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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
9章 三年生編
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三話「心の正体」

「おい、和晃。聞いてるのか?」


「……ん?」



 視線を横にやると直弘がいた。



「何をボーっとしてるんだ。次は移動教室だぞ?」


「え? ……ああ、そっか」



 次の時間は選択授業だ。直弘の選択した授業は俺達一組のクラスで行われる。だからここにいるんだろう。



「悪い悪い。今すぐ出てくよ」


「まあ、そんな急ぐ必要もないがな……」



 バッグから次の授業で使う教科書やノートを取り出していく。



「なあ、最近お前そんな風にボーっとしてることが多いが何かあったのか?」


「別に何もないぞ。いつも通りだ」



 最後に筆箱を持っていつでも行ける体勢になる。



「どう見てもいつも通りに見えないが……」


「気のせいだよ。じゃあな」



 適当に手をぶらぶら振って直弘に別れを告げる。

 廊下に出ると携帯を取り出して現在時刻を確認する。



「……いつの間にこんな時間になってんだ」



 次の授業が行われる教室に急いだ。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 最近、こんなことが多かった。普段はいつも通りなんだが、ふとした瞬間にトリップする。この前の週末に観たあの劇の世界に。

 数日経っても考え続けるなんてよっぽど気に入ったんだろうなあ、俺。余韻今だ冷めずってやつだ。

 でもこのままじゃいけないってのも自覚している。友に指摘されるぐらいだ。きちんと気持ちを切り替えないと。

 ちょうど隣に比奈がいるし、解決策を聞いてみようか。

 


「なあ、比奈」


「何?」


「俺って最近変だろ?」


「突然どうしたの!?」



 二言目にだ、大丈夫?と聞いてくる比奈さんはやはり天使だ。



「この前直弘とかにも言われたんだけど、俺、最近ボーっとしてること多いらしいんだ」


「あーうん。確かにそうだね。話しかけても反応が遅くてあれって思うことがあるよ」


「それなんだけど、気がつくとこの前観にいった劇のことを思い出しちゃってるんだよな。気持ちを切り替えようにもどうにも駄目で……。一体何なんだ、これ? そんでどうしたらいいと思う?」


「そういうことかあ」



 比奈は「うーん」と頭をかしげて言葉を漏らす。



「あの劇を思い出すのはどうしてかわかる?」


「気に入ったってことじゃないか? 余韻が抜け切れてないというか」


「それだけじゃないと私は思うんだけど……。カズ君のそれはなんていうか、こ――」


「おーい、カズ&香月さーん」



 誰だ俺達をトム&ジ○リー風に呼んだやつは!?



「どんな略し方だよそれ!?」


「あはは、ごめんごめん。よく考えると香月さんとカズって最初の二文字は同じだなーって」



 意味が分からない理由を並べるのは久志だった。というかこのタイミングに来るってお前……。



「それで比奈は何て言おうとしたんだ?」


「あ、うん……また今度改めて言うよ。まだ考えも浅かったし、もうちょっと深く考えてからもう一度」


「あー……俺、邪魔者だった?」


「思いっきり邪魔者だったぞ。空気読めない男は嫌われるぞ久志」


「そんな馬鹿な!?」



 久志は本気でショックを受けている。

 この日はこんな風に三人で登校するのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 比奈に投げかけた疑問。

 この気持ちは何なのか。どうしたらいいのか。

 ちょっと前にも似たようなことを考えたことがあるな。俺が自身の恋心にまだ気づいていなかった時。

 だから今回も自分に素直になってこれが何なのかを考えてみた。けれど何度もあの舞台を反芻するぐらいに好きになってしまったということしか分からず、解決策は未だ見つからない。

 今回の事は俺にとっては恋云々よりも難しい問題だった。誰もが持ってる一般的な感情とかじゃないし。



「分からない。いや、もしかしたら……」



 ここに来て俺は新たな可能性を思いつく。まさかとは思うがありえなくはない可能性だ。



「なあ、直弘。俺、もしかたらホモなのかもしれない……」


「突然やって来てどんな告白をしているんだお前は!?」



 ツッコミながらも素早い動作で俺から距離を取る直弘。俺も友達からホモ告白されたらそうなるだろうし正しい反応だと思う。



「いや、これはあくまでかもしれないであって、そうとは限らないんだ」


「香月と付き合ってる時点でそれはないと思うが」


「……まさか俺って両刀……」


「よくわからないが落ち着け! 変な噂広がるぞ!?」



 周囲の生徒達は俺を見てヒソヒソ話し合っている。


 一旦場所を移して、生徒のいない静かな場所に出る。

 


「で、お前はどうしてあんな突拍子のないことを言ったんだ?」


「ほら、この前お前にボーっとしてるって言われただろう? あれの理由を色々考えてみたんだが……」



 俺は何度も何度も頭の中であの日のことを繰り返している。自分は劇自体に対して何か思うことがあると考えていた。だがもしそうじゃなかったとしたら? そう、劇ではなく舞台上に立っていた人物――河北慶そのものに俺は気を取られているんじゃないかって。

 そのことを直弘に話す。



「……それじゃあ聞くが、その河北慶とやらと手を繋いで街を歩く姿を想像してどう思う?」



 あいつと手を繋いでねえ……。



「変なもの想像させるなよお前!? 今日食った飯戻しそうになったじゃないか!」


「表現は酷く汚いが、少なくとも正常な男の思考だな」



 確かに言われてみれば。



「じゃあ俺はホモじゃないのか。よかった」


「俺も心底よかったと思ってる」



 直弘からしたら衝撃的な告白だったもんな。



「しかし本当にそれに対しての答えが出ないのか?」


「ああ。以前比奈との告白騒動で久志に素直になれって言われて、その通りなるべく自分に正直になって考えてる。それでもあの時の気持ちの残滓がこんなに残っている理由は掴めない」


「ううむ、それは困ったな」



 直弘は腕を組んで小さくうなる。



「なあ、本当にお前は自分に素直になったのか?」


「そのつもりだけど……」


「その劇を気に入ったってお前は言ってたが、それを真実と思い込んで、素直になったと勘違いしてる……なんてことはないか?」


「そ……れは……」



 俺はその先の言葉を紡げなかった。繰り返し思い出すほどあれが気に入った。そう思ってからその考えそのものに対して何も思うことはなかったからだ。まあ、河北慶がどうのこうのなんて言ったが、本当はそんなことあり得ないと本当は分かっていたはずなのだ。



「反論出来ないか?」


「ああ……でも、それは意図的じゃない。分からないんだ。この気持ちがなんなのか。本当に」



 それにあの劇が面白かったのも嘘じゃない。当日は見終わったあと、一日中興奮が収まらなかった。



「だったら根本を間違えてる可能性がある。そもそも面白いとか気に入ってるとかそういうもの以外の何かが気になっているとか。あとは……そうだな。お前があの劇に魅入られた理由とかも考えてみるのはどうだ?」


「なるほど……」



 俺は面白かった、興奮した、楽しかった。それらの感情だけであの演劇を思い返していた。実はそうじゃなくて、別の何かがある……そういうことだろう。



「正体は分からないけど、手がかりはつかめたと思う」


「そうか。それは何よりだ」



 直弘はくいっと眼鏡を上げて微笑を浮かべる。影の射し方を一歩間違えたら悪役の笑みだ。



「お前に一体何があったのか俺には分からん。だけど今回のお前の変化は悪いことじゃないと思うんだ。俺が手伝えるのはこんなことぐらいしかない。答えが見つかったのなら、お前がやりたいことをやれ。だから、頑張れよ、和晃」


「お、おう」



 どうしてか直弘から激励を貰ったのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「やっぱりそうだよ。恋みたいなんだよ」


「……こい?」



 その日の放課後、俺は比奈に改めてこの前言おうとしてたことは何だったのか訊ねてみた。で、その回答がこれである。



「ごめん。俺にはよくわからない」


「まあ、突然言われてもピンとこないよね。でも説明すれば納得してくれると思う」



 比奈はニコニコしながら話してくる。一体何がそんなに嬉しいんだろう。



「そうやってふとした瞬間に思い浮かぶのとかって恋わずらいに似てない?」


「ああ。…………ってそんだけ!?」



 もうちょっと根拠みたいなのあるんじゃないの!?



「でも簡単に説明するとしたらこれが一番だと思うんだ」


「もう少し何かあると思うんだけど……」


「私もそう思って色々考えたんだけどね。けどこれが一番しっくり来たんだ。だってカズ君の話を聞くかぎり、症状が全く同じだから。私もふとした瞬間、カズ君のことが思い浮かんでニヤケそうになったりするし」



 言い切って数秒。比奈は自分がとても恥ずかしいことを暴露したことに気づき、顔を隠す。

 俺のことをふとした瞬間思い出すねえ。嬉しい事を言ってくれる。俺も今この瞬間ニヤニヤしてしまいそうだった。



「と、とにかくそういうことだから! 恋じゃないとは思うけどそれに近いものなんだよきっと」


「そう言われても劇に恋って何だよ。言い方が変わっただけで他は何も変わらないじゃないか」


「そんなことないよ。恥ずかしいことを聞くけど、カズ君は自分が恋してるって気づいて何を考えた?」



 俺が比奈を好きだと自覚して考えたことか。マジで恥ずかしいことを聞いてくるな。



「最初にまず、比奈の所に行かなきゃって思った。あの時は状況が状況だったし」


「うん、うん。それから?」



 比奈はしきりに頷いている。彼女、さりげなく当時の俺の心境を知ろうとしてやがるな。



「うーんと……そう思ったのはつまり、比奈の傍にいたいって潜在意識みたいなのがあったのか? 気持ちに気づいてから数日は比奈と一緒にいたいなんて考えてたし」


「凄くいいと思う!」



 何がですか。



「まとめると、カズ君は私の傍で一緒に過ごしたいって考えてたってことだよね?」


「多分……」



 比奈は平静を装おうと努力してるようだが、嬉しいのか口元から笑みがこぼれていた。



「これを置き換えればいいんじゃないかな? カズ君はあの劇を傍で感じたかった。もっと言うなら一緒に演じたかった、とか」


「俺が……演じたかった……?」



 頭の中に何度も何度も再生したあの日の映像が浮かび上がる。複数の出演者の中に混じって俺もあの劇の世界と一体になる想像をする。

 瞬間、胸が熱くなった。同時に心が満たされたような幸福感が生まれる。だがしばらくすると本当のあの場所に俺はいないのだという嫉妬、劣等感みたいなものも現れる。

 今までに感じたことのない感情の起伏。それが示すものは――。



「……そっか。俺、あの舞台そのものに憧れていたのか」


「そういうことだね」



 比奈はとても嬉しそうだった。



「モヤモヤが取れた気分……と言いたいけど、分かっちまうと逆にもっと意識しちまう! ああくそ、何だこの情熱はー!?」



 悶える。情けない俺の姿にそれでも比奈は笑顔を崩さない。



「ならその情熱、発散してくれば?」


「どうやって!?」


「自分の所属してる部活、忘れちゃ駄目だよ」



 ――演劇部。そっか、演劇部……。



「結局三年生になってから一度も行ってないし、今更俺も混ぜてくれーっていうのも」


「大丈夫だよ。皆歓迎してくれるよ」



 あの部活の性質からして比奈の言うとおりだと思う。しかしやっぱりどこか抵抗が。



「……岩垣君から聞いたよ。やりたいことをやれって言われたんだよね?」


「あ、ああ」



 確かに言われたけど。



「カズ君、私は全ては知らないけど……あなたが探してるものが見つかるかもしれないんだよ」



 言われてドキリとした。比奈にはまだ話してないつもりだったのに。薄々感づいているのだろうか。



「わかった。とりあえず部活、行ってみる」


「うん!」



 彼女は満面の笑みで俺の背中を押し出した。




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