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嫉妬する彼女ほど可愛いものはない

「いらっしゃいませ! たこ焼き三つとみたらし団子二つですね、ありがとうございます。先にお代頂きます。右に避けて並んでください」


 学祭が始まって一時間少々。

 ダンスサークルの屋台は、そこそこ行列が出来ていた。


 甘味と粉もの、ご飯とおやつを同時に調達できるとあって、今のところ客からはかなりの好評だ。

 開店早々から目が回るような忙しさだった。


「司君、列が乱れてきてるから、私ちょっと出て来るね。何かあったら呼んですぐに呼んで頂戴な」

「了解です!」

「司ちゃーん! 検食用のたこ焼きを先生が取りに来たから用意してくれる?」

「もう三つ用意してあります。そこの机の上に検食って書いてあるやつです」

「ありがとー! 司ちゃん、マジ有能だわ」

「ごめん! こっちに外国人のお客さん来たから、誰か英語出来る人よろしくぅ」

「俺、手が離せないんで、真白をそっちに行かせます」


 サークルの部長やその他の部員らは総司を頼りながら仕事をこなしていく。

 本来、サークルのメンバーを中心に店を回していくはずなのに、なぜか彼が一番働いていた。


 テキパキと作業をしつつ、周りの人たちからの要望に的確に応える姿は、まるでこの仕事を何年も続けているベテランのようだ。

 実際はバイト経験を生かしているだけだが。


「真白、お願いできるか? 無理だったらソフィを電話で呼び出したらいいから」

「…………うん」

「どうした?」

「なんでもない」


 一瞬だけ、返事が遅れる真白。しかし、総司が気に掛けるとすぐに首を振って、甘味処のスペースへ走って行く。


「なんだったんだ?」


 総司は不思議に思いながらも、また作業を再開した。


「ねぇ? あと何分かかるんですかぁ?」

「すみません! 三分ほどお待ちください」


 待っている客からのクレームに近いような質問にも、嫌な顔を一つもせずに対応する。


 今までやってきたバイトの経験では水を掛けられたりすることもあった。これくらいなら、大したことは無い。


 面倒くさいのおそらく、


「店員のお兄さん、ちょっといい?」

「なんでしょう?」

「ここにさ、めっちゃ可愛い女の子がいっぱいいるって聞いたんだけど呼んでくれる?」


 このような客だろう。いや、列にも並ばず注文をせずに横から急に話しかけて来るのはもはや客でも何でもない。ただの業務妨害だ。


「すみません。ウチ、そこに紙を貼ってるんですけど、ナンパとか禁止なんですよ。申し訳ないですけど、他当たってください」

「えーいいじゃん? ちょっと話すだけだから!」


 昨日といい、今といい、どうしてこうも彼らはしつこいのだろうか。


 失礼だとか迷惑だとか考えられていない辺り常識を疑う。今は店員なので、昨日のように強気に出ることは出来ない。


 こういう時のために用意されているマニュアルに従うことにした。


「分かりました。俺のイチ押しを呼びますので」

「おー! 物分かりが良くて助かるなぁ」

豪条ごうじょう先輩! お客様のご対応お願いします」


 総司が呼び出した人物、それは……


「おうよ!」

「え?」


 丸太のように太い手足、日に焼けた肌。強面の要素をすべて詰め込んだかのような顔つきのガチムチで屈強な男が現れる。


 おそらく服を脱いだら、背中に鬼の顔が現れるタイプの人間だ。


「お客様、どういったご用件でしょうか?」

「おい! 君のイチ押しを呼び出してくれるんじゃなかったのか!」

「はい、俺のイチ押しです。先輩は笑った時のえくぼがチャーミングなんですよ」

「ヴふふ」


 豪条はにっこりと笑うが、それは悪魔の笑顔、いやこれは魔王と表現しても良いだろう。凶暴、凶悪な笑みだった。


 自分でチャーミングと言っておきながら、総司も彼の笑みは怖いと思っているくらいである。


「い、いや! もういいです!」


 チャラい男は、表情と声を引きつらせながらどこかへ消えて行った。

 効果は覿面である。


「先輩ありがとうございます。また、来たらよろしくお願いします!」

「任せてくれ。仕事だからな。お前も頑張れよ」


 豪条は総司の肩を叩いて奥の方へ戻っていく。


 彼は、この周辺の模擬店の用心棒的存在だ。柔道部の三年で、高校の時にはインターハイで良い成績を残したことがあるらしい。


 毎年のように現れるナンパや迷惑な客に対応するために、大学の屈強な男たちは学祭実行委員会主導で各所に配置されていた。


「総司、ただいま」

「おう。ご苦労さん。戻って来て早々で悪いが、出来上がったやつをケースに詰めて行くのを手伝ってくれると助かる」

「分かった」


 真白が豪条と入れ替わりで戻ってきて、また二人並んで仕事を再開する。

 昨日はずっと隣にいるとは言ったが、仕事中は本当にそうもいかない。

 けれども、彼女は邪魔にならない程度にだが、必要以上に近づいて横にいた。


「みんな、総司のこと褒めてた」


 真白が作業をしながら話しかけて来る。


「それは嬉しいな」

「私も総司が褒められるのは嬉しい」


 自分の彼氏が他人から評価されるのはとても嬉しいことだろう。総司も真白が褒められたら自分の事のように喜ぶ。


 ただ、彼女の横顔を覗き込んでみると、あまり表情は良くなかった。

 少し怒っているようにも見える。


「なんだ、言うほど嬉しそうじゃないな」

「そんなことない……」


 総司がそう聞いてみれば、真白はフイと顔を背けた。


 彼女はダンスサークルの男子たちとはあまり話さないので、総司を褒めていたのはおそらく女性陣だ。それに彼を頼っているのは女子が多いのも事実。


 付き合っている彼氏が女子たちから、もてはやされるのは嬉しさもあるが、焼きもちも妬くと言ったところだろうか。


「お前、やっぱりめちゃくちゃ可愛いな。嫉妬するなんて超レアだし」

「ち、違うから……!」


 背けていた顔を一瞬こちらを向ける。ちょっとだけ赤らめた顔で言うのだから丸分かりである。


 最近は恋人らしい言動をするようになったが、総司と親しくしているソフィや晴音、小豆にはそれほど嫉妬をする様子は無いので真白にしては珍しい。


「後で一緒に学祭を回ろうな」

「ん……」


 真白が小さく答えている姿が、あまりにも可愛く思えて、総司はちょっとニヤけてしまった。

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