第四十二話:日常への帰還と秘密の繋がり
修学旅行から帰宅した翌日、蓬田香織は、いつもより少しだけ緊張しながら和井田学園の門をくぐった。見慣れた校舎、行き交う生徒たち。すべてが修学旅行前と同じなのに、香織自身の心は、この数日間で大きく変化していた。山本嘉位の恋人になった。その事実だけで、香織の世界は輝きを増していた。
教室に入ると、八重がいつものように明るく声をかけてきた。「かおり! おかえり! 修学旅行、楽しかったー?」
「ただいま、八重! うん、楽しかったよ!」香織は笑顔で答える。八重と修学旅行の思い出を語り合いながらも、香織の心は常に「かい」のことを考えていた。学校で、彼とどう接すればいいのだろうか。周りの目を気にしながら、彼と恋人同士として自然に振る舞えるだろうか。
一時間目の授業が始まる前に、教室に「かい」が入ってきた。彼の周りには、すぐに生徒たちが集まり、修学旅行の話題で賑わう。香織は、遠くから彼を見つめることしかできなかった。彼も香織に気づいたようで、一瞬だけ視線が合った。その時、彼の顔に浮かんだ微笑みは、他の人には分からない、二人だけの秘密の合図だった。
授業中、香織は時折「かい」とおもむろにノートに名前を書き綴ずった。「かい」の事を考えながら、次第に文字は大きくなっていく、ハートマークばかりのノート。休憩時間になり廊下に出ると、彼の教室では、すぐに彼の周りに人だかりができる。特に、彼の班が同じだった美少女、桜井さんが、積極的に話しかけているのが見える。
香織の心に、またしてもチクリとした痛みが走った。修学旅行中、彼は桜井さんのことを「大切な友達」だと言ってくれた。彼の言葉を信じたい。でも、二人が楽しそうに話している姿を見ていると、不安になってしまう。
昼休みになり、香織は八重と一緒に食堂へ向かった。食堂は多くの生徒で賑わっている。「かい」たちが座っているテーブルを見つけると、そこには桜井さんも一緒にいた。二人は楽しそうに笑っている。
(やっぱり…気になる…)
香織は、自分がこんなにも嫉妬深いのかと、少し驚いていた。彼のことを好きになればなるほど、周りの女の子たちが気になってしまう。
八重は、香織の視線の先に気づいたようだ。八重は何も言わずに、香織の手をそっと握った。その優しさに、香織は救われる。
昼食後、香織はトイレに行くふりをして、こっそりと「かい」にメッセージを送ることにした。修学旅行中に彼がくれたキーホルダーは、家に置いてきた。しかし、彼との連絡手段は、スマートフォンのメッセージや電話がある。
トーク画面を開き、メッセージを入力する。何を伝えようか。桜井さんのことが気になっている、と伝えるべきだろうか。それとも、ただ、彼に会いたいという気持ちを伝えるべきだろうか。
香織は、少し悩んでから、短いメッセージを送った。
「あの…昼休み、どこにいますか…?」
送信ボタンを押すと、香織の心臓はドキドキと鳴り始めた。彼からの返信は来るだろうか。そして、返信が来たとして、彼に何を話せばいいのだろうか。
数分後、既読がついた。そして、すぐに返信が来た。
「今、食堂だよ。どうしたの?」
彼の返信に、香織は少しだけ安堵した。彼は、自分のメッセージにすぐに気づいてくれた。
「あの…ちょっと、山本君に会いたくて…」
正直な気持ちを伝えると、すぐに返信が来た。
「ほんと!? 嬉しいな。でも、今、周りに友達がいるから…」
(やっぱり…周りにいるんだ…)
香織の心に、またしても影が差す。彼が周りの目を気にしていること、そして、彼と一緒にいる友達の中に、桜井さんがいること。
「今日の放課後、少しだけ会えるかな? 話したいことがあるんだ」
「かい」からのメッセージに、香織の心臓が大きく跳ねた。放課後。彼と二人きりで会える。
「はい、大丈夫です」
香織は急いで返信した。昼間の不安な気持ちは、彼のメッセージによって、少しだけ和らいだ。彼に会える。それだけで、香織の心は満たされた。
日常に戻ったけれど、彼との関係は、香織の日常に新しい彩りを加えていた。それは、周りの目を気にしながら、秘密のメッセージを送り合う、少しだけスリリングな、そして愛おしい時間だった。




