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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
9章 三年生編
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五話「来訪者達」

「学校の授業を邪魔した無能なお方です。遠慮なく、お叱りください。これ以上ないってくらい厳しい言い方で大丈夫なんで」


「俺からも頼みます」


「あ、ああ……。えーっと、高城和晃君のお父上ですよね? どうしてヘリでご来校なされたんでしょうか?」


「それは……ヘリでばばーんと登場した方がかっこいいかな、なんて思いまして……」



 いつもは雄大に振舞っている父が身を縮こまらせて校長に叱られている。情けない父親だ。子として本気で恥ずかしい。



「まあ、相変わらずっちゃ相変わらずか……」


「そうなんですよ。いくら注意してもこの性格は直らなくて。苦労してます」


「悪いな」


「いえ、アキ君は関係ありません」



 校長室を出て二人で馬鹿な親父をだしに会話する。



「それにしてもどうしてこんな突然……」


「会長は四月の終わりに帰ると前に仰られたそうですが?」


「ああ……そういやそんなこと言ってたような」



 ここ最近色々ありすぎてそんな記憶遥かかなたに吹っ飛んでいた。



「本当に帰ってきたんだな」



 俺の隣に立っているのはどこからどう見ても幼馴染の三条沙良だ。どうしてかメイド服を着ているのはとりあえず置いといてだ。



「ええ。立ち話もなんですし、どこかゆっくり話せる場所に移動しませんか? 私はもちろん、アキ君も積もる話がたっぷりとあるでしょうし」



 沙良の提案に頷く。



「崎ヶ原高校の外部は調べがついても、内部まで知り尽くしているわけではありません。ですのでエスコートをよろしくお願いします」



 彼女はニコニコしながらそう言った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 俺たちは食堂に場所を移した。ここなら昼休みになるまで人もほとんどいなくて静かなのでゆっくり話すことができると踏んだからだ。

 二人分の水を汲んで沙良の向かい側の席に座る。



「わざわざありがとうございます。ですが一言言って下されば、水ぐらい私が取ってきましたのに。これでも私、何度も凄いお方にお茶をお持ちしたことがあるんですよ」



 沙良はぷりぷり怒る。その姿を見て、ああ、目の前にいるのは本当に沙良なんだなと改めて思う。

 肩甲骨まで伸ばした髪を後ろで結んだ、いわゆるポニーテールの彼女。俺の顔を映した瞳は澄み渡っていて、二重まぶたの温和な目をしている。一度笑顔を浮かべると人を和ませる彼女の魅力は未だ健在のようだ。



「どうしました? 私の顔をじーっと見て。もしかして惚れましたか?」


「惚れる前に何でメイド服を着てるんだって疑問しか浮かばないな」



 彼女の今の服装は言うとおりメイド姿だ。メイド喫茶から一休みしに来ましたと言われても違和感ゼロ。

 どうしてそんな服装をしてるのか気にならないはずがない。



「ああ、この姿ですか? 私の仕事着なんですけど、どうです? 可愛いですか? 私的にはスカートと白のニーソックスの間の絶対領域が完璧ではないかと思うんですけど」


「完璧だと思うぞ! ……じゃなくて」



 立ち上がった沙良がわざと見せつける魅力的なそれに抗えなかった。まんまと乗せられた。



「私がメイド服を着る理由ですよね? 最初は私もスーツにメガネという秘書スタイルを貫いていたんですけど、日本でメイド服が流行ってるっていうじゃないですか。なら着ないわけにはいきません」


「いやいやいやいや」



 何故着ないわけにはいかないという発想に行き着いたのか。それが重要なんだけど……。



「それにそんな格好してたら目立つだろ? たたでさえH&C社の秘書なんてのを勤めてるんだから」


「あれ、もしかしてアキ君、私の心配をしてくれてるんですか?」



 クスリと沙良が笑う。三年ぶりの沙良の女の子の笑顔に思わずドキリとする。



「……ああ、そうだよ。三年間離れてた幼馴染の女の子を心配しちゃ悪いかよ」


「いえ、私は嬉しいですよ。でも安心して下さい。私の身には何も起きていませんから。……まあ、でも」



 沙良は何かを思い出したように言葉を繋げる。



「求婚されたことはありましたね」


「求婚!?」



 求婚っていわゆるプロポーズのことだよね? 話が飛躍しすぎてませんか。



「さ、沙良はどう返事したんだ?」


「私の身には何も起きてないって言ったじゃないですか。当然断りましたよ」


「そっか……。でも誰にプロポーズされたんだ?」


「えっとですね」



 沙良の口から出てきた名前はハリウッド映画に幾度も出演している大物俳優だった。



「そんな大物が!?」


「ええ。外国の方はとにかく自信がある方が多くて。彼のファーストコンタクトも『オウ、プリティープリティーガール』みたいにとても馴れ馴れしかったですし」



 流石外国人というべきか、それともハリウッド俳優というべきか。肝っ玉がでかいな。



「その後もしばらくは大変だったんです。仕事の関係で顔を会わす度にしつこく絡んできて、一度だけ寝負けして二人でお食事したこともありました」



 沙良は当時の事を思い出してか怒気を含んだ口調になっていた。が、聞いている俺は彼女の体験談を現実のものとして捉えきれていなかった。



「お食事って……やっぱりセレブリティーな?」


「そうですね。こういっては何ですけど普通の人が一生のうちに一度行くか行かないかぐらいの高級レストランに連れていかれました」



 大企業の息子だけど庶民派な俺にはスケールがでかすぎて何がなにやら。



「凄いな……。そんな相手の求婚を断ったんだろ? 相手もさぞかしショックを受けたんだろうな」


「『どうして断るんだい、ミス沙良』みたいなことを言われましたね。私にはアキ君という想い人がいると言ったのに食い下がらなくて。ですので……」


「……ですので?」



 何だその不安な接続詞は。



「……そうですね。今頃彼はメイドを渇望して秋葉原でもうろついているんじゃないですか」


「お前そいつに一体何をした!?」


「聞きたいんですか? まずはメイドがどんなに素晴らしいものかという調教を――」


「ごめん、俺が悪かった! 言わなくていい! てか言わないでくれ!」



 そうですか、と知らん顔で水を飲む彼女。

 沙良にそういったSっ気があるのは薄々分かっていたけど、純粋無垢だった頃の彼女を知ってる身としてその先は知りたくなかった。



「まあ、私のことは別に後回しでいいんです。アキ君の方は何か変化はありましたか?」


「……そのことなんだけど、沙良はどこまで知ってるんだ?」



 質問を質問で返すのは悪いと思う。けどこれを聞かないとこの先の会話の流れが大きく変わってしまう。



「どこまで、とは?」


「沙良がいない間に俺に起きた出来事の数々をどれぐらい知ってるのか。俺の予想だとこうして質問する必要がないぐらいに俺の情報を仕入れてるんだと思うんだけど」


「どうしてそう思うんですか?」


「……今年に入ってから年賀状だったり、バレンタインのチョコだったりで沙良の存在感が増したってこと。あと今も言ったバレンタインのチョコだけど、俺の現在の身体データを元に作られたものだったこと。この二点が大きいかな」



 去年までここまで露骨なアピールはしてこなかった。沙良が自身の存在感を前に出してきたのは俺と比奈が付き合い始めてからすぐの新年に入ってからだ。臆すことなく俺への想いを前に押し出している彼女がこんなことをするなんてどう考えてもおかしい。



「情報のソースは由香梨か?」


「はい。大正解ですよ、アキ君」



 やっぱりか……。

 俺と沙良も不定期だけど連絡を取っている。ならば同じ幼馴染である由香梨が沙良と連絡を取り合っていてもおかしいことはない。で、その中の話題に共通の知り合いである俺の話題が出るのも予測できることだ。

 


「……まさかですけど怒っていますか?」


「いや、そんなことはないよ。ただ仮定を証明したかっただけだし」



 でも本音は回りくどいことをしたなとも思っている。割とズバズバ言ってくる彼女が遠回りに聞いてきた。ううむ、懸念してたけど恋愛事が関わってくるとややこしいことになるなあ。



「ならよかったです。……そしてアキ君の言うとおり、あなたに何があったのかは大体把握しています。その中にはもちろん香月比奈と恋人関係になったということも」


「……ああ」



 沙良に対してどんな顔を向ければいいかわからなかった。以前から好意を向けてくれている沙良。彼女の気持ちを知った上で俺は比奈と付き合う道を選んだ。両者とも非はないのだが、罪悪感が全くないといったら嘘になる。



「顔を上げてくださいアキ君。確かにあなたが誰かと付き合うことは気になって仕方ありません。ですが今日は純粋にアキ君と会えたことが嬉しいんです」


「沙良……」


「だからここではこの言葉を言わせてください。ただいま、アキ君」


「……おかえり、沙良」



 そう言って沙良は優しく微笑んだ。

 ここでようやく彼女は帰国を果たしたのだ。



「帰りの挨拶を言うことができて本当に良かったです。ではお聞きしますが、香月比奈のどこを好きになったんですか?」


「切り替え早すぎじゃないか!?」



 さっきまでの明るいオーラが一転、嫉妬のどす黒いオーラが彼女を包み込む。

 

 そこで丁度授業の終わりを示すチャイムが鳴った。と、同時に食堂のドアが勢いよく開かれる。息を切らして入り口に立っていたのは由香梨だった。



「さ、沙良……」


「由香梨……?」



 二人の幼馴染は互いに目を合わせる。そして、



「沙良ー!」

「由香梨ー!」



 どちらからともなく走り出して抱きしめあう。感動の再会だ。



「はあ……はあ……。その体力は一体どこから来るんだ……」



 熱い抱擁を交わす二人の後ろには直弘や比奈といったいつものメンバーがやって来ていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「最後は私ですね。改めて、私は三条沙良と申します。先程も仰ったように由香梨とアキ君の幼馴染です。普段はH&C社会長の秘書をやっております。この度は仕事ではなく、以前から約束していた里帰りのため帰国した次第です。今日から大体皆様が卒業するぐらいまでは日本に滞在するおつもりです。ですのでまずはその間、よろしくお願いします」



 俺と由香梨を除いたそれぞれの自己紹介が終わる。直弘と久志には修学旅行の夜に沙良のことは簡単に話してあったし、若菜ちゃんと比奈も由香梨からある程度は聞いていたようで驚きはなかった(メイド服姿及びヘリでの登場及びH&C社に勤めていることは例外)。



「しばらく滞在するっていうけど、その間沙良はどうするのよ?」


「これからのことはこれから考えます。とりあえず今日は自宅に帰って家族に挨拶しないといけませんね」



 そんなアバウトな計画でいいんだろうか。



「アキ君と由香梨が関わっている以上、皆さんにはお世話になると思います。友好の証ということで、少し馴れ馴れしいですがお互いの呼び名を今ここで決めてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わない。俺達は君の事を何と呼べばいい?」


「どんな風に呼んでもらっても構いません。苗字でもさん付けでも、恋人のように愛しの君というのもいいかもしれませんね」


「恋人でもそういった呼び方はしないんじゃないかな?」



 久志の言うとおりだ。

 結局直弘は三条、久志は三条さん、若菜ちゃんは沙良、比奈は沙良さんといった呼び方に落ち着いた。



「次は私の番ですね。そうですね……こういうのはやりすぎなくらいが丁度いいですし……。岩垣様と久保田様と中里様は下の名前にさん付けで呼ばせて頂きますね」



 それから沙良は直弘さん、久志さん、若菜さんと順番に名前を呼んだ。

 最後はどうしてか別枠の比奈だ。彼女はどんな呼び名を付けられるのだろうとさっきから横でそわそわしている。



「それで香月様ですが……香月比奈で」


「……? う、うん、私の名前は確かに香月比奈だけど……?」


「そんなものは赤信号は止まれという意味をもつと周知しているぐらいご存知ですよ」



 つまり常識の知識と同等レベルで知っているということだ。



「えっと……つまり?」


「私は香月様のことを香月比奈と呼ぶのです。……そんなことも分かりませんか?」



 沙良はニコニコしながら比奈に話しかけるが、その身からは敵意がむき出しになっていた。



(か、カズ君、私、沙良さんにき、嫌われてる?)


(あきらさまにそうだな……。理由はまあ、明白だけど)


「二人でこそこそお喋りして……流石は世間に公開されているカップルですね」



 満面の笑みが俺達に突きつけられる。

 こ、怖い。視線だけで人を殺せるというのは本当かもしれない。


 俺達二人がすくみあがっていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。同時に沙良の表情が戻る。俺達にとって今の学校のチャイムは女神の聖歌のように感じられた。



「……お時間ですね。私は学校の関係者じゃありませんし、今日はここでお暇させて頂きます。アキ君と香月比奈には後日、ゆーっくり話を聞かせて貰いますからね」



 沙良は最後にそう言い残して食堂から去っていった。別れ際の手を振る仕草の時ですら俺の心臓はバクバクいっていた。

 彼女の姿が完全に見えなくなったところで俺達は長い息を吐く。



「し、死ぬかと思った……」


「俺達、この先こんな思いをし続けるのか……」


『……頑張れ』



 皆から哀れみの言葉を貰ったのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その後、俺達は授業に戻った。昼休みのうちに屋上に停めていたヘリも発進させたらしく、通常の時間割に戻ることができた。

 迫りくる眠気に必死に耐えながら午後の授業を受け、ようやく一日が終わりを迎えようとしていた。



「今日は部活もないし早めに家に帰るかな」



 親父が帰ってきたってことは母さんも帰ってきてるはずだ。今日は放課後の方がイベントが豊富な気がする。



「比奈も今日は仕事ないだろ? なら一緒に帰ろうぜ」


「うん、今行く!」



 二人で教室を出る。昇降口を出た所で皆を待とうと話しながら廊下の先を見ると……一人のおっさんが道の真ん中で腕を組んで昂然と立ち尽くしていた。

 生徒達はそんな彼を不審な目で見ながら距離を置いて脇を通っている。

 俺もそれに倣い、彼の方を見向きもせず通り過ぎる。比奈が何か言いたげな視線を向けてくるが無視だ。



「……って、何故だ!? 何故父親の存在を無視する!?」



 そのおっさんはもの凄い勢いで俺の肩を掴んできた。



「三年ぶりの父親だぞ!? 息子のためにこうして待っていたのに虫を見るような目をしてシカトするとは何事かー!?」


「厳ついおっさんが廊下の真ん中で道を塞いでいたら普通無視するだろうが! それが実の父ならなおさらだ!」


「酷い! 俺はただ最愛の息子と感動の再会を果たしたかっただけだというのに!」


「腕を組んで威圧的な視線を向けているやつが言う台詞じゃねえ!」



 ……まあ、案の定こうなるわけで。ここだととっても目立ってしまうので使われていない教室に三人で移動する。



「……ったく、ヘリで学校に来て迷惑はかけるわ、通行の邪魔をするわでこの馬鹿親父は……」


「息子に対する愛ゆえにだ」


「なおさら性質悪いわ!」



 このままだといつまで経ってもくだらない応酬が続くばかりだ。



「社長ってカズ……息子さんと仲いいんですね」



 比奈がおどおどしながら会話に加わる。仲がいいとは心外だが一連の流れを断ち切ってくれた比奈の功績はでかい。



「そうだろうそうだろう! 何たって俺と和晃だからな!」



 親父は高らかに笑う。



「君こそ和晃と仲がいいんだろう? 聞いているぞ、二人の関係は。まさか和晃がうちの事務所の目玉タレントと関わるどころか恋仲になるとはな。知ったときはたまげたぞ」


「あ、ありがとうございます」



 そういえば親に恋人を紹介しているような状況なのかこれ。



「よかったなあ和晃。お前みたいなやつがこんなにキュートな子と付き合うなんてな。お父さん、二人の交際は認めるが清く正しいお付き合いをしないと許さないぞ~?」


「それは言われるまでもなく実践中だ。うざいから変な言い方をやめろ」



 馬鹿にされてるみたいで腹が立つ。



「わっはっはっは。でもな、二人の交際に関しての言付けは真剣そのものだぞ? これ以上お前ら二人が進展したらもう手に負えないんだからな」


「もう手に負えない……?」



 どういうことだ?



「……和晃なら分かるだろ。沙良君のことだよ。比奈君と公開恋愛を始めた時にはイライラが目に見えて分かるぐらいだった。けれど十二月の終わりになって二人が本当に付き合い始めてからはそれどころじゃすまなかったんだ。沙良君は笑顔で商談相手を威圧するし、たまの私用の時間では『うふふふふ』と笑いながら巨大なチョコを製造し出すんだ。流石の私もあの時の沙良君には狂気を感じたよ……」



 親父はその時のことを思い出したのか身体を震わせる。よっぽど怖い経験だったに違いない。

 ……うん、その、何かごめん。



「そ、そういえば母さんは? もうこっちに戻ってきてるのか?」



 無理矢理話題を明るいものにする。



「今頃はお前の住む家に着いてるはずだ。母さん、和晃の顔を見たがっていたぞ。今日は寄り道せずに帰れよ」


「そのつもりだ」


「よし。なら今から学校に向かいの車を用意させる。それで今日は帰るぞ」



 別にそんなものはいらない。けれど親父は俺の返事を待つ前に電話して車を呼びやがった。まあ、今日一日ぐらいは付き合ってやってもいいか。



「分かったよ。素直に車に乗って家に帰る。だからついでに比奈も途中まで送っていってくれないか?」


「それは断る」


「けちか!?」



 比奈は「私は構わないよ」なんて言ってくる。



「いや、そうじゃない。折角だ。比奈君もうちに来なさい。今日は我が事務所のアイドルとしてではなく、息子の彼女として高城家が丁重におもてなしをさせてもらおう!」


『…………え?』



 こうして、強引に俺の彼女がうちに迎え入れられることが決定したのだった。




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