても沙良さんは敵であるということだ。



「……でも、二人なら――比奈と一緒なら勝てるかもしれない」


「……え?」


「……本来、恋に関しては比奈も敵。けど今は緊急事態。どうにかして和晃君に私達をヒロインだと思ってもらわないといけない」



 若菜もきっと焦っている。私と同じように。



「……私と比奈は持ってる属性も性格もまるで違う。けれどそれを一つにすれば……沙良にも勝てる力が生まれるかもしれない。……だから今回だけは協力しよう」



 若菜が手を差し伸べてくる。私はそれを掴んでしまっていいのだろうか。



「……分かった。協力する。二人でカズ君を取り戻そう!」



 私だって意地がある。絶対に負けられない女の意地だ。

 差し伸べられた手をがっちりと握る。私と若菜の間で笑みが交わされる。



「……そうと決まったら早速宣戦布告」


「早すぎじゃない!?」



 しかし若菜は問答無用に私を引っ張って沙良さんの元へ向かう。



「香月比奈と若菜さん? 私に何か用件でも?」


「……宣戦布告。和晃君を懸けて私達と勝負よ」


「へえ……それは面白いですね。いいでしょう、受けて立ちます。して勝負方方法は?」


「……一日和晃君に対してヒロイン的行動をする。その後、本人に聞いて決めてもらう。何か異存は?」


「ないです」


「……じゃあ決定」


「お互い正々堂々勝負しましょう」


「……望む所」



 若菜と沙良さんの間で火花が散る。


 

 こうして若菜と私の異色コンビVS沙良さんの女の戦いが始まったのだった。




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