ぎゅっとしよう
総司の実家から真白の部屋に移動すると、真白が夕食を作って振舞ってくれた。
食後は協力プレイでソシャゲの周回をしたり、SNSの気になる話題で盛り上がったり、いつも通りの過ごし方を三十分ほどして、今はつけ置きしてあった食器を二人で洗い片付けている最中だ。
総司がせっせと洗った皿を、真白は鼻歌を歌いながら食洗器の中に並べていた。
彼女は長い髪を後ろで纏めているが、歌いながら少し左右に体を揺らしているので一緒に纏めた髪も揺れており、機嫌の良さを表しているかのよう。
また、彼女のエプロン姿はよく見かけるが、今日は下に制服を着ているので新鮮だ。
真白の部屋に来てからも、高校生気分及び制服姿の彼女を総司は楽しんでいた。
「これで最後だな。もう、洗い物ないよな?」
「ダイニングとリビング、寝室も見て来たけど無いよ」
総司がフォークを洗い終わって彼女に渡すと、シンクには何もなくなって泡立ったスポンジがあるだけ。
シンクに残った洗剤カスや泡を総司が片付け、真白が食洗器の乾燥モードをオンにすれば食器洗いは完了だ。
「やっと終わった。二人分の食器を洗うだけなのに、手が死にそうになった」
「手伝ってくれてありがとう。お湯を使えばいいのに」
「お湯を使ったら風呂が沸くのに時間がかかるし」
この部屋は二か所同時にお湯を使用すると、分散するので出てくる湯量が減ってしまう。
洗い物をする前までに風呂を沸かしていれば良かったのだろうが、それを忘れていて洗い物の間に風呂の給湯器を頑張らせているので、総司はお湯を我慢していた。
「気にしなくても良かったけど。そうだ、お湯の代わりに私が温めてあげる」
総司が手をすり合わせて、温めていたので仕方ないなぁと真白は彼の手を握って包んだ。
「どう? あったかい?」
「お前の手がもともと冷たいから分からんけど」
「冷え性だもん」
「ま、ちゃんと別の場所はあったかくなったから」
「うん。私もあったかい」
手は冷えたままなのに、暖かく感じるのは彼女の温めてくれようとする気持ちが伝わって来るからだ。
心が温かくなれば、自然と手先の冷えなど気にならなくなる。
真白は濡れた瞳で総司を見上げると何かを求めるように、一歩だけ身を寄せる。
抱きしめても良いのだろうか。という迷いは無かった。
彼女もそのつもりで手を握ってくれたのだろうし、だから体を預けるように寄って来たはずだ。
優しく握られた手を解いて、総司はそっと彼女の背中に腕を回し彼女を抱き寄せた。
体の線は細いとは思っていたがやはりその通りで、強く抱きしめただけで壊してしまいそうだ。
初めの十秒くらい真白は、されるがままに抱きしめられていたが、寂しく感じた両手を総司に抱き着かせてさらに密着する。
「こっちの方があったかくなるね」
「ああ。こんなにあったかいならもっと早く抱きしめてれば良かった」
「ちょっとだけ時間は掛かったけど、その分幸せなんだと思う」
真白は、彼の胸にうずまるようにして話すので、少しむず痒い。
それに、彼女の二つのふくらみが押し付けられて、真白とそういうことをしたい気分ではなかったのだが、強制的に意識せざるを得ないのは困りものだった。
性欲より先に愛おしい気持ちが勝つので、真白を押し倒したりすることは無いが、自分が性欲を抱いていることを知られたくはないため、必死に無心になる。
「なぁ、これって離れるタイミングってどうなんだろうか?」
「総司は離れたいの?」
「い⁉ そういうわけじゃ……」
ずっと抱きしめているのも彼女が辛くないだろうかと、考慮した上での言葉だったが、真白は総司が離れたがっていると勘違いしたのか、泣きそうな顔をするので慌ててしまう。
同時に彼女がさらにぎゅっと抱きしめて来て、離れるタイミングは余計に無くなった。と言うか、離れたいと思わない、。
一時間でも二時間で抱き合っていられるが、帰宅する時間もあるのでそうはいかないのが現実だ。
「ふふ、総司、慌てて可愛い」
「このやろう……」
テンパっている総司に愛らしさを感じて彼女は微笑する。どうやらからかわれていたようだ。
彼女に弄ばれた彼は、恨めしそうにぼそりと溢すしかない。
ただ、反撃しないまま終わるのは癪だ。彼は精いっぱいの反抗心を働かせる。
「真白……」
「ん? どうしたの?」
総司がそっと、彼女の耳元に顔を近づけて呟くと彼女は不敵な声音で返してくる。
自分がまだ優位に立っていると思っているのだろう。余裕のある表情で、総司の様子を窺っているが、すぐにその立場は逆転する。
「好きだよ。愛してる」
「っ! ずるい……! そんなの負けるに決まってる」
付き合った日以来、まっすぐに総司は好きだと言ってみた。
すれば、彼女の体がびくんと跳ねた。見る見るうちに彼女の耳は赤くなって、頬も茹で上がったかの様に真っ赤に染まっていく。
してやったりと総司はにやりとしたが、自分も恥ずかしくて真白には絶対に顔は見せられない。
「俺で遊んだらこうなるから、覚えておくように」
「……いい。別にいい。もっと言ってほしい。私も言うから」
「え、」
「好き。私も愛してる。総司が好き。総司が思うより好きだから」
反撃したついでに、トドメでも刺してやろうと総司はそんなセリフを口にしてみたが、今度は真白から大反撃が返って来る。
愛情を伝える言葉を倍にして彼女は放ってくる。自分が囁いた以上の質量だ。
まるで、大砲の打ち合いみたいだった。
「もう、効かなくなったのかよ」
「それどころか、総司が言った分より多く言ってあげるから」
逆転していた立場はまたすぐにひっくり返って……いやこれで対等だ。
これからの二人は今までなら赤面して噤んでしまうような言葉も、遠慮なく言うようになるだろう。
総司も真白も、恋人として一つ成長していくのを感じた。
そのままもう少しだけ抱き合ってから二人は離れると、しばらくは目を合わせられなくてそれぞれ別の事をしていたが、お互いにすぐ隣にいるようなそんな魔法のような感覚が残っていた。




