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六話「練習デート」

「俺達二人に用だなんて、一体どうした?」


「それは……」



 直弘が珍しく言い淀む。


 バレンタインデーの翌日。直弘が俺と比奈の二人に相談があると言い出してこうして我が家の一室に集まっているわけである。

 それにしても俺と比奈に相談なんて……本当に何なんだろう。


 直弘は中々本題を口にしないので、彼の緊張をほぐすために別の話題を口にする。



「まあ、ゆっくりでいいさ。それよりも昨日はありがとな。お前が親衛隊を動かしてくれたお陰で色々助かった」


「私はその親衛隊っていう存在がまだ信じられないんだけどね……」



 隣にいる比奈が苦笑する。



「でもあいつら、直弘の指示で動いてたって言ってたけどその間直弘はどうしてたんだ?」


「それが相談内容に繋がってくるんだが……」



 俺が必死に走り回ってた頃、彼は彼で別の問題を抱えていたということだろう。



「……いい加減腹を括るとするか。実は……チョコを貰ったんだ」


「……え、そんだけ?」



 もっと深刻な内容かと思っていただけに肩透かしだ。



「チョコといってもただのチョコじゃない。その、本命のチョコを貰ったんだ」


「ほんとに!?」



 俺が驚く前に比奈が前に乗り出して反応していた。これがコイバナの力か。恐るべし。



「あ、ああ……。本当だ。俺も冗談かと思ったが、中に入ってたメッセージは本気っぽくてな。疑いようのない事実らしい」


「ちなみに誰から貰ったんだ?」



 直弘はメッセージに書かれていたという名前を読み上げる。



「あ、私その人知ってる。あまり目立つわけじゃないけど、頼りになって信頼できるいい子だって聞いたよ」



 俺も直弘が挙げた名前には聞き覚えがあった。大体は比奈の言う通りで、付け加えると結構可愛い。モテモテってほどじゃないが、少ない生徒から人気があると由香梨から聞いている。



「嬉しいことじゃんか。相談っていうのはどう返事したらいいかどうかってことだろ?」


「いや、返事だけなら俺一人でどうにかしたさ。実はメッセージは直接な告白じゃなくて、一度二人で遊びたいって内容でな」



 それは中々珍しいな。



「俺はそれを受けようと思うんだがそこで困ったことになってな。だから恋人の二人に相談……というより教えに貰いにきたんだ。で、デートっていうのを俺に教えてくれ!」



 直弘が手を前で合わせて頭を下げてくる。

 俺たちは一瞬呆気にとられる。



「デートか……。でも俺達も特別何かしてるわけじゃないしなあ」



 比奈と恋人になって一ヶ月半とまだ短いし、時たまデートらしきことをしても内容は女友達と楽しく遊んでいるようなだけで、デートって感じじゃない。



「俺はその特別じゃない何かもまともにしたことないんだ! 女の子と二人きりとかどないすればいいんだ!」


「何で方言混ぜた!?」



 しかしこいつが必死なのはよく分かる。



「だったら経験してみればいいんじゃないかな?」



 比奈がニコニコ笑いながら横槍を入れてくる。



「女の子を呼んで、予行練習やってみようよ」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 本日、比奈の提案による岩垣直弘の練習デートが行われる。数多もの練習相手候補から選ばれたのは……恵ちゃんでした。

 彼女が選ばれたのにはちゃんと訳がある。まず今回の練習相手に相応しい条件として、第一に直弘と顔見知りの女の子であること。顔も知らない相手とデートの練習なんて、チョコを貰った相手と二人で遊ぶことより遥かに難易度が高いだろう。第二に顔見知りではあるが親しすぎない子であること。結構同じグループで行動している由香梨や若菜ちゃんなどは互いのことを結構知っているため、練習として機能しない場合がある。

 それら二つの条件をクリアしたのが恵ちゃんだった。時たま一緒に遊んだりするが頻繁に会っているわけでもなく、関係もそれなりに良好程度でちょうどいいんじゃないかってのが俺と比奈の出した結論だった。

 というわけで先日比奈の方から恵ちゃんに連絡をし、直弘の練習相手になってやってくれないかと聞いてみたところ快諾された。

 

 そんな経緯で行われる今日の練習デートだが、俺と比奈はそれの見届け人だった。気にはなるけど二人の好きにしよう……と考えていたのだが、恵ちゃんが練習相手になる条件として俺達にデートの行方を見ていてほしいと提示してきたのだった。理由を訊ねるとまともなデートをしたことがないから不安で、二人が見ててくれると安心できるからとのこと。以前、俺と比奈と恵ちゃんでデートしよう、なんて言ってた時の彼女はどこに行ったのだろう。

 ちなみに直弘もこのことは把握しており、むしろ見ていてくれた方が俺としても助かるなんて言う始末。

 それらの事から少し離れた場所から二人を見守ることになったのだった。



「とはいっても二人の様子しか分からないけどな。会話が聞こえる距離じゃないし」


「あ、そのことなんだけど、これで解決だよ」



 今回の件に結構ノリノリな比奈が手の平に何か乗せている。変な機械にイヤフォンが付いているが……。



「これは?」


「かの有名なH&C社が出した盗聴器だよ」


「…………」



 比奈からさっと距離を取る。



「比奈さん、いくら気になるからって盗聴は倫理的にちょっと受け入れられないんですけど」


「待って! カズ君は何か勘違いしてる! 説明するから引かないで!」



 とは言われても疑心がちょっぴりあるので微妙に距離を空けて説明を聞く。



「えっと、この盗聴器は恵に渡された物なの。会話は逐一これで聞いてくれって。岩垣君にもちゃんと許可取ってるみたいだし」


「お願いだからそういう重要なことは先に言ってくれ」



 彼女は二人の友達のために犯罪的なことまでしてしまうのかと疑ってしまった。比奈ならやりかねないと思ってしまうところがまた怖い。

 そしてさらっと流されたがH&C社はこんなものまで出してたのか。日本どころか最近では海外でも有数な大企業の会社。事業拡大が進んでいると聞いていたがまさかここまでとは。



「あ、カズ君、恵がきたよ」



 比奈の指し示す方から恵ちゃんの姿を捉えた。

 腕時計を見る。うん、時間通りだ。先に集合場所で待機しているはずの直弘も確認する。よし、これで双方準備は整った。


 直弘と恵ちゃんが予定の時間に合流する。



「じゃあ盗聴器のスイッチ付けるよ」



 比奈が機械のスイッチを入れる。一つしかないイヤフォンを比奈と共有する形で耳にはめる。



『こ、こんにちは、直弘おに……きょ、今日はな、ななな直弘君だったね』


『お、おう。今日は頼むぞ、安岡……じゃなくてめ、めぐ……メグミ』


『こ、こちらこそよろしくー?』



「……大丈夫なのかな、これ」



 始まって数秒。たった三言で俺と比奈は不安のどん底に突き落とされるのだった。 



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 今回の件は俺達も出来る限りの協力しているが、今日のデートのプランなどはほとんど二人に任せている。一応今のところはそのプランどおりに事は進んでいるが……。



『い、いい所だな、やす……め、恵』


『そ、ソウダネー』



 二人は終始こんな感じだった。会話もそれほど多くないし、やっと口を開いたとしても長く続くことはない。



「あの二人、いっぱいいっぱいだね」


「ああ、変に意識しすぎていつもの調子を出せてないって感じだな」



 今日だけは互いに名前で呼び合ってみればと提案したのは俺だった。こうすることで少しでもデートの雰囲気を出せたらいいなと思ってたが、それが仇となったようだ。

 


「でもさ、今の二人を見てると凄く既視感が湧くんだよね……」


「多分それ既視感じゃないぞ。似てるんだよ。俺と比奈が公開恋愛を始めたばかりのデートに」



 あのぎこちない動き、喋り、噛み合わない二人……それはかつての俺達に酷似していた。あの時は自分視点だったからよくわからなかったけど、こうして外から見ると改めて分かる。これは酷い。そりゃあ宣言前の公開恋愛は失敗するわけだ。

 同時に内情を理解している今だからこそ分かることがもう一つある。このままだとマズい。練習が上手く行かず、自信を失う可能性がある。



「でも、今俺達が止めに入ったら、更に最悪な結果にもなりうるんだよな」


「あっちからしたら止められるぐらい酷かったのかって事だもんね。何にも出来ないことがこんなにも辛いだなんて……」



 かつてのマネージャーさんとかもこんな心境だったんだろうか。


 二人に介入できずにやきもきしたまま、時間は過ぎていく。やがて食事の時間となった。二人は適当な店を見繕って入店する。俺達も後から続いて店に潜入する。



『なんかドッと疲れた……』


『俺も……』



 休めたからか少し緊張が抜けたようだ。


 二人は水分を多めに取って何とか落ち着きを取り戻していた。さっきよりは幾分堅さが抜けたようで俺達も一安心する。



『今日は……ごめんね、直弘お兄ちゃん』



 恵ちゃんがしんみりとした口調で話し始める。



『学校の女の子に誘われたんだよね。そのために自信を付けさせるのが私の役目なんだろうけど……私が足を引っ張ってるせいで練習にすらなってない……』


『謝るのは俺のほうだ、安岡。そもそも今回の発端は俺が原因だ。別に他人を巻き込む必要はなかった。自分だけで解決すればよかったはずなんだ。それなのに安岡に嫌な思いをさせてるし、この会話を聞いてるあの二人にも心配をかけてる。俺は駄目なやつだ』


『……そんなことないよ。私が言うのもあれだけど、あんまり自分を卑下しちゃ駄目だよ』


『俺だってしたくてしてるわけじゃない。……丁度いい。今日を顧みて色々分かったことがある。安岡も、そしてこれを聞いてる香月と和晃も聞いてくれ』



 盗聴器越しに名指しをされる。俺達も息を呑んで彼の独白を聞き入れることにした。



『俺は今自分自身が恥ずかしい。修学旅行で、日々の生活を過ごしているうちに恋愛感情が芽生えたら俺なりに行動したいと言った。和晃は一度聞いてるはずだな。俺のその意向は今も変わらない。けど、一度女の子にチョコを貰ったら……どうだ。心を揺さぶられ、己の信念を貫き通せなくなってる。そう、俺は多分逃げてる、もしくは恐れてるだけなんだ。虚勢を張っているが、内では脆い。本当は俺だって恋だの付き合うだのに興味あるし、憧れている。けれどそれに近づくと急に怖くなって誰かに縋らないとやっていけない。助けを求めてもそれを生かせそうにもない。……偉そうにしてる割に実はこんなんだ。幻滅してもしょうがあるまい』


「直弘……」



 彼の言葉はとても共感できるものだった。全てが全てそうではないが俺だって似たような思いはどこかしらにある。それはきっと他の人にも言えることじゃないんだろうか。直弘は人一倍その思いを持っているだけではないか。



『……別にいいんじゃない?』



 しかし恵ちゃんは平然とした様子でそう言った。



『私も恋愛とかはあまりしたことないから説得力は薄いかもしれないけど。もし私が逆の立場だったら同じように考えてるだろうし。でもね、皆そうだと思う。恋に、自分の気持ちに全て確固たる自信を持つ人間なんていないと思う。皆、色々なものに恐怖や不安を感じて……時には自分の信念が折れることだってあると思う。でもそうして私達は生きてるわけだしね。直弘お兄ちゃんはそれがわかってるじゃん。自分の弱いところを理解してて、けれど納得してない。それはきっかけさえ掴めばどうにでもなる証だよ。今はただ弱気になってるだけ。自分を信じなって! お兄ちゃんに惚れてる女の子だっているくらいなんだから。もっと自信を持ってばいい男になるよ!』



 この席からだと二人の表情は見れない。けれど恵ちゃんが飛びっきりの笑顔を浮かべていることは容易に想像できた。



『……ありがとな、安岡。少し気分が楽になった』


『お礼を言うのは私の方かもね。なんか言いたいこと言ったらスッキリしちゃった。今なら何でも出来る気がする!』


『……そうか。俺も少し吹っ切れた。まだ時間はある。練習かもしれないけど……最後にいい一日だったって思えるよう頑張るか。付き合ってくれるな、恵』


『任せときなさい、直弘君!』



 どうやら二人は調子を取り戻したようだ。



「もう大丈夫そうだね」



 比奈はそう言って盗聴器の電源を落とす。



「いいのか、もう聞かなくて」


「少なくとも当分は大丈夫だよ。時間を空けて、時々聞くぐらいで十分だと思うよ」


「それもそうだな。俺達も休憩を兼ねて食事と行くか」


「うん、賛成」



 二人の様子にほっこりしながら俺達も食事にありつくのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 二人のことを見失った。少し休憩を長く取りすぎたようだ。

 先程の流れを見れば別にほっといても大丈夫な気はしないでもないが……一応二人を見届けるのが使命は全うせねばならない。

 というわけで俺と比奈は二人のことを絶賛捜索中だった。



「そうだ、盗聴器で二人の位置を探ることはできないか?」


「ちょっとやってみるね」



 比奈が再び電源を付ける。



『えーっと……直弘君どこ行ったの?』


「あっちもはぐれてる!?」



 何やってんだあいつら。まさかの似たような状況にため息をつきそうになる。

 


『お? 女の子がいるぞ? こんな所に一人で入り込むなんていけない子だねえ』



 盗聴器から複数の足音が聞こえたと思ったら次にこれである。



「か、カズ君、恵が……」


「ああ、分かってる。急いで見つけないと!」



 恵ちゃんが変な連中に絡まれている。ただでさえ彼女の容姿は実年齢の遥か下に見えるから、とても危険な状況に身を置かれているのが分かる。しかも相手は複数人。抵抗しても敵う相手じゃない。変なことをされる前に一刻も早く見つけなければ!



『君、どこから来たの?』

『え、えっと、その……』

『怯えるなって。別に取って食おうとしてるわけじゃないんだから』

『…………』

『おい、黙っちゃったじゃねえか。どうすんだよ』

『仕方ねえだろ。なら――』



 盗聴器から聞こえる会話はどんどん不穏なものになっていく。くそ、どこだ!? 間に合ってくれ!



「カズ君、あそこ!」



 人気の少ない小さな路地。そこに数人の柄が悪い男と小学生くらいのツインテールの少女が立っているのが見えた。



「いた! よし、今すぐ――」


「待ってカズ君!」



 彼女の元に駆けつけようとしたところを比奈が制止する。



「比奈!? なんで止める!? もう時間が――」


「あれを見て」



 比奈が指し示す先には直弘がいた。肩が上下しており、汗をかいている。彼も恵ちゃんを必死に探していたのだろう。

 直弘は路地から見えない所で深呼吸をしていた。それを終えると彼は路地に入っていき、



『か、彼女から離れろ!』


『ああ、何だお前?』



 男達に啖呵を切った。



『おいおい、こっちは親切に接してるんだぜ? なのにそんな悪人を見るような目しやがって。大体、何だよお前。この子のお兄さんだったりすんのか?』


『お、俺は――』



 直弘の声が震えている。男達の鋭い視線に恐怖を感じ、それでも負けないように彼は耐える。



『少なくとも今はその子の彼氏だ! だから彼女には触れさせない! 俺の彼女から離れやがれえ!!』


『あ? てめえ、何だその態度』


「カズ君!」


「おお!」



 何故比奈が止めたのか分かった気がする。お前は今立派な男だぜ、直弘。



「ストーップ!」



 路地に突入し、叫んで全員の動きを止める。



「直弘、今だ! 恵ちゃん連れて逃げろ!」


「あ、ああ。頼むぞ和晃!」


「わっ!」



 直弘が恵ちゃんの手首を掴んで路地から脱出する。



「あ、お、おめえは……」



 そして残された俺と男達であるが、彼らは何故か俺を見て変な反応をする。



「ん? あれ、まさかお前ら……」



 俺も彼らの顔を見て気づく。そう、こいつらとは一度会っている。去年の夏、比奈に絡んでいた男達。ある意味で俺と比奈を出会わせた原因である男達だ。



「お前ら……見た目小学生の女子にも手をかけようとするか……。一度は見逃したが、今回ばかりは――」


「お、おい!? よくわかんねえけどお前誤解してるぞ!? 俺達はただ迷子の子供を助けようとしただけで……」


「……は?」



 

「カズ君!」



 男達の説明を大体聞き終えたところで比奈がやってくる。



「大丈夫!? 二人は何とか無事に逃げ切れたみたいだけど……ってどういう状況なの?」


「ああ、いや……実はだな」



 彼らが言っていることはどうやら本当らしかった。突然路地に迷い込んできた女の子。まあ恵ちゃんなのだが。彼らは小学生が迷い込んできたんだなと勘違いしたらしく、声をかけて助けようとした。だが、普段小さな子供と接する機会がないからついいつもナンパする時のような口調になってしまったらしい。けど怯えている様子だったから仕方なくかがんで、慣れない優しい言葉で話しかけようとしたところに直弘が参上した。で、男達は直弘を女の子を追いかけ回していた不審者と勘違い。恵ちゃんも彼から逃げてきたのだなと勝手な認識に上書きしてああいった態度に出たらしい。その後の経過は知るとおりで語る必要はないだろう。



「お前らどんだけ不器用なんだよ!?」


「うるせえ! 勝手に勘違いしたのはお前達の方だろ!?」


「お前らだって直弘のことを勝手に不審者扱いにしてんじゃねーか!」


「あの女が高校生だなんて分かるか! 見た目が見た目なんだからしょうがねーだろうよ!」



 ギャーギャー騒ぐ俺と男達。この後もしばらく口論を続け、最終的には、



「私をカズ君と会わせてくれてありがとうございました」


『いえいえどーも』


「……え? 話飛びすぎだろ」



 何故か、比奈が男達に感謝を述べていたのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 結論から言うと二人の練習デートは概ね成功で終わった。

 あれから数日。本日、直弘はチョコを貰った女の子と街に繰り出した。で、先程帰還したらしく、結果報告を受けたところだった。



「はいもしもし」



 電話が来たのでそれに出る。着信の相手は、



『も、もしもし。お兄ちゃん?』


「おお、恵ちゃんか。どうした?」



 恵ちゃんだった。電話をかけてきた理由は恐らくあれだな。



『え、えっと、今日直弘く……直弘お兄ちゃんがデート本番だってことを聞いたんだけど』


「おお、そうだぞ。さっき直弘から電話でどうなったか教えてもらった」


『ほんとに? ど、どうだったの?』


「……デートの最後に直弘は告白されたそうだ」


『え、ええ!?』



 電話越しに恵ちゃんの動揺がはっきり伝わった。



『それで……?』


「今は付き合う気はない、だってさ。自分が決断したとはいえ、チャンスを無駄にしてしまったって笑ってた」


『そう……なんだ。よかったあ……』


「よかった?」


『な、何でもない。ただ練習相手を務めたからやっぱ気になっただけだよ』



 恵ちゃんがツンとしている様子が頭に浮かんだ。

 どうやら彼女、あの路地で直弘に助けられたことによって、あいつへの見方が大分変わったようなのだ。



「断った理由は何だと思う?」


『直弘お兄ちゃんのことだから、もっと親密になって俺が君のことを好きになったらもう一度告白する、なんて言ってそうだけど』


「うん、大体正解だ」



 直弘のことよくわかってるじゃないか。



「でもそれだけじゃないんだ。もう一つ理由があるんだ」


『え? 何それ』


「それはだな……直弘に直接聞いてくれ!」


『な、何それ!? 言っておいてそれは酷いよ! 気になるから教えてよー!』



 恵ちゃんがワーワー喚く。俺は笑って彼女の言葉を受け流す。


 そのもう一つの理由。直弘は相手の女の子にこう言ったそうだ。



『君と付き合えない理由はそれだけじゃないんだ。今ほんの少しだけど気になる女の子がいる。見た目は子供、頭脳は大人――そんな元気な女の子がな』



 二人の関係が恋に発展するかどうかはまだ分からないが……少なくともお互いの成長には繋がることだろう。二人が手を繋いで歩く姿を想像して妙に似合ってるな、なんて思いながら恵ちゃんを宥めるのだった。





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