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学祭前日

 地獄の粉もの生活から本当に抜け出し、学祭ももう明日に迫っていた。

 屋台に使用する器具や椅子、机、テントなどの設営で大忙しとなり、総司と真白は走り回って、今は設営場所の近くにある階段で休憩中だ。


 ダンスサークルは人手が多いが男性が少ない為、特に総司は肉体労働に勤しんで、死にそうになったので真白に介抱されている。


「冬も近いってのに、汗だくだ」

「倒れないように気を付けて」


 総司は首にかけていたタオルで拭いながら、ペットボトルのスポーツドリンクを飲み干す。


「実際に気分が悪くなった奴もいるしな。俺みたいに疲れただけなら良いが、本当に気を付けないと死にかねん」

「部長さんが、もうゆっくりしてていいって」

「最後までと言いたいが、お言葉に甘えよう。明日、手伝いが倒れたら迷惑だしな」


 隣では真白が団扇で仰いでくれている。ここだけ切り取れば、まるで真夏の光景だ。


「もう帰る?」

「いや、その辺をブラついてみようかと。当日、回る時に行きたいところ目星付けたり、今しか見れないものもあるだろ?」

「もう、歩き回っても大丈夫なの?」

「疲れただけだし、クールダウンにちょうどいいと思ってな」

「分かった。でも、体冷えたら良くないから」

「さんきゅ」


 真白は彼が拭ききれなかった汗をハンカチで拭いつつ、総司にジャージの上着を着せてくれる。


 そうやりながら二人は立って、準備中の屋台が並ぶ遊歩道を歩いていく。


「去年もそうだったけど、縁日の出店っぽい」

「輪投げとかくじ引きなら、そこまで手間もそれほどだしな。凄いのは工学部の奴らがスーパーボールすくいの水が流れる装置作ってるんだよな」


 学祭の出店は飲食関係よりも、遊戯系が多くお祭り感が強い。


 また、小さな子供が遊べるように、工学系の学生らが屋台とは別に無料の遊戯スペースを作っていたりもする。

 それがこの大学の一つの特色だ。


 実は総司が一昨年、この学祭を見て楽しそうだと思ったのも入学を決めた一つの理由だった。


「明日は昼から暇になるから、お昼ご飯食べた後は何する?」

「やっぱり、明日からの三日間昼はまかないなのか? ちょっと勘弁してほしんだが」

「大丈夫、うちの粉ものかスイーツとか持って行って他の店の人と交換してもらえばいい。一応、二件ほど話はついてるから」


 真白に抜かりはなかった。こういう行動力はピカ一である。


「因みにどこだ?」

「フランクフルト屋さんとイカ焼き屋さん」

「そのイカ焼きは粉ものじゃないだろうな」

「大丈夫、それはない。ちょっと私もいたずらする気が起きなかった」

「ま、だよな」


 先日のイカ焼きがフラッシュバックするが、そこは真白も遠慮したらしい。

 おふざけに関しては彼女も相当だから、一瞬疑ってしまった。


「喉が乾いたから、ちょっとあそこで買ってくる。総司は何かいる?」

「お茶なら何でも。無かったら水で」

「うん、行ってくる」


 彼女はトタトタと近くの自販機まで走って行く。


 総司は真白をパシらせるようで悪い気分になりつつも、人が並んでいるし付いて行っても邪魔になると考えてその場に残った。


 だが、彼はすぐに付いて行くべきだったと後悔した。


「あ、極夜さんじゃん!」

「誰?」

「俺、経済学部二年の白鳥正一しらとりしょういちね。でさ、学祭で一緒に回らない? 俺、彼女いないから一人で寂しいんだよ。どう?」

「先約があるから。ごめんなさい」


 自販機の前に並んでいた真白に、後ろから話しかける男がいた。見た目は普通、派手でもなく地味でもない。

 ただ、コミュニケーション能力は高そうだった。


「三日間とも?」

「うん」

「一日くらい、いや半日でいいから一緒に回らない? お願いだ!」

「約束は破れないし、友達の手伝いもあるから」

「そこを何とか」


 必死に頼み込む白鳥だが、真白は丁重に断るが彼は引き下がらない。加えて、彼女の手を握ろうとした。


 しかし、寸でのところで総司は自販機の前にいた真白の元に辿り着く。


「っと、悪いな。彼女は俺の連れなんだ。誘うなら他の人にしてくれ」


 彼が真白の手を掴む前に総司は慌てて割って、入り少し恰好悪い形だが間に合った。


「痛いって。離せよ!」

「掴んだことは悪く思うが、人の彼女に触れようとしたんだ。分かってくれ」


 白鳥は威嚇するように声を荒げる。

 総司はすぐに手を放すがムカついたのでちょっとだけ乱暴にした。


 その間に、真白は彼の腕にしがみつく。


「そんなの分かるかよ。てかさぁ? 本当にお前、極夜さんの彼氏なの? そうは見えないんだけどな?」


 総司の所為で上手くいかなかったことか、手荒にされたことを怒っているのか挑発してくる。


 相手をする必要もないので、そのまま彼女を連れて立ち去ろうと思ったが、一度はっきり言っておく方がこういう輩にはちょうどいいだろう。


 総司はわざとらしく見せつけるように真白の頭を撫でながら口を開いた。


「見える見えないは勝手だが、今の状況でお前が真白と学祭を回れる確率を考えろ。ゼロだ」


 身長差もあって総司は見下すように言った。本当は真白の前でこういう姿は見せたくはないが致し方ない。


「く、口には気を付けろよ」

「だったら、言われないように心がけるたらいいだろう?」


 凄みを出そうと彼はジリと迫りながら言ってくるが、総司は全く怯まない。

 それどころか睨み返してやる。


「くそ! もうその辺で死んでろよっ! あーあ、面倒くさいのに絡まれたわ」


 白鳥はこれ以上は無駄だと思ったのだろう。

 なのに態度ではそれを認めようとはしていない。これほどダサい者もそうはいまい。


 酷い暴言も聞こえてくるが、負け犬の遠吠えに反応するのは同じ犬だけでいい。


 人の注目を集めてしまっていたので、総司も真白も自販機では何も買わずに人気の少ない所に移動する。


「この時期はああいうのも増えるし、真白の横にいれば良かったな」

「大丈夫。総司が守ってくれるのが分かってたから」


 物怖じしない性格とはいえ、目の前で男が声を荒げたりしていたのだ。


 まだ、怖いのだろう。口調こそ、いつも通りだが彼女は彼の右腕に強く抱き着いている。


「学祭の間は意識して、すぐそばにいてくれると助かる。俺も気にかけるようにするから」

「ん。ありがとう。ずっと隣にいる。歩いてる時も」

「おう」

「たこ焼き作ってる時も」

「おう」

「トイレに行く時も」

「それは一人で行ってくれ。いや、さっきみたいなことがあるから、必要なら近くまで付いて行くけど」


 彼とのやり取りに彼女はふふっと笑う。あまりシリアスな雰囲気になるのは、と考えたのだろう、真白は茶化すように言う。


 こういう所は本当に感心する。

 総司はそっと笑みを返しながら彼女の頭をもう一度撫でると、真白は目を細くしていた。

ブックマーク登録、評価共にいつも元気が出ます! 本当にありがとうございます。

ここ数日疲れから投稿できていませんでしたが、今日からまた頑張って行こうと思っております。

前回、学祭編に突入と言いつつ、まだ前日。次回は本当に学祭編が始まります!


ここまでで、面白いと思って頂けましたら☆☆☆☆☆に色を塗ったりブックマークをしていただけると励みになります。今後ともよろしくお願いします。

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