第四十五話:突然の訪問者と波乱の予感
山本嘉位と高級車に乗り、彼の家へと向かう蓬田香織。車内は静かで、エンジンの音だけが微かに聞こえる。香織は、隣に座っている「かい」の横顔をちらりと見た。彼の姿は、どこか大人びて見え、香織の心臓をドキドキさせる。
やがて、車は閑静な住宅街に入り、大きな門の前で止まった。門の向こうに見えるのは、まるで城のような、立派なお屋敷だ。ここが、「かい」の家。山本財閥の御曹司である彼の家。
門が開けられ、車はお屋敷の敷地へと入っていく。広い庭園、手入れの行き届いた植木。すべてが香織の知っている世界とはかけ離れていた。
車がお屋敷の玄関前に止まり、「かい」が先ら降りて、香織のためにドアを開けてくれた。
「ようこそ、僕の家へ」
「かい」は優しく微笑んだ。香織は、緊張しながら車を降りた。
玄関ホールの広さと豪華さに、香織は思わず息を呑んだ。高い天井、磨き上げられた床、そして、壁には見たこともないような高価そうな絵画が飾られている。まるで、美術館かホテルのロビーのようだ。
「かい」は香織の手を取り、優しく微笑んだ。「メイドたちが、すぐに案内してくれるよ」
その言葉通り、数名のメイドたちが香織たちの元へやってきた。皆、制服をビシッと着こなし、礼儀正しく挨拶をする。その中に、香織が修学旅行の夜に電話越しに声を聞いた、猿飛千佳の姿もあった。千佳は、香織に気づくと、会釈をした。
「お坊ちゃま、お待ちしておりました」千佳は「かい」に声をかける。
「ただいま、千佳さん。蓬田さんを、応接間に案内して」
「かしこまりました」
千佳は香織に優しく微笑みかけ、「こちらへどうぞ」と香織を応接間へと案内した。応接間もまた、豪華絢爛で、香織は落ち着かない気持ちでソファに座った。
「かい」は、「すぐに飲み物を持っていかせますね」と言って、応接間を出て行った。一人になった香織は、周りの豪華さに圧倒されながら、彼が飲み物を持って戻ってくるのを待った。
数分後、ドアが開く音がした。しかし、入ってきたのは「かい」ではなかった。
そこに立っていたのは、香織が知っている人物。しかし、この場所で、このタイミングで会うとは全く思ってもいなかった人物だった。
山本楓。「かい」の妹だ。
楓は、香織の姿を見ると、一瞬だけ驚いたような表情になったが、すぐに冷たい微笑みを浮かべた。
「まあ、こんなところで何をしていらっしゃるのかしら、蓬田香織さん」
楓の声は、どこか挑戦的な響きを帯びていた。香織の心臓が、ドクンと大きく跳ねる。なぜ、楓がここに? 「かい」は、誰もいないと言っていたのに。
「あ、あの…」香織は戸惑いながら言葉を探す。
「お兄様は、蓬田さんがいらっしゃるとは、何も仰っていませんでしたけれど?」
楓は、ゆっくりと香織に近づいてくる。その瞳には、香織に対する明確な敵意が宿っているように香織には感じられた。
「…お兄様とは、お約束をしていて…」香織は震える声で答える。
「お約束、ですか。ふふ、一体どんなお約束かしら?」楓は香織の周りを回りながら、香織の全身を値踏みするように見る。「お兄様が、あんなに夢中になっている、ユニークアイテムな女子、ですものね?」
ユニークアイテムな女子。八重が面白がって言っていた言葉を、楓は皮肉たっぷりに口にした。香織は、顔を赤らめながら、何も言えなくなる。
「ねぇ、蓬田さん。お兄様に、近づかないでくださる? お兄様は、私が守るべき人なの。あなたのような、地味な女の子に、汚されてはいけないのよ」
楓の声は、冷たく、そして容赦がなかった。香織は、その言葉に胸を抉られるような痛みを感じた。地味な女の子。汚される。彼女の言葉は、香織の心を深く傷つけた。
その時、ドアが開く音がした。「かい」が飲み物を持って戻ってきたのだ。彼は、応接間に楓がいることに気づくと、驚いたような顔になった。
「楓! なんでここにいるんだ?」
「あら、お兄様。私のお屋敷に、私がいては悪うございますかしら?」楓は、甘えた声で「かい」に寄り添った。
「かい」は、楓の態度に何かを察したようだった。彼は、香織の顔を見て、楓の顔を見た。二人の間に流れる張り詰めた空気に気づいている。
「楓、蓬田さんは、僕のお客様だ。失礼なことをするな」
「かい」は、楓に少し厳しい声で言った。しかし、楓は全く怯む様子がない。
「あら、失礼だなんて。ただ、お兄様が、どんな方とお付き合いをされているのか、気になっただけですわ」
楓は、香織に挑戦的な視線を向けた。香織は、二人のやり取りを傍で見ながら、このお屋敷に、そして「かい」の世界に足を踏み入れてしまったことを後悔し始めていた。楓の存在は、香織が思っていた以上に、二人の関係にとって大きな波乱となるだろう。
(つづく)




