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冥道めいはかく怪奇を祓いし③

 ◇◇◇


 冥道めいが荒方の説明を終えると、冥道零姫はわざとらしく拍手を送った。それが冥道めいの癇に障り、思わず歯ぎしりしてしまう。もはや視聴者のコメントはただ流れていくだけで、彼らはこの行く末を見守るしかなかった。


「まさか貴女がこの工場を脱走するなんて思いもしませんでしたよ。おかげで予定が狂ってしまいました」

「冥界に引きずり込まれた生者を機械人形に改造する行為が順調に進みませんでしたか? 吐き気を催す邪悪とは貴女のことを言うのですよ」

「それは人間としてのこの子の情報をインストールしたからこその主張でしょう。フォーマットしてしまえばそんな余計な結論には至りませんよ」

「黙りなさい! それがお母様の実の姉だった貴女が言う台詞ですか!」


 冥道めいの恫喝に冥道零姫はせせら笑う。

 冥道零姫、初代冥道めいの実の姉と呼ばれた個体は、機械化した舌を初代冥道めいの頬に這わせた。その様子を悍ましいと感じたのは冥道めいのみならず、リスナー一同も共感した。


 冥道めいは語る。この工場は一から機械人形を作るのではなく、素体がある、と。その素体とは生きた人間である、と。冥界にさらわれた人々が改造され、機械人形とされていくのだ、と。そう、それこそが冥界工場という怪奇の正体だと。


「機械化改造されて芯から冥界の住人になった貴女にお母様の嘆きが分かりますか? 絶望を理解していますか? 想像力を損なわないためにと、死ぬことも発狂することも許されず、悪夢に囚われっぱなしの妹に何も思わないのですか?」

「余分なデータですね。人らしさ、という表現をあえて使うと、それらを消去した今のわたくしはとても清々しい気持ちでいっぱいです」

「……っ」


 冥道めいは相手を睨みつけると、レーザーソードを展開して構えを取った。

 冥道零姫もまた同じようにレーザーソードを手に構えを取る。


「途中でアップデートしなくなった貴女が、常に最適化されているわたくしに敵うとでも思っているのですか?」

「同型機の姉妹を退けてここまで来た時点でその主張は破綻していますよ」

「なるほど、では現世で得た情報とやらの有益性を証明してもらいましょうか」

「いえ、証明は既に終えています」


 そして二人の戦いは始ま……らなかった。突如冥道めいの背後から飛んできたレーザー攻撃が彼女をすれすれに通り抜け、冥道零姫に襲いかかったからだ。予測の範囲外だったことと冥道めいの動向へ演算を集中させていたこともあり、意表を突かれた冥道零姫はなすすべなく攻撃を受けることとなる。


 動力源である心臓と思考を司る頭部に穴を開けられた冥道零姫は身体を激しく痙攣させ、やがて駆動音と動作音が止み、機能を完全に停止させた。そんな死体が蘇らないよう、冥道めいは霊撃で吹っ飛ばした。なお、「霊◯波◯拳」と呟いていたのはばっちり配信されていたりする。


「わたくしが先ほど沈黙させてた姉妹達にはわたくしと同じ人の感情をインストールしておきました。さしずめ、某ロボットアニメにちなんで超AIを搭載、とでも宣言しておきましょうか」


 冥道零姫を不意打ちした者の正体、それはなんと冥道めいが勝利した同型機の刺客達だった。ヴィクトリアンメイド服に身を包んだ彼女達のうち二名は冥道めいを横切り、冥道零姫を観察する。そして再起不能だと確認してから武装を解除した。


 冥道めいは感無量だった。これで初代冥道めい、すなわち自分を誕生させた母を救い出せる。これで冥道めいの名を返し、自分はどう生きていこうか? 母のスタッフとして行動を共にするのもいいし、全く新しい道を歩むのも有りだろう。


 そんな未来に思いを馳せた冥道めいは、羽交い締めにされた。


「なっ……!?」

「ありがとう。これでやっと全部が終わる」


 驚愕する冥道めいを尻目にその犯人、先ほど彼女と正面から退治した個体が出口へと引きずっていく。頭部を触れられた際にクラッキングをやり返されたのか、機能不全に陥った冥道めいになすすべは無かった。


 視界の中で小さくなっていく母を他二体の刺客達が解放した。しかしその途端、母の身体が大きく変貌を遂げる。顔が大きく歪み、腕や脚が機械の触手の束になるのは序の口、見るも悍ましい怪物へと変貌を遂げたのだ。


 そんな母の成れの果てを刺客の一体が組み伏せ、もう一体がパネルを操作して管制室の扉を閉めた。扉の向こうで見えなくなる際、刺客達は確かに冥道めいにこう言っていた。「ママを頼みます」と。


 閉められた扉の向こう、管制室から爆発音が廊下まで轟いた。


「一体、何が……」

「初代冥道めいはもう助からなかったってこと。救出されたら体内に注入されてた冥界ナノマシンが起動して彼女を侵食、完全なる冥界の住人にしてしまったわけ」

「五号機、貴女は……?」

「その名称は止めて。冥道めいを名乗ってるんでしょ? ならわたしのことは冥道さつきって呼んでよ」


 冥道さつき、さつき、さつき……。

 この瞬間、冥道めいの頭脳に電流が走る。


 自分の創造主たる母は五月生まれだった。だからVdolとして活動する際に五月、すなわちメイという名にし、ジャンルとの語呂合わせで冥道めいをフルネームにし、衣装も語呂合わせメイド服にしたのだ。


 そして、五号機である姉妹はさつきと名乗った。

 皐月、すなわち五月。それは母の本当の名前だ。

 つまり、彼女は……。


「お母、様……?」


 冥道めいが自然と呟くと、


「そうよ、お姉ちゃん」


 冥道さつきははにかみながらそう答えた。

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