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ぐーたらメイドと無能なお姫様〜無自覚スキンシップで女の子陥落大作戦〜  作者: りんご飴ツイン


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第十話 よし、人質にしよう

 

 アリシア国の首都は六つの区画に分類される。


 各地の商人が開く出店や商店が軒を連ねる『流通区画』、そこから分化したのか飲食店や屋台を纏めた『食事区画』、役所や裁判所等行政に関わる場が集まる『行政区画』、首都に住む庶民が住む『居住区画』、畑というか芋がうじゃうじゃしている『農業区画』、そして特別扱いされることに愉悦を感じる特権階級のための『貴族区画』。


 もちろん、それだけではないが、大きく分ければこれら六つの区画に分類される。今回ミリファたちはご立派なバイン胸部を持つ『女傑像』を離れ、『流通区画』に足を運んでいた。


 というかファルナにミリファが手を引っ張られている形であった。


 あまり積極性があるとはいえないファルナとは思えない行動だったが、やる気を出しているのに邪魔をしたくないミリファは身を任せていた。


 当のファルナといえば、


(ミリファさんは何もしなくても可愛いのにっ。それなのに、あんな、ふざけてるの!? どこの誰だか知らないけど、その、ミリファさんを穢して!! 私の憧れはこんなんじゃない、素でも最高だけど、着飾ればもっともっと可愛いんだ!!)


 燃え上がっていた。

 湧き上がる感情の奔流に流されるファルナに連れられ、彼女たちは『流通区画』の一角、メジャーな衣服店を訪れていた。


 イエローストロベリー衣服店。

 安くて可愛いをコンセプトに庶民でも手頃に買い求めることができる、首都に住む女の子の味方とも言える最大手であった。


「ミリファさんっ! いきましょうっ」


「おおっ! ずっきゅーんするぞーっ!!」


 だからそのずっきゅーんってなんなんだと頭の片隅によぎったが、カオスに穢されたミリファを救う使命感に燃えるファルナはそんな些事すぐに脇に放り捨てた。


 そう、今は使命を果たす時。

 憧れの光を曇らせる害悪を排除して、眩い限りの輝きを取り戻さなければならない。



 ーーー☆ーーー



 公爵令嬢誘拐事件。

 エリスが首都を訪れて数日経ったある日、偶然にも監禁場所の近くに来ていたエリスが『魂から響く』助けを求める声を聞いたがゆえに、監禁場所に突撃し誘拐犯を撃滅、公爵令嬢を助け出したという事件であった。


「はぁ……」


 選ばれし貴族の学び舎、社交界の縮図にして将来の縁を結ぶためのお見合い場所とも揶揄される王立学園内にある図書館の一角では一人の少女が寂しげにため息を吐いていた。


 薄い青の腰まで伸びた長髪に蒼の瞳までは南部ではそう珍しいものでもなかっただろうが、その『肌の色』は違う。


 褐色。

 褐色の人間の女とは優れた魔法使いの証とも言える。もちろん肌の色が全てではないが、ある『血筋』の女は揃ってその色を受け継いでいるのだ。


 フィリアーナ=リリィローズ。

 四大貴族が一つリリィローズ公爵家が長女にして次期当主。大陸の他の国では男が家を継ぐという慣習が色濃く残る場所も珍しくないが、アリシア国では違う。


 貴族とは『才能』という血筋を繋げる者。

 中でも四大貴族は各分野において最も優れた『才能』を血筋という形で繋げる者たちの総称であり、ならば男も女も関係なく、優れた『才能』が家を継ぐのは当然のことだった。


 リリィローズ公爵家ならば『魔法』、キングソルジャー公爵家ならば『技術(アーツ)』、ガードルド公爵家ならば『スキル』、レッドフィールド()()()ならば『獣人の血脈』、といった具合にだ。


『才能』に重きを置いているがゆえに男爵家でも四大貴族の一角と呼ばれている。それだけ得難い才能をレッドフィールド男爵家が繋げているともいえるし、それだけの才能がありながら男爵家以上にはしたくないとも言えるのだが。


「ああ、あのお方はいずこへいらっしゃるのでしょう。ねえレフェリナ、貴女なら調べられないかしら?」


 フィリアーナからそう尋ねられたのはメイド服をマントのように肩にかけた女性であった。ミリファよりも少し上程度の学生であるフィリアーナと違い、どう見ても二十は超えているだろう鋭い目をしたメイドの名はレフェリナ。フィリアーナ御付きのメイドである。


「お言葉ですがお嬢様、『炎上暴風のエリス』などという野蛮な冒険者風情は確かにお嬢様を助けました。その点だけは評価してもいいですが、それだけでお嬢様があのような野蛮人と関わりを持つことはないかと」


「私を助けてくれたヒーローに逢いたいとそう願うことがいけないと言うのですか、レフェリナ?」


「身分が違うと言っているのです。お嬢様とあの野蛮人とでは住む世界が違うんですよ」


「あら、でもあの人はガードルド公爵家とも関わりがあるはずですよ。フィーネさんがあのお方に助けてもらったことがあるとおっしゃっていたことがありましたもの。私だけでなく、フィーネさんまでもお助けになられるその実力、これは是非とも私の護衛となってもらってよろしいのでは? そう、そうです、一日中護衛として関わってもらいたいものですわぁ」


「お嬢様」


「ねえレフェリナ。いつも護衛の皆様が頑張ってくれているのは知っています。ですが、前回のように太刀打ちできない敵が現れることもあるのでしょう。そのことを責めたりはしません。私のために命をかけてくれる人たちには感謝しかありませんもの。ですが……これから先、『奴ら』とぶつかっていくならば戦力は多いに越したことはないと思わなくて?」


「お嬢様。お言葉ですが、例えその件を採用するとしても、勉強会をやめるつもりはありませんよ?」


「うっぐ」


「いくらここが社交界の縮図、将来に向けた縁を繋ぐお見合い場所としての意味合いが強いとはいえ、四大貴族が一角リリィローズ公爵家のご令嬢にして次期当主が基本的な学力を備えてもいないのは恥以外の何物でもないのですよ」


「ぐぐぐぅ……っ! メイドのくせに主人に舐めた口を聞いてくれますね。お父様に言ってクビにしてもよろしいのですよ?」


「別に構いませんが、次に側仕えとなるのは確実にメイド長ですよ。あの人のしごきに一日と耐えられずに号泣して屋敷中を逃げ回ったのをお忘れですか?」


「ごっ、五歳の頃の話ではないですかっ。今はそんな醜態さらしませんっ」


「では、私はクビということでいいですか?」


「へ?」


「引き継ぎは迅速に終わらせます。それではメイド長と二人っきりで残りの学園生活をお楽しみください。……どのようなしごきを受けるのか見ることができないのは残念ですが、次期当主様からのご命令ですし、仕方ありませんね」


「な、ななな何をレフェリナ貴女という人はっ。分かりました、分かりましたわぁ! さ、ささ、早くお勉強と参りましょう!!」


「……最初からそう言ってればいいのに。チッ、めんどくさいですね」


「なにか従者にあるまじき発言が聞こえた気がするのですが」


「そうですか? 私はなにも聞こえませんでした。それでは始めましょうか、お嬢様。どうせお嬢様のことですから基礎の基礎すらも抜け落ちているでしょうし、復習もかねて魔法の基礎概念からいきましょうか」


「なにこのメイド毒を隠すつもりあるのですの?」


「お嬢様。お言葉ですが、毒を吐かれるほどには未熟な己の身を鑑みてはどうですか? ねえおバカさん???」


「な、なななあっ。おバカさんですってえ!? 貴女従者の立場でよくも主人にそんなふざけた台詞を……っ!!」


「魔法とはなんですか?」


「え、えっ?」


「おバカさんではない天才公爵令嬢様であれば、この程度の常識さらっとお答えになられるはずですが?」


「……………………超常現象、ですわぁ」


「で?」


「ちょっ、超常現象は超常現象でしょうっ。それ以外の何物でもありませんわぁ!!」


「本当、どうしてこんな阿呆な頭脳で魔法特化の『女傑の血』に匹敵する力を振るうことができるやら」


「な、なんですの、その目は? 私はリリィローズ公爵家が長女にして次期当主、フィリアーナ=リリィローズですわよ!?」


「うるせいですね、赤点常連ご令嬢が」


「な、なぜそれを!?」


「調べずとも予想つきますよ。とにかく! 一から懇切丁寧に教えますので、お願いですから一般常識くらいは身につけてください!!」



 ーーー☆ーーー



『流通区画』は各地から流れてきた商人や芸人などが集まる文字通り流通の中心地。商売目的の人間はもちろん演劇や大道芸や音楽などで一発当ててあわよくば貴族や王族に売り込みをと野心を燃やす人間も少なくはない。


 だから、『流通区画』には多様な人間が集まる。

 だから、そこならば彼女らも目立たない。

 だから、『復讐』に向けた準備が進められる。


「くそったれ! 『炎上暴風のエリス』なんかがどうして偶然監禁場所に現れるってのよっ! ああくそムカつくう!!」


 賑わいを見せる表通りから逸れた、薄暗い路地裏。蝿が舞う汚物や謎の粘液がこびりついた壁など輝かしい栄光の影に蠢く薄暗い闇の具現化ともいえる場所に彼女らは集まっていた。


 数十人の黒ずくめ。見た目からして怪しさ満点な彼女らはそこまでしておいて蒸れるからと顔だけは丸出しであった。そう、路地裏にたむろするには似合わない可愛らしい童顔がだ。


 それこそミリファとそう変わらない少女のグループであった。黒ずくめの割には厳つい野郎なんて一人もおらず、さりとて可愛らしい童顔に似合わない剣やナイフなどを腰に差していたりする。


 そんな少女たちのリーダーなのか、しきりに悪態をつく細身の少女は怒りを隠すこともなく地団駄まで踏み始めた。


「上手くいってたのにっ。魔法に溺れ、それ以外が劣化した特権階級のいけすかないエリート様が『流通区画』まで出てきたところを華麗に誘拐してやったのに! 身代金たんまり奪って、夢の豪遊生活まで後一歩だったのにい!! あんの炎上女めえ!! この恨み絶対に百倍返しだからなあ!!!!」


「でもぉ、不意打ちとはいえ手も足も出なかったしぃ、襲撃仕掛けたって返り討ちだよぉ」


 こちらは黒ずくめというよりは『黒いワンポイントを取り入れた』格好の女だった。何事も格好からだと仲間にすすめられて黒ずくめになってはみたが、オシャレ好きな彼女はあれよあれよと言う間に改造を施し、今では名残すらほとんど残っていないほどだ。


「分かってる。ふふ、そうね、そうよ真っ向からやり合ったって勝てないのは先の戦闘で証明されている。だけど! 勝負ってのは何も真正面から挑まないといけないルールなんてないのよ!!」


「……(そもそも『炎上暴風のエリス』を倒すのが目的じゃなくて、ご令嬢を誘拐して身代金を奪うのが目的なんだから、『炎上暴風のエリス』と遭遇しないよう首都以外で適当な貴族の令嬢を誘拐、身代金を奪えばいいのに)」


 誰にも聞こえないほどの音量で囁く黒ずくめもいたりする。己の発言で今後の方針が決まるなどあり得ない、それで何か不利益があったら自分のせいになってしまうのではないか、とびくびくしているがゆえに。


 ……細かいことを気にしないというか覚えていないだろうリーダー含む黒ずくめ集団がそんな粘着質な叱責を叩きつけるとも思えないが、生来の性格はそう簡単には治しようがない。


「ふっふっふう。『炎上暴風のエリス』については調査済みよ! 奴の妹が第七王女の側仕えとして働いているのも、『流通区画』まで同僚と遊びに出かけているのもね!!」


「つまりぃ?」


「妹を人質にして、無抵抗の炎上女をボコってやる!!」


「……(せっこいなぁ)」


 そんなわけで作戦開始な訳だ。

 四大貴族が一角リリィローズ公爵家のご令嬢の護衛やご令嬢本人を相手取り誘拐という偉業を成し遂げたくらいには相応の実力がある集団が、ぐーたら娘を誘拐せんと動き出す。

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