第190話 第二の旅立ち
――フツーラ視点
焼け落ちた聖都を眺めながら、俺は何も感じていなかった。本当なら、魔族としてなら、人間の国を滅ぼしたことに高揚感を得て、配下の魔族と共に血の饗宴を楽しんだことだろう。人間の悲鳴や苦痛、断末魔の叫びを聞いたのなら、それだけで一つの仕事をやり遂げた達成感を得られたはずだ。だと言うのに――
「兵は借り物。おまけに敵は内戦でガタガタ。主力はトライアンフの間抜けとつぶし合ってると来た。勝って当然の勝負だ。これじゃ盛り上がるはずもないか……」
魔族にとって一番厄介な存在である神聖魔法の使い手である神官。それを多く抱えるリュミエールを潰したとなれば、魔族全体は大いに勢いづき、人間側は窮地に陥るだろう。だが、魔族側は五人いる魔王の一人ピアジオ――皇帝が頭一つ抜け出しただけであって、我が主であるアプリリア様の勢力拡大には至っていない。
しかし、アプリリア様のことだ。俺が知らないだけで既に動き出し、着々と勢力拡大を図っているのかも知れない。まあ、末端の魔族で、しかも余所の勢力にこき使われる俺に情報が回ってくるとも思えんが。
まるで感情がないように、淡々と住民を始末していく黒騎士達を黙って眺める。皇帝から借りた黒騎士達の戦闘力はなかなかのもので、並の騎士や兵士ではまるで歯が立たない強さだった。現にリュミエールの騎士団は数刻も保たずに壊滅し、その骸を大地に晒している始末だ。しかし――
「薄気味悪い連中だ。人と下級の魔族が融合した兵の完成品だって言っていたが……感情ってものがないのか?」
戦っている最中もだが、今この時も一言だって喋らない。まるで主の命令だけ忠実に実行する肉でできたゴーレムのようだ。連中は素材として使える若い人間や、苗床として使える女以外の人間――つまり年寄りを有無も言わさず殺し続けていた。泣き叫ぶ家族がいても殴りつけ、鎖で縛って引き摺っていく。
「この調子じゃ、リュミエールの国民が全部いなくなるのも時間の問題だろうな」
リュミエール陥落の一報を聞いた皇帝が、次に何処を目標にするのか。俺が気になるのはその点だけだった。
――ソルシエール視点
「リュミエールが落ちたわ」
厳しい修行の最中、休憩している四人と、回復したばかりのラピスに知ったばかりの情報を伝えると、一人も例外なくポカンとした顔をしていた。
「落ちたって……どういう?」
いち早く立ち直ったシエルがそう質問を投げかけてきたけど、私の答えは変わらなかった。
「言葉通りの意味よ。リュミエールは滅んだ。内戦と魔族の軍の襲撃でボロボロになっているところにレブル帝国から攻め込まれて。聖都は焼け落ち、大神殿も徹底的に破壊され尽くしたわ。住人達も大半が死ぬか捕らえられたかしたみたい」
「馬鹿な……」
呆然とルビアスが呟く。大国ボルドール王国の王女である彼女からすれば、隣国が滅んだと言う事実は他人事ではないのかもしれない。リュミエールが滅んだというのを一番深刻に受け止めているのは、間違いなくこの子でしょうね。
「……誰がやったんだ?」
静かに、怒りを秘めた声色でラピスが言った。三百年前の事を思い出して、今のリュミエールがどんな状況にあるのかを簡単に想像出来てしまうんだろう。その様子から、今にも飛び出したい激情を抑えているのがわかった。
「レブル帝国よ。例の黒騎士。あれを使って滅ぼしたみたい」
「あいつ等はボルドールの戦いやラピスちゃんの魔法で壊滅したんじゃ!?」
「してなかったんでしょうね。ま、普通に考えて。全戦力が城だけに集まるって事はあり得ないわよ」
大きな戦なら各地から兵士が集まって行軍することになる。でも、一度皇帝の住む本城に戦力を集める必要など何処にもない。行軍しながら合流するのが普通なのよ。確かにラピスの魔法で城の兵士は大半が死んだだろうし、ボルドールの戦いで黒騎士も数を減らしただろうけど、地方に残っていた戦力が想像以上に多かったんでしょうね。……それか、普通じゃない方法で兵士を増やしたか。
「彼女はどうなったの? フレアは?」
恐る恐るといった感じでディエーリアが質問した。彼女の中では最悪の結果を想像しているんだろう。他の面子も知り合いが死んだという結末を予想して顔を引きつらせていた。
「……わからないわ。今の所生死不明。でも、仮にも勇者を名乗っていた人間が討たれたなら、大々的に発表するでしょう。その方がリュミエールの統治もしやすいだろうし」
自分達が聖女と崇めるフレアが死んだとなると、残されたリュミエールの国民は心の底から絶望するに違いない。それをしないと言うことは生きている可能性があると言うこと。皇帝が偽物を出して処刑すると言う手も考えられるけど、不思議とそんな手は使わないんじゃないかと思えた。
「なら、とりあえずフレアさんは生きていると思って良いわけだ」
「今の所はね」
ホッと息を吐くラピスと、胸をなで下ろすカリン達。そんな彼女達に、今度は私から問いかける。
「それで、どうする? あなた達はこのままここで修行する?」
「そんなわけないだろう」
スッとラピスが立ち上がると、残りの四人も強く頷いてそれに続いた。
「もう十分休んだよ。これ以上は必要ない」
ラピスの言葉に力強くカリンが頷く。
「そうね。後は実戦で力を試すだけよ。ソルシエール様のおかけで、私達はまた力を付ける事が出来たし」
「カリンの言うとおりだ。それに、これ以上リュミエールのような悲劇をおこさせるわけにはいかない」
カリンとルビアスの二人は、今や単独でバラデロのゴーレムと戦えるようになった。何度も何度も、それこそ数え切れないぐらい死にかけて。ようやく、かつての仲間の足下ぐらいの力を得ることができた。並の魔族なら相手にもならない強さ。ラピスの足を引っ張らない程度には強くなっている。
「そうだね。でも……本当に強くなれたのかな?」
相変わらず何処か自信なさげなディエーリア。彼女の狙撃の技術は私が知る限り過去最高のものだ。シエルと同じように臨死体験を何度も経験させていたためか、魔力量も爆発的に増えている。そのおかげで精霊のソルを完全に使いこなせるようになっていた。もう魔力切れでぶっ倒れるなんて無様は晒さないはずよ。
「自信を持ちなさいよ。私達は強くなってる。比べものにならないほどにね」
そして、一番の成長株が不敵に笑った。シエル。もう弟子と呼んで良いほど、私の魔法技術を詰め込めるだけ詰め込んだ魔法使い。今の彼女なら、ラピスの背中ぐらいは守れるようになっている。
まだまだ私から見れば満足のいく力は付いていないけど、彼女達が覚悟を決めたなら止める気もない。それに、かつての私達も戦いながら強くなっていったしね。
「そう。それじゃ、行ってきなさい。生まれ変わったあなた達なら、きっと奴等を止めることができるでしょうから」
そう言って、私は杖を一振りしてみせた。するとそこには五人分の真新しい装備が姿を見せ、それぞれの前に置かれていた。驚く五人に私は笑ってみせる。
「餞別よ。今の装備じゃまともに戦えないでしょ? 伝説の聖剣や魔剣程じゃないけど、この街で造った最高傑作なんだから。あなた達なら十分使いこなせるわ」
「ありがとうソルシエール。何から何まで」
深く頭を下げて感謝する五人に、急に照れくさくなった私は慌ててそっぽを向いた。
「別に感謝の言葉なんていらないわ。ただの暇つぶしなんだから。さあ、もらうものもらったらさっさと行きなさい」
犬を追い払うようにシッシッと手を振ると、苦笑しながら、五人は装備を身に着けて次々に飛び出していく。五人が姿を消してしばらくすると、私はため息を吐いて椅子に腰掛けた。急に静けさを取り戻した部屋はガランとして、何だか無性に寂しさを感じた。久しぶりだった賑やかな日々。強くなっていく四人と、穏やかな日々を過ごしていたラピス。それを思い返すと、私一人が取り残されたような気分になる。いつの間にか、そんな私の前に一杯のお茶が淹れられていた。顔を上げると、見慣れたメイド姿が静かに佇んでいた。
「皆さん、旅立たれたんですね」
「……そうね。静かになって清々したわ」
どこか突き放すような言い方をした私に、お茶を入れながらマリアは苦笑して見せた。
「また、戻ってきますよ。今度は世界を平和にして」
「……だと良いんだけど」
口に含んだお茶の味は、何だかいつもより苦く感じた。




