１コマ目　気絶

「『龍落とし』……………ガフゥ！？」

『早すぎるな。もう少しタイミングは遅らせた方が良いだろう』

「分かりました『龍落とｓ、ギャフンッ！」

『今度は遅すぎるな。もう少しタイミングを見た方が良いだろう』

「りょ、了解です………」

休憩時間に『龍落とし』のスキルを繰り返し使用し練習する伊奈野。

スキルの成功するタイミングがかなりシビアであるためなかなか成功しないが、ごくまれに成功するとそれだけでゾンビは消し飛ぶ。

これが成功するようになれば何かしらの転職条件の達成につながるだろうと考えているわけで、伊奈野は特訓を繰り返し続けた。

……………というわけではない。

ここで否定されるのは特訓をしていることではなく動機の方、転職の条件を満たすためにということが間違いなのだ。

まあおまけ程度に考えていないわけではないが、ほとんど考えてないのと同じ程度。では何を目的にこのようなことをしているのかというと、

「これで時間稼げるんですよね？」

『うむ。たいていのものならば成功させるだけで即死か大けが。たとえボスクラスの相手でも攻撃を強制中断させて、一瞬にはなるかもしれんが動きを止められるはずだ』

時間稼ぎのため。

しかも、相当な強さの相手でも時間を稼げるようにするためである。

なぜわざわざそんな戦闘のことなど考えだしたのかと言えば、それには数日前の天使襲来が関係していた。

（あの時は天使１体だけだったけど、あれだけで終わるとは限んないよね。この間の戦闘の様子を見る限りあの天使が１０人くらいいるだけで街は滅びそうだったし、私も身を守る手段くらい持っておかないとマズいよねぇ）

ということなのである。

日本サーバの街がいつ攻撃されるのかわからなくて不安。であるならば今いるサーバのダンジョンに引きこもっておけばいいかと思えば、ダンジョンはすでに住民たちに発見されていていつだれが攻略してしまうかもわからないので不安。

そう言ったこともかんがみて、少しでも自分が安全な場所に行くまでの時間などを確保するために敵の攻撃を中断させて時間を稼げる『龍落とし』を成功させられるように鍛錬しているのだ。

元々は盾を使ったパリィをする予定だったのだが、

「何も持たずにスキルだけでできるのは良いですよねぇ」

『うむ。使いこなせるようになれば相当なものになるな』

『龍落とし』のその有用性を知れば、パリィがどうこうなんて言ってられなくなった。何も持たずに相手の攻撃をキャンセルできて、さらに相手が弱ければ数秒硬直させられるというのだから使わない理由がないのだ。

パリィを選んでいた場合はただ攻撃をはじいて相手に一瞬隙を作らせることができるくらいで、こうはいかなかっただろう。

さて、そうして『龍落とし』をこまめに鍛えている伊奈野だが、そのことを別に隠すことはしていないためすでに日本鯖にいる弟子の魔女さん達にも知られており、

「どうですか、進捗の方は」

「ん～。あんまりうまくいってないですね。タイミングがかなりシビアなので」

「まあそうですよねぇ」

雑談の中で『龍落とし』の進捗状況に関しても話が出てくる。

そこから話は展開していき、

「やはりこの町の防衛能力にも見直しが必要なのかしら」

「どうでしょう。天使族が攻めてくるとはあまり思えませんが」

「例の大天使の派閥や人望にもよるでしょうね。派閥によってはなめられたままでは終われないという場合もありますし」

「天使族の基本的な特徴から考えるとなさそうじゃない？不干渉が原則でしょ？」

伊奈野そっちのけで４人が天使族は攻めてくるのかどうかということを話し合う。

何度かこの議論は行われているが天使族の内情にあまり詳しい者がいないため結論は出ず、現在の防衛体制の欠点などが数回見つかる程度で終わった。

「………まあただ、しばらくはそこまで危険になることはないと思いますよ」

「そうなんですか？」

「はい。この間は偶然が重なってほとんど人がいなかっただけですし」

「まあそれはそうなんですけど、狙ってやってくる相手もいるかもしれないじゃないですか。そういう状況になるように誘導してきたりとか」

「うっ。それを言われてしまうと……………」

天使から攻撃を受けた件もあって、伊奈野はあまりこの町の防衛体制を信用できていない。人が戻ってきても、信用できないのは変わらないのだ。

（前に海外鯖で宗教勧誘少女ちゃんが結界を張ってた時も結局駄目だったからな～。ミサイルに耐えられないとか言ってたし。宗教勧誘少女ちゃんの結界がどれくらい強いのかは分からないけど、街に張られてる結界があの結界以下の力しかないってあんまり考えにくいでしょ？となると、その結界を一撃で壊せる天使って相当な強さなんだよね～。つまりあれだけ撃ち込まれたミサイルと同程度の攻撃力ってことだし）

「緊急時でしたら、騎士団も魔法使いも協力できますし問題はないと思うんですけどねぇ」

「あぁ。普段は仲が悪いんでしたっけ？」

「そうなんです。ただお互い協力すれば相当な戦力にはなるはずですから。たとえ天使が１００人くらい来ても耐えられると思うんですよね」

「ん～。手を取り合って、みんなで１つになれば怖くないってことですか」

「まあそんな感じでｓ、」

伊奈野の微妙に納得できていないような声で出された言葉を肯定しようとして。

その途中で魔女さんの言葉が途切れる。

魔女さんは伊奈野の前でゆっくりと前に倒れていき、

「ま、魔女さん！？」

伊奈野が肩を支える。

しかし、反応はない。呼吸や拍動はあるため今すぐ命に別条があるような状況ではなさそうだが、危険そうな状況であることは間違いなかった。

「寝てる？それとも気絶？」

「な、何でしょう？」

「睡眠薬でも飲まされたのでしょうか……………」

伊奈野が魔女さんの体を支えながらどうなっているのかと困惑し、司書さんやうるさい人も首をかしげる。

それから、とりあえず伊奈野が安静にさせようと判断しその体を抱えてソファーに運ぼうと考えたところで、口が勝手に動き出し、

「あ、あれ？私？何で寝てるのかしら？」