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第191話 両国の思惑

――マグナ視点


隣国リュミエールが、レブル帝国によって攻め滅ぼされたと言う凶報が飛び込んできた。伝令は息も絶え絶えになり、何頭もの馬を乗り潰しながら、この情報を王都まで届けてくれたようだ。主立った家臣を集めてそれを伝えたところ、当然ながら会議の場は騒然となった。


滅ぼされたと言っても、どの程度なのか? 属国として統治するのか、はたまた国民全てを根絶やしにする勢いで苛烈な統治を行うのか、レブル帝国はいったい何処からそんな戦力を捻出したのか。答えの出ない疑問が飛び交い、収拾のつかない事態になる寸前だった。


「静まれ! ここで意味の無い憶測を並べたところで意味は無い! 我等が考えるのは、あらゆる事態を予測してどう対処するのかと言う点だ」


私が一喝すると収まったが、誰もが焦りや不安の表情を隠そうともしない。


「タナックス」

「は! ここに!」


私の背後に控えていた騎士が声を張り上げる。その大きな声に顔をしかめる者が何人もいたが、彼はあえてそうしたのだろう。声に出さずとも態度で示したのだ。黙れ。覚悟を決めろと。タナックスは内乱の時敵と味方の関係だったが、彼自身はスティードに逆らえない立場だったので、その責任を問うことはなかった。そして騎士団長であり、大軍を率いる希少な能力を持つタナックスを遊ばせておく余裕など我が国にはないので、以前と変わらず軍の指揮を任せている。


「至急国内全てを臨戦態勢へと移行させろ。各地へ見張りを放ち、伝令による素早い情報伝達を可能にするのだ。同時に間者狩りをこれまで以上に徹底させろ。どこにレブル帝国の者が入り込むかわからんからな」

「承知しました」

「レブル帝国とリュミエールの国境沿いには第一、第二騎士団を貼り付けさせておけ」

「御意」


内戦で大きな痛手を受けた騎士団は再編され、第一と第二騎士団へ分けられていた。戦力の補充を決めて新兵を募り、古参兵をその教練役としてつけた形だ。その為に全体的な練度が下がったが、数だけは以前より少し少ない程度で済んでいる。しかし、新兵はとにかく死にやすいため、交戦は出来る限り避けなければならない。彼等まで死んでしまっては、この国を守る戦力はなくなってしまうのだから。


「各地の地方領主にも情報の共有と共に出陣の準備を怠るなと注意しておくように。魔物の活性で忙しいが、こういう時こそ間者が入り込みやすいからな」


次々に指示を飛ばし、それぞれが自分の仕事へ向かうために会議室を出て行く。やれやれ、やっと一段落ついたと思ったまさにその時、慌てた様子で兵がやってきた。


「なに……? フレア殿が?」

「は、はい。随分傷ついておられる様子でしたので、とりあえず医務室で休んでいただいています。如何致しましょう?」

「すぐ会おう。案内してくれ」


リュミエールの勇者と名高い聖女フレア。彼女が生きて我が城へと辿り着いたらしい。リュミエールの重要人物である彼女が生きていたのは個人的に喜ばしいことだが、時期国王としては単純に喜ぶわけにはいかない。彼女の思惑が何となく予想出来たからだ。


§ § §


「これはマグナ陛下。このように見苦しい姿で失礼します」

「気になさるなフレア殿。それより、私はまで王位を継いでいないのでね。陛下は気が早いよ」

「失礼しました殿下」


ベッドから身を起こしたフレアは、幾分顔色が悪いものの、大きな怪我などは目立たない様子だった。神官による治療を受けたためだろうが、その身に纏う装備はボロボロで、どれだけ激しい戦いをくぐり抜けてきたのかが容易に想像出来る。彼女は何か覚悟を決めたような硬い表情で、脇に立つ私を見上げた。


「リュミエールがレブル帝国によって滅ぼされたという情報は既に聞き及んでいる。フレアにとっては色々と思うところはあるだろうが、今はゆっくり休んで欲しい」

「ありがとうございます……ですが、殿下。私に休む暇などありません。祖国を取り戻すため、不躾ではありますが、殿下にお願いがございます」

「……聞こう」


フレアはゴクリと喉を鳴らし、ハッキリとこう言った。


「リュミエール解放の為に力を貸していただきたいのです。今や、レブル帝国は魔族の手を借りて周辺国へその手を伸ばしつつあります。このままではリュミエールどころか、この大国ボルドール王国ですら危機に陥るでしょう。奴等の野望を阻止するため、そして苦境に喘ぐ我が祖国の領民のため、是非、力を貸していただきたいのです」

「…………」


深く頭を下げるフレアの両手は、細かく震えながらベッドのシーツを握りしめていた。彼女の心中は察して余りある。仮にここで断ったとしても、彼女は一人で飛び出して戦いに赴くに違いない。そんな無意味なことはさせたくないし、私も出来ることなら力になってやりたいと思う。だが、国を背負う立場なら、同情だけで動くわけにはいかない。兵を動かすとなれば国民が犠牲になると言う意味だし、それだけ金もかかってくるのだ。


「……フレア殿。現実的な話をしよう」


私は軽く目配せをし、その場から人を遠のけた。戸惑うフレアの横に腰を下ろし、彼女の目を静かに見つめる。


「私も、レブル帝国の暴走は容認出来ないし、奴等の野望は力尽くでも止める必要があると思う」

「それでは――!」

「まあ待て」


一瞬、喜んで身を乗り出したフレアを手で制する。それだけで魔法がかかったように彼女は動きを止めた。


「我が国も、善意だけでリュミエールの解放に力を貸すわけにはいかんのだ。戦争になれば当然犠牲も出るだろうし、経済的な損失も大きいものになる。そんな彼等に対して、私は次期国王としての責任を示さねばならない」

「……つまり、何らかの利益を提供しろとおっしゃるのですか?」


頭の回転の速い女は好きだ。彼女はこちらが全てを話さずとも意図を察してくれた。


「端的に言うとそうなる。我が国の戦力を提供した場合、リュミエールは何を見返りとして我が国に与える事が出来る?」

「…………」


沈黙したフレアは静かに目を閉じ、深く考え始めたようだ。私は焦ることなく彼女が答えを出すのを待つ。リュミエール復興に手を貸さない場合でも、いずれレブル帝国とは矛を交えることになるだろう。拡張主義を捨てぬ限り、奴等とは必ずぶつかることになる。それはフレアも理解しているはずだ。


なら、黙って静観していれば良い――と、素人なら思うだろう。しかしだ。その場合、我が国のが防衛にだけ徹すればどうなるのか? ボルドール王国一国だけを守り切り、リュミエールは圧政に苦しんだままになる。その可能性があるからこそ、フレアは静観すると言う手は取れない。なら、次に考えるのは――


「領土の割譲……でしょうか?」

「いらんよ。管理出来ない領土など邪魔にしかならない」


即答した私にフレアは戸惑ったようだ。領土が増えれば税収も増えると思いがちだが、逆に金がかかる場合もある。鉱山でもあれば別だが、リュミエールに目立った鉱山などないし、大規模な穀倉地帯もない。つまり、領地としてのリュミエールにはそれほどの魅力がないのだ。なら、管理はもともとの人間に任せて、旨みだけ吸った方が良いに決まっている。


「では、賠償金……ですか?」

「賠償という言葉はふさわしくないな。この場合は……協力金とでも言うのが適切だろうか? 国が復興した後、リュミエールはボルドール王国に対して、毎年一定額の協力金を支払う。額は一年ごとに増えていき、最終的には十年で終了とする。こんなところか?」

「…………」


それに、リュミエル教の総本山でもあるリュミエールから領地を割譲してもらったとなれば、外聞が悪すぎる。信者は国内外無数にいるのだし、彼等から悪感情は向けられたくないのだ。フレアは眉間に深く皺を刻んだまま、黙り込んでしまった。レブル帝国からの暴力から解放されたとしても、今度はボルドール王国に対して莫大な借金を抱えることになる。祖国の未来を憂いているのか、その表情は厳しいものがある。しかし、それも一瞬のこと。覚悟を決めたように、その目には強い光が宿った。


「……わかりました。では、リュミエールの勇者としてお約束します。リュミエール復興がなった暁には、必ず協力金をお支払いします」

「うむ。では、契約成立だな」


差し出された手と静かに握手を交わす。リュミエール、ボルドール、それぞれに思惑はあるが、それぞれの望むものはこれで手に入った。すなわち、フレアは祖国解放の戦力を。ボルドールはレブル帝国と戦争する大義名分を。


未だ姿を隠したままのラピス達を余所に、世界は大きくうねり始めた。

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