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二人の戦利品

「そう、そこで前後のボタンを止めて」

「こうでいいか?」

「完璧。後は3番目のボタンを押すだけ」


 真白からの指南を受ける総司。

 後ろから伸ばした手、その指でアームを動かしてくる位置などを示してくれる。


 止めるタイミングを口頭で指示をしてくれており、総司が言われて反応するまでのラグも考慮してくれているのでズレもほとんどない。

 おかげで、ようやくぬいぐるみは理想の位置に動いていく。


「結構動くもんだな」

「クレーンゲームは、本当に何しても動かないのもあるけど、大体はポイントを抑えれば取れるから」

「これもう極夜プロだな」

「ふふん」


 褒められて、得意気になった真白は後ろで胸を張る。

 すればさらに、2つの丸みを帯びたふくらみの押し付け具合が強くなった。


(持ってくれ、俺の理性!)


 総司は今すぐ彼女を抱きしめたくなる衝動を抑えて、必死に理性と戦う。


「次で取れる位置には動かせそうだね」

「また、指示頼んだぞ」

「了解。じゃ、そこから右のボタンを押して……おっけい止めて。もう3つ目のボタン押していいよ」

「え、もう押すのか? 奥移動のボタンは押さなくていいんだな?」

「大丈夫。やってみて」


 今、プレイしている筐体は右と奥行きのボタン、プラス降下のボタンが付いているタイプだ。

 降下ボタンが3つ目に当たる。

 

 基本的に、3種類のボタンを駆使して景品を狙うのだが、今回は1つ目と3つ目だけでいいという。


 これではぬいぐるみに届かなそうだ。それに先程とは全く違う取り方でもある。不安になる。

 しかし、アドバイスを貰っている以上、従わないのはナンセンだ。

 総司は言う通りに降下のボタンを押した。


 すると、驚くことにぬいぐるみに届かないのはアームだけだった。

 何がぬいぐるみに届いたのか。


 それはクレーンそのものだった。アームが付いている本体の奥部分がぬいぐるみと接触した。

 すれば、足の部分に届いた本体がぬいぐるみを下に押しこんでいく。


「おおお! すげぇな」

「ないす!」

 

 グググっと、押し込まれたぬいぐるみは引きずり込まれるようにして、配置されていた2本の棒の手前まで移動してくる。

 

 既に不安定になっているので、どこかしらを少しでも持ち上げると落ちると思われた。


「こんな取り方もあるんだな」

「ん。最後まで気を抜かない」

「だな。最後でミスって取れなくなったら、目も当てられんし」


 何しても取れそうな形になったので、総司は勝った気分になる。

 けれども、1つのミスで取れなくなってしまう、所謂「詰み」が発生するのがクレーンゲームでもある。


 真白はそのことを理解しているので、彼に注意を促した。


「で、右足の方をアームで狙えば取れる」

「よしラスト、仕上げだ」


 ここからは、棒の上から大きくはみ出している右足にさえアームを持ってこれれば、簡単に取れるらしい。


 総司は失敗しないように、慎重にボタンを押して最後の作業に取り掛かる。


 さっきまで難攻不落と思われたが、バランスが崩れているぬいぐるみは白旗をあげて降伏するかのように、あっさりとアームにほんの少し持ち上げられただけで落ちていった。


「よっしゃ!」

「良かったね、総司」

「ああ、ありがとう。真白のおかげだ」


 ぬいぐるみが落ちたことを確認すると、振り向いた総司は真白とハイタッチをしようと手を上げる。

 

 彼女もそれを予期していたのか、ハイタッチはバチンと音を立てて、完璧に決まった。

 とても気持ちのいい瞬間だった。

 

 ぬいぐるみを真白のためにと思って取ったのだから、いつもみたいにクレーンゲームで獲得するより喜びもひとしおだ。


 確かに、真白のアシスト付きだが、そんなことより彼女との共同作業の末にぬいぐるみを獲得出来たというのが大きい。


 一緒にプレイして、勝ち取った戦果が彼女との距離がまた恋人として近づいた証のようだった。


「はい。真白。これ約束のやつ」

「ありがとう。凄く嬉しい」


 景品口から取り出したぬいぐるみを今度は総司が真白にプレゼントすると、彼女は貰ったそれを大事そうに抱える。


「ほとんど真白のおかげだけどな」

「ううん。そんなことより、総司が私のために誰かのために取ってくれたのが大事。方法とか過程じゃなくて、私のためって言う事実が嬉しいから」


 真白はそう説明するがそれは強く同意できた。

 総司だって、真白が取ってくれたから嬉しいと感じるのだ。


 例えば、ぬいぐるみ飛角に取って貰ったところで、嬉しいのは嬉しいだろうとしても、その嬉しさはもっと別のものだろう。

 せいぜいありがとう程度のものだ。

 だが、真白が自分のためにしてくれたという特別感が、彼に感謝と同時に至極の幸福感を追加して与える。


「まぁ、喜んでくれるなら何よりだよ」


 彼女の言葉はとてもストレートで、総司はノックダウンするかと思った。

 鏡で自分の顔を見たら恐らく赤くなってるんだろうな、と自覚するほど照れていた。


「ふふっ。これでお揃い」


 ぬいぐるみをいつまでも抱きしめている真白は、本当に幸せそうだ。


 こういうところが総司は愛おしくてたまらない。

 彼はひっそりともっと彼女のことを好きになった。


「また、総司にとってあげる」

「今度は俺も真白のアシストなしで取れるように頑張るわ」

「総司は上手くなったらダメ」

「なんでだ?」


 次こそは自分の力だけで取ってあげたい。そう気合いを入れて言ってみるが、なぜか嫌がられた。


「だって、教えてあげられなくなるから。さっきみたいに、後ろにくっついてプレイしたい」

「あ、なるほど、うん。そうか。そういう……」

「だから、あんまり上手くなったらだめだから」


 真白は顔を隠すように下を向いて言う。

 恋人のささやかでとても愛らしいお願いは聞き入れないとと思った。


「でも、俺がめちゃくちゃ上手くなったら今度は、俺が真白の後ろから教えてやれるぞ?」

「だめ」


 ただ、その逆もありかと考えて真白に提案してみるが、また断られる。


「総司が後ろから抱きついてきたら、集中出来なくなる。それに多分、後ろを向いて抱きつきたくなるからだめ」


 その言葉にどう反応していいのか分からなかった。

 彼女がここまで、こういうようなことをはっきり言うのは珍しい。


 お互いに想いあっている恋人なのだから、手を繋ぐだとかハグと言ったコミュニケーションをするのは普通だろう。

 

 だが、総司も真白も恋愛経験は初めてで、どちらも奥ゆかしいというか、もどかしいくらいに純情なところがある。


 彼女との距離が埋まっていくことを日に日に感じられるが、まだまだ少し踏み込んだコミュニケーションを取るには、お互いに未熟だった。


 しかし、こうして真白から踏み込まれると、総司は自制が効かない自信がある。


 だから、


「なるほど、そっか、えっと、なぁ真白」

「なに?」

「抱きしめていいか?」

「え?」


 総司は言ってしまった。

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