五話「バレンタインデーパニック(後編)」
授業終わりのチャイムが鳴る。いつもは長く感じる五十分も緊急事態と重なるとその半分程度しか経ってないような気分になる。
「あ、高城君、さっき渡しそこねたチョコを――」
「ごめーん、はらいたいからかわやいってくるー」
ごめんなさい、倉橋さん。比奈のチョコを受け取る決意はしたが、他のチョコに構ってる余裕は残念だけどないんだ。
今日が終わったら誠心誠意謝罪するから、今だけは見逃してくれ……!
本日の休み時間は教室に留まる時間をなくそうと考えていた。チョコの気配のしない場所で過ごし、昼休みまで乗り切るつもりだった。
棒読みもそこそこに教室を抜け出して朝もいた校舎裏を目指して走る。
「止まれ! 高城和晃!」
そんな俺の前に立ちはだかる集団が現れた。皆、ハッピをワイシャツの上に羽織ってハチマキとうちわを持っている。それらにプリントされた画像は比奈の写真だけで構成されている。
「お、お前らは一体……!?」
「我々は香月比奈親衛隊! 貴様の足止めにきた!」
親衛隊だと……!? そんな、そんな……。
「そんなものがうちの学校にあったのか!?」
俺の知る限りそういった集団があるなんて伏線みたことない。
「我々は親衛隊といっても公開恋愛否定派だけの集まりだ」
「な、なんでそんなやつらが俺を止めるんだ?」
冷静に考えてみても彼らが俺を止める必要性はどこにもないはずだ。
「今迄我々は細々と暗躍していた。しかし、今日、我々の歴史は動く! 香月たんがいない今こそ憎き高城和晃に嫌がら……報復をするチャンスなのだ!」
「嫌がらせって言いかけたよな今!?」
つまり彼らは比奈を独占する俺に嫉妬しており、こうして妨害することで憂さ晴らししようということだろう。
「ええい、細かいことはいい! 皆の者、今こそ反旗を翻せ! あいつの口にチョコを詰め込め! そしてやつの首を討てええええ!」
親衛隊がうおおおおと雄叫びを上げる。彼ら一人一人が手に持つものは――チョコ。
全力でツッコミたいところだが、今は逃げないと!
身を翻して全力で駆ける。廊下は走ってはいけない決まりが言葉だけで機能していないことがこんなにも足枷になるなんて。今度、生徒会に意見出しとこう。
今の俺は朝のチョコのせいで体調及び体力は万全じゃない。一人だけなら何とかなりそうだがあの大人数をまくのはかなり厳しい。
このままではいずれ――
「カズ、こっちだ!」
そんな時、誰かが俺を呼ぶ。
声に導かれるまま声の主の方角へと進んでいく。がむしゃらに声の主についていって、何とか親衛隊全員をまくことに成功した。
「大丈夫かい?」
窮地に救いの手を差し伸べてくれた男――久志が安否を聞いてくる。
「ああ、大丈夫だ。けど久志、どうして……」
「朝からカズの調子がおかしかったからね。君の後を付いていったら親衛隊に追われていたし、ただ事じゃないなと思って」
親衛隊のことは知ってるのね。
「一体何があったんだ?」
「それは……」
話していいのだろうか。このことをバラしたら久志も騒動に巻き込まれることになる。
「……俺のことを案じているなら、遠慮願うよ。俺は君の味方だ。変に気負わなくていい。信じてくれ」
「久志……」
お前、顔だけじゃなくて心までイケメンか。
「分かった。久志には話すよ。実は――」
朝から今迄のことを説明する。
「……そんなことが……」
「ああ、折角のバレンタインデーがこんなことになるなんて……」
「まあ、愛されてる証拠だよ。とにかく事情を聞いたからには俺も協力させてもらうよ」
「ありがとう。助かるよ」
こうして一人の協力者を得て、最初の休み時間は終了するのだった。
【残り三時間】
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二回目の休み時間は久志と共に校舎裏にやってきていた。道中、親衛隊と出くわすこともなくここまでやってこれたのはラッキーだった。
「これが後二回……か。長い戦いになるね」
「付き合ってもらって悪いなほんとに」
「俺から申し出たことだ。さっきも言ったけど気負う必要は何もないから」
胸に感慨深い感情がせりあがってくる。仲間が一人加わるだけでこんなにも力が湧いてくるものなのか。孤独な時は比べ物にならないくらい気力も充実している。
「この時間は何事もなく終われそうだね」
「ああ」
携帯で時間を確認すると休み時間は残り五分。久志とのんびり喋っているだけでチャイムが鳴りそうだ。場所を移しただけで普通の休み時間とは何ら変わらない。ああ、平和って最高!
くだらないことに感動していると画面に菊池由香梨の文字が表示される。彼女からのメールのようだ。
『今すぐ逃げた方がいい』
メールにはこんなことが書かれていた。一体どういうことだ? 逃げた方がいいって……。
久志に聞いてみようと彼の方を見るが……そこで気づく。彼は不自然に通路の真ん中に立っている。校舎裏は幅が少ないため真ん中に立たれると間をすり抜けるのが困難だ。久志もそれを分かっているはずだ。なのに何故、退路を塞ぐようなことをしているのか。
由香梨から続けてメールが届く。
『もしも囲まれたならこの画像を彼女に見せて。それと次の休み時間は体育館の裏に来て』
画像を彼女に見せて……? 彼女とは誰のことだ?
分からないことだらけだがとりあえず添付された画像ファイルを見ようとして――背後から足音がしたのが聞こえた。
「お、お前は……」
「……怯えないで」
もう片方の退路を阻んだのは若菜ちゃんだった。手には包装された四角い箱を持っている。おそらくあれはチョコだろう。声を挙げそうになるのを抑えて、冷静に対処にあたる。
「なんで若菜ちゃんがここに?」
「……久保田君情報」
久志をキッと睨む。
「ごめんよ、カズ。君の味方をしたかったのは本心だ。けど好きな人が君にチョコを贈りたいといったなら、それを手助けするしかないだろう?」
「絶対もっと選択肢あっただろ!?」
久志は悪人のように笑う。あいつ、あんな邪悪な笑みも出来るのな。それも妙にはまってるから困る。
「若菜ちゃん。気持ちは嬉しいけど、今は気分が優れないんだ。また今度の機会にってことで手を打てないか?」
若菜ちゃんに向き直って妥協案を提示する。しかし彼女は首を振った。
「……今日は特別な日。今日渡せなかったら意味がない。何を怖がっているかはわからないけど、美味しいのは保証する」
若菜ちゃんの料理スキルを疑ってるわけじゃないんだよ。甘いものを今日はもう食べたくないだけで。文句の方は沙良さんにお願いしますいやマジで。
「カズ、若菜さんが折角作ってくれたチョコだ。……食べないと酷いぞ」
別方向からも若菜ちゃんを支援する声が飛んでくる。ええい、四面楚歌か!
この休み時間ももうすぐ終わるはずだ。一瞬でも二人のうちどちらかを出し抜ければ凌ぎきれる。
先程譲り受けた由香梨の画像……それが何なのかはわからないけど、使わせてもらうぞ。
「チョコを受け取る前にこれを見ろ、若菜ちゃん!」
画像を開いて、携帯を若菜ちゃんに見せ付ける。それを見た若菜ちゃんは一気に顔を赤くして固まってしまう。
「今だ!」
「あ、こら待つんだ!」
動かなくなった若菜ちゃんの横をすり抜ける。久志が追いかけてくる気配がするが、その前にタイムリミットが訪れるだろう。
ほどなくしてチャイムがなり、二回目の攻防は事なきを得た。それにしても由香梨はどんな画像を送ってきたんだろう……。
【残り二時間】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「来たわね」
三回目の休み時間。体育館裏にいくと由香梨がいた。
「由香梨のお陰でさっきの時間は助かった。ありがとな」
「ま、幼馴染が困ってる様子だったしね。これぐらいで感謝されるなら儲けもんだわ」
彼女にとっては些細な助太刀らしかった。幼馴染を持っていて本当によかったと思う。
「でもどうして俺が困ってるって分かったんだ?」
「いやあんた、朝からおかしいって誰が見てもわかるでしょ。それでたまたま窓からあんたの姿が見えてそれでね」
確かにあきらさまにチョコから逃げてたしなあ……。
「でもどうしてあんな異常な様子だったの?」
「いやー……朝から特大サイズのチョコを食べてな。人間サイズはちょっと無理があった」
「……それは凄いわね」
「ああ、お陰で嫌というほどあいつの想いは伝わったよ」
「流石沙良ね」
だよなあ、と同意しようとしたところで違和感に気づく。俺はそのチョコを沙良から受け取っただなんて一言も言ってないはずだ。
由香梨から距離を取り、慎重に話しかける。
「由香梨、お前どうして沙良が贈ったって知ってるんだ……?」
彼女はあ、やっちまったという顔をする。しかし開き直ったのかすぐに妖艶な笑みを浮かべて懐から包みを取り出す。
「ばれちゃったら仕方ないか。和晃、あんたには私の作ったチョコを食べてもらう」
「なんで……。お前も敵なのかよ!」
由香梨の言葉だけは嘘がないと思っていた。長年付き合ってきて、彼女との信頼は誰よりも強固なものであると信じていた。どんな時でも彼女は俺に味方してくれるという考えは甘かったっていうのかよ……!
「私はいつでも幼馴染の味方よ。でも幼馴染はあんただけじゃないわ。沙良も大事な幼馴染よ。だから私は今回、沙良に付くって決めたの」
「屁理屈だあ!」
もう何でもありなのかな。
「というか、由香梨が俺にチョコ渡す必要はないんじゃないか!? 沙良がものすごいもの食べさせて俺がまいってるってのは分かってるんだろ!?」
「でも沙良が由香梨もちゃんと和晃にチョコ渡すんだよって言ってきたから」
「言っちゃあ悪いが、口約束なんだから無理に遂行する必要ないし。それにそもそも、新しい恋を探す努力をしてるんじゃないのかお前は!?」
相手の弱みにつけこんで揺さぶるクズです。ごめんなさい。けどこうしないと私の命も脅かされるので今だけは見逃して欲しい。
「だ、だって……」
「だって?」
予想通り由香梨は言葉を詰まらせる。しかしどうしてか彼女は顔を赤らめて視線を横に逸らす。
「その……一応好きな人ではあったし、喜ぶ姿を見たいなあ、なんてちょっと思ったりしたわけで。た、たまには私だって和晃に何かしてあげたいなあとも思ったり思わなかったり……」
「……へ?」
意外……それはデレ! 急に恋する乙女のリアクションを取る彼女。不意打ちすぎて俺も思わずドキリとしてしまう。
「え、ええい! とにかくお手製のチョコを食べやがりなさい!」
包装したままの四角いそれを手に持って、口めがけてつっこんでくる。反応が遅れた俺は成すすべなく――口に入りかけた所でチャイムが鳴った。
「……ここまでね」
由香梨は手を引っ込めてチョコをしまう。
「その、こんなことを言うのもなんだけど、いいのか由香梨?」
彼女の後姿に話しかける。
「……この時間はね。次はお昼休み。時間も今の数倍あるわ。その時は容赦しないから」
彼女は颯爽と身を翻して教室に歩き始める。俺もその後を追い始める。
少し複雑な思いを残して……ついに最後の時間を迎えることになる
【残り一時間】
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
実はもう大分まいっていた。
繰り返される激しい攻防。次々とその本性を見せていく親友達。単純に体調が悪くなっていってるのもある。
しかし、あともうちょっとであいつが……比奈がやってくるんだ。その時まで俺は諦めない!
「いたぞ!」
「いた!」
「いたわね!」
最後の休み時間である昼休みは一時間近くある。なので彼らも本気でこちらを捕まえにきているようだ。
というか、体力が割とやばい。精神だけじゃなく、肉体的にも酷使していたからその波が押し寄せてきたんだろう。
「ついに――追い詰めたぞ」
自然と足が遅くなった所をつかれて先回りされる。王手に持ち込んだのは親衛隊の皆様だ。
「俺はお前らに捕まるわけにはいかない。俺は比奈のチョコを食べなきゃいけないからな……!」
「それを阻止するのが我々の役目だ。皆のもの、行けー!」
あちらは複数人で、こちらは一人。逃げ道も退路もない。ここまでなのか――。
「高城和晃を支援しろー!」
ワー、とこれまた大人数の集団が現れて親衛隊の連中を押し返す。謎の集団は親衛隊と同じように比奈の写真がプリントされたアイテムを持っているが、決定的な違いはその中に何枚か俺の姿も映っているということ。
「すいません、遅くなりました。我々は香月比奈親衛隊の公開恋愛肯定派です!」
そうか、否定派がいるならその逆も当然あるよな。
「でも何で今頃になって……?」
「隊長の支持が遅れていたようです」
隊長? このグループのリーダーか。
「隊長――直弘さんがあなたを支援するよう号令をかけました。私達はあなたの味方です。どうかご安心を」
そういえば直弘がいたな。あいつのこと構ってる暇がなかったから忘れていた。
「ここは任せて行ってください。比奈さんのチョコを、私達の分まで味わってきてください!」
「ああ、わかった。すまない!」
親衛隊が攻防を繰り広げる横をすり抜けていく。目指すべきは校門だ。あそこで比奈を待つ。
「けれどそうは問屋が卸さない!」
「ここまでよ!」
だが行く手を阻むのは親衛隊だけではない。前の道を塞いだのは由香梨に久志。後ろは若菜ちゃんがちゃっかり立っている。
この三人を突破するのは至難の技だろう。しかし、親衛隊に助けられてここに来た。彼らの想いを無駄にしないためにもどうにかしたいが……。
「梨花! 後ろを頼む!」
「任せて!」
その時聞きなれた二つの声が場に乱入してくる。
「な……。祥平に梨花ちゃん!? どうしてここに!?」
「先輩の様子が朝からおかしかったんで心配してたんですよ。それでようやく姿を見かけたと思ったら色々な人に囲まれてるし、とにかく助けた方がいいと思いまして!」
「私は祥平君についていっただけですから。先輩を助けるためじゃありません。勘違いしないでくださいよ」
「二人とも……」
俺は一人だ、なんて言ってた自分を叱ってやりたくなる。俺の周りには仲間が……素晴らしい人達がたくさんいるではないか!
「先輩、感慨に浸っている暇があったらとっとと行ってください! 比奈さんのチョコを受け取るんでしょう!? 私は比奈さんが先輩のためにチョコを作る姿を見てるんです。食べてあげなかったら怒りますからね!」
「俺には事情がさっぱり分かりません。ですが、これだけは言わせてください。ここは俺達に任せて先に行け!!」
祥平、お前結構漫画好きなんだな。
「無事でいてくれよ、二人とも!」
対する俺もお約束の言葉で返し、その場を離脱する。
障害は全て乗り越えた。あとは比奈と邂逅するだけだ。何も阻むものはいない。俺は自由なん――……!?
突然、グニャリと視界が歪んだ。気づいた頃には体が床に横たわっていて。体力の限界が訪れたのだと悟る。
ここまで来たというのに、後一歩届かなかったようだ。ああ、くそ、こんなのってないぜ……。世に対する理不尽を恨みながら静かに意識は沈んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あ、カズ君起きた?」
ぼんやりした視界に映り込むのは白い天井やカーテン、それに……。
「……比奈?」
「おはよう、カズ君。具合は大丈夫?」
「まあ何とか。それより一体ここはどこだ? 何があったんだ?」
「あ、まだ本調子じゃないんだから、無理して起き上がっちゃ駄目だよ」
上半身だけで起き上がろうとするのを比奈に止められる。
「ここは保健室。カズ君は疲労で倒れちゃってここに運ばれたの。私、凄くビックリしたんだから。意気揚々と学校に来たらカズ君が倒れてるんだもの。……何ともなさそうでよかったよ、本当に」
比奈は本気で俺のことを心配してたようだ。強張っていた彼女の顔の筋肉がほぐれたように見えた。
「心配させて悪かった。もう大丈夫だ。それより、おこがましいかもしれないけど……俺、比奈の作ったチョコを食べたい」
「ええ、今ここで?」
頷く。この半日、彼女のチョコのためだけにがむしゃらに走り抜いたんだ。保健室が飲食禁止でも、今だけは掟やしがらみといったものから解放されて目的を果たしたい。
「うー……わかったよ。でもあまり期待しないでね?」
そう言って彼女は二つの袋を取り出し、その片方からウズラ卵サイズのチョコを手渡してくる。受け取った瞬間、鳥肌が全身に立つなど体中が警告するが無視する。
彼女のチョコは見た目は生チョコのように見える。けれど実際は見た目だけなようだ。口に放り込んで咀嚼する。
「……美味しい」
驚いた。食べるのに凄く苦労しそうだったのに、あっさりと飲むことが出来た。
「本当に? よかったー……」
「で、でもこれ、何で……。比奈、一体どんな工夫をしたんだ?」
「カズ君のことだから私が来るまでに一杯チョコを貰ってるだろうし、それに昼食を食べた後かもしれないから発想を変えてみたの。まず、甘いチョコじゃくて苦いチョコレート……ブラックチョコで作ることにしてオリジナル要素として少しお酒を入れて、風味を出して。後は簡単に食べやすいように一口でも食べられるサイズで作ったんだ。生チョコ風にするのが一番難しかったかな」
比奈はやはり天界から召されたお方じゃなかろうか。ここまで頑張ってきて良かった。こんなにも美味しいチョコに出会えるなんて……しかもこのチョコを俺が独占していいなんて。神様ありがとう!
俺が神に感謝を捧げている間、比奈はどうしてかキョロキョロ首を回していた。それを終えると彼女は小さくガッツポーズをして「よ、よし」と気合を入れていた。
「ね、ねえカズ君、横になったままじゃ食べにくいだろうから、その、あ、あーんしてあげる」
「…………」
比奈をものすごく抱きしめてやりたい衝動に駆られた。ベッドに横になっていなかったら問答無用で顔を真っ赤にする彼女を胸におしつけていただろう。
彼女はチョコを一つつまんで恐る恐るといった感じで口に近づけてくる。口をだらしなく開けて、その中にほろ苦い甘さが訪れるのを待つ。
「ああ、やっぱり美味い」
チョコはほろ苦いのに、俺達がやっていることは外から見れば甘々だろう。ご馳走様でしたはいはい、なんていうんだろうな。
「俺なんかのためにありがとな、比奈」
「ううん、いつもお世話になってるしね。それに恋人として純粋にこういうことしてあげたかったし……また今度機会があったらお菓子とか作ってみるね」
何て健気な。比奈は絶対いい奥さんになる。
「なあ、残りも全部食べさせてくれ。実は昼飯食ってなくて腹減ってるんだ」
「うん、分かった」
それ以上に比奈の手作りチョコを一から十まで堪能したかったっていうのもある。笑顔の比奈に見られながら至福の時を満喫する。
「そういえばもう一つの袋は?」
「あ、これは……」
比奈が苦々しい表情を浮かべる。まさか……。
「失敗作?」
「そうじゃないけど」
「じゃあクラスの皆用?」
「それは別にあるけど……」
「なら食べても構わないか?」
「え、そ、それは――」
比奈が作ったものなら例えどんな失敗作でも胃に収めたかった。今の俺は食欲が愛情と一体化している。袋から取り出せたのは丸い普通のチョコに見える。俺は躊躇いなくそれを口に入れた。
「――恵が作ったチョコなんだけど……」
「……何?」
恵……ちゃん? かつての彼女のクッキーを頭に思い浮かべ――同時に俺の中で何かが爆発した。
「カズ君? カズ君!?」
恵ちゃん、また懲りずにこんなものを……!
比奈が俺のことを呼びかける。俺は最後の力を振り絞って彼女の頬に手を当てる。
「比奈、俺、俺……我が生涯に一片の悔いなし……!」
「それ言いたかっただけだよね!?」
ガックシと首を落とし、意識を失った。
――こうしてバレンタインという特別な日は幕を降ろしたのだった。
二月七日に一周年を迎えます。
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※締め切りは二月七日までとなります。




