たこ焼きもカップルも
学祭まで残り十日間ほどとなり、本格的に盛り上がりが加速していく頃で、真白の部屋でも準備が始まっていた。
たこ焼きを作る練習のために、材料を大量に持ち込んで台所は大忙し。
ちょうど、出来上がったばかりのたこ焼きが皿の上に四十個ほど並んでおり、これから第二陣に取り掛かるつもりだ。これがお昼ご飯になる。
しかも、連日ダンスサークルがお好み焼きやもんじゃ焼きを生成しているので、それも貰っていて先日の予想通り、ここ数日は粉もののオンパレード。
総司と真白は少し憂鬱な気分だった。
「これ作ったら、五日はやめようか。実は、この三日で一キロ太ったんだ」
たこ焼き用鉄板付きの大型ホットプレートに油を塗りながら、総司は自分の腹の肉をつまむ。
「私は全然太ってない。抜群のプロポーション」
真白はTシャツの裾をめくり、可愛らしいへそがちらりと露出する。
確かに腹のたるみは一切なく、しっかり絶壁であった。
「くそ。運動は俺の方がやってるのに、なんでそっちは太らないんだ」
「ふふん。太らない体質だし」
彼女が太ったという悩みを聞いたことなど無ければ、むしろ体型を維持するために筋肉を付けようと、筋トレを重点的にしている期間は肉を食べ続けていたこともあった。
いくら食べても太らない体質の真白は、総司に向かって勝ち誇った笑みを向けた。
「お前、腹を引っ込めてるんじゃないだろうな?」
「あ、ちょ⁉」
総司は彼女の後ろに回り込むと真白の横っ腹をつまもうとする。
だが、全くつかめる気配がない。
無理につかもうとしたところで、せいぜい皮しかつまめないだろう。
悔しくて泣きそうになった。
「もう、やめ……っ!」
「この! ちょっとは太れよ、太って俺の気持ちを味わえ」
総司は何かしらの呪いを込めるようにして、彼女の腹を憎らし気にさする。
「あっんっ、だめだって! くすぐったいっ……」
「太りますって言うまでやめん」
「太ら、ん、あないっ、し!」
くすぐったさに体をくねらせ、嬌声に近い声を上げる真白。
初めはそんなつもりはなかったが、だんだんとイケないことをしている気分になって来る。
ただ、彼女とじゃれていたい気分には負けて、総司はやめなかった。
「んあ、じゃ、あ今日からっ、毎日揚げ物を、っ作る……!。朝も昼も夜も」
「そ、それは違うじゃないですか! 卑怯だぞ」
彼女は膂力で勝てないので反抗として恐怖の言葉を口にすると、総司の手はぴたりと止まった。
昼や夜は総司も作るが、真白がやると言ったら本当にずっと揚げ物を作られかねない。加えて、美味しいということが分かっているので、総司は絶対に食べてしまう。
毎日揚げ物だけでも恐ろしいのに、三食となれば未来の自分の体が怖い。
彼はすぐに投降した。
「ねぇ? 私もいるんだけど? いちゃつくのは後にして欲しいのよ」
そこで、呆れたような声音とため息が聞こえてきて、キッチンの入り口を見ると仁王立ちするソフィがいた。
両手にはパンパンに膨らんだスーパーの袋を持っている。
彼女にはお使いを頼んでいて、おそらく今帰って来たのだ。すっかり一時的に、二人きりと言うことで、ソフィの存在を忘れていた。
「あ、ああ。悪い、お使いさんきゅうな」
「ありがとうソフィ……」
見られていた恥ずかしさから、二人はそっと離れる。まだ、人前では堂々と出来ない二人だった。
それならやるなよ、とソフィは突っ込もうとしたが、おそらく惚気られるだけなので文句を言いたくなる気持ちを押し殺し、冷蔵庫に買って来たものを仕舞う。
「で、どれだけ早く出来るようになった感じ?」
「屋台のおっちゃんみたいにはいかないけど、そこそこは安定して、綺麗で早くはなったな」
以前からたこ焼きは作れるが早さは無く、ゆっくりしていると屋台では客を待たせることになるので、三人は早く作る練習をしているのだった。
一番早くて上手いのは、なんと外国人であるソフィ(日本在住七年)で、真白、総司と続く。このカップル二人は一応関西人なのだが、彼女のスキルを見てプライドが崩壊しかけた。
「でも、ソフィには勝てない。本当に外国人?」
「ちゃんと、外国人です。どこで生まれたのかは知らないけどね」
「お前んちマジで謎だよな。名字も漫画のキャラみたいだし」
「まぁ、パパとママは偽名って言ってるし、多分なんかの漫画の影響かな」
「いつか、不法滞在とかなんかの罪で逮捕されたりしないだろうな」
「だいじょーぶ! 今はその心配は無いってママが言ってた」
「もう、その言葉が怖いんだよ」
ソフィによると、彼女が生まれる前までは両親が世界中を飛び回って何かから逃げていたらしい。
その中で、ラストネーム(名字)がブラックローブという意味不明なものとなっているとのこと。
一応は、ちゃんとした手続きで名字が変わっているらしく、日本にも問題なく滞在出来ているようだ。
ただ、毎年夏休みにソフィが海外旅行をして、その写真を見せてくれるのだが、そういう施設で銃を撃っている様子や、ジビエの捕獲でライフルを構えていたりする物騒な写真が必ず紛れ込んでいる。
彼女曰く、銃の扱いは某名探偵のようにハワイで習ったらしい。興味はあるが深くは触れまい。
「よし、焼き始めるか」
「総司、私のやつは福神漬け入れてねー」
「紅しょうがじゃなくてか?」
「さっき、思いついたの! 同じ赤い漬物だしイケそうじゃない?」
「まぁ、分からんでもない。不味くても自分で食べろよ」
ソフィは味覚が日本人ぽい。カレーにはらっきょうか福神漬けが無いと文句を言う始末で、今も、自分で買って来た漬物たちの中から沢庵をチョイスして、米無しで食べようとしている。
「私はタコ二つで」
「タコが無くなるだろ。あれは本来は一つだけだから、二つ入ってた時に感動するんだよ」
「おなか減ったし、先に味見していい?」
「ああ、頼む。改善点があれば、今から作るのにも活かすから」
「ん。ちゃんと美味しい」
たこ焼きを焼き始めてから、三十分は経っており、準備なども含めれば軽く一時間は掛かっている。
昼時も昼時なので、総司も先から腹がなっていた。
隣で真白がソースとマヨネーズをかけて幸せそうに食べているのを見て、総司は欲しくなる。
「ほら、総司も食べる?」
「食べたいけど、後でいいよ。今、生地を流し込んでるから」
「じゃ、食べさせてあげる。あーん」
「意外と熱くて美味いな!」
彼が欲しそうにしていたのを気付いた真白に食べさせてもらう。
出来てから十分も経ってないので、保温力の高いたこ焼きはしっかり温かい。
タコも噛み応えがあり、中身は良い具合にとろけている。ここ一番の出来だ。
「もう一つ、あーん」
「おいやめろ! 頬に近づけるな。俺は芸人じゃねぇんだよ⁉」
うまそうに食べる総司に、真白はたこ焼きを近づけた。やけどするほど熱くはないが、総司は必死に顔を逸らして逃げる。
「いちゃいちゃするなら、向こうでやってよ。ていうか、抱き着いてるのは恥ずかしいくせに、あーんは別に良いのね」
彼からすればこの程度いつもの事なので、いちゃついている自覚は無いが、どうやら外部からはそう見えるらしい。
ソフィはなんだこいつらと文句を垂れながら、一人で寂しくたこ焼きを食べていた。
確かに、彼女に食べさせてもらうのは恥ずかしくはない。何が線引きなのだろうかと単純に疑問を抱きつつも、真白にもう一つ食べさせてもらう。
たこ焼きも熱々なら、二人も熱々だった。




