３７コマ目　幽霊

勉強を１時間ほど行ない顔を上げた伊奈野。

そこで出た第一声が、

「あれ？そういえば誰もいないね」

現在伊奈野がいるのは日本サーバ。イベント当日の少し時間がずれた時間であるためログイン制限になったプレイヤーが多いのか、重くはなっていなかったのだ。

邪神に会いたいという欲望があったため黒い本のことしか考えていなかったが、よくよく思い返してみればここまで一度も弟子たちや読み友や下僕の顔を見ていない。

「イベント後はＮＰＣも処理しなきゃいけない仕事とかあるのかな？」

そんなことを思いつつ、伊奈野はいつもとは違う雰囲気の部屋の中でほんの少しだけ物足りなさのようなものを感じて何気なく部屋を見回す。

特に意味もない行動であり、全く深いことは考えてはいなかった。

だからこそ反応が遅れる。視界の隅に、全体的に黒い少年の姿が映ることに。

「ん？…………んんっ！？」

部屋を見回すようにしたため伊奈野の視界は少年から一瞬はずれてしまった。すぐに意識をそちらに移して視線も戻すのだが、

「いない………」

その時にはすでに少年の姿は消えていた。

周囲をもう一度念入りに見回すが、誰もいない。少年は最初からいなかったのかと思ってしまうほど、全く何も部屋に変化は起きていなかった。

「えぇ？おっかしいな～」

伊奈野は幻覚か何かなのか。それとも邪神の使徒が姿を消したりしたのか。そんなことを考えながら少年を目撃した場所まで移動していく。

だがそこには、

「あっ。こんなところに黒い本が………」

いつも通り真っ黒で厨二全開の黒い本が落ちているだけだった。

伊奈野は黒い本を持ち上げ、

「ねぇ。この辺で男の子見なかった？私見た気がするんだけど」

尋ねてみる。だが、黒い本からは何の返答もない。特にアクションを起こすこともなかった。

ただその反応はいつも通りであり、伊奈野としてもかまわないと言えばそれで構わない。ただ言ってみただけであり、

「ん？ここには黒い本しかなかったんだよね。となると………」

伊奈野は黒い本を見ながら考えるような素振りを見せる。

じっと黒い本を見つめ、部屋にはしばらく沈黙が続いた。

「…………もしかして、さっきの男の子って」

「……………」

「幽霊？」

「……………」

特に何か具体的に変化があったわけではない。ただ、黒い本から何故か呆れるような雰囲気と共に「なんでやねん」とでも言いたげな様子を見せてきた。

ただ伊奈野はそんな黒い本の雰囲気に気づかず、

「幽霊かぁ。図書館で幽霊って、たまにゲームだとある設定だからね。おかしくはないかな？」

などと考えだす。

ゲームによっては図書館の隠し扉を開けると霊的なタイプのモンスターがいたなんて言うこともあるし、ないとは言えないだろう。

伊奈野はこの暫定「幽霊」をイベントか何かに関係するものだと考え、

「……あれ？師匠、いらっしゃってたんですか？」

そのタイミングで、伊奈野に声がかかる。

振り返ってみればそこにいるのは、

「あっ。魔女さん、良いところに！！」

「ん？何かあったんですか？」

魔女さんがいた。というか魔女さんだけでなく、いつものメンバーが集まっている。

早速伊奈野は事情を説明し、

「ゆ、ゆゆゆ、幽霊なんているわけがないじゃ～ん。何言ってんのさ～。ア、アハハハッ！！」

「………屈辱さん。お化け苦手なんですか？」

「そ、そんな苦手とかじゃないよ。ただそんな非科学的なもの信じられるわけがなくてね。ハハッ。ハハハハッ！」

過剰に屈辱さんが反応を見せる。普段は研究一辺倒であまり他のことにこだわったり興味をもったりすることは少ないように見える屈辱さんなのだが、今回は否定が激しい。

伊奈野が魔女さんの方に視線を向けてみれば、

「まあ、昔からこんな感じですよ。幽霊とかの怖い話は苦手みたいですね」

「なるほど。そうなんですね………」

「い、いやいやいや。そんな私は怖い話なんて苦手じゃないよ！逆に得意まであるね！」

「そうなんですか？じゃあ少し話をしてみましょうか。昔々あるところにお寺が「わあああぁぁぁぁぁぁ！！！！！！ごめん今日は予定があったのを思い出したぁぁぁ！！！！！」

伊奈野が覚えている数少ない怪談話の１つを語ろうとしてみたところ、屈辱さんが大声を上げて逃げ出そうとする。

（う～ん。重症！）

「ふふっ。冗談ですよ。語ってたら時間が経ちすぎるのでさすがにやりません」

「あっ。ほ、本当？良かった～……………あっ、べべべ、別に話をしないから安心したわけじゃないからね！！」

「あ～。はいはい。そうですね～。怖くないですよね～」

「むぅぅぅ。信じてないでしょ！本当なんだからね！！」

適当に屈辱さんをからかってあしらいつつ、伊奈野は幽霊のことを考える。どうして図書館にいるのか。どうして姿を現したのか。どうして伊奈野の前を選んだのか。

そんなことを考えていると、自分の立場が不利になっていると考えたらしい屈辱さんが、

「じゃ、じゃあ、たとえいたとしてご主人様は幽霊をどうするのさ！そんな非科学的なものに襲われたらどうしようもないでしょ！」

幽霊に襲われればどうしようもない。

物理攻撃は当然効かないだろうが、ゴーストというモンスターのように魔法が効くかどうかも怪しい。どうしたって対処は難しいように思われる。

屈辱さんはどうやらそんな風に理解と対処ができないことが怖いようで、伊奈野へ対処方法を求めてくる。

「え？う～ん、そうですね。その時は、全力で抵抗しますよ……………拳で」

「拳で！？」

突然幽霊への対策を聞かれて、思わず伊奈野の内なる野獣が目覚めてしまう。ただし今の伊奈野には格闘戦に使えるようなスキルはない……かもしれない。

そんな予想外の答えが返ってきて、屈辱さんは固まった。

これにより屈辱さんの話が途切れたところで、

「………ふむ。幽霊ですか。読み友の話ですし少し調べてみましょう」

「あっ。司書さん。良いんですか？」

ここまでの話を聞いた司書さんが、一応自分が管理する図書館の話であるからということで調査を受けおってくれる。

何かと図書館の警備態勢を整えたり様々なとんでも技術を使う司書さんであるから、この調査もまたとてつもない道具が使われる……………ということはなく。

「それでは皆様。此度はお集まり頂きありがとうございます。『夜の図書館ドキドキ探索ツアー』へようこそ。私と一緒に、夜の不気味で少し怖い、不思議な図書館を探索しましょう」

「「「「は～い！！」」」」

司書さんは子供たちの参加できる夜のツアーを組んだ。このツアーで図書館中を調べて、幽霊を発見できるようなら発見するつもりなのである。

夜でも図書館ではどこからか爆発音が聞こえてきたり悲鳴が聞こえてきたり、「ちきしょおおぉぉぉぉ！！！次は絶対突破してやるからなあああぁぁぁ！！！！！」という声が聞こえて来たり。

少し驚きと刺激のある図書館で子供たちは楽しんだようだった。最近の子供たちは随分とませているようで、中には吊り橋効果によりカップルとなった者達も出てきたとか。

「ふむ。意外と好評でしたね。また来月辺りにツアーをしてみてもいいかもしれません………」

想像以上にこのツアーは評判が良く、司書さんがそんなことを考えるほどである。

ただ結局、目的だった幽霊が目撃されることは一度もなかったが。

せいぜい子供たちの後ろに、一切気づかれることもなくフヨフヨと黒い本が浮いていたくらいである。