異次元への扉と化した本(裏)
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
今晩もまたいつものように幽幻ゆうなの配信が始まった。そう、いつものように、だ。前回ゲストとして登場した冥道めいの姿はどこにもなかった。確かに次回もコラボが続くとは宣言されていなかったが、リスナーからは指摘が相次いだ。
「冥道めいさんはしばらく調べたいことがあるから別配信するんだって。だからゆうなの配信に参加したのは昨日だけ。あ、もちろんそれはこれっきりってわけじゃなくてまたコラボする約束はしたからね」
幽幻ゆうなの慌てながらの弁明にリスナーから安心する声が上がる。似通ったジャンルで活動する両方のファンであるリスナーも少なくなく、雑談が賑やかで華やかになるので、定期的に頼むとのリクエストもあがる。
とはいえ、幽幻ゆうなが深夜にその独特の雰囲気でリスナーから届けられたお便りを読み上げる時間こそが至高、と考えるリスナーもいるのが事実。要するに、何事もほどほどに、といったところだろう。
「それじゃあまず最初は中村菜々子さん(仮名)からの投稿を紹介するよ。地元で伝わる噂話みたい」
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都心から電車で少し離れたある小さな町にある古びた本屋、「一輪書堂」が昔ながらの商店街の外れに佇んでいた。その本屋は何世代にもわたり様々な異変が起こったと言われていた。しかし、その異変とやらの詳細は謎に包まれており、近隣住民は近づかないようになっていた。
ある日、好奇心旺盛な若者の川上裕貴(仮名)が「一輪書堂」を訪れた。彼は古書やオカルトに興味があり、逆に人々の噂が気になっていた。本屋の中には古びた書籍や奇妙なアイテムが所狭しと並んでおり、裕貴は興奮しながら探索を始めた。
彼が手に取ったのは「過去改変の書」と呼ばれる一冊の古い本。その本には「過去を変える方法」という謳い文句があり、裕貴は興奮と期待を胸に抱きながら、本に記される指定の時刻まで時間を潰すことにした。
夜が更け、裕貴は本に書かれた通りに儀式を実行に移した。しかし、その瞬間、本屋全体が不気味な光に包まれ、彼は異次元のような場所に引き込まれてしまったのだった。裕貴は驚きと恐怖に震えながらも、やがてその異世界とも呼べる場所で見たものは彼を深い絶望へと突き落としていくことになった。
異次元では彼の過去は変貌しており、彼が知る世界とはまるで異なるものになっていた。友人や家族、大切な人々は彼の前から姿を消し、それどころか彼の周りに人はいなかった。裕貴は絶望的な現実を前に、本屋での儀式が彼にもたらした深い後悔と悲嘆に包まれてしまったのだった。
彼は異次元でさまよい続ける中、本屋に戻る方法を見つけるべく奮闘したものの、何度試みても元の世界に戻ることができなかった。一輪書堂に閉じ込められた裕貴は、他の世界での自分がどれほど苦しんでいるのかを感じることができ、自分の欲望と冒険心が引き起こした悲劇を思い知ることにになった。
その後、一輪書堂は恐怖の存在として、町の人々から遠ざけられるようになった。裕貴の姿は見かけなくなり、彼が異次元での運命を果たしてしまった後も、一輪書堂の中では彼の苦悩が未だに響き渡っていると言われている。
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「過去は確かに変わったねぇ。けれどほんの些細な書き換わりが未来に大きな影響を及ぼしたってわけか。しかもこれ、本当に過去が変わったんじゃなくてそれっぽい世界に儀式した人を閉じ込めてるだけでしょ。たちが悪いよね」
幽幻ゆうなが書き換えたい過去があるかとリスナーに問うたところ、幾つものコメントがあった。もちろんそれは配信でさらけ出せるレベルのもので、洒落にならない重大な願いは鳴りを潜めていたが。
「それにしてもこの川上裕貴って人、本を購入しないで本屋で儀式するとか、迷惑以外の何物でもないし。しかも深夜の時間帯だったら店員さんも気づくと思うんだけれどなぁ。あ、ちなみにゆうなは子供の頃に本の内容をメモ帳に写してたら店員さんに怒られたことがあるよ」
リスナーからはまさかの暴露にツッコミが相次ぎ、次には店員が本当に犠牲者に気づかなかったのか、あえて見逃していたのではないか、と色々と考察された。結局のところは犠牲者が好奇心のせいで自滅した、というオチに結びつくのだが。
「じゃあ次、加藤絵莉さん(仮名)からのお便り、似たような不思議な本を巡る話みたいだから紹介するよ」




