第四十七話 よし、戦争しよう その十四
金色のオーラ纏うミリファが口にするは宣戦布告。国王ぶっ倒してやるぜと明白な敵意をぶつけられて、ヘグリア国軍所属の兵士がそれを見逃すわけがない。
……ないのだが、オッドアイ女性兵士はどうしてかすぐに斬りかかることはなかった。
隙があることが一種の誘いで仕掛けた瞬間に返り討ちに合うと思っていたからか、それとも戦う理由が穢れつつあるからか。
だから先に動いたのは周りの兵士だった。
その時、オッドアイ女性は咄嗟に口を開いていた。
「ま、待つであります!!」
その言葉が全てを物語っていた。
だが遅い。すでに兵士たちは四方から不可視のエネルギー、つまりは『技術』を纏う槍や剣を突き出しており、『うにゃあっ!?』と両手で頭を庇うようにして縮こまる敵兵は剣戟の中に呑み込まれた。
肉は引き裂かれ、骨は砕け、顔を識別すらできないぐちゃぐちゃの死体が出来上がる……はずだった。
ズッパァン!! という轟音。
剣や槍が小柄な少女に触れた、というよりも金色のオーラにぶつかった瞬間、身体の芯まで響く鋭い轟音と共に弾かれたのだ。
「……え?」
本陣つきの兵士たちの攻撃だ。
それが数十殺到したというのに、その全てがオーラを突破できなかったのだ。そればかりか弾かれた衝撃で大の大人が軽々しく宙を舞う。
「な、んでありますか。今何をしたであります?」
問いに、しかしぎゅうっと目を瞑り縮こまる小柄な少女はぷるぷる震えるだけだった。そこらの村娘が暴漢にでも襲われたかのように。
「馬鹿に、してるでありますか! いつまでそうやってふざけているでありますか!!」
「……ぅえ? あれ、どうもない? 怪我してない!?」
ぱちくり瞬きして、ともすれば小柄な少女のほうが驚いたといった風にペタペタ全身を触っていく。やがてはたと顔を上げ、思い出したように叫んでいた。
「あっ、そうだった! 今の私は凄いモードだったっけ! 確かに凄いモードは凄いって話なんだろうけど、でもここまで凄いのかぁ。これなら本当にいけそうかも、うんっ!」
「だから何を──」
オッドアイの女性の声をかき消す殺意があった。ゴァッ!! と彼女の真横を通り過ぎ、殺到するは火炎の塊。『にゃっ!?』と肩を跳ね上げる少女が避ける暇もなく紅蓮に呑み込まれ、しかし金色に吹き散らされた。
そして背後から叩きつけられる叱責。
「何をやっている! そいつは敵だろう、ならば殺せ!! 奴の力なんて関係ない、数の暴力で蹂躙すればいいだけだ!!」
グランジルド=フォーリゾン。
漆黒の鎧の上から紅のマントを羽織る本陣つきの兵士を束ねる兵士長である。
歴戦の兵士らしい厳つい顔の大男は身振りで指示を出し、火炎に続くように四方から無数の魔法攻撃が放たれた。
炎、水、風、土。
四属性が絡み合うように中心地たる小柄な少女へと襲いかかり──ブォッワァ!! と彼女を守るように全方位に展開される金色の障壁。無数の魔法攻撃はその全てが金色に傷一つ入れることはできなかった。
「チッ!! これでも駄目かっ」
「グランジルド様っ。このままむやみやたらに攻撃を仕掛けたって奴には通用しないであります!! そもそもこれ以上の戦闘行為に大義があるとは到底思えません!!」
「貴様っ! その台詞にどういった意味があるか、本当に分かっているのか!?」
「っ!! う、うるさいであります!! 自分は掃いて捨てるほどの価値しかない木っ端兵士でありますが、それでも『選ぶ』権利はあります!!」
「き、さま……ッ!!」
ブォッ! と魔法陣の展開と共に大男の右手に集う炎。木っ端の兵士と違って自分は使い捨てられないと思い込んでいる馬鹿が造反の芽を潰そうとしたのだろう。
……実際には四天将軍さえも捨て駒以下の使い捨てだったのだが、彼はそのことに気づいていなかった。
「ならば『選んだ』代償として何を支払うべきか、その身に味わうがいい!!」
芽は早いうちに摘み取るべきだ。
まだ意見するだけでとどまっているオッドアイ兵士が何らかの行動に移すかもしれないし、それに他の兵士が追従する可能性もある。
だからこそ、大々的に殺すべきだ。
反発は死を招くと他の兵士に示すことで造反の可能性を潰すために。
ゴッア!! と迸る紅蓮。
真っ直ぐに迫る猛火に対してオッドアイ兵士はその手に握った長剣に『技術』を纏い──
「こらーっ! やめろおーっ!!」
オッドアイ女性の前に飛び出てきた小柄な少女がその腕を横に薙ぎ払う。ほとんど転びそうになって、反射的に腕を動かしたといった有様であったのだが、迸る黄金のオーラが紅蓮の猛火を吹き散らしたのだ。
「なっ、何をしているでありますか!?」
「お前らこそ何やってるんだよぉ!! どいつもこいつも殺す殺すってそればっか!! 敵どころか味方まで殺すってなにそれ!?」
小さな身体に膨大なエネルギーを纏い。
彼女は言う。
「戦争においてはそれが正しいのかもしれない。殺し合うのが当たり前で、奪うのが常識なのかもしれない。だからってそんなものに合わせてやる理由はどこにもない!! そんなものに従って、失うだけ失ったって悲劇だけが積み重なるだけじゃん!!」
金色纏う少女が拳を握る。
そんな彼女を改めてオッドアイ女性は見つめる。
ああ、この子はただの女の子なのだ。
変な先入観を抜きにすれば、隙だらけの構えも震える身体も泣きそうに歪む声も、全てが戦争という極大の怪物に怯えるただの女の子にしか見えない。
それでも。
小柄な少女は世界に喧嘩を売るがごとく、思いきり叫んでいた。
「できるだけ死人を出してたまるか。死人が出るのが当たり前、誰かが苦しむのが常識だというなら、そんな胸糞悪いルール、ここでぶっ壊してやる!!」
ーーー☆ーーー
怖い。
それがミリファの中に渦巻く感情だった。
それでも叫んでやった。
心からの思いの丈を。
……あくまでできるだけ死人は出したくない。それがミリファの本音である。
ミリファは絵本に出てくるような勇者でもなければ、語り継がれる魅力ある英雄でもない。そんなヒーロー性質、カケラも持ち合わせてはいないのだ。
戦争は嫌だけど、武力をもって攻め込み。
攻め込んでおきながら、死人を出したくなく。
死人を出したくないけど、自分や大切な人が危険にさらされるならば殺すことも選択肢に入れる。
どうしようもなく中途半端。一貫するだけの強さはどこにもない。
だけど、それがミリファだ。
大切な人には死んでほしくない、だけど死人を出したくない。それでもいざとなったら死にたくないがためにその身に宿す力を振るう。
……本当に誰かを殺せるかどうかはさておいて、そうしないといけないのだと漠然と思い浮かべるくらいはできる。
それこそどこにでも転がっているただの村娘の思考回路だろう。ただしミリファには力があった。立ち塞がる絶望に抗う希望がその胸に宿っていた。
だから、戦うのだ。
できるだけ死人を出したくないなどと綺麗事未満の偽善を言い訳にしないと拳を握り立ち向かうこともできないほどに弱いくせに──ただただいつも通り心置きなくぐーたらできる生活を取り戻すために。
「……殺せ」
ぼそり、と。
ミリファなんて比べ物にならないくらい巨大な男がドロドロとした感情を漏らす。
すぐにそれは荒れ狂う奔流と化す。
「反逆者も敵兵も纏めて殺せえ!!」
瞬間。
ミリファやオッドアイ女性を飲み込むように四方から多種多様な暴虐が放たれた。
あるいは炎の槍。
あるいは風のギロチン。
あるいは水の弾丸。
あるいは土の剣。
あるいは不可視のエネルギー刃。
一つ一つを正確に視認できやしなかった。それこそ極彩色の津波が全方位から押し潰すように押し寄せてきたのだから。
「だからあ! やめろって言ってるでしょーっ!!」
ゴッバァッ!! と再度吹き荒れる金色のオーラ。不思議とオッドアイ女性だけはすり抜けて、極彩色の津波や周囲の兵士だけが飲み込まれた。
響くは重々しい轟音。
それこそ枯れ葉を掃くように、極彩色の津波も兵士の群れも薙ぎ払われていったのだ。そう、兵士たちを束ねるグランジルドさえも一兵卒と同じように、呆気なくだ。
「おー……なんとなくでやってみたけど、凄いなぁこれ。流石は凄いモードっ」
……やらかしたミリファ自身が驚いているような有様ではあったが。
「……何者でありますか? ここまでの力を持つメイドがアリシア国に存在するなんて聞いていないであります!!」
「ふっふっふう! 今度こそ名乗れるはずっ。ようし、いくぞっ! 私こそは第七王女が側──」
トン、と。
響くは正面に漆黒の鎧を纏う中年の男が降り立った音だった。
「随分と暴れてくれたな、クソガキ」
「もお、また名乗れなかったし。なんだよお前! っていうかさっきの馬の奴じゃん!! お前だろ敵も味方も消し飛ばす傍迷惑な攻撃仕掛けてきたのっ。聞いてるんだからな、こんにゃろーっ!!」
「ふん、舐め腐っているな」
ゴキッと首を鳴らし。
国王は吐き捨てるように、
「本当舐めてやがる。ここまでの戦力を今まで隠してやがったとはな。……四十九万もの魂が生み出すエネルギー波を打ち消されるとは思ってもみなかったぞ」
「奇遇だね、私もだよ」
どこか誤魔化すようにいつも以上におちゃらけた様子を見せるミリファ。あるいは恐怖を押し隠すためだろうか。
そう、今だってミリファの本音は戦争なんて投げ捨てて逃げてやりたいといったものだった。いや、おそらくミリファだけなら逃げられる。それだけの力を身につけている。
だけど、それだと『好き』を守れないのだ。
だったら戦うしかないではないか。
「ふん、だがそれもここまで。今度こそ我が軍事力で吹き飛ばしてやろうぞ」
ぐにゅりと空間が歪む。
そこから溢れるは白にも黒にも見える膨大なエネルギー。つまりは魂であった。
総数七百。
そこから二乗して四十九万。
それほどの膨大なエネルギーを直接叩きつけるだけでも凶悪な破壊力を叩き出すことは先の一撃で両軍に甚大なる被害が発生したことからもわかるだろう。
そこで終わらない。
「『風の書』第六章第九節──風刃抜刀」
それだけのエネルギーを魔法へと変換、その破壊力を『増幅』させたのだ。
そもそも魔法とは魔力に属性を付加する他に効率的な魔力の増幅方式とも言える。
単なる魔力では一の破壊力しか出せないところを十でも百でも増幅する技能であるのだ。
だからこそ第一から第九というくくりがあり、上にいくほど威力は上昇するのだ。最低必要魔力の値も増えるが、魔力増幅倍率もまた跳ね上がるために。
ブッゥゥンッッッ!!!! と響くは二メートルほどにまで『圧縮』された反り返った風の刃が不気味に震動する音であった。
中級の最上位。
それだけなら大したことはなかったかもしれない。死肉の魔女が上級の最上位をあれだけ連発した後だと霞むかもしれない。
だが、そこに込められた魔力が違う。
エリスが魂を削ってでも高純度高濃度の魔力を引き出し、生み出した初級魔法の混合たる炎上暴風龍があれだけの威力を生み出すことからも、魔法の力は章の数と魔力量とに左右されることが分かるだろう。
今回込められた魔力量は四十九万もの魂。
そこに込められた魔力量『だけ』でも両軍の生き残り、その三分の一を消し飛ばす威力を発揮したとするなら──それだけのエネルギーが中級の最上位たる風刃抜刀の魔力増幅倍率にて増幅された場合、どれだけの破壊力を生み出すのだ?
「死ね」
ゾッバァァァンッッッ!!!! と。
クラン草原が『割れた』。
無造作に振るわれた刃が生み出す膨大なエネルギー、その全てを『斬ること』のみに尖らせた結果生み出されるは地形さえも両断する絶対切断機能。
刃の攻撃範囲たる二メートルを遥かに超え──やろうと思えば、街の一つや二つ軽く輪切りにできるほどの一撃だったのだろう。
あくまで推定。
それだけのエネルギーがあるのだろうという予測しかできない。
なぜなら『割れた』のは数メートルだけ。
そこから先には──
「う、ぬうううううーっ!!」
ガッギィィィンッッッ!!!! と小柄な少女が突き出した両手が、そこから溢れる金色のオーラが風の刃を受け止めていたからだ。
その刃に秘められし絶対切断機能は、しかしギリギリと金色のオーラを軋ませることしかできなかった。
「この力……まさか最初に放った四十九万もの魂のエネルギーを変換しているのか? いや、それは、もしや、いいやありえないっ!! 先ほどのが消滅ではなく『吸収』だとしても、それは不可能だっ。異なる魔力は共存できない、混ぜれば拒絶反応を起こす。だからこそ先の一撃は決して触れ合わないように調整していた。この風の刃だって魔法に変換してから掛け合わせた。魔力から派生した魔法は触れ合っても拒絶反応が起きないからな。だというのに、なんだ、それは? どうして異なる魔力同士の反応が金色のオーラから滲んでいる??? その力は一体なんだ!?」
「さっきも言ったけどさ」
あくまで凝縮エネルギーの集合体たる風の刃から異音が響く。だけでなく、その刃に亀裂──いいや、解けていく。
金色のオーラに押され、完全なる個ではなくあくまで複数の魔法の集合体だからか、その結合が力づくで破られそうになっているのだ。
「私はさっきの傍迷惑な攻撃を食べた。そして食べたやつを糧として『これ』を生み出したんだよ。だから同じものから派生した金色のオーラと風の刃、どっちが勝ったって不思議じゃないよね!!」
ついに限界値を超えた。
パッァン!! と風の刃が弾け、無数の粒子が舞う。
「ぐ、う!」
たまらず大きく後ろに飛び退いた国王。
対して小柄な少女は大きく前に踏み出す。
「お前を倒して皆で笑い合えるぐーたら生活を取り戻してやる!!」
「舐めるなよ、クソガキィ!! ヘグリア国が国王がぽっと出のメイド風情に敗北するわけがないだろうがあ!!」
直後。
金色纏う少女とヘグリア国が代々取り込んできた軍事力を束ねる王とが真正面から激突した。




