七話「彼女を愛する者達」
今日は比奈とデートの日だった。待ち合わせ場所で時計を見て、そわそわしながら待つ。これぞデート時に経験できる特権といえるだろう。
「カズくーん」
くだらないことを考えると待ち人の声が聞こえた。手を振ってここにいるぞアピールをする。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いやいや、俺も来たばったかだし」
とお決まりの台詞を言う。そこではたと気付く。
「あれ、比奈今日化粧いつもより濃いな。身長もなんかいつもより大きいし」
「じ、実はこの前お買い物して、いいもの買えたからそれに合わせて気合入れてみたんだ」
「へえ、そうなのか」
確かに彼女の服装もいつもと違う感じがした。俺に見せるためにここまでしてくれたかと思うと感慨深いものがある。
「とにかく行こうよ。ここに留まってたら勿体無いし」
「ん、そうだな」
会話もそこそこに足を動かしはじめる。すると比奈が手を繋いできた。今日はやけに積極的だななんて思いながら、俺は手を握り返した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
以前直弘に言ったようにデートといっても特別何かするわけじゃない。特に今日なんかはウインドウショッピングをしようということで歩いて目についた店に入るといった感じだった。
「それ気に入ったのか、比奈」
比奈は可愛らしい小物がずらりと並んでいる中から一つ取り上げ、じっとそれを見ていた。
「うーん……可愛いなあって思って」
彼女が手に持っているのは小さな兎のストラップ。愛くるしい目がキュートだ。
さっと棚に書かれた値段を確認する。一つ五百円。うん、これぐらいなら財布の負担にもならないしいいだろう。
「よし、任せろ比奈。俺がそれ買うからプレゼントって事で受け取ってくれ」
ただ比奈の場合、こういう事を言うと必ず「え、そんな悪いよ」なんてちょっと遠慮される。で、その後俺が何かと理由を付けて結局購入。比奈は控えめに礼を言うけど、嬉しさが隠し切れないのか頬を緩ませる……それが俺たちのもはや恒例といったやり取りだった。
頭の中で展開を予測しつつ彼女の返事を待つ。
「う、うん。ありがとね」
…………あ、あれ? 素直に喜ばれた……だと……。
い、いや考えろ。そもそも俺は厚意でやってるんだから変に遠慮する必要はないんだけどなって常々思ってたじゃないか。比奈の性格的に仕方ないかなあなんて考えていたけど、恵ちゃん辺りからアドバイスを貰って対応を変えた可能性も十分にありえる。
そう、だから俺が焦る方が間違いなのだ。大丈夫、まだ慌てる時間じゃない。
「はいこれ」
購入したストラップを比奈に渡す。それを手に取った彼女の顔がパアっと笑顔に変わっていく。まあ、この表情が見れたのなら俺は満足だ。
でも少しの違和感が残っているのも確かだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「楽しみだね」
「ああ、そうだな」
正午も過ぎて適当に見つけたレストランに入った。中々お洒落な店でかつ値段もリーズナブル。外に飾ってあった料理のサンプルやメニューに書かれた料理の写真を眺めるだけでお腹が空いてきそうだった。 しかし、俺は正直昼飯を食べたい気分じゃなかった。それは……。
「なあ、比奈。今更だけど聞きたいことがあるんだ」
「何かな?」
「この前貰ったチョコのことなんだけど、あれ何使って作ったんだ? あの中に入ってた料理酒を今度使いたいんだ。だから是非教えてもらいたいんだけど」
「料理酒……えーっとちょっと待ってね」
比奈は思い出す仕草をする。
「……ごめん。家にあったのを使っただけだから覚えてないや。まだ残ってると思うから今日帰ったら確認してみるね」
「……そうか」
この返答をもって俺は確信する。
「でもカズ君、レストランでこれから料理が運ばれてくる時に違う料理のこと話ちゃ――」
「――あんた、誰だ?」
目の前の『比奈』の言葉を遮って訊ねる。
「えっと、どういう意味? 私は香月比奈だよ? そんなカズ君、突然低い声出して一体――」
「とぼけるな。お前は比奈なんかじゃない。出会った時から今日までずっと違和感を感じてたんだよ」
「本当に言ってるなら酷いよ? というか私が比奈じゃない証拠でもあるの?」
「むしろ比奈じゃない証拠しかねえ……」
俺は目の前の『比奈』を騙った人間に突きつける。
「まず、比奈はそんなに化粧を濃くしねえ! どんな仕事の時も自然に近いナチュラルな化粧しかしない! 次に身長! 比奈は底上げブーツとか履いてもそこまで身長高くならない! お次は手つなぎだ。本物の比奈なら人目があるところでは恥ずかしがって自分から手を握ったりとかはしてこない! するにしても視線を彷徨わせてチラチラこっち見て顔を赤らめてからするんだよ! あと特に違和感があったのはストラップを買ったときだな。いつもの比奈なら一回遠慮するはずなんだ。悲しいことにな。でもそれが俺達にとっては当たり前だったんだ。買ってやるよの一言でありがとうなんて図々しいこと言う比奈なんて想像もつかない。決め手になったのが今のバレンタインチョコの原材料の質問だ。梨花さんや恵ちゃんに聞いたけど、比奈はかなり試行錯誤してあれを完成させたんだ。苦労して作った思い入れのある手作り料理のレシピを忘れることなんてありえない! それが例え家にあった食材だとしてもな。特に比奈ならそういうことちゃんと確認するし。以上、お前が比奈じゃない証拠とやらを挙げたが、満足したか? してないなら、もっと――」
「……いや、もういいわ」
『比奈』は妖しい笑みを浮かべて止める。口調も変化して、もう自身が比奈じゃないことを認めていた。
「正解よ、高城和晃。まさかこんなに早く見破られるとは思わなかったわ」
「戯言はいい。あんた、比奈に成りすまして何をするつもりだったんだ。言っておくけど、彼女を騙ったからにはただじゃおかないからな?」
「威勢よしね。そんなあなたに免じて正体を明かしましょうか。私は――」
「お・ね・え・ち・ゃ・ん・?」
とてもドスの利いた声が場に現れた。
偽者の比奈の後ろには、これ以上ないくらい満面の笑みを浮かべた本物の比奈がいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「えーっと、つまり比奈につく悪い虫……俺のことを確かめようとわざわざ変装したってことか?」
「ええ、そういうことよ」
「お姉ちゃん? 人を騙しておいてドヤ顔なんかしていいと思ってるのかな?」
比奈が自分のお姉さんの耳を引っ張る。痛い痛いと喚きながらもお姉さんがほんの少し喜んでいるように見えるのは気のせいだと願いたい。
ちなみに比奈のお姉さんは今回、比奈に扮装するためだけに服をそろえたり、カツラを買ったりと入念な準備をしていたらしい。
「比奈は比奈でよく俺達を見つけられたな」
「家でお母さんが『あれ、比奈さっき出たんじゃないの?』って言っておかしいなって思ったんだ。だからツイッターで私の名前を検索して、私じゃない誰かがカズ君と一緒にいる様子の呟きを見て、それを辿りながらこうしてたどり着いたわけ」
なるほど。情報化社会を上手く活用しているな。
「全くお姉ちゃんは人の恋人にまで目をつけちゃって……」
「だってあの比奈の彼氏よ!? 心配にならない方がどうかしてるわ!」
「どういう意味かな、それ」
いや、今の言葉に関しては概ねお姉さんに同意だ。
「とにかく、ちゃんとカズ君に謝って」
「いつにも増して厳しいわね。……というわけでもう一度自己紹介するわね。私の名前は香月博美よ。比奈の実の姉ね。騙して悪いとは思ってるけど、さっきの兎のストラップなんかはグッジョブよ。あなたのこと少しは評価してやってもいいわ」
「お姉ちゃん?」
「痛い痛い痛い! 騙してごめんなさい本当に悪かったって思ってますもう二度とこんなことしないから許して許してお助けをー!」
なんというか、比奈は本気で怒らせちゃ駄目だと思った。常に笑顔で姉の耳を引っ張ることって早々出来ないと思う。
「ま、まあ比奈。お姉さんは一応比奈のことを思ってやってくれたわけだろ? やり方に問題ありすぎる気はするけど、そこは大目に見てやってもいいんじゃないか?」
「あのね、カズ君。この人を甘えさせると何一つ反省しないから……」
「流石私の妹ね! 私の性格よくわかってるじゃない!」
「お姉ちゃんの本棚の後ろに隠されてるダンボール、何なら処分してもいいんだけど?」
「待って! それだけはやめて! あの中には冬コミでゲットした数多の恋する男と男の薄い本が詰まってるのよ!? 私にとって命と比奈の次に大切なあれを捨てるなんてとんでもない!」
お姉さん腐ってる人なのね。
「処分されたくなかったらちゃんと反省してよね……」
比奈ははあ、と息をついてようやくお姉さんの耳を解放する。落胆したような顔には疲れが滲み出ているのが分かる。
「でもね、高城和晃が言ったように、私は比奈のことを思ってやったんだからね? ただでさえアイドルなんていう不躾で汚い目で見られるような職業なんだから。妹を想う姉として心配じゃない。アイドルなんてやってなくても比奈の場合悪い男に騙されそうな性格してるんだから……」
「いや別に私は……」
「俺、その気持ち凄い分かります」
お姉さんの言葉に深く賛同する。
「今だから言えることですけど、河北慶とのスキャンダル写真を始めて見た時は比奈が心配になりました。嫉妬も混じってたのかもしれませんが……。それでも本当に付き合うようになってから改めて思ったんです。比奈の周囲は他の誰かが目をつけていないと危ないと。比奈はとても優しくて純粋な子ですが、白すぎるんです。まるで汚れを知らない箱入り娘のようで、そんな彼女を俺が守っていかないとって!」
「あの、カズ君……?」
「よくわかってるじゃない!」
お姉さんにガシっと手を握られる。
「さっき私の正体を見破る時の熱演でも思ったけれど、あなたもよく比奈のこと理解してるわ。流石に私以上ってことはないでしょうけど、それでもここまで深く知れてるのは凄いわ! 彼氏としての及第点には達してるわね!」
「俺のほうこそ、お見それしました。違和感はいくつもありましたが、いやでも比奈ならありえるかもなんていうギリギリのラインを演じてたせいかチョコのことを聞くまで確信がもてなかったぐらいです!」
「いえ、本当は今日一日ばれないはずで――」
「……二人とも仲いいね」
比奈のそんな呟きを傍らに聞きながら俺達は二人で比奈談義を続けるのだった。




