第十二話 よし、コスプレしよう
ファルナは後悔していた。
平民の身で王女様御付きの側仕えとなった憧れという点を抜きにしても、ミリファは自慢の可愛い友達だった。変にゴチャゴチャと付け加えて彼女本来の愛らしさを崩す必要はないのだと、私の友達はそのままですっごく可愛いのだと、そのことを証明せんがために。
はっきり言おう。
はじめての友達とのはじめてのデートで浮かれまくっていた。
だから、ミリファの手を取って駆け出すという普段ではやらないような行動をしてしまったのだ。
「あ、あの、ミリファさん、私、その、引っ張り回してしまって、ごめ──」
「ファルナちゃん」
ぎゅっと。
握った手に力を込めて、隣に立つ友達は花が咲くようなキラキラとした笑顔をみせる。
「ずっきゅーん目指して頑張ろう! ねっ!?」
「ず、ずっきゅーん……」
「そうそうっ。今日はファルナちゃんとデートしてるんだし、ファルナちゃんが好きな格好しないとだよねー」
「みっ、ミリファさん!? デートって、そんな、あの、それは違うくて、あのおっ!!」
「いいからいいから。ほらずっきゅーんいくぞーっ!!」
「だからずっきゅーんってなんなのーっ!!」
ーーー☆ーーー
黒ずくめのリーダーはげんなりした表情で姿鏡に映る己の姿を見つめていた。おしゃれさん主導で変装大作戦を決行すると決めたのは自分だ。エリスの到着まで時間はなく、口を挟む暇もなかった。だからといって、
「……なんだって天使の格好してるわけ?」
なんたって純白の翼やら天使の輪っかやらを外付けし、これまた純白の(最低限の部分しか隠していない)簡素な装飾をわざわざ選ぶ必要があったのだろうか?
「ちっちっちぃっ!」
と、極端に防御面積が狭く、もう防具というより水着といったほうがいいじゃねーかといった格好のおしゃれ黒ずくめはバサッと羽織っていた紅色のマントを羽ばたかせ、声高らかに告げる。
「ただの天使にあらずぅ! 大陸南部で大ブームの恋愛小説『いちゃらぶ☆フォトンウェーブ』のヒロインが一人エンジェルミラージュちゃんの通常形態だよぉ!!」
「いちゃ、なんだって?」
「『いちゃらぶ☆フォトンウェーブ』だよぉ! え、知らないのぉ?」
「まあ、うん」
女看守やら女賢者やら女剣士やら女盗賊やら女王やらといったジャンルをイメージ先行で実用性を考慮せずに形作ったような格好の黒ずくめたちも首を傾げていた。
ファッションに興味のカケラも抱かない女どもの集まりだ。もちろん恋愛小説なんぞ読んでいるわけがなかった。というか恋愛小説を読むために文字を読めるよう勉強したおしゃれさん以外はろくに文字を読めなかったりする。
「はぁ。リーダーたちに期待はしてなかったけどぉ、少しは女らしさを身につけようよぉ」
「そんなの身につけたって食っていけないじゃん」
「そうだけどさぁ! せっかくスラムから抜け出してきたのにぃ、いつまでもあそこの常識で生きることないってぇ!!」
「それとこれとがどう関係するってのよ」
「こういうのにうつつを抜かすのが『普通』の女の子なんだよぉ。分かるぅ?」
「ふうん。まーそれはそれとして」
リーダーはふと視線をうつす。おしゃれさんやらちんちくりんやら黒ずくめたちが途端に表情を引き攣らせたが、いつまでも現実逃避しているわけにもいかないだろう。
「『炎上暴風のエリス』がこっちガン見してるんだけど、どうしよ?」
変装大作戦、瞬殺の時間であった。
ーーー☆ーーー
四大貴族が一角、リリィローズ公爵家が長女フィリアーナ=リリィローズはわざとらしくこほんと咳払いを一つ。
「失礼、少々取り乱しましたわぁ」
「お嬢様。お言葉ですが、少々ですって?」
「うっ。し、仕方ないではないですか。『千変万化のスーザン』や『聖水浄化のクラベチーノ』と並ぶ、いいや彼女らを超える逸材に出会えたのですものっ」
「はぁ」
気まずそうに視線を外す主を見つめ、メイドは呆れたように首を横に振る。毎度の悪癖とはいえ、公爵令嬢ともあろう立場をわきまえて欲しいと切に願う。
「どうせ聞き入れてもらえないでしょうし、さっさとお勉強のほうに戻りますから」
「メイドが辛辣ですわぁ」
「はいはい」
先は魔法についてだった、ということで、メイドはその応用にして一般常識を例に挙げるとする。
「お嬢様。魔導兵器はご存知ですよね? ねっ?」
「そんなに祈るような目をせずともいいではありませんか。魔導兵器くらい知っていますわぁ。魔石をコアとした便利グッズでしょう?」
「では、その構造や製造方法についてはどの程度ご存知ですか?」
「…………、てへっ☆」
「お嬢様。お言葉ですが、本当大概にしてはくれませんか?」
「うぐっ。そっ、そんなの専門分野ってやつですわぁ! そんなこと知らずとも生きていけますもの!!」
「屁理屈未満の駄々をこねていい立場ではないでしょう、公爵令嬢様」
「メイドがとっても辛辣ですわぁ!!」
蛆虫でも踏み殺すような凍えた瞳のメイドがトントンと指で机を叩く。そろそろ鬼教官(メイド長)呼び出すべきかと言外に告げる時のアクションであることを知っている公爵令嬢の背筋がピシッと伸びる。
「魔導兵器とは人体を模したものです。つまり魔力を貯め込んだ魔石が魔力で構成された魂の代わりであり、外装が魔法構築用の回路となります。魂の空間内で魔法具現化まで一括管理しているシステムを魔石と外装回路とで分担している形ですね」
「なるほど」
「外装回路の原材料は何でもいいそうです。もちろん原材料によって品質は変わるそうですが、最も重要な項目は外装製作を担う術者となります。肉体強化や魔光のような四つの属性に分類されない未分類魔法である魔導兵器製作術式を使える人材は未だ少なく、ゆえに高位の術者の地位も高くなります。元は伯爵家だった『あちらさん』が気付けば公爵家の地位に到達したように、ですね」
「ふむふむ」
「また、魔導兵器は自在に操作するための受信機能を搭載しています。『魔力』を注ぐことで簡単な動作を管理できるということですね。こちらの機能につきましては登録された『魔力』にしか反応しない等の追加機能を登録した魔導兵器なども出てきてますね」
「勉強になりますわぁー」
「……その白々しい相槌、やめてもらえませんか?」
「ええっ! まじめに勉強しているフリでしたのにっ」
「フリかよ、この野郎」
ーーー☆ーーー
デートの前、姉エリスからの助言を元にごちゃごちゃと可愛いを詰め込んだミリファは鼻息荒く両拳を胸の前で握り締めていた。
『ふっふっふう。これでデート成功間違いなしなんだね、お姉ちゃんっ』
『もちろんっ。でも、ねえミリファ。なんでそんなにやる気満々なわけ? いつもなら遊びに誘われても家でぐーたら過ごすんだって譲らないのに』
『それは、えへへ。これでも師匠的な立場だし? 尊敬を一身に集めるスーパーメイドという風に思われているし? だったら、ファルナちゃんが望んだデートの中身を完璧なものにしてみせれば、ハリボテの尊敬に真実を混ぜることだってできるじゃん! ハリボテの勘違いじゃない、本当の私を少しでも凄いと思ってもらえるじゃん!!』
『よく分からないけど……うん、頑張りなさい、ミリファ』
『うんっ』
『いい、ミリファ。デートの極意は相手の心をずっきゅーんと射抜くことよ。そこさえ決まれば、勝ったも同然なんだから!!』
『おうともさっ!!』
ーーー☆ーーー
そんなわけでずっきゅーんなわけだった。
疑うことなどありえない姉からの助言に従い、デートを完璧にこなすためにずっきゅーんを目指すミリファ。
どうやら姉が進めた服装はファルナの琴線に触れなかったようだが、それならそれでファルナ自身に選んでもらえばいい。幸運なことにこうして大型衣服店まで連れられてきたのだ、ここで華麗に変身し、ずっきゅーんをぶちかますんだと決意を新たにする。
「さあ、ファルナちゃんっ。どれがいいの!?」
「ぅえ!? それは、あの、ええっと……っ!」
わたわたと両手を振り回すファルナ。一時の興奮状態から冷めたせいで従来の気弱な部分が表に出ているのだろう。
「いい、の? わたしなんかがミリファさんの、その、お洋服を選ぶなんて……」
「ん? 今日はファルナちゃんとのデートじゃん。だからファルナちゃんが可愛いなって思える私でいたいんだって」
「う、へ?」
「そんなわけでよろしくねっ」
ぽんぽんと肩を軽く叩きながら、屈託のないまばゆい笑顔を浮かべるデート相手を見つめ、ファルナは自分の頬が赤く熱く燃えるのを自覚していた。
デートという単語はあくまで『先輩』の言葉が頭に残っていたがゆえに出てきたもの、それ以外の気持ちなんてどこにもなかったはずなのに……どうしてか、そんな単語が今になって胸の中に燃え広がっているのだ。
ファルナに可愛いと思ってもらいたいと、そう願う少女に対して、短い期間短い時間しか接していないはずなのに、こうも深い『何か』を感じていた。
その『何か』をうまく言葉にはできなかった。
だから、およそ条件反射的に告げられた言葉に従うように、並ぶ衣服に視線を向ける。
隣に立つ可愛いを更に引き立たせるために。
自分のために可愛くなりたいと願うその想いに応えるために。
そして、何よりそんなミリファをファルナ自身が目に焼き付けたいという衝動に突き動かされて。




