第194話 フレアとの再会
その言葉を聞いた時、俺は――やっぱり――という気持ちになっていた。そして同時に、またかという気持ちにも。マグナ王子の言ってることはわかる。この状況で勇者ブレイブが戻ってきたとなれば、追い詰められた人々がどれだけ勇気づけられるかも。でも……
「ラピスちゃん」
「師匠」
「大丈夫」
自然と体が強ばっていた俺を、みんなが心配そうに見つめている。俺がどう言う理由で表舞台から姿を消したかを知っているみんなにとって、マグナ王子の提案は受け入れられないものだろう。事情を知らないマグナ王子は雰囲気に当てられたのか、沈黙を守るだけだ。
目をつむり、深く深呼吸を繰り返しながら考える。ここで提案に乗ってしまえば、俺から平穏な生活は失われるだろう。やっと作った居場所であるスーフォアの街でも、腫れ物を触るような扱いになるはずだ。知り合った人々も、きっと今まで通りに接してくれなくなるに違いない。ギルドで受付の仕事などできなくなるだろうし、かといって別の所で働き口が見つかるとも思えない。仮にこの戦いで勝利したとしても、再び人々から疎んじられる未来は目に見えている。自分が望んだささやかな幸せが、スルスルと腕をすり抜けていくような脱力感を少なからず感じていた。
でも、だからと言ってそれと世界を天秤にかけるわけにはいかない。元とは言え俺は勇者だ。戦う力があり、救う力もある。見て見ぬ振りなど出来るはずがない。
(短い平和だったな……)
我ながら不器用な生き方しかできない事に苦笑が漏れる。でも……良いさ。それが俺という人間だ。今は何も考えずに戦おう。そして世界を救えたなら、その時は……
「わかりました。俺の名前で良ければ使ってください」
「……感謝する」
感謝の言葉を口にしたマグナ王子が、静かに頭を下げた。
「ラピスちゃん、良いの?」
「表舞台に立ったら、また……」
「良いんだ。俺の存在が救いになるなら、それで良いんだ」
その言葉を聞いたみんなが、泣きそうな顔で俺を抱きしめてくれた。思わず熱いものがこみ上げてくる。でも俺はそれを押さえ込み、笑顔でみんなを抱きしめた。
「ありがとう。心配してくれて。それだけで報われた気持ちになるよ」
多くの人に敬遠されても、仲間がいればそれで良い。大丈夫だ。俺なら耐えられる。
「では、早速で悪いが、あって欲しい人物がいる」
弛緩した空気が再び緊張したものになる。マグナ王子は立ち上がると、隣室へと繋がるドアを自らの手で開けた。すると、そこから見慣れた人物が姿を現した。
「フレアさん!」
「お久しぶりですね。ラピスさん、皆さん」
リュミエールから逃げ延びてきたフレアさんだ。だが、以前の彼女と違い、少し疲れたような印象を受けた。穏やかな物腰は以前のままだが、どこかすり切れたような――そう、まるで、自分の命などどうでも良いと思っている、自殺志願者のような……。
「よく、無事で」
「おかげさまで。恥知らずにも、一人で逃げ延びて参りました」
「…………」
その言葉に何も言えなくなる。この中で祖国を滅ぼされた経験があるのはフレアさんだけだ。そんな彼女に、薄っぺらい同情や慰めなんて言えるはずがなかった。黙り込んだ俺達の雰囲気で察したのか、フレアさんが苦笑を浮かべた。
「気になさらないでください。確かに一時は死ぬことも考えましたが、今は違います。自分一人が死んでも、それは単なる逃げ。自分がやるべき事を無責任に放り出すだけです。今のリュミエールでは多くの民がレブル帝国の圧政に苦しんでいますし、私を逃がすために犠牲になった方々もいます。だから私は、生きて使命を果たさなければならないのです」
今の今まで見せていた弱さは鳴りを潜め、凛とした表情でフレアさんはそう言った。強いな、この人は。本当に強い。羨ましいぐらいに。
「なら、一緒に戦いましょう。微力ながらお手伝いしますよ」
「ありがとうございます。かの勇者ブレイブと共に戦えるなんて、光栄ですね」
固く握手を交わす。フレアさん……。前にあった時より遙かに強くなっているな。それこそまるで別人みたいに。修行してたのは俺達だけじゃないって事か。これなら安心して背中を任せられそうだ。
「フレア殿の事は改めて紹介する必要もないだろう。それで……だ。ラピス嬢には、フレア殿と共に各国を回って欲しいのだ」
「各国を回る? と言うと……」
「うむ。具体的には、味方を増やすための説得をしてほしい。ただし、先に国民からと言う注釈はつくが」
マグナ王子が考えた策はこうだ。俺達とフレアさんは人間側に属する国々に赴き、そこで名と正体を明かす。聖女と名高いフレアさんと、俺の名前を出して、先に民衆を味方につけるわけだ。そして改めて国の上層部と直接交渉を始めるのだ。
「なぜ、先に上から説得しないのですか?」
「簡単に言えば日和見を防ぐためだな。今の状態ではレブル帝国や魔族側の方が勢いが強い。後で自分達がどんな目に遭うかも解らず、その場の生き残りを賭けて魔族側に付く国が出てきても不思議ではない。だが、国民の大多数が勇者ブレイブや聖女フレアに味方することを希望していたとしたら? 上としても無視出来ない状態になるだろう」
なるほどね。上の人間も反発されるだけならまだしも、実際に剣を向けられてはたまらないと考えるわけだ。
「……この策はフレア殿が提案してくれた。私もそれが有効だと思う」
チラリと横目でフレアさんを見ると、彼女は寂しそうに微笑むだけだった。




