交際報告 彼氏の家族編 滞在時間はわずか10分?
「はいはい、空いてるから、勝手に入っちゃってー」
インターフォンからはそんな風に返ってきて、二人は言われたように玄関のドアを開けて中に入った。
「いらっしゃい」
「ぁ⁉」
「おわっ!」
家の中に入ると、すぐに総司の母である深春が迎えてくれる。
彼女はエプロン姿だ。夕飯でも作っていたのだろう。手には調理器具が握られている。
ただ、定番的なお玉やしゃもじではなく、包丁だったのでで総司と真白はびっくりした。
「母さん、人を迎えるのに包丁持ってたら駄目だろ」
「あらあら? ごめんなさい。うっかりてへぺろりんちょだわ。あ、真白ちゃん、久しぶりね。制服で来るって聞いてたけどとてもに合ってるわ」
「はい、お久しぶりです。制服は少し恥ずかしいですけど、褒めて頂いて嬉しいです」
深春は手に持っていた包丁をエプロンのポケットにしまうと、おどけたような態度で挨拶をする。
真白の母も軽い雰囲気の女性だったが、こちらはもっと軽いと言うか適当な性格で、大人の女性には見えない言動だった。
普通、こんな人間が現れたら引くかもしれないが、真白は前に一度、顔を合わしているだけあって、彼女を気にする風でもなく丁寧に腰を折って挨拶をする。
「それじゃ、ここにいてもしょうがないし、リビングにどうぞ。総司、スリッパ出してあげてね?」
「それはあんたがやることだろ。客人を迎えるんだからちゃんとしてくれよ」
総司が言っても深春は聞く素振りもなく、手をひらひら振りながら踵を返して、玄関からまっすぐ奥のリビングに戻った。
適当だ。どこまでも適当だった。
しかし、これが彼女の通常運転なので、総司は文句を言いつつも、すぐに真白にスリッパを用意する。
「悪いな。一度会ったことあるから分かってるだろうけどあの人、ああいう性格だから」
「個性的で面白いお母様よね」
「好意的に取ってもらえるなら良かったよ」
彼女は誰に対しても、敵意を向けられたりしない限りは温厚なので、深春の事を嫌うような事は無い。
これが別人なら、きっと白い目で見られていた。総司は自分の彼女が真白で心底良かったと感じながら、彼女をリビングに案内をする。
「お邪魔します」
「どうぞ、好きなとこに座ってねー」
「はい」
先に戻った深春がソファ座っておりその隣には総司の父親もいた。
「おお、久しぶりだな。二人とも元気にしていたか?」
「はい。お父さまの方こそお元気でしたでしょうか?」
「俺か? 俺はこの間、山で遭難して死にかけたな。それ以外は元気だよ。はははは!」
総司の父、政影は対面に座った真白とやり取りをするが、自分が死にかけたことを笑い話しにして、豪快に笑う。
こちらも深春と同じように変わった性格だ。
「父さん、なにやってんだ……というか世間話は良いから真白に挨拶させてやれよ」
「悪い悪い! よし、じゃあ始めてくれ」
「始めてくれって、こういうのはそういうやつじゃないだろ」
「総司、いいよ。改めまして極夜真白です。総司さんとお付き合いをさせて頂くことになりましたため、交際の報告に参りました。本日はお仕事だったところ、時間を取って頂くためにお休みされたと聞いており、本当にありがたく思っております。また、本来はお礼とご挨拶の手土産を用意するもののを、お二方のご厚意により持参しておりませんが、いずれ機会がありましたらお持ち致します。本日はよろしくお願いいたします」
真白は、何から何まで気を配らせて長い挨拶を噛まずにすらすらと言ってみせ、先ほど深春にしたように丁寧に頭を下げる。
所作は完ぺきに思えるが、口調にこそ出ていないものの表情は微妙に強張っていて今は少しだけ遠慮がちで恐縮そうにしていた。
理由は彼女が言ったように総司の両親は今日は仕事だったが、このために休みを取っているからだ。
総司が真白の両親に挨拶に行くことを二人に伝えたら、どうせなら同じ日にした方がいいだろうとのことだった。
加えて、デートをしてから向かうことにしていたこともあり、荷物を持って外を移動するのは大変だろうと、何も持ってこなくても大丈夫だとも配慮していた。
それらが真白が恐縮していた理由だ。
「真白ちゃん、気にしなくていいからね。こっちこそわざわざ来てくれるだけで嬉しいものだし」
「そうそう。母さんの言うとおりだ。俺たちに遠慮なんてしなくていいさ」
「ありがとうございます」
深春と政景は気楽なタイプの人間で、細かいことを気になどしないし、伝統格式という言葉から縁遠い人となりをしている。
なんなら、真白が普段の口調かつため口で話しかけても怒ることなどないだろう。もしかしたら、逆に、娘みたいだと喜び出すかもしれない。
彼らの楽天的な部分はいい方向に働いたようで、彼女の緊張も少し和らいだようだ。
いつも通りの真白に戻りつつあった。
「で、これからどうするの?」
「どうするとは?」
「もう、挨拶もしちゃったし、ご飯は食べて行かないのよね? 他にもう何するのか分からないんだけど?」
「いや、色々あるだろ。二人とも、前に真白と会ってるとはいえ、一応自己紹介とか、真白に何か言ってあげるとかあるだろ」
「そんなの堅苦しくなるし。そもそも、付き合ったくらいで挨拶とか今どきあんまりしないでしょ。私たち的には真白ちゃんに負担掛けたくないもの」
深春は挨拶に行くことを決める前の総司のようなことを言い出し、政景もうんうんと頷いていた。
こういうことを言い出すのが分かっていたから、総司は真白に挨拶はしなくても大丈夫だと話していたのである。
「まぁ、分かるけど。でも、初めて彼女を連れて来た息子に言う事とないのかよ」
「そうね。嫌われないようにね。くらい? 大学卒業して、就職さえしてくれれば、結婚するなりなんなり後は好きにやっちゃって。真白ちゃんも、総司のこと頼むわね」
「はい、総司の事は死ぬまで面倒を見ますので」
適当過ぎるが、何も間違ってないので総司は言い返せない。
彼女の振る舞いに影響されてか真白楽はしくなってきたようで、柔和な笑みと共に返事をしていた。
「うんうん、真白ちゃんありがとう。もう、ぶっちゃけ私達は久しぶりに息子の顔も見れたし、可愛い彼女も連れて来てくれただけ満足だし。言う事なんて何もないから、飽きたら帰っちゃって大丈夫よ」
「うむ。息子の親が構い過ぎても仕方がない。中にはお互いの親が問題で別れるカップルもいるんだろう? そう思えば、二人の事は二人に任せておくべきと俺は思う」
「はぁ、これも母さんたちなりの気遣いだと思うことにする。良いんだな? 本当に帰るぞ?」
二人して、こんな状態なので総司はため息を付きたくなるが、言い方はどうであれ真白や総司の事を思っての事なので、怒るものでもない。
それに初めの方で真白が嫌そうなにしたりすれば、それなりに真面目なモードに変えただろうし空気は読むはずだ。
なにより、一度会って早くも真白と言う少女を理解しているというのが大きい。
彼女は感情の振れ幅が大きい方ではないが、話してみれば茶目っ気はあるし、仲良くなった人とは積極的で、冗談だったり本音を話してくれる。
そんな、彼女と付き合っていくのに深春と政景は、自分たちの本音と取り繕わないす態度で話すことにしていた。
「どうぞ。ちゃんと真白ちゃんを大事にしてあげるのよ」
「分かったよ。真白、帰るか?」
「うん」
彼女も総司の両親については人となりを分かっているし、どこか気が合うようで、総司が母と話している間に、政景と会話を交わしていたりもする。
本当に何も話すことはなくなったので、滞在時間わずか十分弱だったが総司は真白を連れ立って、リビングを後にした。
「じゃあ、帰るわ。その内、また来ると思う」
「そう? こっちには気を使わなくていいから、気が向いた時にね。真白ちゃんまたね。今日は、会えて嬉しかったわ」
「私もです。では、失礼します」
玄関で靴を履きながら二、三言だけ話す。
「そろそろ暗くなるから気を付けるのよー」
適当な人たちだが、ちゃんと見送ってくれるらしい。ただ、深春が玄関まで来ているのに対して、その後ろの廊下で仁王立ちしている政影は謎だったが。
名奢り惜しくもなんともないので、総司は真白と一緒に実家を後にして、真白の部屋に向かった。




