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第九十二話:彼方の空と募る想い

山本嘉位やまもと かいが海外へ旅立ってから、季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。蓬田香織よもぎだ かおりは、彼の声が録音されたキーホルダーと、わずかなメッセージを支えに、彼の帰りを信じて待っていた。学校生活、八重やえとの時間。すべてが、彼がいない寂しさを紛らわせるものだった。


彼の席は、空席のままだった。もう、彼の姿を学校で見かけることはないのかもしれない。クラスメイトたちは、彼のことに触れることもなくなった。まるで、最初からそこにいなかったかのように。しかし、香織の心の中には、常に彼の存在があった。


放課後、香織は八重と一緒に、彼の家の近くの公園に行くことがあった。高い塀に囲まれた、立派なお屋敷。そこは、香織にとって、遠い世界のように感じられた。彼の家は、今、どうなっているのだろうか。彼は、遠い国で、どうしているのだろうか。婚約者と一緒に。


不安は尽きない。しかし、香織は、彼の声が録音されたキーホルダーを強く握りしめた。彼の苦しそうな声、そして、必ずまた戻ると言ってくれた言葉。それは、香織の心に、消えない希望の灯火を灯していた。


夜、自室で一人になると、香織はキーホルダーの彼の声を聞いた。彼の声を聞くたびに、彼の存在を近くに感じることができた。それは、香織にとって、何よりも心強いことだった。


「…山本君…元気にしてるかな…」


香織は、遠い空を見上げた。同じ空の下に、彼がいる。しかし、二人の間には、海と、そして、彼の家の壁が立ちはだかっている。


彼のいない日常は、寂しいけれど、香織は、彼の帰りを信じて待つことを決意していた。彼が、困難な状況を乗り越えて、必ずまた連絡してくれると信じている。


放課後になり、香織は裏門で「かい」に会うことも、メッセージを送ることもできない。彼の世界は、香織には見えない、閉ざされた扉の向こうにある。


香織は、手に握りしめたキーホルダーをそっと触った。小さなスマートフォンの形。そして、四つの「i」。彼の声が録音された、あの特別なアイテム。そして、千佳からのメッセージ。それだけが、彼との繋がりを示す、唯一の証だ。


不安は尽きない。しかし、香織は、彼の声を聞けたこと。そして、彼が香織のことを諦めていないと、千佳を通して伝えてくれたこと。それを信じている。


ライバルたちの攻撃は、香織の心を傷つける。しかし、それは、香織の彼への想いを、さらに強くするものだった。困難な状況の中で、彼の愛を信じ、彼の帰りを待つ。それが、今の香織にできることなのだ。


波乱は、まだ続いている。ライバルたちの影が、香織の周りを付きまとう。そして、彼との間に立ちはだかる、見えない壁。しかし、香織は、彼との再会を信じ、希望の灯火を消さない。


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