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一話「帰ってきた幼馴染」

 ゴールデンウィーク最終日。

 俺を縛り付ける鎖を解放すると決意したのはいいが、だからといって毎日そのための活動が出来るわけじゃない。

 あくまで普段どおりに過ごしてその上で自分の道を掴み取るのが一番だ。


 今日は部活もなく、芸能関係の仕事も無い、丸一日オフの日だった。高校三年生らしく受験勉強をするという選択肢もあったが、まあ今日一日ぐらいはいいだろう。

 何故なら今日は俺のみではなく、彼女達もオフの日だからだ。



「おーい、アキくーん」


「ほら、女の子二人待たせてるんだから早く来なさい」


 

 沙良は元気に手を振って俺を迎え、由香梨は呆れ顔で腰に手を当てている。



「早く来いってまだ集合時間十分前だし。二人が早すぎるんだろ」


「こういうところでは律儀なの、あんたもよく分かってるでしょ? それを考慮しなかったあんたが悪いわね」


「由香梨ったら意地張っちゃって……本当は楽しみでつい早く来ちゃったっていうパターンですよね?」


「そ、そんなわけないじゃない!」


「照れてる由香梨も可愛いです。……ちなみに私も楽しみで仕方なかったから早く来たんですよ、アキ君」



 由香梨も沙良も今日を楽しみにしていたようだ。それをいちいち俺にアピールする必要はないんだけどね。



「遠足が楽しみで寝れなかったってのと同じ感じか」


「そうそう、そんな感じです」


「……まさか本当に寝れなかったとか?」


「寝れなくなると思いまして、昨日の昼間に寝てきました」



 ものすごい対策方法だ。

 でも彼女にとってこの方法はもう当たり前のことらしい。何でも親父の元に付いてる間は一日のサイクルが安定せず、明朝から商談のために起きる必要があったり、寝る間もないほど忙しい時は短い休憩時間で仮眠をとったり……非番のない消防隊員のような生活だったそうだ。

 お陰でちょっとした時間でも睡眠を取れるようになったとか何とか。改めて俺はとんでもない仕事を押し付けてしまったのだと実感する。

 沙良は睡眠時間が取れないからお肌のケアが大変だったんです、なんて平和にぼやいているけど。沙良のお肌はサラサラプルプルのとっても良いお肌ですよ。



「まあ、楽しみだったのは俺もだよ。昔みたいに今日はパーッとやるか」



 久しぶりに幼馴染の三人がこうして揃った。今日ぐらい無礼講で遊んでも構わないだろう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ね、ねえ、この店やめない?」


「何でですか? たまにはこういうお店も良いと思いますけど」



 由香梨は店のメニュー表を見て青ざめていた。

 それもそのはず。ここは高級料理店。少なくとも一介の高校生が易々と入れるような場所じゃない。

 


「た、たまにはいいかもだけど、親のお小遣い程度でお会計を乗り切れる気ないからこれ……」


「大丈夫です。今日は私の奢りですから」



 ……一応今日の名目は沙良の帰国を祝うためなんだけど。主役の彼女がどうしてか出費を持つハメになっている。



「俺と由香梨にとっては滅茶苦茶嬉しい打算だけど、本来は俺達が沙良のために尽くそうって考えてたんだ。だから――」


「アキ君や由香梨が私のために何かしてくれようとするように、私も二人に何かしたいんです。なのでここは私に任せてください。昼食の後はガンガン我侭を言うので。それに給料はもらえても使う時間がなかったので余っているぐらいなんです。たまにはこう、ガツンと出費しないと経済が回らないじゃないですか」



 沙良の給料は一体いくらなんだろう。大企業の秘書なんだからそれはもうお高いんだろうが……。


 結局沙良に言いくるめられ、今回の食事代は全て彼女が出すことになった。

 運ばれてきた料理に由香梨は戸惑い、沙良はそんな由香梨にこういう店での食べ方やマナーを教える。自分はそんな二人を見ながら、時に知らなかったことが沙良の口から出たら由香梨と一緒に聞きながら食事を進める。

 ほとんどの料理を食べつくした時点で由香梨は既に満身創痍だった。



「沙良はよくこういう所で食べてたのか?」


「そうですね……決して少なくはなかったです。特に最初はゼロからのスタートでしたから今の由香梨のようになっていましたね」


「それでも流石だ。何だか沙良が遠い所に行ってしまったようだ……」


「実際遠い所に行っていたんですけどね。でも高級なものばかりかと聞かれたらそんなことはありません。時間が取れないので近くのファーストフードだったり、カップ麺だったり、酷い時は一日の食事を全てゼリーで済ますなんてこともありました」



 俺が思っている以上に壮絶な現場なようだ。



「アキ君はどうなんですか?」


「至って普通だと思う。前日の夜食の残りを弁当に詰めて持ってくとか、弁当作る時間なかったり足りない時なんかは食堂や購買で購入したり。一人暮らしだから無駄遣いだけはないようにしてたな」


「……彼女に弁当を作ってもらっているとか、そういうことはないんですか?」


「……何故そうなる? いやまあ、ないんだけどさ」



 比奈には悪いけど今日だけは二人に楽しんでもらおうと彼女の存在を心の端に置いておいたのに。まさか沙良から拾いに来るとは。

 


「作ってもらいたいって願望はないんですか?」


「ないわけないです」



 作ってくれるというなら、その中身がたとえ毒であったとしても大歓迎です。俺のために手作り弁当を持ってきてくれた日にはそれの画像を公開するためだけにツイッターかブログを始めると思う。ああくそ、作ってもらいたい……!



「……ないわけない、と」



 俺が悶々としていると沙良は言われたことを手帳にメモしていた。メモしてどうすんだこんなこと。



「では由香梨がもう少し回復したらここを移動しましょうか」



 俺の疑わしい目つきを感じたのか沙良はそう言い放ったのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 昼食を取り終えた後、どこに行こうか悩んでいたが沙良が生まれ育った町を堪能したいということで地元をのんびり散策していた。

 で、その際に見つけた良さげな服屋に入店していた。



「ちょ、ちょっとこれ、スカート短すぎない? しかも露出も多いし……」



 そこで由香梨がかなり際どい服装の試着をしていた。



「ああ……恥ずかしがってる由香梨もこれまた格別ですね」



 沙良は至福の表情で親父のような言葉を言う。ちなみに由香梨が着ている服装を見繕ったのは沙良である。

 しかし……いい光景だ。チラリと見える腋がたまらない。



「おいこらそこの男子、いやらしい目つきすんな!」


「アキ君がそうなるのも無理はありません。ただでさえエロチックな服に加え、ニーソを使った絶対領域の形成も忘れていません。いかがですか、アキ君」


「最高だ!」


「この変態共!」



 我々の業界ではご褒美です。



「折角なんでアキ君も着てみてください。そうですね……例えばこんなのはどうです?」


「これは派手すぎないか? 俺には似合わないと思うけど」



 沙良が手に取った服はV系バンドマンなんかがよく着るパンク系のものだった。



「ものは試しです。どんなに買う気がなくてもそれを試着したアキ君の姿を私が激写出来ればそれでいいんです」



 激写って……と思っていると沙良は一眼レフカメラを取り出す。どこにしまってたんだそれ。



「頼むから勘弁してくれ……」


「大丈夫です。これでもプロ並の技術は持っているんで最高に格好良いアキ君の姿をレンズに写してみせますから。あ、外部に公開する気もないですから安心してください。私のアキ君フォルダに大事に大事に保存されるだけですから」


「俺のフォルダって何だよ!?」



 さあ、早く早くと有無を言わせずに着替えを促す。彼女の息が上がっているのが何だか怖かった。



「い~いですねぇ。もっとノリノリでポーズを決めてもらっても構いませんよ?」


「するか!」



 そうやって怒鳴る姿も嬉々としてフィルムに納める沙良である。



「ど、どうですかお客様? もし欲しい服がございましたらすぐにご用意させて頂きますが……」



 かなり物腰を低くして店員がやってくる。

 それもそのはず。ここま店員がヘコヘコしているのも、店でファッションショーのように試着を楽しんでいるのも暴走気味の沙良が原因である。

 店を訪れた時に財布の中から取り出して店員に見せた漆黒のそれ……クレジットカードの中で最も高位なブラックカードといわれるもの。これを提示するとたちまちこの店は沙良の支配下に置かれたということである。

 今日の昼食にて既に感覚が麻痺しかけている俺と由香梨はもはやそれについてはもはや何も言及しないのであった。



「由香梨は次はこれを……アキ君はこれなんかをお願いします」


『勘弁してくれ!』


 

 しかし笑顔で押し付ける沙良に、俺達二人は勝つことが出来ないのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「いやー、今日は楽しい一日です」



 沙良はさっきからずっと満面の笑みだ。それに反して俺と由香梨はかなりの疲労状態にある。

 結局この一日は沙良に振り回されっぱなしだった。昼食時に飛び出たガンガン我侭を言うという言葉は決して冗談でもなんでもなかったということだ。



「締めは……やっぱりここですよね」



 今日という最後……日も暮れ始めた頃、沙良が向かった場所は俺達三人が出会った公園。思い出の地だった。



「あの時は大きく感じた遊具が、今ではこんなに小さく感じるんですね」


「……その台詞、三年前にも言ってたからね?」



 とても風情のある言葉だが同じような流れを一度経験している。俺と由香梨が仲直りを果たし、無事三人とも卒業した後、今日みたいに三人で一日中遊んで最後にこの公園を訪れた。その時の台詞と全く同じなのだ。



「……同じような台詞かもしれまんせが、実感は大きく違いますよ。私達の歳で三年ってまだまだでかいじゃないですか。それに……私は同じ年代の子に比べて変わった人生を送っていますから余計見え方が違うんです」



 中学までは感じ方、考え方、それぞれ違っても「中学生らしさ」はどんぐりの背比べ状態だった。けれど彼女は社会人として活躍し、俺達はのんきに学生生活を堪能していた。この時点で沙良と俺達の間では大きな価値観の差がある。

 彼女は今どういった目線でこの公園を見つめているのだろうか。……俺には見当も付かない。浮かぶのは彼女に変わった人生を歩ませてしまった罪悪感だけだ。



「……ごめん」


「何度も言いますが謝らないでください、アキ君。少し感傷的になっちゃいましたが私は今の自分に後悔はしていません。むしろ他の人と違った道を歩むのは思った以上に面白いですよ? 学生生活でしか体験できないことがあるように、私みたいに大企業の補佐をしてないと体験できないこともたくさんあるんですから。私はあなたに心から感謝してるんです」



 彼女は柔らかに微笑む。夕日を背にした彼女の姿はとても絵になった。



「あーっと……私、少し席外して置いた方がいい?」



 由香梨が遠慮がちに訊ねてくる。



「駄目です。由香梨がいないと何も始まらないじゃないですか。というか私はしんみりしたくてここに来たわけじゃありません。幸せな気持ちで今日を終えようじゃないですか!」



 沙良はその綺麗な瞳を燃やし、ガッツポーズまでする。



「では少し童心に帰って遊びましょう。ジャングルジムなんかはどうです? 子供の頃みたいにあの上で歌えばラッキースケベ的なイベントが起きるかもしれません」


「よし、由香梨、くまさんおパンツの雪辱を晴らすんだ!」


「張り倒すわよ!?」



 ――とまあ、三人で大人気なく、子供のようにはしゃぐ。これはこれで結構楽しいものがある。



 そうして日も落ち、暗くなってきた所で解散の流れになった。

 


「今日はとても楽しかったです」


「また近いうちに集まりたいわね」


「ああ……今度は皆も誘ってさ」



 そうすればもっともっと素晴らしい一日を過ごせることになるはずだ。



「こうして戻ってきたのに沙良とは中々会えないなんてもどかしいわねー。正直別れるのが名残惜しいわ」


「嬉しいことを言ってくれますね由香梨ったら。でも安心してください。近いうちにまた再会出来ますから。ですから、今日はこの辺で……また明日です」



 沙良は別れの挨拶を述べて先に岐路に着く。そんな沙良を眺めていた由香梨が一言。



「ねえ、沙良、また明日って言った……?」


「…………」



 なんだろう、もの凄いデジャブを感じる。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「今日から一年間、このクラスでお世話になります。三条沙良です。雑務に関しては私にお任せください。あ、それと男性の皆様にお伝えしておきますが、普通に絡むのは構いませんがデート以上のお誘いは慎んでください。私の心と体はアキ君のものですから」



 翌日。最後に何かいけない妄想をしたのか顔を赤らめてクネクネする見慣れた転校生の姿がそこにはあったのだった。




 

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