第八十五話 よし、襲撃しよう その十一
『彼』は聖都内を歩いていた。
力の波動の完全遮断。
『彼女』との邂逅の時に見せつけられたお陰で取得した技能でもって感知されないよう細工。さあ目的を達しようとしたところで空から降ってきた連中が襲いかかってきたため、殲滅するのに時間がかかっていたのだ。
足止めを食らったが、それももう打ち止めのようだ。空から降ってきた連中を蹴散らすついでに数十人のシスターを助けたみたいだが、彼女たちともすでに別れている。
たった一人。
単純な力でいえばスフィアと同格、あるいはそれ以上の怪物を四人も始末した『彼』が本来の目的のために動き出す。
ーーー☆ーーー
服がないなら、奪えばいい。
「服を寄越せカモーっ!!」
「うわあっ。スフィアがご乱心だよーっ!」
「見苦しい格好よね、本当」
ミリファにすがりつくようにぎゅうぎゅう抱きしめながらエリスが吐き捨てる。その言葉もそうだが、何よりもイチャイチャをやめないのがスフィアの神経を逆なでしまくるのだ!
「いひ、いひひ!! 舐めやがってカモっ。見せつけやがってカモお!! あっ、アタシ、こんな惨めなっ、こんな、こんのーっ服寄越せカモーっ!!」
「ったく、すっぽんぽんエルフごときがミリファとの触れ合いを邪魔しないでよねっ!!」
「イチャつきやがってーっカモーっ!!」
エルフ突進であった。
すっぽんぽんスフィアが青のスケスケネグリジェミリファ、ぴっちり黒のバトルスーツエリス、シンプルな白のドレスセルフィーと選り取り見取りな獲物へと襲いかかる。
「あ、スフィアもやっぱりこっちくるんじゃん。ん、あれ? でもなんか今色々大変そうな感じじゃなかったっけ???」
「それなら何とかなっているカモっ」
肉体を取り戻してから感知したところ、拘束されている一人を除いて襲撃者は全滅していた。魂だけの状態で支配されていた時は状況を把握する術がなかったからか、結果『だけ』を把握し、スフィアはこう判断した。
どうやら『天空の巫女』が全て片付けたようだ、と。
ーーー☆ーーー
そんなミリファたちを物陰から『ある層』のシスターたちが見つめていた。数十人もの修道服姿の女たちは何やら身悶えていた。
バリウス教、その総本山たる聖都内においても高位のシスターたちであった。中心人物たる金髪のシスターなどは『天空の巫女』の住まいたる神殿『シルフィード』に足を踏み入れることを許された、数少ない女であるほどに。
では、なぜ彼女たちは高位のシスターなのか。様々な理由があるだろうが、その中でも重要なのは彼女たちが女神の意思を受信可能な『体質』であることだろう。
生まれ持った素質。
『天空の巫女』と同じく女神の意思を受信可能だからこそ、その位もまた上となる。……人に上下はないというのが神聖バリウス公国の掲げるルールだが、神殿『シルフィード』に足を踏み入れることができる人間が十人もいないなど、『形』を変えて権力図を構築しているのだろう。
ゆえに明確な上下関係はないが、憧れを集めるという『形』に整えられた彼女たちの立場はまさしくバリウス教の中でも相応に高位に位置するものだった。
とはいえ、彼女たちと『天空の巫女』とでは格が違う。それこそ女神の言葉の一端や感情の一部を何となく感じられる程度の彼女たちに比べて、『天空の巫女』は一言一句正確に受信可能なのだから。
何はともあれ空から降ってきた襲撃者の相手をしていた彼女たちはこうして生き残っていた。
『彼』が『十二黒星』、第五星バルサを両断したからこそ、こんなにも素晴らしい光景を見ることができたのだ!
「うわ、うわわっ。なにあれ凄い美少女密着イチャイチャタイムキターッ!! なになになんであんなことになってるわけ!?」
「言葉の端々から伺うに姉が妹のために命をかけたけど、結果として二人とも生き残ってよかったねと喜びを分かち合った末の密着タイムみたいね、うん」
「尊いでございますわーっ!!」
女神の言葉の一端や感情の一部を受信可能な『ある層』のシスターたちは、つまり、その、そういう嗜好の同士の集まりであった。
『ある層』、その意味もまたそこにあるのだ。
と、そこで金髪シスターがほっと息を吐く。
「良かった、悲しむ女の子はいないんだね。……ハッ!? かっ、勘違いしないでよねっ。誰も死なずに喜び合うハッピーエンドで終わって良かったなんて思ってないんだからっ」
彼女たちは全てが終わった後に到着した。
そうでなければ、魔女の悪趣味など目にした時には、一目散に突っ込んでいたことだろう。『ある層』のシスターたち、その誇りにかけて。
「あ、あれはっ!?
「ハッ、肌色タイムキターっ!!」
そこに広がる光景はまさしく『肌色』であった。
ーーー☆ーーー
なんだか四人の少女たちが衣服を奪い合っていた。それはもう見事なすっぽんぽんが引っ掻き回し、揉みくちゃ状態であった!
ネグリジェは所々引き千切れ透けるどころか丸見えであり、バトルスーツはストッキングが断線するかのように線状に切れて、ドレスは盛大にはだけまくっていた。
「いひ、いひひ、いひひひひっ! こんなんじゃないカモ、アタシは世界最強にならないといけないワケで、なのに、こんな、服寄越せカモお!!」
「ええと、とりあえず落ち着こうそうしようっ!!」
纏めてであった。
右にセルフィー、左にエリスを抱きかかえた状態でミリファは腕を伸ばす。少女二人でエルフをサンドするように、抱きしめたのだ。
「ほら服ならその辺で買えばいいじゃん。ね?」
「む、そうカモだけど、うぐうっ、なんかモヤモヤするカモっ」
「はいはいほらぎゅーっ!!」
「あふ、これは中々……あれ、いや、違うカモっ。アタシはマリン一筋カモーっ!!」
「ちょっ、まっ、ミリファっ。なんだか流されまくってたけど、こいつミリファを誘拐した奴よね!? なのに、なんでこんなことになってるわけ!?」
「ああ……ミリファさまらしいですね」
常時想いを送信しているセルフィーはその辺の感覚が鈍ってきているのか、単純に一度手を出したから『次』への忌避感が薄くなっているのか、ミリファの想いもまた転移していた。つまり言葉なんていらない。以心伝心はここに極まっている。
「ええと、まあいいじゃんそんなこと。スフィア悪い奴じゃなさそうだしさ」
「な、ん……本当ミリファって奴はっ!!」
「悪い奴じゃないって、あれ、アタシ嬉しいって思って、ってちがーうカモおっ。気をしっかり持つカモーっ!! マリンーっ助けて流されそうカモお!!」
少女四人でのぎゅぎゅっと抱き合いであった。
それはもう見事に引っつきまくりであった。
ーーー☆ーーー
『運命』において『少年』の大陸統一は確定事項であった。人間だけが対象とはいえ、未来における全ての可能性を網羅しても『少年』の進軍は止められない。
それはなぜか。
スキル『憑依』によって殺しても殺されても、最終的には『少年』の勝ちとなるからだろうか。それも理由の一つだが、もう一つ大きな理由が存在する。
スキル『憑依』は相手を殺した場合は相手の魂を奪う。つまり魂に秘められた魔力やスキルさえもだ。
「ハッハァ」
『技術』は肉体依存であるため『少年』は最大最強の『技術』エネルギーを持つ帝王の肉体を手に入れた。だが魔法やスキルは魂の依存。つまり頂点『だけ』に固執する必要はない。十でも百でも千でも万でも億でもいい、『積み重ねて』いけばいいのだ。
これまで殺してきた生物の魂、その総数。
スキル『憑依』にて無数の魂を支配する『少年』は魂を構成する魔力や魂に刻まれたスキルを自在に操ることができるのだから。
これこそスキル『憑依』の真髄。
魔力やスキルの『積み重ね』が頂点崩す。女神の奇跡の一端やら大陸中の人間が捧げる祈りやらが相手だろうが関係ない。いかに『天空の巫女』が最高峰の概念を放出しようとも、あくまでそれは単一の力。頂点『だけ』を持ち出したに過ぎない。二番手だろうが最下位だろうが、とにかく数を揃えた『少年』は頂点以外を集めた数の暴力。単一の勝負では勝てずとも、合計値で上回ればいいのだ。
『炎の書』第九章第五節──煉獄招来。
漆黒による純白の侵食。ジュッワァッ!!!! と猛烈な勢いで広がる黒が限界を超えたかと思えばバッァン!! と弾けた。超温度の漆黒の閃光が全方位に撒き散らされる。つまり拘束という概念で形作られた純白の鎖が焼き切られたのだ。
「ハハッ、はははははァッ!! やるじゃねぇか天使ちゃんよ!! 自殺して天使の受肉体を奪うべきかもなんて思っちまったくらいには追い詰められたぜ。まァ結果はこの通りだがなァッ! 残念ながら俺様のほうがほんの僅かに上だった、それだけだ」
「……奇跡と祈りの合わせ技さえも超えますか。『習合体』としてはここで決めたかったものですが」
「ハッハァ!! それじゃあ搾取の時間だ天使ちゃん。強者が弱者を踏み潰す、それだけの単純な法則に呑まれて死んじまえ!!」
そして。
そして。
そして。
ーーー☆ーーー
ドッバァンッッッ!!!! と。
『彼』の拳が『少年』の頬を打ち抜いた。
「が、あうが!?」
そのまま聖都を横断する。
神聖バリウス公国の中心地たる聖都だ、その面積も相当なものだろうに、軽々と『横断』するほどの距離を殴り飛ばされたのだ。
「次から次にめんどくせえのが立ち塞がってよ。俺は姫さんのために嬢ちゃん救いに来ただけなんだがなー」
『彼』は無精髭を生やした中年騎士だった。
『彼』は不真面目な男だった。
『彼』はいくら命令違反しようとも手元に置いておきたいと思えるほどの力ある者だった。
つまりはガジル。
第七王女唯一の護衛たる騎士が戦場に君臨する。
いいや、厳密には、
「ハッハァ!!」
だんっ!! と上空より降り立つ影が一つ。
『少年』は聖都を横断するほどの距離を殴り飛ばされた後とは思えないほど軽やかに降り立ってみせた。
だらり、と唇の端から流れる血を舌で舐め、ケダモノのごとき獰猛な笑みを浮かべる。
「『十二黒星』のうち四人殺したのはお前だなァ?」
「十二ナンチャラが何だかは知らねーが、まあ確かにここで四人ほど殺したわな。なんかめんどーそーな予感する連中だったしさ」
「イイなァお前。帝王の肉体を手に入れる前だったら、その肉体も欲していたかもなァ」
「帝王の肉体、ねー。なるほど、噂の『運命』ってやつか。こりゃー予想以上にめんどーそーだ。嬢ちゃん救うよりも先に対処しねーといけねー予感がしたのは間違いじゃなかったみてーだな」
カチャ、と腰の剣に右手をかけるガジル。
応じるように『少年』もまた右手に握る半ばよりへし折れた剣を構える。
ぶわり、と『少年』の剣を補うように噴き出した不可視のエネルギーが刃を形成した瞬間、両者は弾かれるように前に飛び出した。
『少年』は音速さえも超える。あのスフィアが反応さえできなかった挙動を前に、『昨日』スフィアに負けた程度の男が抗えるわけがない。
そう、ガジルの実力が『昨日』のままだったならば。
ガッギィィィンッッッ!!!! と。
両者の刃が真っ向から激突、噛み合い鍔迫り合う。
「ハッハァ! やるなァおい!!」
「そりゃどうも。柄にもなく真面目に頑張った甲斐があったもんだ」
更なる怪物の追加。
しかし単純な暴力がいくら追加されようとも、最後には『少年』の糧にしかならないだろう。




