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ぐーたらメイドと無能なお姫様〜無自覚スキンシップで女の子陥落大作戦〜  作者: りんご飴ツイン


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第六十話 よし、趣味を堪能しよう

 

 ガードルド公爵家本邸。

 貴族の中の貴族、四大貴族の堂々たる一角に君臨するガードルド公爵家に相応しい豪勢な建築物『だった』。


 見る影もなかった。

 瓦礫の山が広がるのみだった。


 ガードルド公爵家とリリィローズ公爵家、四大貴族同士の激突があったのだ。むしろその程度で済んだのが奇跡に等しかった。


「ふう。こんなところですか」


 瓦礫の山の上に君臨するはフィリアーナ=リリィローズ。魔法を司る彼女がフィーネ=ガードルドを叩き潰したのだ。


 と。

 気配を感じ取った褐色の女性の頬がほんのりと赤くなる。



 ゴッドォッ!! と。

 炎の流星が瓦礫の山に着弾した。



 濃密な殺意を纏う少女。

 つまりは、エリスが降り立ったのだ。


「『声』を頼りに『黒幕』ぶっ殺しにきたわけだけど……貴女最近誘拐されていた令嬢ね。ったく、数年前といい最近といい、公爵令嬢ってば誘拐されすぎよ」


「あ、あわ……あ、あ、の……あの、ですね」


 むにゅむにゅと唇が震える。

 なんだか足に力が入らない。

 憧れの、それこそ影から覗き見るくらいじゃないと刺激が強すぎるほどだと思うほどには信者(ファン)なフィリアーナ=リリィローズにとって、こうして直に顔を合わせるだけでも極楽ものであった。


 説明が必要だと分かっているのに。

 件の騒動、その真相を──


「ああ、今回の件に関してはもう全部分かったわよ。()()()()しさ」


 だから、だろうか。

 あれだけ黒幕を殺すと殺意を漏らしていたはずのエリスが肩の力を抜いている……ということは、本当に『全部』把握しているのだろう。


 手段は不明。

 だが、そう、目の前に降臨しているのは憧れだ。たかが信者(ファン)の一人ごときがその深奥を理解できるわけがないのだ。


「正直こんなこと企みやがった黒幕についてはこの手でぶっ殺してやりたいと思っていたんだけど……まあ、いいわ。そっちのほうが()()()()()()しさ」


 それだけだった。憧れは地面を蹴り、空を駆け、去っていったのだ。


 しばしフィリアーナ=リリィローズは憧れが飛び去っていった方向を見つめていた。


 と、その時だ。

 ゴッォン! と瓦礫の山が舞い上がるように下から吹き飛び、一人の女性が這い出てくる。


 身に纏うふんわりドレスは無残にもズタボロだった。そう、ガードルド公爵家当主フィーネ=ガードルドである。


「が、ぁう……ごぶばぶっ!? は、はは……殺さないんですか、フィリアーナ? よもや、旧知の仲だからといって、情けをかけると?」


「…………、」


「私はエリス様を手に入れます。身も心も魂さえも。何度でも挑戦して、いつかどこかで、必ずです!!」


「…………、」


「それでも殺しませんか? ふふ、そうですよね、消極的なフィリアーナが私を殺すことなんてできませんわよねえ!!」


 フィリアーナ=リリィローズとフィーネ=ガードルドは旧知の仲である。学園ではライバルであり親友と呼べる間柄であった。


 好意を寄せていた。

 秘めたる友愛は双方共に強烈なものだろう。


 だからだろうか

 似た者同士は惹かれ合うのか。

 二人は()()()()()()。二人共がエリスを好きになったことからも、そのことは十分分かるものだ。


 そう。

 ()()()()()のだ。



 ぶっしゅう!! と。

 風の刃がフィーネ=ガードルドの四肢の神経を切り裂いた。



 四肢の自由を奪う。

 殺しはしない、しかし見逃しもしないと告げるように。


 ()()()()()、その意味が禍々しく噴出する。


「あのお方を手に入れようなど恐れ多いですわぁ。手に入れるなら、もっと手頃なものでないと」


「あ、う?」


 フィリアーナ=リリィローズは言う。

 どろり、と。表情筋を悦楽に溶かしながら。


「ずっと、ずっとずっとずっと! 欲しいと思っていたのですわぁ。だってフィーネとはライバルであり親友でありますもの。こんなに手頃なものもないでしょう」


 フィーネ=ガードルドとフィリアーナ=リリィローズは()()()()()。フィーネがエリスの身も心も魂さえも欲したように、フィリアーナはフィーネの身も心も魂さえも欲していたのだ。


「これでも我慢していたのですよ? そう、そうです、枷を外したのはフィーネのほうですもの」


「あ、あう、待って、そんな、私は……っ!!」


 バッゴォ! と風が四肢の神経を切断され、身動きが取れない哀れな獲物を押し潰す。黙れと、発言は許してないと、身も心も魂さえも奪ってやると、言外に告げるがごとく。


「さあ、フィーネ。『収穫』の時間ですわぁ。早く身も心も魂さえも私に差し出してくださいね?」


 ガードルド公爵家本邸が瓦礫の山となるほどに破壊されている現状、しかしこの場に足を踏み入れたのはエリスただ一人。


 対外専門の諜報部門。

 問題が発生する『前』に対処する精鋭たちに整えられた、不自然なまでに隔離された領域で。


 殺すよりも()()()()()()ほどに黒幕を蝕み、狂わせ、満たす、濃密に蕩けた独占欲が解き放たれた。



 ーーー☆ーーー



 首都近郊、小高い丘を囲むように広がる森の中。目立たない場所にひっそりと建つ小屋の中では両足や左肘の応急処置を終えたリーダーがちょこんと座り込んでいた。


 黒幕ぶっ殺して、二度とこんなこと起こらないようにしてくる、とエリスは告げた。どこか心配そうで名残惜しそうではあったが、炎や風といった暴力方面に特化した自分が残っていても両足を負傷したリーダーにできることはないと考えたのだろう。振り切るように飛び去っていったのだ。


 そんなわけで両足と左肘に格安の消毒液をぶっかけ、これまた格安の包帯型治癒促進剤を巻き、応急処置を終わらせていた。


 左肘はマシなほうだった。おそらくこの足はもう使い物にならない。切り開いたほうは何とかなるかもしれないが、内側から爆発させた足が完全に治ることはないだろう。


 それでもリーダーは満足していた。あの悪魔を、恐怖の呪縛をリーダー自身の手で粉砕したことには意味があるはずだ。エリスには悪いが、『強者』がゾジアックを倒していたよりも、ずっと価値があるのだ。


 未だにあの時のことを思い出す。夜うなされることも多い。それは他の少女たちも同じなのだが……今回の件をきっかけに吹っ切っていければとリーダーは思う。『弱者』でも『強者』に勝てるのだと、もうあんな奴を恐れる必要はないのだと、本当の意味で『逃げられた』のだと。


 と。

 そんな真面目な話で誤魔化している場合ではなかった。


(好き、大好きって、これはゾジアックが生み出したものじゃなくて私の中に自然に生まれたもので、エリスも同じ気持ちで、そんな、これって、うわ、わあわあわあ!?)


 パニックであった。

 いくら真面目ぶろうが、より強烈で濃厚で蠱惑的な出来事が全てを塗り潰すのだ。哀れゾジアック、既にリーダーの中にかの悪魔の名残りはカケラも残ってはいない。


(エリスがどこか行ってくれて助かった、うん、本当助かった。こんなの無理だって顔なんて見れるわけないってえ!!)


「リーダーぁ? どうしたのぉ頭抱えてぇ」


「にゃっ、にゃんでもない、から!!」


「? まぁ色々あったけどぉ買い出し組が帰るまでは足止めしないとねぇ」


「だね。誕生──」


「おいこらまたかよこいつ黙らせよう!!」


「ふぐう! 私よりも先にあっちが情報漏らしているのにい!!」


「こいつ分かっててやってやがった! 本当たち悪いわねっ!!」


 少女たちが黒ずくめをはだけさせ言い合い取っ組み合いしていたが、そんな場合ではないのだ。己の心を整理する時間が必要なのだ。


 さて問題。

 リーダーがエリスに抱く『好き』の種類は?


(とっ、友達っ! そう友達になりたい的なアレソレなんだから! それ以外あるわけないじゃんだからこんなにドキドキする必要ないじゃんなんで顔熱いのよもうやだなにこれメチャクチャエリスに会いたいけど会いたくないっ!! )


 とにかく時間が必要だった。

 この気持ちを整理して、友達になりたいという常識的な範疇に収める必要があった。



 ドッゴォン!! と。

 何かが空から降ってきたかのような音がした。



 直後に小屋の扉が開かれ、肩から脇腹にかけて豪快に斜めに裂けた黒のワンピース姿の少女が入ってきた。


 つまりはエリス。

 今一番会いたくて、けれど一番会いたくない少女であった。


 怪我を雑に焼き潰しただけの少女はほとんど飛びつくようにリーダーへと近づいてきた。


「ごめん遅くなった! 足大丈夫!?」


「だっ、大丈夫! だから、やめ、近づかないで!!」


「ッ!?」


 リーダーとしてはもう顔といわず全身が熱くなってしまうからそれ以上近づいてこられると困るという意味のつもりだった。()()()()()こそ限度があり、時間が必要なのだ。


 だが、そんなこと想像すらしておらず、『魂から響く声』を聞く能力を解除しているエリスは、それはもう目に見えて衝撃を受けていた。


 ほとんど飛びつくような挙動から一転、ズシャッ! と顔面から床に倒れたのだ。


「ちょっ、大丈夫!?」


「き、嫌われた……うわあーっ! 嫌われたよーっ!!」


「ちょっ、ちょちょちょっ泣く普通!? 待ってよそんなそこまでのことじゃないでしょっ」


「そこまでのことだもんっ」


 なんだか口調まで幼児退行したエリス。

 こうなってしまうといくら嬉しくて恥ずかしくてなんだか意味がわからない感情が沸き起こるとはいえ、放ってはおけない。


「うそ、嘘だって! 近づいていいか──」


「やっほおーっ!! 大好きだよーっ!!」


「ばっ、まっ、まあ!!」


 そのままギュウッ!! と熱烈に抱きしめられた。もうなんだこれ、と茹で上がった脳は認識を半ば拒絶していた。これをダイレクトに認識すると、こう、何かが壊れそうな気がする。常識とか倫理とか理性とかだ!!


「……足、大丈夫?」


「まぁ見た通りかな。片方はまだしも、内側から爆発したほうは駄目っぽいね」


「そんな……っ!! 今からでも遅くない!! 凄い医療術師とか凄い回復系スキル持ちとか探して……っ!!」


 こんな私を心配してくれるんだと口元を綻ばせていたリーダーは、ふと気づく。


 ヂリッ、と。

 エリスが纏う空気が変わったことに。


「エリス……?」


「チッ、次から次へと……しかも、くそっ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 不穏すぎる言葉だった。

 だが、なぜそんな言葉が出てきた? エリスがこうして帰ってきたということは黒幕とやらを倒せたはずだ。今回の騒動は解決したはずだ。



 だが、そう。

 もしも全く関係ない始点より始まった『騒動』がこちらに飛び火してきたとしたら?



『それ』はエリスが開けたままにしていた入り口から入ってきた。ぶらぶらと余った袖を揺らす黄色のパーカー姿の女エルフがだ。


「やあやあ、随分と面白いもの見せてもらったカモ。弱者が強者を倒すなんて早々あることじゃないカモっ」


「……何者よ、テメェ?」


 リーダーを背中に庇い、そう問いかけるエリス。だが黄色パーカーの女エルフといえば、リーダーしか見てなかった。


「いいカモ。そうだよね強い『だけ』じゃ予定調和からは抜け出せないカモ。暴力以外の『何か』を持つ奴のほうが面白いワケだねっ。リーダーだったカモ? 次は『魔の極致』第四席、スフィアが相手になりたいカモっ!! ほら早く殺し合うカモっ」


「ふざっけんな、クソ野郎がァあああ!!」


 宣言通り魂を燃やし捨てる『前』だった。

 ゴグッシャア!!!! と。何かが起きた。


「……え?」


 赤が飛び散る。

 それがエリスを構築していたモノだと気づけたのはいつだったか。



 リーダーの目の前でエリスの肉体が四散した。

 体内に風系統魔法を詰めて破裂させたかのように、肉と骨と血とが無数の破片となって飛び散ったのだ。



 エリスの形なんて残ってなかった。

 残ったのは無数の肉片や骨の残骸や血だまりだった。


「え、りす……? うそ、そんな、エリスっ!」


「おっと、やりすぎちゃったカモ」


 瞬間。

 無数の破片がまるで先の四散を巻き戻すかのように動き、集まり、そして──エリスの形を作った。


「ば、がう!?」


「エリスっ」


 駆け寄ろうとして、ガグッと縫い止められたかのように動きを止めるリーダー。そう、彼女の両足は既に壊れ──


「ああ、それは邪魔カモ」


 ──ていたはずなのに、気がつけば今までと同じように動いていた。エリスに駆け寄り、全身を触り、袈裟に裂かれた傷さえも存在しない正常状態という『異常』を確認して……ようやく自らの両足が完全に治っていることに気づくリーダー。


「な、にが……エリスの怪我も私の怪我も全部なくなってるって、そんな、どうして!?」


「大したことじゃないカモ。死ななければ大丈夫、それがアタシのスキルなワケだし」


 治癒系統のスキルなのだろう。

 だが、いくらなんでも規格外すぎる。そもそも四散した人間を元通りにできるなど、それこそ死者を生き返られることも可能なのではないか?


 そんな疑問を抱いていることに気づいたのか、単純に今までも同じことを聞かれてきたのか、スフィアはなんでもなさそうにこう言った。


「さっきも言ったけどアタシのスキルは死ななければ大丈夫ってヤツカモ。さっきのは完全に死んだと認識する前にスキルを使ったから何とかなったけど、完全に死んだ奴は生き返られないワケ。アタシにできるのは死を認識する前、生命活動が停止した瞬間までなワケだし」


 己の手札を惜しげもなく晒すのは、それだけ己の力に自信があるからか。『魔の極致』第四席、スフィア。あの魔女を末席と扱うほどの集団、その第四位。


 怪物は言う。


「で、いつになったら殺し合って貰えるカモ?」


「……っ!!」


 何もできなかった。

 立ち向かうことも逃げることも、何もだ。

 あのエリスが一撃で粉砕され、その損傷さえも一瞬でなかったことにする怪物に明確に標的と定められて、何ができるというのだ。


 ゾジアックなんて霞む、あんなの比較対象にもならない。恐怖とは彼女を指す。強者とはスフィアを示す。


 黄色のパーカー姿の女エルフ。

『魔の極致』第四席、スフィア。

 規格外の怪物が動く、その前のことだった。



 だだんっ!! と。

 黒ずくめの少女たちがリーダーを庇うように前に足を踏み出したのだ。



「なっ、何やってるのよ!?」


「リーダーぁがやってくれたことを、だよぉ」


 それだけだった。

 それだけ言えば十分だと全員が思っていたのだろう。


 そして、もう一つ。

 この状況下で彼女が黙っているわけがなかった。


「大丈夫。あたしがなんとかするから」


 エリス。

 黒のワンピース姿の少女は死に等しい衝撃が抜け切れていないくせに、そのことをリーダーにだけは感じさせない声音でそう告げたのだ。


 くそったれなスラムの中、使い捨ての消耗品として死ぬのだと諦めず、何としても生き残るのだと足掻いたからこそ、だ。


 だからこそ少女たちはリーダーのために立ち上がった。大好きなリーダーを守りたいとエリスは拳を握りしめる。


 諦めなかったからこそ、繋がった。

『好き』の連鎖は止まらない。

 ならば、どうするべきか。本当にリーダーが望む未来はどこにある?


 そんなの決まっていた。

 少女たちと共に生きたいのはもちろんのこと、ようやく自覚し始めた感情の正体を知ることなく死にたくない。


 だから。

 だから。

 だから。



「むう。これは面白くなりそうにないカモ」



 くるり、と。

 軽やかな動作でスフィアは踵を返した。


「またねカモっ。今後も面白いもの見せてくれるのを楽しみにしてるカモっ」


 いっそ呆気ないほど簡単に去っていった。

 気まぐれに、適当に。

 そう、あくまでその程度の理由で見逃すことを決めた。ならばその程度の理由で殺すことを決めていたかもしれないのだ。


 単純な強者ともまた異なる恐怖。予測不能の災害。気まぐれが違う方向に向かっていれば、今頃は、と考えただけで背筋に悪寒が走り抜けるが……何はともあれ生き残ることができた。


 今はその事実を噛み締めるべきだろう。

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