第183話 裏で暗躍する者
――ラクス視点
「今回は楽ができそうよね」
知らずに自分の口から漏れていた言葉に、私は自嘲する。前回ストローム王国でラピスと戦って以来、私はトライアンフ様から大変な叱責を受けた。
「次はない。今回の件でリュミエールを落とせなかった時は、貴様の命で償ってもらう」
尊敬し、お慕いしているトライアンフ様からの最後通告に、私は顔を青くしながら頷く他なかった。人間達が崇める神の中で、正義と光を司るリュミエル。そのリュミエル教を国教とするリュミエールを落とすことができれば、人間社会全体へ衝撃を与えることになる。なぜならリュミエールは、対魔族に関して特化している国だからだ。
と言っても、魔族からしたら少々面倒な、他より手を焼きそうな敵――その程度の認識であって、別に倒せないほど厄介な相手でもない。でも、ソコを落とした実績は他の魔王に対して大きなアピールになる。少ない戦力でリュミエールを落とすため、トライアンフ様が長年かけて工作してきた結果が実を結ぼうとしているんだ。その最終段階で私が指揮官に選ばれたんだから、何としてでも成功させなきゃいけない。そう、私にはもう後がないのだから。
「ラクス様。前衛からの伝令です。敵集団を確認。例の神聖騎士団かと」
「そう。じゃ、予定通り始めなさい」
「了解しました」
トライアンフ様から与えられた軍勢は、魔族の精兵が三千。それらが使役する魔物がほぼ同数。一国を落とすための数としては心許ないけど、他の魔王に対処するためにも、そんなに多くの戦力は割けない。ストローム王国での消耗もあるしね。
数は部下が伝令に命令を伝えているのを目の端で確認しながら、私は愛用している剣の柄を握りしめた。
――メリア視点
ついにこの時がやって来た。長年思い描いていた通りに事が進み、私は溢れる喜びを抑えきれずにいた。今なら名前も顔も知らないような通りすがりの男でも、平気で抱きついて回れる気分だ。
私達を捨てて平和を謳歌していた悪徳の都。それが聖都と呼ばれているなんて、それだけで反吐が出そうになる。あの善人面した教皇と、綺麗なものしか知りませんと聖人面したフレア……ようやくお前達に引導を渡す時が来たんだ。
私達に付き従う民衆は既に万を超え、その数は更に膨れ上がっている。貴族の屋敷を襲撃し、泣き叫ぶ連中を民衆達は笑いながら嬲り殺しにしていた。コイツらは自分達が奪われる側から奪う側に立場が変わったと思い込んでいるようだけど、そんなわけがない。コイツらも私の嫌いな欲深い人間達なんだから、聖都を落としたら次はコイツらを始末してやる番だ。
「聞いてください皆さん!」
フレアそっくりの声と顔で私がそう叫ぶと、興奮していた民衆は静まりかえった。お笑いだ。コイツらは私とフレアの姿を重ねて、私こそが民衆を救ってくれる本物の聖女だと思い込んでいる。自分達が欺されているとも知らないで。なんて操りやすい馬鹿な連中なんだろう。お前達もフレアや教皇と同じで、私達『虐げられた者』にとって敵でしかないのに。貼り付いた笑みを浮かべながら、私は心の中で心底連中を見下していた。
「私達はついにここまで、聖都を目前にできる所まで来ました。私達から多くを搾取し、顧みることのなかった者達。そんな連中が築いた悪徳の都。それを落とすのが目前に迫っているのです!」
「おおおお!」
「いよいよだ! 俺達の勝利は目前だ!」
「メリア様ー! 私達の聖女様ー!」
熱に浮かされたような民衆達が、手に手に武器を掲げて私の名前を連呼する。ここまでの戦いでは、数の差を生かしてまともな戦いはほとんどなかった。騎士団が自国民に対してあまり強硬な手を取れなかったのが原因だけど、コイツらはそんな事にも気がつかず、自分達が強いから勝ち進んできたと信じているのだ。
でも、それももうここまで。流石に聖都を守るためなら、騎士団は容赦なくこちらを蹂躙するはずだ。いくら数で勝っていても、相手は戦いのプロ。為す術もなく蹂躙され、多くが命を落とすに違いない。でも、それでいいんだ。多くが傷つき、共に倒れる。それこそが私達『虐げられた者』の目的なのだから。
聖都を守るように整然と列を成す騎士団に比べ、こちらは隊列すら組むことができていない。比較にならない練度に苦笑が漏れそうになった。これで勝てるつもりなんだから、コイツらはどこまでおめでたいんだろう。
「敵は精強な騎士団です。しかし安心してください! 聖都を落とすため、今頃西からは魔族の軍が押し寄せているはずです!」
魔族と言う単語を耳にして民衆に動揺が走る。しかし、私は連中を安心させるように優しく微笑んだ。
「魔族の全てが敵ではありません。今回我々が蜂起出来るように手を貸してくれたのは、他ならない魔族なのですから。たとえ彼等と相容れない時期があったととしても、今は頼れる味方なのです。貴重な援軍なのです。我々と彼等が東西から挟み撃ちにすれば、聖都の連中に勝ち目はありません。そして勝利の暁には、彼等と我々で仲良く領土を分割すれば良いのです」
私は腰の剣を抜き天高く突き上げた。それは日の光を反射して、まばゆい光を放つ。
「さあ、始めましょう。我々の聖戦を。勝てば全てが我々のものになるのです! 皆で勝利と富を分かち合うのです!」
熱狂が一気に膨れ上がり、民衆の目が目前の騎士団へと向けられた。
「全軍突撃!」
雄叫びを上げながら、民衆が騎士団目がけて走り出した。馬も徒歩も混じった、雑然としたその吶喊は、無様の一言だ。さあ、この中で何人が生き残れるかな? たとえ勝利し生き残っても、次は魔族との戦いが待っているわ。そんな時、欺されたと知ったコイツらがどんな顔をするのか。今から楽しみね。私はそんな事を考えながら、密かに民衆から距離を取り始めた。




