栄光は終わらない、終われない
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辻斬り、と呼ばれる行為がある。
武士や浪人などが夕暮れ時や夜に道端で人を斬る行為を指す。
しかし、とっくに武士が廃れた現代において、そうした物騒な事件が現実に起こっていた。
渡辺比奈はふと気がつくと全く知らない体育館の中にいた。
しかも自分だけではなく他のチームメンバーまで集合しているではないか。
どうやら彼女達も気がついたタイミングは渡辺比奈とほぼ一緒らしい。
観客席やアリーナには彼女達以外の人はおらず、アリーナにはネットが一つ張られているのみ。照明はあまり点いていない。ただネットが張られた一つのコート、それも渡辺比奈達側のみに明かりがあれば充分だ、と語っているようだった。
そして、そんな明かりがない対戦相手側のコートに蠢く人型の影が六体。
顔のような部位に眼と口があるわけではない。しかしそれ等は間違いなく彼女達を見つめ、各人がポジションに付くのを待っていた。
渡辺比奈やそのチームメイトも最近の噂は聞いている。何でもここ最近、彼女達が取り組む競技の選手がプロ・アマ問わず不審死を遂げている、と。それも夜の間、選手達が眠りについた後で、だ。
選手達の共通点、それはバレーボールの同じチームにいること。
初めのうちは単なる偶然。続発すると次にはバレーボールに恨みを持った者の犯行。様々な憶測が新聞・テレビなどで飛び交ったが、結局一切が分からないまま警察の捜査は暗礁に乗り上げていた。
そんな中、バレーボールに携わる者達の間で妙な噂が広まった。それは、犠牲になったチームは実は何かしらと対戦し、負けたからその代償として命を奪われたのではないか、と。
渡辺比奈はそれを馬鹿らしいと一笑に付したのだが、まさか真実だとは思ってもいなかった。
しかし渡辺比奈は臆してはいなかった。いかに対戦相手が人であるかも謎な得体のしれない存在だとしても、バレーボールという勝負をする以上、自分達が負けるはずがなかったからだ。
何しろ彼女達はセミプロリーグでも上位常連のチームに所属する国内有数の選手。これまで犠牲になったチームとは格が違うのだから。
そうたかをくくっていた彼女の自信は、次の瞬間に粉々に打ち砕かれた。
影の中でもひときわ大きい存在から取られたサービスエースによって。
渡辺比奈が見てきたどんなサーブより重く、速く、迫力があった。
まともに受けられる気がしなかった。
それどころか自分の身体がふっとばされてしまいそうな気がしたほどだ。
闘志をくじかれた渡辺比奈達は散々だった。
むしろ中盤以降はそれなりにいい勝負になるぐらい手心を加えられたほどだった。
それでもストレート負け。リーグでもめったに経験しない屈辱的惨敗だった。
「どうして……」
そして、そんなセミプロ上位チームに圧勝するほどの影たちに、渡辺比奈は心当たりがあった。何故なら、バレーボールに関わった選手であれば『その存在』を知らない者など誰一人としていやしなかったから。
だからこそ悔しかった。自分達の無力さを。影達に全く及ばなかったことを。勝負にすらならなかったことを。
「貴女方が、こんな真似を――」
影が人型を崩して変形し、敗北者達に迫っていく中、渡辺比奈は嘆くしかなかった。
彼女達を救えなかった不甲斐なさが、無念で仕方がなかった。
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「あ、おはようございます、七尺二寸さん」
「おはよう、ゆうなちゃん」
朝、幽幻ゆうなはスマホから鳴らすラジオ体操で身体を動かしていた。彼女の一日はこれで始まる。部屋から出て共有区画の廊下でやるものだから、いつしか七尺二寸や座敷童こけしが加わるようになり、一緒になって軽く汗を流す。
「そう言えば、昨日も体育館でバレーの練習してたんですか?」
「そうよ~。ちょ~っと強いチームを招いて練習試合を楽しんじゃった」
「勿論勝ったんですよね。七尺二寸さんのチーム、凄く強いんですもの」
「当たり前よ~。だってあたし達は最強だもの~」
一通り終えると、幽幻ゆうなは駆け寄ってくる座敷童こけしが首にぶら下げていた出席カードにスタンプを押した。座敷童こけしは嬉しそうにはにかんでからお辞儀をし、自分の部屋に戻っていった。
七尺二寸は廊下の端に置いていた、ラジオ体操をする前に正面玄関の郵便ポストまで取りに行った新聞の朝刊にざっくり目を通す。幽幻ゆうなもいつものように脇から覗き見をして、一つの記事に目が止まった。
「またバレーボールの選手が怪死したんですか。物騒ですね」
「そうね~。祟られてるのかしらね~」
「お祓いでもしてもらった方がいいかもしれませんね。七尺二寸さんも危ないんじゃないですか?」
「心配してくれてありがとね~。お礼にちゅ~しちゃお♪」
「そ、そこまでのスキンシップは禁止ですぅ!」
「あっはははっ!」
顔を赤くしながら自分の部屋に戻る幽幻ゆうなを見届けた七尺二寸は、改めて幽幻ゆうながコメントした記事に視線を落とした。先ほどのような笑顔や陽気さは一切鳴りを潜め、無表情のまま、抑揚のない声で。
「お祓い、か。そんな日があたし達に来るのかしら?」
そして今日もまた七尺二寸は自分の部屋へと消えていく。部屋の中の暗さが彼女の心の中を現しているようだった。




