そう簡単にはいかないもの
今まで、彼女を何度か抱きしめたいと思ったことがあった。
ただ、それが一方的になってしまうのは嫌だ。真白に嫌な思いをさせるのは絶対にしたくない。
そう決めていたから言い出せずにいたし、もしも拒否されてしまったらと怖かったというのもある。
でも、真白の言うことが本当なら、彼女もハグを望んでいるように思える。
この場所はクレーンゲームコーナーの隅の方で、人気もないし大きな音がするような場所からはとても離れている。
だから今ならば、このタイミングなら、彼女を少しくらい抱きしめてもいいのではないかと判断して彼はその一言を放った。
だが彼女は、驚いたままで固まっていた。
拒絶ではないのだろうが、やはりびっくりさせてしまった結果だ。
「ごめん。ちょっと調子に乗った」
総司は誤魔化すように、頭を掻きながら苦笑いして十数秒前の言葉を取り消そうとする。
「ううん。そんなことない。私も……私も総司とぎゅってしたい」
しかし、彼女は首を左右に振れば人形に顔をうずめるようにしながら、消え入りそうな声で答えた。
「ありがとう。真白」
彼はぬいぐるみをジャケットのポッケにしまうと、そのまま手広げて伸ばし、目の前にいる恐る恐る抱きしめようとする。
真白も受け入れるかのように、彼女は片手にぬいぐるみを持ったまま少しだけ手を広げる。
総司の腕が彼女の背中に回って、真白を抱きしめようとしたその時、突然の声がして二人は驚くことになった。
「いらっしゃいませー」
はきはきとした元気のいい、挨拶が響き渡る。
「うわ!」
「っ⁉」
「あ……」
総司と真白はその声に、二人の世界から現実に引き戻されるかのようにして離れた。
声がした方を見れば、そこには若い女性店員がいる。
フィギュアの箱を抱えているので、補充に来たのだろう。
二人が抱きあおうとしていた瞬間を見たわけで、とても気まずそうだ。
「あ、ごゆっくりくださいー」
と言いながら、景品を持ったまま来た方へと引き返していった。
気を使ったのだろうが、絶妙にその言葉は状況が状況だけに、別の意味に聞こえてしまう。
無論、気まずくなったのは彼女だけでなく、総司と真白も同じで少しだけ無言の間があった。
「えっと、外に出ようか」
「うん」
黙っていても仕方がないので、総司が促して店を出ることにした。
店外へ出る時にカウンターの前を通ったが、先ほどの女性店員がいたのでさらに気まずくなって、いそいそと逃げ出すように通ることとなった。
「き、気を取り直して少し早いけど昼でも食べに行くか?」
「ん……」
真白は抱き合いかけた時の事をまだ気にしており、おどおどしていた。
しかも自分の方をあまり向いてくれない。
嫌われたとか機嫌を損ねたわけではないはずだ。
タイミングが少しだけ問題だっただけのこと。
今まで、恥ずかしくて求められなかったことをしようとして、中断してしまったらそれ以降はもっと恥ずかしくなるに決まっている。
かくいう総司も挙動不審にならないように、必死に取り繕っている状態だった。
それから、ぽつりぽつり途切れ途切れに会話しながら、総司が飲食店の紹介サイトで良さげな店を見つけたので入店した。
そこはイタリアン料理を提供しており、海外らしく木製の椅子やテーブルが並ぶシックな内装の店だった。
まだ十二時前と言うこともありすぐに席に案内をしてもらえる。
「どれにする?」
「パンチェッタのカルボナーラとスープで。総司は?」
「俺はピザにしようかな。このサラミとモッツァレラチーズのやつ」
「それもいいな」
「パスタとピザを半分ずつにシェアすれば、どっちも食べられるけど?」
「そうする」
二人はスムーズに注文を決めると、呼び鈴を押して店員にそれぞれの品を注文し、パスタとピザを分けられるように追加で取り皿を頼んでおく。
ドリンクは、どちらもオレンジジュースにした。
「さっきの事だけど、ごめん。別の場所の方が良かったな」
「全然大丈夫。私もあそこでして欲しかったから」
料理を待つ間、総司は店を出た後にまたデートを楽しめるようにと謝罪を切り出せば、真白はそう柔らかく笑ってくれる。
「次は本当に誰もいないところでしようか」
「ん。総司の部屋か私の部屋でいい?」
「そうだな。初めはそうしよう」
「総司の家に挨拶に行った後に私の部屋来る? そこからなら近いし」
「真白が良いっていうなら」
「大丈夫、昨日片づけたから」
「だったらお邪魔させてもらおう」
失敗したばかりだったがこうして決めておかないと、どうせ互いに言い出せなくなるのは目に見えていたので総司はゲームセンターでのやり直しを持ち掛ける。
その提案に真白は賛成しさらに話を広げて択肢を与えてくれた結果、真白の部屋に行くことになり、午後からのプランも決定させた。
話し合っているうちに料理も運ばれてきて、二人で分け合いながら終始にこやかに会話しながら、食事の時間を過ごした。
# # #
「結構美味しい店だったな。次はディナーの時に行ってみるか」
「カルパッチョとかトマト煮込みの牛肉とかは、夜限定のメニューだったしね」
店を出ても、次の目的地の道すがまだ先の店の話題で盛り上がる。
あの店は、昼と夜でメニューががらりと変わるらしく、夜用のメニューに目を通してみると、目を引かれる品々が多くあり興味をそそられた。
「みんなで来るのも良さそう。今度、晴音たちとご飯行くことになったら教えてあげたい」
「良い店を開拓出来たよな」
「イタリア料理の店はサ〇ゼくらいだったし、こういうのもいいかも」
昼食が良い気分転換になったようで、食事をする前のようなぎこちなさは一切消えており、その後のデートも順調に行った。
となれば、本日二度目となる交際の挨拶の時間を迎える。
総司と真白は、彼の実家に到着してインターフォンを鳴らした。




