１２コマ目　覇者

このゲームにおける職業は非常に豊富である。たいていの場合誰しもが基本職と呼ばれる初期に選択できる職業から始まるものだが、それからのルートは様々。

順当に基礎職から先に進んでいくも良し、１つを専門的に突き詰める職業につくも良し。そんな自由度の高い職業選択が可能だった。

そんな数多くある職業であれば、その中には当然非常に特殊な条件を達成することでのみ転職が可能になる職業。特殊職がいくつか存在する

そして伊奈野がいつの間にか転職していた『覇者』も、特殊職の１つだった。

『覇者』の転職条件は、レベルアップやイベントの際などに手に入るスキルポイントを１００００溜めること。スキルポイントは使用してスキルを獲得したりスキルのレベルアップをさせたりできるので、使用せずに１００００も溜めることは非常に珍しい。

伊奈野がスキルポイントの存在自体を知らず、新しいスキルに対して興味がなく、さらにスキルポイントを大量に得られる非常に特殊過ぎる立場だったからこそ達成できた条件だ。

だが、そんなことを知らない伊奈野は、というかたとえ知ったとしても、

「いや、職業用のシナリオとか言われても困るんだけど？私まともにゲーム進める気はないんだよ？……もしかして、一定期間転職しないのが逆に条件だったりしたのかな」

だからどうしたとしか思わない。

伊奈野が職業を魔法使いにしていたのはあくまでも頭がよさそうで、場合によっては賢者になれる（魔法使いの上級職に存在しているのかはともかく）ためだ。あくまでも験を担ぐ程度の意味合いしかない。

ということで具体的に何か行動を変化させるということはないのだが、行動以外に変化が起きていて、

「………戻りました」

「あっ。炎さん。お疲れ様です」

「いえ。そんなに大変なことは……………ん？ダンマス、お着替えされたんですか？珍しいですね」

「え？………ああ。本当ですね。服が変わってる」

気づくと装備が変更されていた。今までよれよれのローブを着ていたのだが、いつの間にか少し年季が入ったＴシャツとズボンに変化している。今まで全体的に姿を覆い隠せる根暗っぽい装備だったというのに、急にアウトドアで遊びまわってそうな陽キャな服装に変わったのである。

「ん～。見た目は寒そうですけど………まあ、特に問題ないですね」

「ん？そう言うってことは、ダンマスが自分の意志で着替えたわけではないんですか？」

「そうですね。恐らく原因は、先ほど職業がどうこうと言っていたので転職でもしたんだと思うのですが」

「あっ。転職ですか。ちなみになんのご職業に？」

「さぁ？確認していないので分からないです。興味もないですし」

炎さんから職業を尋ねられたが、伊奈野は知らないと首を振る。勉強をすることに職業なんて関係ないのだから（ここだけ聞くと良い台詞っぽい）、気にする必要はないだろう。

だが、伊奈野がそう考えていたのに対して、

「いやいやいやいや。職業くらいはしっかりと確認してくださいよ！！」

「えぇ～。特に何かするつもりもないんですけど」

「だとしてもです！場合によってはアイテムの相性とかあるので、ダンジョンコアとの関係に影響が出ることだってあるんですよ！」

「そうなんですか？でもまあ今のところ影響とか出ていなさそうですし」

「今見えてないだけかもしれないじゃないですか！さすがにそこくらいはしっかりしてください！！」

「………えぇ～」

再度不満そうな声は出しつつも。

そこまで言われるなら仕方ないと伊奈野は確認する。

とはいっても伊奈野が確認するのはステータスではなく、ログ。直近の転職であればログで確認できるだろうと考えて、

（ん？何かスキルのレベルが上がってる。というか、凄いスキルのレベル高いね…………まあ今はそれは良いとして、職業職業。それっぽい称号とスキルも獲得してるから、このあたりに……おっ。あった。『覇者』に転職したって書いてあるね）

「私の職業は『覇者』になったらしいです」

「『覇者』ですか？存じ上げない職業ですね………」

伊奈野は職業を告げてみたのだが、炎さんも知らない職業なようで２人そろって首をかしげることになる。

知りもしないことを悩んだところで意味もないというのに２人でウンウンとうなっていると、

『む？どうかしたのか？』

「あっ。骸さん。実はダンマスが転職したらしいんですけど、自分もダンマスもその職業のことがよくわからないです」

『む。そうなのか。余も古い職業ならばある程度分かるのだが、最近の新しい職業となると分からぬぞ』

「まあそうですよね。自分も骸さんも普段引きこもってますし、職業なんて知るはずないですよ。ダンマスは『覇者』っていう職業になったらｓ」『『覇者』だとぉ！？』

驚愕の声。

それが炎さんの話を遮って骸さんからこぼれる。

どうやら骸さんは何か知っているようで、

「どういう職業なんですか？」

『どういうと言われても困るが、覇者と言えば前例が１つだけある。伝承の中、『覇者』はまだ余や英雄、そして邪神が来る前に現れ、最強をひたすら求めたことで有名な職業だ。一騎当千で、今の英雄と力で言えば同等程度であった過去の伝説的な者達を数人まとめて相手をして互角に戦ったなどと言う伝説があるぞ』

「……………はぁ？」