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森と池には何かが潜む(前)

 ◇◇◇


「アブダクティの諸君、ごきげんよう。宵闇よいちだ」


 いつもの軽く微笑んだ様子で配信を始めるVdolの宵闇よいち。


 彼女の器であるアニメ風三次元モデルは無論可愛い分類に入るのだが、野暮ったい白衣とその下の着崩した制服が台無しにしている。いわば素材を全く活かしきれていない残念サイエンティスト、が彼女のコンセプトなのだ。


 そんな彼女の主な配信内容は超常現象全般の紹介。超能力や妖精、呪い、未確認飛行物体や地球外生命体まで、ありとあらゆる科学では説明がつかない分野を取り扱う。さながら今なお根強く発行される某ミステリーマガジンのように。


 なお、彼女がリスナーをアブダクティと呼んでいるのは、さながら自分から異星人に誘拐されようとしているようだ、と誰かがコメントしたから。宵闇よいちはくっくと笑いながら即採用に至った。


「おや、どうやらいつもよりアブダクティが多いようだ。これも冥道めいの配信のおかげかな? それともどこぞのネズミ君の配信に映っていたためかもね」


 ニッチ、コア、様々な言い方があるも、彼女の超常現象紹介配信はさほど一般受けしていない。にも関わらず、今回は多くのリスナーが集まっていた。それは彼女本人が言及したように、冥道めいの配信で登場したからだ。


 宵闇よいちが幽幻ゆうなのマンションの関係者だと分かると、宵闇よいちの配信アーカイブの全てが研究された。そこからマンションの怪奇に直結する手がかりは得られなかったが、一つ判明したことがあった。


 怪奇で犠牲になったUdolの蒼空遊星、最後の配信に映っていた少女と宵闇よいちの声紋が一致したのだ。


「諸君はまるで私がネズミ達を怪奇に巻き込む元凶とか仮説を立てているようだけれど、結論から言うと違う。説明は……じきにやってくるゲストを待ってからにしようか。その間はいつものようにアブダクティの諸君が体験した超常現象を紹介しよう」


 当然ながらコメント欄は荒れていたが、宵闇よいちは構う様子もなく原稿を手に取って語り始めた。そしてその内容にリスナーは更に戸惑うことになる。


 ■■■


 ある田舎町に、深い森の中に広がる大きな池があった。その池は古くから「鏡池かがみいけ」と呼ばれ、その水は澄みきっていて周囲の景色を美しく映し出すことで知られていた。しかし、鏡池には不気味な伝説が伝わっていた。


 昔々、鏡池のそばには小さな村があり、その村には美しい女性が住んでいた。彼女は村人たちから「白蘭の乙女」と呼ばれ、その美しさと優しさで村人たちに愛されていた。しかし、ある日突然、彼女は姿を消し、その後、鏡池に身を投げて自殺したという。


 以来、鏡池では「白蘭の乙女」の幽霊が現れると言われ、夜になると幽霊が池面に映り込むという目撃談が絶えなかった。ある夜、若いカップルが鏡池の近くを通りかかった時、彼らは池面に映る幽霊の姿を目撃したという。幽霊は白い着物をまとい、悲しげな表情で二人を見つめていたという。


 その後も、鏡池の周辺では幽霊の目撃談が相次ぎ、人々はその池を避けるようになった。しかし、ある夏の夜、若者たちが鏡池で泳いでいると、突然、水面が赤く染まり始めた。若者たちは驚き、水から出ようとしたが、そのうちの一人が突然水中に引きずり込まれたという。


その若者は後に発見されたが、その体には何者かに引っ掻かれたような傷が残されていた。その後、鏡池は更に避けられるようになり、人々はその池には悪霊が宿っていると信じるようになった。そして、その後も鏡池で不可解な事件が相次ぎ、ついにはその周辺を封鎖することになったという。


 今でも、鏡池の周辺では白蘭の乙女の幽霊やその他の怪異が目撃されることがあると言われている。人々はその池を「呪われた池」と呼び、その存在を避けるようになっている。


 ◇◇◇


「ん? 幽幻ゆうなの配信のパクリじゃないか、だって? アブダクティの諸君は何を言っているんだ。心霊現象や霊能力といった怪奇もまた超常現象の一部だ。彼女達と被るから極力避けていただけで、本来は私も配信する分野だよ」


 原稿をファイルに挟んで別の原稿を手にする宵闇よいちは非難を平然と受け止めるも、顔色はどことなく浮かない。普段の配信なら意気揚々と超常現象を紹介してリスナーと真面目に語り合うのだが、つまらなそうだった。


「……実際にやってみて思い知ったけれど、どうも気が乗らないな。怪奇現象はそれはそれで広いから、これだけにのめり込んでも充分だしね。あえて例えるなら、同じ科学だからと物理専攻した学生が化学に手を付ける、みたいな感じか」

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