第196話 人気取り①
神殿を後にした俺達の手には、司祭が用意した金貨五百枚が握られていた。こんな大金をすぐに用意出来るなんて、あの司祭は信じられないぐらい信者から金を巻き上げていたらしい。そしてフレアさんは司祭から金貨を提供させるだけでなく、私財を叩いての炊き出しや簡易宿泊所、孤児院の建設などを約束させていた。司祭の下、甘い蜜を吸っていた神殿の人達は突然の方針転換に慌てふためき、今頃神殿は蜂の巣をつついた騒ぎになっているに違いない。
ほとんど交渉とも言えない交渉を簡単に纏めたフレアさんに、俺達はただただ圧倒されていた。
「フレアさん、司祭はなんであんなに怯えていたの?」
シエルの言葉に、破門の一言でこの世の終わりのように怯えていた司祭の姿を思い出す。顔色は青を通り越して真っ白になっていたし、司祭にとってよほど避けたい事態だったようだ。
「そうですね……。武芸の破門と違って宗教での破門というのは、簡単に言うと自らの破滅を意味します。地位の剥奪は当然のこと。個人で蓄えていた私財の没収。悪くすれば教義の敵として世界中の信者から命を狙われることになるのです」
「それはまた……」
「……強烈ね」
冷や汗を流す俺達にフレアさんは笑みを浮かべる。武術の破門で半殺しにされるって話なら聞いたことがあるが、まさか宗教がそれ以上に過激だと思わなかった。
「実際に破門された人は、長い歴史の中でも数えるほどしか居ませんよ。でも、今は非常時ですから。ああ言った手合いの人には、今までサボっていた分の仕事をキッチリしてもらわなければなりません」
それが、教会の財産を吐き出させる事に繋がったわけだ。命を金で買えると考えれば、私財を全て吐き出すことぐらい安いもの……なのかな?
「いずれにせよ、数日の内に孤児達を収容する宿泊所、貧困者に対する炊き出しが始まるでしょう。そして私達は彼等の用意してくれたこのお金で、勇者としての宣伝が出来るわけです」
教会が貧困者に対する動きを見せるのは、どんなに早くても数日かかる。その数日を利用して、俺達はフレアさんの得たお金で人気取りをしようと言う作戦だった。
「手っ取り早いのは食料品店で食材を買い集め、彼等に対して無料で振る舞う事でしょうね。これだけの大金があればかなりの人数を長期にわたって食べさせることが出来ます。食材を買った店はもちろん、調理に必要な金物屋も臨時収入を得られるでしょうし、人を雇えばその人達の懐も潤います。そしてそれと平行しながら、他の教義の教会にも協力を求めるのです」
俺達では思いつかないような策を次から次と繰り出すフレアさんに、言葉もなかった。
翌日、俺達は早速作戦を実行することにした。複数の買い出し班に分かれて、それぞれが食材と調理器具、人の募集に奔走したのだ。食材の買い出しはシエルとカリン。調理器具はディエーリアとルビアス。そして人の募集は俺とフレアさんといった具合に。人の募集と言っても、道行く人に声をかけて回るわけじゃない。そんな事をしても足を止めてくれる人など少ないし、信用もないのに人も集まらない。だから俺達は人を使う専門の組織、商業ギルドへと足を運んだんだ。
冒険者ギルドと違い、商業ギルドは建物の作りからして違う。カウンターはいくつも並び、中で受け付けている人は勿論、列に並ぶ人達も身なりの良い人ばかりだ。荒事には向いていない体つきをしていてもその目つきは鋭く、歴戦の商人達なんだと実感させられた。チラチラとこちらに視線をやる何人かの商人を無視して待つことしばし、ようやく俺達の番が回ってきた。
「ようこそ商業ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
完璧な笑顔を見せる受付のお姉さん。同じ受付嬢としてのレベル差をまざまざと見せつけられて若干顔が引きつりつつも、俺は要件を繰り出した。
「人を雇いたい? 人数はどの程度でしょうか?」
「最低でも十人は欲しいです。多くても三十人ほどで」
「性別や年齢のご希望はございますか?」
「女性が良いです。歳は……元気に動けるなら何歳でも」
「わかりました。少々お待ちください」
一旦奥に引っ込んだ受付嬢だったが、少し待つと手に何かの書類を持って再び現れた。
「こちらが条件に合う人材一覧です。この中からお選びください」
「斜線が引いてあるのはどう言う理由で?」
「すぐに連絡の取れない方達です。なので名前が残っているのは、すぐに集める事が出来る方達ですね。それと、賃金は前払いで。その中から商業ギルドに対して報酬の三割をいただきます」
仕事を紹介するだけで三割って、結構いい商売だな。ま、実際に働く人がそれで納得してるなら良いんだけど。リストにあった名前できっちり三十人選ぶと、すぐに足の速そうな子供達が何人もギルドから飛び出していった。彼等はギルドが雇っている連絡要員らしく、こういう時には活躍しているそうだ。
「一時間もあれば全員集まると思いますよ。留守だった場合は別の人材をご紹介致しますので、ご安心ください。それではごゆっくり」
ギルドの二階にはいくつも待合室が並んでいて、俺達はそこで雇った人達を待つことになった。出されたお茶をすすり、手持ち無沙汰な俺はキョロキョロとあちこちに視線を飛ばすが、フレアさんは落ち着いたものだ。
「フレアさんは全然緊張してないんですね」
「ふふ。色々ありましたから。精神的に一皮剥けたのかも知れませんね」
「…………」
確かに、今のフレアさんは昔会った時と雰囲気が違う。祖国を滅ぼされてなりふり構わなくなったというか、甘さが抜けたと言うか。一言で言うと、逞しくなっていた。だけど、どこか危うさも感じられる。少し間違えれば悪い方向へ転がりそうな危うさが……。
「それより、ラピスさん達の話を聞かせてください。今までどこで何をしていたのか」
「いいですよ」
暗くなりかけた雰囲気を強引に変えるような話題転換だったが、それに逆らわずに乗ることにした。レブル帝国皇帝との戦いや、その後ソルシエールによる手助けまで。カリン達が急激に力をつけている理由を耳にした時、フレアさんは驚きながらも笑顔を浮かべていた。
「勇者ブレイブが生きていたのだから、大魔法使いであるソルシエール様が存命なのも当然ですね。それにしても……ふふ」
「どうしたんですか?」
「いえ。おとぎ話で聞いていた方々と接する機会が訪れるなんて、想像もしていなかったものですから」
「はは。確かに、言われてみれば変な話ですよね」
そんなとりとめもない話で談笑している間に、こちらに近づいてくる気配があった。どうやら人が集まったようだ。




